2019年1月26日土曜日

ロシア・プーチン大統領が勘違いする我が国の軍事的従属性 「北方領土」の軍事的な価値


プーチンの言う通り? 
軍事的主権を持たない日本

米国への忖度で海兵隊の辺野古移転急ぐ安倍政権
北村淳
米軍の普天間航空基地

 プーチン大統領は、日露平和条約締結後に歯舞群島と色丹島が日本に返還された場合に、それらの島々に米軍基地が設置されるおそれはないのか? という議論に関して、「沖縄の辺野古米軍新基地の建設状況から判断すると、日本での米軍基地設置に関して日本政府がどの程度の主権を持っているのか疑わしい」と公の場で発言した。
プーチン大統領の誤解
 ロシア側の解釈によると、「安倍政権が辺野古滑走路建設を強行しているのは、日本に防衛分野での主権がなく、アメリカの意のままに、日本国防当局、そして日本政府が使われているからである」ということになる。そのため、いくら安倍首相自らが「歯舞群島と色丹島が日本に返還された後に、それらの島々に米軍基地が建設されることはありえない」と明言しても、日本の防衛分野における主権者であるアメリカの確証ではない以上、ロシア側としては安心できないというわけだ。
 だからと言って、日本がアメリカ側に確証を求めることはできない。もしも日本側が、トランプ大統領をはじめとするアメリカ側高官に「歯舞群島と色丹島に米軍基地を設置することは断じてない」と公約でもさせようものなら、それこそ安倍政権は防衛分野における主権を名実ともにアメリカに委ねてしまっていることを国際社会に宣言してしまうことになってしまう(防衛分野における主権は、国家主権のうちでも根幹をなす主権に他ならない)。もちろん現実には、アメリカが日本から国防に関する主権を取り上げているわけではない。かつて日本は満州帝国から国防に関する主権を取り上げたが、その状況とは異なる。
 安倍政権が辺野古移設を推し進めているのは、アメリカに強制されているからではない。たとえ沖縄県知事が断固として反対しようとも、沖縄の民意がどのようなものなのであろうとも、自らの決断と確固たる意志によって米海兵隊新施設を辺野古に建設しようとしているのである。したがって、プーチン大統領が危惧の念を表明したように、安倍政権は国防に関する主権を喪失しているわけではなく、国防に関する主権の行使として辺野古沖の埋め立てを強行しているのだ。
アメリカにとっての辺野古移設の価値
 ただし、その主権の行使が軍事的に正しい判断に基づいているのか? と問うならば、答えは否である。安倍政権は、国防に関する主権をアメリカに明け渡しているのではなく、軍事的に誤った前提に基づいて国防に関する主権を行使している。この点が、プーチン大統領の認識で修正すべき点といえよう。
 安倍政権の軍事的に誤った判断とは、「アメリカ海兵隊ならびにアメリカ軍当局、そしてアメリカ政府が、普天間航空基地を辺野古新施設に移設することを、アメリカ軍事戦略の観点から極めて重要視している」と考えている点である。
「アメリカ軍事戦略にとって辺野古新施設の誕生は絶対不可欠である。そうである以上、すでに20年近くも滞っている辺野古滑走路を一刻も早く完成させなければ、米海兵隊が怒り、アメリカ軍当局が怒り、トランプ大統領が怒り、日米同盟が危うい状況に追い込まれる」──安倍政権は、そうした懸念があると考えるがゆえに、国内的には万難を排して、辺野古沖の埋め立てを強行しているわけである。
しかし、その懸念は杞憂である。普天間航空基地を辺野古新施設に移設することが、日米同盟を揺がすほどにアメリカ軍事戦略にとって重大な意味を持っているのならば、アメリカ軍当局、そしてアメリカ政府は20年近くも放ってはおかない。とうの昔にあの手この手の強力な圧力を日本政府にかけているか、日米同盟を終結させるかしているはずだ。アメリカ軍事戦略にとっては、海兵隊の航空基地が普天間から辺野古に移ることなど、さしたる問題ではないということだ。
在沖縄海兵隊の戦力は低下する
 現に、海兵隊関係者の中にすら、辺野古に誕生しつつある新施設は「普天間基地の代替物がなにもないよりはマシ、といった程度のものである」と公言している者がいる。実際に、日本政府が埋め立てを強行して造り出そうとしている辺野古沖滑走路の長さを考えるだけでも、「ないよりはマシな程度」と考えられている理由は明らかである。
現在、海兵隊が使用している普天間航空基地の滑走路は2740メートルであるが、辺野古沖合に誕生するであろうV字型滑走路はそれぞれ1200メートル(オーバーランエリアを加えると1800メートル)しかない。
 普天間の3000メートル級滑走路の場合、海兵隊が使用しているすべての航空機の発着が可能である。具体的には、F/A-18戦闘機、AV-8B垂直離着陸(VTOL)戦闘機、F-35B短距離離陸垂直着陸(STOVL)戦闘機、EA-6B電子戦機、KC-130空中給油/輸送機、MV-22ティルトローター中型輸送機(オスプレイ)、AH-1Z攻撃ヘリコプター、CH-53E重輸送ヘリコプター、UH-1Y汎用ヘリコプターなどである。
F/A-18戦闘機(写真:海兵隊)
AV-8B垂直離着陸(VTOL)戦闘機(写真:海兵隊)
EA-6B電子戦機(写真:海兵隊)
