2015年12月13日日曜日

人民解放軍のA2/AD戦略とその考え方

憂慮される事態に、米国で南シナ海への関心が低下
中国警戒派が大統領候補に提示した中国軍の「7つの脅威」とは

米カリフォルニア州サンバーナーディーノで容疑者2人と警察との銃撃戦が起きた現場。オバマ大統領はこの事件を「テロ」と断定。米国の軍事的関心は対IS戦争に集中してしまっている(2015123日撮影)。(c)AFP/PATRICK T. FALLONAFPBB News

 パリでのテロ事件やカリフォルニアでの乱射事件がテロと断定されたため、アメリカ政府や連邦議会、それにメディアなどでも一時は(若干ながら)関心が高まった南シナ海情勢(付随して、東シナ海情勢)への興味が薄れ、軍事的関心は対IS(いわゆる「イスラム国」)戦争に集中してしまった。
 せっかくオバマ政権の目を南沙諸島をはじめとする東アジアでの中国の覇権主義的政策の脅威に向けさせることができたと考えていたアメリカ海軍や海兵隊関係者たちは、このような傾向に対して再び危惧の念を強めている。
「米大統領候補が中国軍事力を恐れるべき7つの理由」
そのような人々の危機感を集約するような意見がカリフォルニア大学(アーバイン校)のナバロー教授によって "National Interest" 誌(ウェブ版)に発表された。「米大統領候補が中国軍事力を恐れるべき7つの理由」という論文である。
「あと1年を切った大統領選挙の候補者たちは、ドナルド・トランプにせよヒラリー・クリントンにせよ、中国軍事力の進捗状況に対する危機感が甘すぎる。すでに現時点において人民解放軍の海洋戦力は侮り難いレベルに達しているにもかかわらず、大統領候補者たちには、そのような戦力分析に立脚した議論が欠けている。次期アメリカ大統領たるべき者は、そしてアメリカ国民も、中国軍事力に対してもっと危機感を持たなければならない」
ナバロー教授はこう主張したうえで、具体的に7種の脅威を列挙している。以下、ナバロー教授の指摘に捕捉を加えながら列挙してみよう。
1】ミサイル
かつては突出したミサイル大国であったアメリカとロシアが互いに条約によって牽制し合っているうちに、そのような制約のない中国が今やミサイル大国の地位に上り詰めてしまった。
 人民解放軍のミサイルは短距離のものから大陸間弾道ミサイルまであらゆる射程をカバーする。さらには、アメリカ空母にとって最大の脅威となっている対艦弾道ミサイルや、マッハ10の超高速でミサイル防衛システムを突破する極超音速飛翔体などの新型兵器(本コラム2014123日)も取り揃えており、まさに隣国からアメリカ本土までを脅威にさらしているのだ(本コラム「中国軍ミサイルの『第一波飽和攻撃』で日本は壊滅」「中国軍が在日米軍を撃破する衝撃の動画」、拙著『巡航ミサイル1000億円で中国も北朝鮮も怖くない』参照)。

中国の新鋭弾道ミサイルの射程圏(これ以外にも多種多様の長射程ミサイルが配備されている)

2】機雷
人民解放軍は世界でもトップランクの機雷戦力を誇っている。旧式から最新式に至る30種類以上もの機雷を、10万個ほど保有していると考えられている。
人民解放軍海軍自身も機雷戦の重要性は強調しており、海軍艦艇などによる機雷敷設に加えて海上民兵としての漁民による機雷敷設能力も充実している。台湾を武力で併合する際だけでなく、尖閣諸島や南沙諸島での軍事紛争に際して強力な機雷戦力は極めて大きな脅威となる(本コラム「中国が最も嫌がる集団的自衛権発動のシナリオ」参照)。
3】潜水艦
中国海軍は、通常動力潜水艦を少なくとも52隻以上、原子力潜水艦を14隻以上保有しており、世界最大の通常動力潜水艦保有国となってしまった。そしてその戦力はますますスピードアップして増強され続けている。
 現在中国が保有している通常動力潜水艦のうち、海上自衛隊の潜水艦に対抗しうるものはいまだに保有数の半数に過ぎないが、それでもすでに海上自衛隊の保有数(18隻)を上回っている。
 そして、新鋭の通常動力潜水艦は、ドイツから導入した最新AIP技術を導入しており、抜群の静粛性を誇っていると言われている。この新鋭潜水艦は海上自衛隊駆逐艦やアメリカ海軍空母それにベトナム海軍潜水艦などにとって極めて大きな脅威となる。
4】高速ミサイル艇
中国人民解放軍が推進している接近阻止領域拒否(A2/AD)戦略のツールのうち、最も小型の艦艇が022型高速ミサイル艇である。022型高速ミサイル艇は、オーストラリアから民間フェリーとして輸入したウェーブピアーサー双胴船という技術を軍事転用して造られた。40ノット以上の高速を誇るとともに、ステルス性も高い。中国海軍はこのミサイル艇をすでに60隻も建造している。
 東風21D対艦弾道ミサイルをはじめとする地上からの各種地対艦ミサイル攻撃と連動させて、多数の高速ミサイル艇でアメリカ艦艇に接近し大量の対艦ミサイルを発射する「飽和攻撃」は極めて大きな脅威であるとされている。スターリンの格言「数量はそれ自身が質としての価値を持っている」を思い起こすべきであるとナバロー教授は付言している。
022高速ミサイル艇
5】第5世代戦闘機
中国版F-22といわれているJ-20戦闘機、中国版F-35といわれているJ-31戦闘機は、ともにアメリカからハッキングして入手した第5世代戦闘機(F-22F-35)の情報を“活用”して生み出されたとみられている。
 アメリカでは国防予算大削減のためにF-22戦闘機の製造は195機で中止となり、F-35の実戦配備も大幅に遅れている(現在、海兵隊にようやく30機が配備されたばかりである)。これに反して、中国は23年以内には性能試験を終えたJ-20J-31をそれぞれすぐに100機以上製造するものと考えられる。そして、製造ラインが安定すると、たちまちその数が膨れ上がるのは、これまでの中国戦闘機生産の記録が物語っている。

J-20ステルス戦闘機

J-31ステルス戦闘機


6】航空母艦戦力
アメリカ海軍の艦艇数が減少の一途をたどり、造艦能力もみるみる縮小されているのと反対に、中国海軍は次から次へと各種艦艇を取り揃え続けている。その中には、中国国産の航空母艦も含まれている。アメリカ海軍情報局やシンクタンクなどの推測によると、2020年までに2隻の本格的航空母艦が就役する。

現在、人民解放軍海軍が運用している空母「遼寧」は、小型(65000トン、アメリカ空母に比べると小型)の訓練用空母として位置付けられているわけであるが、その「遼寧」でさえ、中国海軍より小規模な海上自衛隊、ベトナム海軍、フィリピン海軍などに脅威を与えることができる。したがって、本格的空母の誕生は、周辺諸国やアメリカ海軍にとって極めて深刻な問題となるであろう(本コラム「中国はなぜ空母戦力を保持するのか」参照)。
7】人工衛星攻撃兵器
アメリカの衛星ネットワークは、地球規模で展開するアメリカ軍の活動だけでなく各種経済活動なども支えている。中国は、そうしたアメリカの衛星ネットワークを物理的にもソフトウエア的にも破壊したり一時的に機能不全に陥らせたりする人工衛星攻撃能力の開発に邁進している。
 もし、中国がアメリカの軍事衛星ネットワークシステムを破壊した場合、アメリカ側は中国が発射する大陸間弾道ミサイルを捕捉することができなくなる。そのため、中国の先制核攻撃に対抗するには、アメリカが先制核攻撃を実施する必要性に迫られ、これまで存在してきた核戦略が崩壊し世界は破滅に向かう、とナバロー教授は警告する。
アメリカ大統領候補よりも危機感を持つべき日本の指導者
これまでもアメリカ海軍関係者たちは、中国戦力の多くに“危機感を待つべき”だと繰り返し警告を発してきた。アメリカ大統領やアメリカ国民以上に、直接的に中国軍事力の脅威にさらされている日本の指導者や日本国民にとって、それらは言うまでもなく“より深刻な危機感を持つべき”戦力である。
 ナバロー教授の論文は、大統領候補者はじめ軍事専門家でない幅広い読者をターゲットにしているため、読者が理解しやすいように具体的な7つの戦力を引き合いに出している。7番目は別として、それらの中国戦力は、いずれも中国が着実に推進中のA2/AD戦略を実施するためのツールである。
 そして、そのA2/AD戦略の想定では、アメリカ軍が撃退される前に沈黙させられるのは日本である、ということを我々も肝に銘じておくべきであろう。