KC-130J空中給油/輸送機とF-35B短距離離陸垂直着陸(STOVL)戦闘機(写真:海兵隊)
AH-1Z攻撃ヘリコプター(写真:筆者)
CH-53E重輸送ヘリコプター(写真:筆者)
しかし、辺野古に予定されている1200メートル滑走路の場合、理論的には離着陸可能な固定翼機がないわけではないが、安全性確保という観点からは、実際には戦闘機や輸送機などの固定翼機の運用はできない。そのため辺野古航空基地は、現実にはヘリコプターとMV-22オスプレイだけを運用するための大型ヘリポートという位置付けに過ぎなくなる。
海兵隊のMV-22オスプレイ(写真:筆者)
 したがって、海兵隊航空基地が普天間から辺野古に移ることは運用可能な航空機が減少することを意味し、常に地上戦闘部隊と航空戦闘部隊が両輪となって作戦行動を行うアメリカ海兵隊にとっては、大幅に作戦能力を削がれることになるのだMAGTF、本コラム「海兵隊の沖縄駐留に米軍関係者の間でも賛否両論」2018年10月11日、『海兵隊とオスプレイ』北村淳編著 20121015日 並木書房 参照)。
日本はやはり「アメリカの属国」なのか?
 もっとも一般常識的に考えても、保有する航空戦力が低下することによって、沖縄の海兵隊の戦力が低下するということは容易に想像がつくところである。それにもかかわらず、安倍政権は口をひらけば「普天間基地を辺野古へ移設することにより抑止力が維持される」と説明している。日本政府は抑止力を維持するために海兵隊の戦力を削ぐことが確実な、そしてアメリカ国防戦略においてもさしたる重要性を持たない、辺野古沖滑走路の建設を強行しようとするのであろうか?
 おそらく日本政府は、いくら超高額兵器をアメリカから気前よく購入しているからといっても普天間移設問題を解決しないとアメリカ側の逆鱗に触れてしまい、日本政府が頼りきっている日米同盟が破綻してしまうのではないかと考えているにちがいない。これでは、国防に関する主権を制限されていなくとも、プーチン大統領が指摘するように、日本はアメリカの属国状態であることに変わりはない。
〈ここからは管理人より〉
日露平和友好条約は21世紀から始まる新たな日露のパートナーシップ。色丹島と歯舞群島の引き渡しは、第二次大戦後の我が国の外交的成果。
基本的に戦争で「勝利」という形でおちをつけて失地した領土主権が戻ることはあり得ません。これが基本原則です。ただ日ソ共同宣言では、当時のソビエト連邦側に千島列島への赤軍の「侵攻」の事実を認めさせ、ソ連側が色丹島、歯舞群島の返還で合意妥協できた日ソ関係の妥協点であり、我が国側から見れば、戦争という形をとらずに無血で旧領を取り返すことのできた外交的成果といえるでしょう。
時間が経つうちに当時のソ連は解体、消滅し主権をひきついだロシアがこの条約の精神を誠実に履行する義務があります。ただ領土については、色丹、歯舞が限度。それ以上の要求はロシア側にするべきではありません。そもそも千島列島、樺太をめぐる国際情勢は変わりました。我が国が第二次大戦で「敗戦」を受け入れ、侵攻した張本人のソビエト連邦も崩壊し、アメリカの軍事的覇権の中で何とかこれに対抗しようとするロシアや共産中国、韓国、日本の国益がぶつかる領域になっています。
ウクライナがNATOに加盟する動きをみせただけでロシアがフェイクニュース部隊を駆使してクリミアを自国に編入し黒海への米海軍の進入を阻止しました。そのロシアが南クリルに米海軍が接近、駐留することを認めるはずがないことは十分理解できます。だからこそ我が国は北海道や千島に米軍の駐留のないことを証明し、非軍事的な経済振興エリアの構築をロシアと進める意思を強く示していかなければなりません。色丹島や歯舞群島は北海道の一部です。ロシア側が「引き分け」を望むのなら、この点を十分理解しつつ、旧ソ連軍に侵攻され多くの日本人が暴行殺戮を受けて住み慣れた土地を奪われたことに目をむけてほしい。そして未来志向で二度と千島や樺太で流血や戦禍がないように、平和秩序を確立することに協力してほしいと思います。是非はともかく入国管理法も改正され外国人が国内で働ける余地も拡大してきました。色丹島、歯舞群島に住むロシア人をかつてのソ連が日本人にしたように一方的に追い出すようなことはしないでしょう。日本人もロシア人も協力して暮らせるコミュニティを構築すればいいだけです。また日露平和条約により我が国の離島政策が大きく転換する機会にもなればと密かに願っています。前途に明るい希望を見いだせる新しい未来志向の日露関係を構築していくべきです。
我が国に根強く残る4島一括返還要求。第二次大戦後、ソ連崩壊後の情勢をみればこれが都市伝説であることは明らか。現実的な解決策ではないです。戦後の日ソ共同宣言の外交成果を基軸に、未だ手つかずのところが多い樺太やシベリアの地下資源やメタンハイドレートの開発投資、漁業、農業、公共インフラ投資などでロシアと連携し、経済テリトリーを確立すべきでしょう。領土問題のおかげで対露経済がどれだけの損失を抱えているか経済学者はなぜ指摘しないのでしょう。領土問題は元々北海道の一部の色丹島と歯舞群島の主権返還が実現すれば十分です。いたづらに日露関係の構築を先延ばしにして共産中国や韓国の政治的経済的な進出を許すことはありません。