「航行の自由」踏みにじる中国の横暴を前に

自衛隊が果たすべき役割とは何か?
2015.12.13 10:00更新 http://www.sankei.com/premium/news/151213/prm1512130033-n1.html

  「航行の自由とは何か。それは“海の基本的人権”とも言えるものだ。中国はそれを公然と踏みにじっている」
 元海上自衛隊の自衛艦隊司令官で、各国の軍事情勢に精通する香田洋二氏はこう指摘する。
 国際法上の原則では、公海はどの国家の支配下にもなく、全てに開放されている。法を順守し、意図と能力さえあれば誰でも自由に使用することができる。南シナ海で一方的に人工島を造成し、経済権益と軍事優勢を独占しようとする中国は、国際法の常識の外にいる。
 香田氏は「日本は海から多くの恩恵を得る海洋国家として、南シナ海問題に真剣に取り組むべきだ」と強調する。
 日本がとるべき手段として、自衛隊による南シナ海での哨戒活動や米軍との共同パトロールが取り沙汰されている。ただ、南シナ海に対処することになる海上自衛隊の現在の装備では、限界があるのも事実だ。
 海自は現在、P3C哨戒機とP1哨戒機を合わせて約80機、護衛艦約50隻を運用している。世界でも有数の戦力といえるが、定期整備などを考慮すれば稼働できるのは5~7割ほど。その大半は、尖閣諸島周辺や日本海などで自国防衛に準じる任務に奔走している。
 海自幹部は「重要なシーレーン(海上交通路)である南シナ海のために海自が何もしなくて良いのかという思いはあるが、本丸の日本周辺を手薄にしてまで戦力を割く余裕はない」と漏らす。
もし政治判断で南シナ海に近い沖縄からP3Cを派遣したとしても、飛行時間の関係から哨戒活動は2時間程度にとどまり、効果には疑問が残る。有効な哨戒活動を行うには南シナ海沿岸国の基地を拠点とする必要があるが、その際は法的地位を定める協定を結ぶことなども求められる。
 中国からは「自衛隊による軍事介入」ととらえられ、南シナ海の緊張が増す可能性もある。報復とばかりに足下の東シナ海での活動を活発化させることも考えなければならない。
 政府関係者は「世論の反発も予想されるなどデメリットが大きい。哨戒や共同パトロールを目的に自衛隊を南シナ海に派遣することは想定していない」と明かす。
 自衛隊が現実的に果たす当面の役割は、大きく2つに絞られそうだ。1つは南シナ海で米軍やフィリピンなど沿岸国との共同訓練を継続・拡大し、自衛隊のプレゼンスを高めること。米国や沿岸国との連携を示すことで、中国を牽制する。
 2つ目は沿岸国への装備提供も含めた能力構築支援を強化し、南シナ海のパワーバランスを正常化させること。中国が南シナ海で“冒険主義”に走る背景には、フィリピンやベトナムをはじめとした沿岸国の貧弱な軍事力がある。ハード、ソフト両面にたる支援は日本の得意とするところで、効果も高い。
これらに加え、香田氏はさらに自衛隊が南シナ海でとるべき行動があると主張する。中国が「領海」と主張する南シナ海の人工島周辺12カイリ(約22キロ)内で、海自の護衛艦を走らせることだ。香田氏は「実行すれば、日本は海洋国家として航行の自由を尊重するという何よりのメッセージになる」と述べる。
 あえて護衛艦を南シナ海に派遣する必要はない。海自の護衛艦は、アフリカ東部のジブチで海賊対処任務に当たっており、部隊交代のため南シナ海を定期的に航行している。その際、ルートを少し変えて12カイリ以内を通れば済む。軍事的行動ではなく通常の航行なので、哨戒活動などより中国との摩擦も少ない。

 香田氏は「これは安全保障や防衛政策とは別問題で、あくまで海洋国家としての日本が主体的にとるべき行動だが、結果として米軍を強烈にエンカレッジすることにもなる。日米同盟は飛躍的に強化されるだろう」と指摘する。(政治部 石鍋圭)

中国は山本五十六の苦悩を知っているか?
アクセス阻止としての真珠湾攻撃とその教訓

20151209日(Wedhttp://wedge.ismedia.jp/articles/-/5714

小谷哲男 (こたに・てつお)  日本国際問題研究所 主任研究員

http://wedge.ismedia.jp/mwimgs/c/0/60/img_c025a2787bd6008787a89467943c33006840.jpg
1973年生まれ。同志社大学大学院法学研究科博士課程満期退学。ヴァンダービルト大学日米関係協力センター客員研究員、岡崎研究所特別研究員等を歴任。専門は日米同盟と海洋安全保障。法政大学非常勤講師及び平和・安全保障研究所・安全保障研究所研究委員を兼務。中公新書より海洋安全保障に関する処女作を出版準備中。
真珠湾攻撃から74年が過ぎた。筆者は、2年前の127日にパールハーバーで開かれた真珠湾攻撃記念式典に出席する機会に恵まれた。第二次世界大戦中のプロペラ機の上空飛行、軍艦の閲覧航行が行われたのに続き、日本人僧侶が「平和の祈り」を捧げるなど、かつての敵意を感じさせることなく厳かな雰囲気の中で式は進んでいった。式典を通じて、「PHSPearl Harbor Survivors:真珠湾攻撃の生存者)」への賞賛、犠牲者への哀悼、そして日米の和解が強調されていると感じた。
パールハーバーのアリゾナ記念館(iStock

日本による「だまし討ち」が批判されることもなかった。式典で海軍を代表して演説をした日系のハリー・ハリス米太平洋艦隊司令官(現・米太平洋軍司令官)は、父が真珠湾攻撃の生存者で、母の神戸の実家が米軍の空襲に焼かれたという複雑な事情を語るとともに、真珠湾を忘れず、いつでも警戒を怠らず、戦えば勝つという強いメッセージを送った。ハリス司令官の念頭にあったのは、日本との過去の戦争ではなく、中国との将来の対立だったはずだ。

接近阻止(A2)、敵を殲滅(AD

 近年、米軍は中国のアクセス(接近)阻止・領域拒否(A2/AD)戦略に警戒を高めている。A2とはある場所に敵が接近することを阻止することで、ADとはある場所にいる敵を殲滅することだ。中国は主に潜水艦と精密誘導ミサイル、そしてサイバー攻撃と衛星攻撃によって、沖縄や東シナ海・南シナ海にいる米軍の排除を目指すとともに、グアムやハワイ、アメリカ本土からやってくる米軍の来援部隊の接近を西太平洋上で阻止しようとしている。
 その背景には、アヘン戦争以来中国が海から列強の侵略を受けてきた「屈辱」を繰り返さないという決意がある。より直接的には、1996年の台湾海峡危機で米国が空母2隻を派遣し、手も足も出なかったことをきっかけに、中国はA2/ADに本格的に力を入れ始めた。なお、中国ではA2/ADではなく「介入阻止」戦略と呼ばれる。
 米軍はこの中国のA2/ADに対抗するため、エアシーバトル(ASB)という海空戦力のより効率的な一体化を目指す作戦概念の検討を始めた。その後、ASBは陸上戦力の役割が不明確と批判されたため、「グローバルコモンズへのアクセスおよび運用のための統合概念(Joint Concept for Access and Maneuver in the Global CommonsJAM-GC))」へと変更された。このJAM-GCの下で、米軍は陸海空という従来の戦闘空間に加え、サイバー・宇宙空間における行動の自由を確保し、A2/ADを克服することを目指している。