誰も指摘しない北方領土の軍事的価値

軍事カードが大きくものを言う領土交渉の現実
数多久遠
ロシアの首都モスクワで行われた日ロ首脳会談の後、共同記者会見を行うロシアのウラジーミル・プーチン大統領(右)と安倍晋三首相(左、2019122日撮影)。(c)Alexander NEMENOV / POOL / AFPAFPBB News
(数多 久遠:小説家、軍事評論家)
 事前報道で北方領土返還交渉の進展が囁かれていた2019122日の日ロ首脳会談では、プーチン大統領から「解決は可能だ」と前向きな発言があったものの、結局のところ目あたらしい情報はでてきませんでした。ただし、こうした重要な交渉では、合意ができるまで、交渉状況を外部に出さないことが多いため、実際には交渉が進展している可能性もあります。過去には、観測気球と思しきリーク情報をマスコミに流した日本サイドに対して、ロシアから釘を刺されたこともあるため、新たな情報がないことをもって、政府を非難するのは不適切です。むしろ、2018年末に、プーチン大統領が米軍の展開を意図したと見られる言及をしたことを考えれば、交渉が新たなステージに入った可能性も考えられます。一方で、この発言を受け、日本国内の報道では、急に軍事・安全保障に関する言及がなされるようになってきました。本稿では、理解されているとは言い難い北方領土の軍事的価値を概観し、交渉の今後を占う一助としたいと思います。
北方領土の軍事面の価値
 軍事的観点から、ロシアが北方領土を返還したくない理由を整理してみましょう。
1)ロシアの核抑止戦略への影響
 ロシアの核戦力は、主に地上発射の弾道ミサイルと潜水艦発射の弾道ミサイルに依っています。この内、北方領土問題が大きく影響するのは、潜水艦発射弾道ミサイルに対してです。
 地上発射の弾道ミサイルは、移動式のものであっても衛星などによって発見され、発射前に破壊される可能性があります。そのため、いわゆる報復核戦力(攻撃を受けたあとの反撃用)としては潜水艦発射の弾道ミサイルが重視される傾向は、米ロとも共通です。しかし、ロシアの海軍力は、アメリカに遠く及びません。アメリカは、戦略ミサイル原潜(弾道ミサイルを運用する原子力潜水艦)を世界中の海で使用していますが、ロシアの戦略ミサイル原潜は、バレンツ海など北極周辺海域とカムチャツカ半島と千島列島で囲まれたオホーツク海ぐらいでしかまともな運用ができていません(ただし、クリミアを占領しているので、今後は、黒海でも戦略原潜を運用する可能性はあります)。
ロシアは、オホーツク海を戦略原潜の聖域とするため、多数の水上艦艇を運用しているだけではなく、北方領土にも対艦ミサイル部隊を配備するなどしています。しかし、もしも返還した北方領土に日米の部隊が展開することになれば、戦略原潜を守る防御網に穴が開くことになってしまいます。
北方領土の地図(出所:外務省)
2)ロシア太平洋艦隊への影響
 世界史で勉強した方も多いと思いますが、帝政ロシアは、冬期に凍らない不凍港を求めて、南下施策をとっていました。それは、ヨーロッパ方面だけに限りません。ウラジオストクを確保したのも、その一部です。
 現在のロシア太平洋艦隊は、北方艦隊に次ぐ戦力を保有していますが、前述のように米海軍には遠く及ばないため、外洋での活動は、それほど活発とは言えません。本来、海軍力は必要な時に遠方まで戦力を投射できることに価値があります。ところが、不凍港があっても太平洋の出口となる海峡が結氷してしまえば、砕氷船しか外洋に出て行くことができなくなります。狭い海峡が結氷してしまえば、潜水艦が安全のために浮上航行することも当然困難となります。そのため、不凍港だけでなく、結氷せず、安全が確保できる幅や水深がある海峡が必要になります。
しかし、ロシア太平洋艦隊の基地は、日本列島とカムチャツカ半島、そして千島列島で囲まれたエリアにあるため、津軽海峡や対馬海峡などの日本周辺の海峡以外では、結氷せず、かつ安全に通峡できる海峡は、国後島と択捉島の間にある国後水道くらいしかないのです。ロシアとしては、もし北方4島、あるいは択捉島を除く3島を返還しただけでも、国後水道は、日米によって封鎖される可能性が高い海峡となってしまいます。
3)米軍がイージスアショアを設置する可能性
 上記の2つは、以前から専門家が時折指摘してきたものです。しかし、近年の国際情勢において、北方領土の重要性と価値を考えるうえで新たに考慮しなければならない軍事的要因が出てきています。それは、北朝鮮の弾道ミサイルです。
北朝鮮は、アメリカとの交渉に応じるポーズを見せただけで、いまだに核・弾道ミサイル開発を続けています。このままでは、早晩アメリカに届く実戦級核搭載弾道ミサイルを完成させてしまうでしょう。
 詳細には述べませんが、ICBM(大陸間弾道ミサイル)を高確率に迎撃するためには、弾道ミサイルの発射後の早い段階で(実際には、エンジンが燃焼中のブースト段階での迎撃は困難なため、エンジンが停止し、慣性で上昇を続けているターミナル段階の初期に)迎撃を試みることが重要です(この段階で一部でも迎撃できれば、その後の迎撃チャンスに再度試行することできる上、弾頭が分離される前なので、迎撃すべき目標数を大きく減らすことができます)。しかし、北朝鮮からアメリカに向かうICBMは、図に示すようにロシア沿海州方面を北北東に飛翔します。このため、ターミナル段階の初期に迎撃を行うためには、北海道からさらに北東の地点から迎撃ミサイルを発射する必要性があります。
北朝鮮からアメリカに向かうICBM(『北方領土秘録 外交という名の戦場』より)