A2/ADだった第3次「帝国国防方針」

 米軍がA2/ADの挑戦に直面するのはこれが初めてではない。アジア太平洋戦争で日本が取った要撃作戦は、まさに今でいうA2/ADだった。1936年に改定された第3次「帝国国防方針」は、日本が対米開戦に踏み切ったときに作戦計画の元となった。その中では、「東洋に在る敵を撃滅しその活動の根拠を覆し、かつ本国方面より来航する敵艦隊の主力を撃滅すること」が初期の目的となっていた。具体的には、海軍は作戦当初東アジアにいる敵艦隊を排除し、陸軍と協力してフィリピンとグアムを攻略することが想定されていた。日本に接近してくるアメリカの主力艦隊に対しては、潜水艦と南太平洋の南洋群島に展開する航空機で奇襲攻撃を繰り返して、消耗しきった敵艦隊を日本近海で迎撃するとされた、先制と奇襲を前提とする短期決戦の発想で、ADの後にA2が想定されていた。
対米A2/ADが不可能と知っていた連合艦隊司令長官
 しかし、山本五十六連合艦隊司令長官は、このようなAD重視の作戦がアメリカに通じないことを誰よりも理解していた。ADである南方作戦が成功しても、帝国海軍が相当の損害を被ることは不可避で、そのような状態でA2としての対米要撃作戦は不可能だった。当初南方作戦を重視していた海軍は南方作戦と対米作戦は切り離せると考えていたが、それは三国同盟で日本がドイツと手を結んだ後では不可能だった。
ラバウル航空基地で出撃するパイロットたちに訓令する山本五十六長官(Getty Images
 山本はアメリカの総合的な国力を目の当たりにし、対米戦争に勝ち目がないことを十分認識していた。海軍次官として、山本は大局的観点から三国同盟に強く反対した。しかし、連合艦隊司令長官という立場に立った山本には、勝てない戦争に勝つことが求められた。このため、山本は職を賭してまで捨て身の真珠湾攻撃を立案することになった。
 19405月、アメリカは太平洋艦隊の主力を真珠湾に常駐させるようになった。日本の南進を牽制するためだった。しかし、日本にこれを奇襲できる航空戦力さえあれば、アメリカの出鼻をくじき、日本が圧倒的に不利な消耗戦を回避し、より有利な条件で早期対米講和に持ち込めるかもしれないと山本は考えた。山本はかねてから航空戦力の重要性を見抜き、帝国海軍の航空戦力を世界レベルにまで引き上げていた。当時の技術では、水深の浅い真珠湾で攻撃力の高い魚雷攻撃を行うことも不可能と考えられていたが、山本はこれを高度の技術開発と激しい訓練によって可能とした。
 真珠湾攻撃は正攻法では勝てないが故の奇襲作戦だった。日米交渉が決裂し、122日の御前会議で開戦決定がなされた時、連合艦隊はすでにハワイに向けて北太平洋を進んでいた。山本は奇襲作戦を成功させるため、徹底した情報統制を行った。北太平洋を航行中に商船とすれ違うこともなく、天候にも見舞われた。米側の警戒に緩みがあるなど幸運が続き、真珠湾攻撃は大きな抵抗もなく実行に移された。結果は、戦艦5隻の撃沈を含む日本側の一方的な勝利に終わった。ただ、主目標だった米空母は真珠湾にいなかった。
 日本は南方作戦でも攻勢を続け、短期間で広大な勢力圏を築いた。しかし、アメリカの空母機動部隊が無傷だったため、アメリカは爆撃機を空母から飛ばして日本本土を空爆し、そのまま中国大陸に着陸させたため(ドーリットル空襲)、アメリカの空母機動部隊を叩き、更なる空爆を防ぐためミッドウェー海戦が急がれた。だが、結果としてミッドウェー海戦で日本は虎の子の空母と艦載機、そして何より熟練パイロットの多くを失い、以後守勢に転じることになった。
 真珠湾攻撃は戦術的には成功だったが、A2としては失敗だった。戦略としては致命的だった。結果としてアメリカは第二次世界大戦に参戦し、ドイツを降伏に追いやった後は総力を挙げて日本との戦いに力を注いだからだ。アメリカはA2には屈せず、むしろアジアへのアクセスを確保していった。1度はフィリピンを放棄したが、南太平洋の島々を1つまた1つと日本から奪い、それらを拠点とする航空機と潜水艦で日本と南方の資源地帯を結ぶ補給線を断ち、日本への通商破壊を行った。マリアナが陥落して日本本土への空爆が始まり、レイテ沖海戦で帝国海軍が事実上消滅した時に、日本は敗北した。ただし、敗北という軍事的現実を降伏という政治的決断に移すには、2度の原爆投下とソ連の参戦という外圧が必要だった。
山本は不決断のハムレットではなかった
 国家の下した決断が誤っている時に、われわれはどう対応すればいいのだろうか。国家の決定に従うのか、それとも抵抗するのか。そのジレンマに引き裂かれながらも、山本は不決断のハムレットではなかった、と歴史家の五百旗頭真教授は指摘する。皮肉なことに、対米戦に最も反対していた山本は、軍人として無謀ともいえる奇襲作戦を成功させ、その火ぶたを切ることになった。そして、結果として国家は滅亡の手前まで追い込まれた。山本がいなければ、真珠湾攻撃は成立せず、日米間の戦争はもっと違ったものになっていただろう。
 国家は判断を誤る。それは人類の歴史を通じて繰り返されてきたことだ。中国が軍拡を続け、A2/AD能力を高めても、東シナ海や南シナ海の緊張が高まっても、経済的相互依存のため中国との戦争は起こらないという楽観的な議論が一部で横行している。しかし、戦前の日米間には深い経済関係があったにも関わらず戦争は避けられなかった。われわれは、国家が合理的ではない判断を下す可能性があることを常に念頭に置いておかなければならない。
 戦後70年を迎え、日米は強固な同盟関係を維持し、中国のA2/ADの挑戦に立ち向かおうとしている。今後の日米同盟の課題は、中国への建設的な関与を続けながらも、有事に備え、米軍のJAM-GCと自衛隊の統合機動防衛力を融合してすべての戦闘領域で行動の自由とアクセスを確保していくことだ。JAM-GCは、緒戦の段階では米軍を前線から一定の距離まで下げ、長距離攻撃を行うことを想定している。その後アクセスを確保しつつ前線に戻ることになる。しかし、自衛隊には後方に下がる余裕はない。日本の防衛のため自衛隊は前線に留まり、米軍の前線へのアクセスを確保しなければならない。この現実をわれわれは直視した上で、現実的な安全保障の議論を積み重ねて行く必要がある。