 日本が配備をすすめる陸上型のイージス、イージスアショアは、山口県と秋田県に設置される予定であり、この2カ所からではアメリカに向かうICBMの迎撃は困難です。では、どこが適切かと言うと、理想的な候補地が北方領土、択捉島なのです。択捉島が配備適地であることは、アメリカがイランの弾道ミサイルからヨーロッパを防衛するために設置しているイージスアショア(EPAAEuropean Phased Adaptive Approach)の配備地を見れば分かります。EPAAは、何度か計画内容が変遷し、現在はヨーロッパ防衛を目的としたシステムとされています。しかし、もともとはアメリカを防衛するものとして計画されたものですし、使用する迎撃ミサイルのアップグレードで、現在もアメリカ本土の防衛に寄与するものと考えられています。
イランからアメリカに向かう弾道ミサイル(『北方領土秘録 外交という名の戦場』より)
そのEPAA2カ所の配備地の内、最初にイージスアショアが設置されたルーマニアのデベゼルは、イランに対する位置関係を北朝鮮にとってのそれと置き換えると、択捉島にあたる位置なのです。
 他方、択捉島から発射する迎撃ミサイルは、ロシアがオホーツク海に潜航する潜水艦から発射する弾道ミサイルに対しては、距離が近すぎて迎撃が困難でしょう。しかし、イージスアショアのレーダーで捕捉できるため、アメリカがアラスカなどに配備している迎撃ミサイルで撃墜できる可能性が大きくなります。
 アメリカの意図が、対北朝鮮の弾道ミサイル対処であっても、ロシアのミサイルに対しても影響がでます。
 ともあれ、北方4島を日本に返還し、自衛隊やアメリカ軍の展開が可能となれば、ロシアはアメリカに対北朝鮮の弾道ミサイル防衛用最適地を提供することになってしまいます。これは、ロシアにとって損害とは言えませんが、みすみすアメリカを助けることはしたくないでしょう。
北方領土の軍事的価値を考慮してきたか?
 こうしたロシアにとっての北方領土の軍事面での価値を考えると、返還交渉が非常に困難なであることは理解できると思います。
 しかし、このことを理解しないと交渉が進むはずもありません。今般の交渉担当が河野外相と決められたように、北方領土交渉を担うのが外務大臣、そして外務省であることは当然といえます。しかし、既に述べたように、軍事は非常に大きな影響を与えています。そのため、北方領土交渉では、外務大臣同士の交渉だけではなく、防衛大臣同士の交渉も行う「2プラス2」と呼ばれるスキームが使われています。ところが、2プラス2が北方領土交渉において使用されるようになったのは、第2次安倍政権が発足した以降の2013年からなのです。
 つまり、それまでは、こうした軍事的要素が軽視されたまま交渉が行われていたことになります。交渉が進展しなかったのも、さもありなんでしょう。相手の思惑が読めなければ、着地点を探ることもできません。その理由としては、マスコミを中心とした日本社会全体の軍事アレルギーが大きな要素でした。加えて、外交を外務省だけのものにしようとする外務省の姿勢も大きかったと思います。鈴木宗男事件の際、その背後にあって、鈴木宗男氏や田中真紀子当時外相を外交の舞台から追い出したのは象徴的事例でした。
 同時に、無関心を貫き通してきた防衛省の姿勢にも問題があったと言えるでしょう。アメリカに限らず海外の軍隊が領土紛争地に空母機動部隊を派遣したり、デモンストレーションとしての演習を行うことはニュースで頻繁に目にすることができます。しかし、自衛隊が北方領土関連に限らずそうした行動を行ったことは、私が知る限り皆無です。筆者が現役自衛官だった当時にも、そうした計画は聞いたことがありませんでした(逆に、演習を抑える方向の要求があったことはありますが)。
外交において不可欠な軍事情報の活用
 北方領土問題に限らず、領土問題や世界各地で起る事件には、軍事が大きな影響を与えています。それらの情報収集には、大使館などの在外公館が大きな比重を占めていますが、そこで軍事面の情報収集にあたるのは、防衛省・自衛隊から外務省に出向した「防衛駐在官」と呼ばれる自衛官です。現在では、47の大使館などに、67名の自衛官が派遣されています。ただし、世界全体を見回せば、防衛駐在官の赴任地はまだ一部に留まっています。
 2003年までは、彼らの報告は外務省から防衛省に渡っていませんでした。重要な情報が、軍事知識の足りない外務官僚から注目されることなくムダになっていたわけです。現在では、こうした状況はかなり改善され、軍事が絡む外交課題は、各大臣が参加する国家安全保障会議(通称「NSC」)で議論されるようにもなっています。北方領土問題に解決の兆しが見られるのも、こうした外務省と防衛省の連携の賜物と言えるでしょう。
 北方領土交渉は今後も難航が予想されますが、外交における軍事情報、防衛省の役割は今後ますます大きくなっていくはずです。
妥結の一歩手前まで進んだ2016年の交渉
 筆者は北方領土交渉の行方を決して悲観しておらず、妥結の可能性があると考えています。過去には、今以上に妥結の一歩手前まで行っていたこともあるのです。2016年の12月に行われた日ロ首脳会談は、安倍首相の地元、山口県で実施されました。安倍外交の集大成として、アピールするつもりだったことは間違いありません。ですが、この時も直前になって、交渉は暗礁に乗り上げました。
 当時、どのような交渉があったのかは、当然明らかにはされていません。2016年は、北朝鮮の弾道ミサイル発射が相次ぎ、アメリカではトランプ大統領が誕生する国際情勢の大変動年でした。こうしたことが、何らかの影響を与えたのかもしれません。
 拙著『北方領土秘録 外交という名の戦場』(祥伝社)では、そうした可能性の1つを歴史小説として描きました。本稿で述べたような、外交における軍事の重要性を理解していただけるものともなっています。ご一読いただければ幸いです。


占守島の戦いを忘れるな!



千島列島のソビエト連邦の侵攻は、樺太や満州と違い、初戦の占守島の上陸作戦で日本軍の頑強な防戦にあい、当初の計画を頓挫させられました。
 占守島の日本軍守備隊の奮戦がなければ、千島列島に住む日本人は、樺太と同じくいわれのない殺戮や暴力にあっていたことでしょう。占守島で日本軍が戦ってくれたおかげで民間人は無事に北海道などへ避難することができたのです。
 しかし占守島で最後まで戦った日本軍守備隊は全滅しました。樺太の電信所で最後まで任務を全うした乙女たちのこと、ソ連軍のおかげでひどい目に会われた方々、土地を奪われた方々のためにも二度とこの地を戦禍にまきこんではいけないのです。千島列島や南樺太がもう一度日本領になることが一番いいのかもしれません。しかし時代がそれを許さないでしょう。戦争で奪われた領土は普通は戻ってくることはないということもあります。だからこそ日ソがギリギリで妥協できた「日ソ共同宣言」を基軸に、いまわしい過去を清算するのです。痛みのない解決などあり得ません。我が国は日露平和友好条約締結でロシアという新たなパートナーと新しい関係を構築するのです。


〈ここも管理人より〉
千島列島や樺太には、米軍は駐留すべきではありません。最も米軍も普天間基地移設の件で我が国国内での在日米軍基地を減らしこそすれ、増やすなどとうてい考えられないでしょう。もっとも今まで米軍基地のなかった北海道ですから、新規の米軍基地の建設など話がでようものなら、北海道あげての政府への大反対運動がおきるはずです。ロシア領国後島とあわせて日本領色丹島、歯舞群島は軍事施設のない「緩衝地帯」にすべきです。だから日露平和友好条約締結後は、国後島駐留のロシア軍は撤退すべきです。

【現実には厳しい?状況にみえる日露交渉】
日露平和友好条約の締結と北方領土での共同経済活動については、日露双方の国民は反対することはないでしょう。ロシアは実は親日国といえる国家といえますからね。色丹島、歯舞群島の10島の返還については、ロシア国内で反対の声が多いだろうことは当初からわかっていたはずです。日露トップ同士で進展してきた新たなとりくみが今後どうなっていくのか?外交交渉である以上、winwinでの妥結が求められます。日本国民は悲観的にも楽観的にもならず、推移を見守りたいところです。


ロシアは石ころ1つ返さぬ、「2島返還」コケにされた日本


樫山幸夫 (産經新聞元論説委員長)
22日に行われた日露首脳会談(REUTERS/AFLO
領土問題で進展がなかったことには大いに失望した。国益を損なう安易な妥協が避けられたことには安堵した。今月22日、モスクワで行われた安倍晋三首相とプーチン大統領との会談は、北方領土問題に関して、現状の打開をもたらすには至らなかった。日本側が「2島返還」へと大きく舵を切る姿勢を鮮明にしているにもかかわらずだ。ロシア側が日本の方針変更に何の関心ももっていないことが、これではっきりした。6月のG2020カ国・地域首脳会議)までに決着させるという政府の目標実現は遠のいたというべきだろう。

首相発言もトーンダウン

 最高気温が氷点下15度、凍えそうなほどのモスクワ、クレムリン(大統領府)で行われた両首脳による話し合いは、続くこと3時間。プーチン氏は、安倍首相を自らの執務室に招き入れ、父親の写真をみせながら、その思い出を語るなど、精一杯のサービスにこれつとめたという。
 しかし、結果はどうだったか。元島民の3回目の空路墓参、4島での共同経済活動促進などで合意した程度で、そればかりか、両国の貿易額を数年間で1.5倍の300億㌦に拡大することを日本側は約束させられた。
 会談終了後の記者会見で首相は、領土問題での進展があったかについて詳しく説明することを避けた。それどころか、「戦後70年以上残された問題の解決は容易ではない」と不機嫌な表情を隠さなかった。昨年1114日、シンガポールでプーチン氏と会談した際、「残されてきた課題を次の世代に先送りすることなく、私とプーチン大統領との手で必ずや終止符を打つ」と見得を切ったことにくらべると、大きな違いだ。
 プーチン大統領も、このところロシア側がみせている強硬論に同調するような発言こそは避けたものの、「両国にとって」受け入れ可能な解決策をみいだすために、今後も長く綿密な作業が必要だーと強調。具体的事業に言及しながら、領土問題への関心よりも、日本からの経済協力を引き出すことが先決と思惑を繰り返しにじませた。
 東京での留守役、菅官房長官も、ことここにいたっては楽観的な見通しを放棄せざるを得なくなった。「すぐに結論が出るようななまやさしい問題ではない」(123日の記者会見)と厳しい認識を披瀝、交渉が長期化する見通しを示唆した。

「2島返還」は大胆な転換だったが

 今回の首脳会談をめぐって、昨年秋から暮れにかけて、日本国内では「2島+アルファ」という方式で領土問題が大きく進展するかもしれないという楽観的な観測がなされていた。歯舞群島、色丹島の返還を優先させ、国後、択捉については見送り、両島の経済活動で日本を優遇するというのが、この考え方だ。従来の政府の方針からの大きな転換になるだけに、あくまでも「4島返還」を求めるべきという立場の人たちを中心に疑念と論議を呼んでいた。
 「2島+アルファ」が浮上したのは、昨年11月、シンガポールにおける両首脳の会談だった。戦争状態の終結、国交の正常化と歯舞、色丹両島の日本への「引き渡し」が明記された1956(昭和31)年の日ソ共同宣言を「交渉の基礎」とすることで合意し、それに続く12月のブエノスアイレスでの会談で、河野、ラブロフ両外相をそれぞれ交渉の責任者とすることが決まった。
 安倍首相はシンガポール会談直後の1126日の衆院予算委員会で、「私たちの主張をしていればいいということではない。それで(戦後)70年間まったく(状況は)変わらなかった」と述べ、「4島返還」要求を放擲して「2島返還」へと方針を転換することを事実上明らかにした。
 こうした動きを受けて、年明け早々の2019年1月14日、河野外相がモスクワでラブロフ外相と会談したが、その過程で、日本側の方針変更にもかかわらず、ロシア側はむしろ以前にも増して強硬、かたくなな姿勢にでて、従来の姿勢に何ら変化のないことを鮮明にした。ラブロフ外相は、河野外相との会談で、「南クリル諸島(北方領土のロシア側呼称)は第2次大戦の結果、ロシア領になったことを日本側が認めない限り、交渉は進展しない」という不当な歴史認識を繰り返す厚顔ぶり。安倍首相が、北方領土返還の場合、ロシア人住民に帰属の変更を理解してもらう必要があるという旨の発言をしたことに対しても「受け入れがたい」と強く非難した。
 こういう状況のなかで今回のモスクワ会談。成果をみずに終わったことで、はっきりしたのは、「2島+アルファ」という日本側にとっては大きな方針転換であるにもかかわらず、ロシア側はこれに応える意志がまったくないということだ。2島はもちろん、1島いや1片の土地、石ころひとつすら返す意志を持たないだろう。
 返還に反対するロシア国民による集会がモスクワにまで拡大したなど国内事情、世論の動きをプーチン政権が気にしているのかもしれないが、日本側にとっては、いわば熱意に冷や水を浴びせられた格好になったというべきだろう。
 「解決は容易ではない」と首相発言が交代したのも、だれよりも自身が先方の硬い姿勢を感じ取ったからではないか。日露外相会談翌々日の116日付、産経新聞は社説に当たる「主張」で、「〝2島〟戦術破綻は鮮明」という見出しを掲げ、これまでの基本方針を安易に放擲したことに苦言を呈し、「4島の返還を要求するという原則に立ち返るべき」と説いた。その通りだろう。