《維新嵐こう思う》
 昭和16年12月8日は、我が国は超大国に開戦奇襲攻撃をしかけて、壊滅的打撃を与えた戦いとして戦史に語り継がれることでしょう。国内でも日露戦争での日本海海戦や奉天大会戦とともに国民の祝日としてもいいくらいの戦いではないでしょうか?
 真珠湾奇襲攻撃は、アメリカ軍が日本側の暗号をすべて解読して、情報が筒抜けだったとか、政治的に日本軍のだまし討ちにされて、アメリカ国民の「対日開戦」の国論をかためてしまったとかいわれるが、アメリカ海軍の要衝に大被害を与えて、およそ1年半にかけて太平洋艦隊の動きをとめた点を考えると、とても戦術的に「失敗」であったとは考えられない。
 確かに空母を沈められなかったことは、誤算だったろうが、このハワイ空爆とミッドウェイ海戦で日本軍が勝利を収めていれば、北太平洋の制海権、制空権は我が国の側にあったわけですから、戦いの様相も変わってきたことは十分考えられますね。
 現代は人民解放軍という中国側の軍事力の海洋覇権主義に対抗しなければならない。
我が国独自のA2AD戦略を構築できれば、いや大陸側への効果的な抑止戦略を講じなければ、この国の国益が奪われていくだけであろう。
 

小谷哲男 (こたに・てつお)  日本国際問題研究所 主任研究員

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