ロシアは歴史を欺くな

 誤解を恐れずに言えば、「2島返還」などという将来に大きな禍根を残す決着が見送られたのはむしろ幸いだったとみるべきかもしれない。
 北方領土に関する日本政府の戦後一貫した方針はいうまでもなく「4島返還」だ。国後、択捉、歯舞、色丹は歴史的経緯に照らして、日本固有の領土であり、かつて一度も他国の領土となったことはない。旧ソ連は第2次大戦末期、日ソ中立条約を無視して日本に参戦、わが国がポツダム宣言を受諾した後の1945(昭和20)年818日から95日までの間に、どさくさにまぎれて、国後、択捉、色丹及び歯舞群島の4島を不法に占拠した。こうした「不法占拠」の事実は、外務省発行の公式パンフレット「われららの北方領土」に詳しい。「第2次大戦の結果ロシア領になった」というラブロフ発言など、歴史を誣いること甚だしい妄言といわざるをえない。
 そもそも「2島引き渡し」が謳われた1956年の「日ソ共同宣言」にしても、付随して交換された松本俊一全権とグロムイコ外務次官(いずれも当時)の書簡に、「正常な外交関係を再開した後に領土問題を含む平和条約交渉を継続する」と間接的表現ながら、国後、択捉の返還交渉に言及されている。宣言が歯舞、色丹両島の引き渡しだけに限っている、と解釈するのは完全な誤解であり、そうでなければ、解決を急ぐために故意に事実関係を無視しているかだろう。

国後、択捉断念は主権放棄に等しい

 歴史的経緯から明らかなように、国後、択捉両島は不法占拠された日本固有の領土であり、これら2島の返還を自ら断念することは、主権の放棄に等しい愚挙だ。いや愚挙という言葉で済ますにはあまりに重大な結果を招くだろう。「不法であっても、居座ってさえいれば、日本はいつかあきらめる」という誤ったメッセージを他国に与え、尖閣諸島、竹島問題で中国、韓国にロシアと同じ対応を取らせる余地を与えかねない。
 松本グロムイコ書簡を含め日ソ共同宣言を正しく解釈して歯舞、色丹を先行して返還させるというならいい。国後、択捉の主権が日本にあることを明確にロシアに認めさせ、返還時期、方式について継続協議するという方法なら、将来の完全返還に望みを託すことも可能だからだ。このアイデアは宮沢内閣時代の1992(平成4)年に先方に伝えた経緯がある。
 しかし、安倍首相は「私とプーチン大統領の手で必ずや終止符を打つ」と言っているのだから、やはり「2島返還」または「2島+アルファ」で最終決着をつける考えなのだろう。

70年間変わらず」は事実か?

 安倍首相は過去の交渉をかえりみて、「70年、変わらなかった」といっている。確かに解決には至らなかったが「変わらなかった」というのは事実だろうか。
 冷戦時代、「領土問題は存在しない」というけんもほろろのロシアに対して、日本政府は粘り強く、本当に粘り強交渉し、少しずつではあるが事態を進展させてきた。
 1973(昭和48)年の田中角栄首相とブレジネフ・ソ連共産党書記長(いずれも当時)の会談で、「第2次世界大戦からの未解決の諸問題」に「4島」が入ることを先方に初めて認めさせ、その後、巻き返しにあいながらも、1993年(平成5)年には、4島を明記して帰属の交渉を継続するという東京宣言(細川護煕首相とエリツィン大統領=いずれも当時)にこぎつけた。かつて旧ソ連は「北方領土」という言葉を口にするだけで無視する姿勢を取ってきたことを考えればまさに隔世の感がある。「70年変わらなかった」という発言は、こうした過去の努力への敬意を欠くと言わざるを得ない。いま「4島返還」を断念すれば、過去の労苦は何だったのかということになってしまう。

国民に空しい期待与えるな

 これまた、誤解を恐れずに言えば、主権を放棄して嘲笑を浴び、近隣諸国につけ込む隙を与えるよりも、時間がかかってもあくまでも本来の目的「4島返還」をめざすべきというのが取るべき道ではないか。プーチン以後の政権の登場を待ってロシアの国内事情が変化するのを待つのもひとつの方法かもしれない。
 政治家の胸の内など想像すべくもないが、口さがない人たちは、首相の意図について憶測をめぐらす。2島返還を有利な材料にして、衆参ダブル選挙に打って出るとか、いずれ憲政史上最長の在任期間を迎えるから、後世に名を残す「遺産」作りに腐心しているーなどだ。
 むろん、首相が個人的思惑や〝政局判断〝〟から領土問題の解決を急ぐなど、あろうはずがない。意見を異にする人がいるとすれば、政策選択の問題だろう。解決は簡単ではないと知りながら、中国牽制のため、ことさら日露関係に進展があるかのように装う深慮遠謀も首相のハラにあるのかもしれない。

 ともあれ、「2島返還」による早急な決着は困難になった。首相はじめ外交の衝にあたる政治家、政府高官は、とりあえず国民に交渉の現状を率直に説明、そのうえであらたな解決策を模索し、広く協力を求めるべきだろう。国民に空しい期待、希望を持たせることほど罪なことはない。

歯舞群島は10島からなる群島です。

色丹島は、歯舞群島とあわせて北海道の一部です。

〈管理人より〉ロシアとの経済活動は大きな国益伸長の可能性を秘めています。そのうえで日ソ共同宣言の約束が守られて、歯舞群島と色丹島が引き渡されるならこれが我が国にとっても不幸な解決とは思えません。国民それぞれが注視していきましょう。



2019年1月22日火曜日

新たな防衛大綱の評価と課題2018-2019 ~競争時代の防衛戦略とは?~


新防衛大綱、いずも「空母化」議論は本質ではない

新たな防衛大綱の評価と課題(前編)
村野 将 (岡崎研究所研究員)
 20181218日、政府は新たな「防衛計画の大綱(防衛大綱)」と「中期防衛力整備計画(中期防)」を閣議決定した。発表に際して特にメディアの注目を集めたのが、いずも型護衛艦の改修およびF-35Bの導入に絡む、いわゆる「空母化」問題であった。防衛大綱は、中長期的な自衛隊の体制を示す文書であるから、特定の装備品の取得・改修に注目が集まるのも無理はない。しかし、護衛艦や戦闘機といった単一の装備品だけを見ていても、防衛大綱が描こうとする日本の防衛戦略の全体像を評価することはできない。まして、「攻撃型空母」や「多用途運用護衛艦」といった空母の定義をめぐる議論や、それが専守防衛の原則に反するかどうかといったような議論は、(政府説明の正当性を問うべき論点ではあっても)防衛戦略の有効性を検証する上では直接関係のない、本質から外れた議論である。
護衛艦「いずも」の「空母化」問題が話題だが……(写真:新華社/アフロ)
 そこで本稿では、(1)防衛大綱とはどのような性格の文書なのか、(2)防衛戦略とはどのように組み立てられるものなのか、という基本的なポイントを押さえながら、新たな大綱を筆者の視点から評価してみたい。
*防衛大綱は策定された元号をとって、「2013年(平成25年)版の防衛大綱=25大綱」「2018年(平成30年)版防衛大綱=30大綱」と略称されることが多い。以下の記述はこれに準じる。

日本の戦略文書体系と防衛大綱の位置付け

 今日、日本の安全保障・防衛に関する戦略・政策文書は、外交政策及び防衛政策を中心とした国家安全保障の基本方針を示す「国家安全保障戦略」、10年程度先の将来を想定した防衛力整備及び防衛戦略の指針である「防衛大綱」、今後5年間の具体的な装備調達計画である「中期防」からなり、これらに基づいて毎年の予算が要求・策定されることになっている。国家安全保障戦略防衛戦略調達計画年度予算という階層的な文書体系は、米国などの諸外国と比べてもスタンダードなものだが、日本政府が現在の文書体系を整えたのは、前回の改定=201312月からと比較的最近である。
 そもそも、各国の戦略文書が階層的に構成されているのは、その国が目指したい国家観・世界観=ビジョンを上位の文書で示し、それが下位の防衛戦略や調達計画にどのように繋がっていくかを国内外に透明性のある形で説明するためである。中でも防衛大綱は、(1)情勢認識や防衛の基本方針といった概念、(2)自衛隊の体制整備の方向性、そして(3)戦闘機や艦艇の数など具体的な戦力構成を示す「別表」という、概ね3つの要素から構成されているが、2013年に初めて国家安全保障戦略が策定されるまで、ビジョンに相当する記述は防衛大綱の(1)の部分に書き込まれていた。
 だが、防衛大綱は本来防衛力整備の方針を示すための文書であるから、あまり広範な内容を大綱に詰め込むことは文書の性格上、適切ではない。そうした観点から、2013年に改めて日本の外交・安全保障・防衛戦略を司る文書体系が整理されることとなった(*結果、201312月には国家安全保障戦略、防衛大綱、中期防が同時に閣議決定・公表された)。
 ところが今回、国家安全保障戦略の見直しは行われていない。これは本来の戦略策定プロセスからすると、些か不自然である。防衛大綱は、名目上10年程度の将来を見越したものではあるが、実際のところ近年の大綱は、6年(16大綱→22大綱)、3年(22大綱→25大綱)、5年(25大綱→30大綱)とかなり短期間で改定されている。この不定期な見直しの背景には、政権交代といった内政上の要因も含まれるものの、より本質的な要因としては、日本の安全保障環境が極めて速いスピードで変化していることが大きい。今回の大綱でも、「策定の趣旨」や「我が国を取り巻く安全保障環境」の項目で、国際社会のパワーバランスの変化が加速化・複雑化し、既存の秩序をめぐる不確実性が増大していることを見直しの理由として挙げている。
 当然、防衛戦略の前提となる情勢認識と、より包括的な安全保障戦略の情勢認識は一致しているべきものであるから(*事実、国家安全保障戦略と25大綱の前半部分の内容は、かなり重複している)、防衛大綱の記載する情勢認識だけを大幅に変更して、国家安全保障戦略を改定しないとなれば、階層的に作られているはずの文書体系の繋がりに歪みが出てきてしまう。

既に現れている2つの問題点

 既にその弊害は、次の2点に現れている。
 第一の問題点は、国家安全保障戦略と30大綱で描かれているビジョンの乖離である。20168月、安倍首相はケニアで開かれたアフリカ開発会議(TICAD)において「自由で開かれたインド太平洋」という戦略/構想を打ち出し、以後米国や豪州、インドなどの地域民主主義諸国をこの流れに引き込もうと積極的なアプローチを展開している。この「自由で開かれたインド太平洋(戦略/構想)」は、現在日本が目指す外交・安全保障政策上のビジョンと銘打つに相応しいものだろう。
 ところが、現行の国家安全保障戦略には「インド太平洋」という文言が一つも見当たらない。もっとも30大綱では、「自由で開かれたインド太平洋(戦略/構想)」との連関を意識して書かれている箇所が複数存在するため、大綱を単独の文書として読む分には、一定の整合性は取れている。しかし元をたどれば、2013年に国家安全保障戦略が策定されたのは、従来防衛大綱が安全保障政策のビジョンを描く役割を担ってきた形式を改める狙いがあったことを踏まえると、今回の戦略策定プロセスは2013年に整理した階層的な文書体系を、以前のスタイルに逆戻りさせてしまったように見える。
 第二の問題点は、日本を取り巻く安全保障環境の潮流と、ビジョンである「自由で開かれたインド太平洋(戦略/構想)」、それらを支える防衛力整備の方向性をどのような形で融合させるかという視点が、曖昧にされたままになってしまったということだ。より端的に言えば、30大綱は中国の軍拡に厳しい評価をしているにもかかわらず、中国との「競争」を日本自身がどのように捉え、その「競争」にいかにして打ち勝つかという視点が必ずしも一貫していない。
 対照的な例として米国の戦略文書を見てみると、201712月の「国家安全保障戦略(NSS2017)」では「大国間競争」、20181月の「国家防衛戦略(NDS2018)」では「長期の戦略的競争」という表現を用いて、米中関係が「競争」関係にあることを明確にしており、特にNSS2017では「中国はインド太平洋において米国に取って代わろうとしている」「インド太平洋では世界秩序をめぐって自由と抑圧の地政学的競争が生じている」との記述も見受けられる。
 また、米国の戦略文書で言及されている「競争」には、いずれも「競争戦略(competitive strategy)」の要素が含まれているという点も指摘しておかなければならない。競争戦略とは、軍事・技術・経済といった様々な分野・領域の中から自陣営が優位に立てる分野・領域を特定してそれを維持しつつ、相手には不利な分野での競争を強いてコストを賦課すること(cost-imposing)により徐々にリソースを浪費させ、中長期的な競争に打ち勝つことを目的とする概念である。
 この「競争戦略」や「コスト賦課」という概念が、実際の防衛戦略の中にどのように反映されているかを意識しておかないと、たとえ中国の軍拡に対して厳しい評価を下し、各分野で防衛力の強化を行うにしても、そのポートフォリオの方向性が適切かどうかを判断する軸がブレてしまう。そのため、筆者は「我が国を取り巻く安全保障環境」の項目において、中国との関係がどのように記述されるかに注目していた。

中国の存在感、国家間競争、米国の役割に変化

 実際の記述は以下の通りである。ここでは2013年からの情勢認識の変化を明確にするため、25大綱と30大綱の当該箇所を並べて抜粋してみた。
旧(25大綱)
グローバルな安全保障環境においては、国家間の相互依存関係が一層拡大・深化し、一国・一地域で生じた混乱や安全保障上の問題が、直ちに国際社会全体が直面する安全保障上の課題や不安定要因に拡大するリスクが増大している。また、中国、インド等の更なる発展及び米国の影響力の相対的な変化に伴うパワーバランスの変化により、国際社会の多極化が進行しているものの、米国は、依然として世界最大の国力を有しており、世界の平和と安定のための役割を引き続き果たしていくと考えられる。(下線部筆者)
新(30大綱)
国際社会においては、国家間の相互依存関係が一層拡大・深化する一方、中国等の更なる国力の伸長等によるパワーバランスの変化が加速化・複雑化し、既存の秩序をめぐる不確実性が増している。こうした中、自らに有利な国際秩序・地域秩序の形成や影響力の拡大を目指した、政治・経済・軍事にわたる国家間の競争が顕在化している。(下線部筆者)

 2つの大綱を比較してみると、どちらも似たような単語が使われているものの、パラグラフ全体が意味するところはかなり変化している。この変化は、続く「Ⅱ-2各国の動向」にある米国に関する記述と合わせて読むと興味深い。
米国は、依然として世界最大の総合的な国力を有しているが、あらゆる分野における国家間の競争が顕在化する中で、世界的・地域的な秩序の修正を試みる中国やロシアとの戦略的競争が特に重要な課題であるとの認識を示している。

 以上の記述からは、情勢認識の変更点として、(1)パワーバランスの変化要因として中国の存在がより大きくなったこと、(2)秩序形成をめぐり様々な領域で国家間競争が存在していること、(3)米国が「世界の平和と安定のための役割を引き続き果たしていく」ことを自明視しなくなっていることが読み取れる。

中国に対する政治的配慮か

 実は「各国の動向」に相当する項目の記述順序も、25大綱の「北朝鮮中国ロシア米国」から、30大綱では「米国中国北朝鮮ロシア」と変化している。こうした変更の背景には、おそらく2つの意味があるのだろう。
 一つは、トランプ政権の誕生に伴い、米国の国際秩序に対するコミットメントのあり方が変化しているということだ。これは米国が世界最大の総合的国力を有することは認めながらも、25大綱にあった「世界の平和と安定のための役割を引き続き果たしていくと考えられる」という記述を削除していることとも一致する。
 もう一つは、中国との戦略的競争をあくまで米国の認識として客観的に記述することで、日本自身が中国との関係を戦略的競争と規定するか否かについては、明言を避けたということである。30大綱では、「中国の軍事動向等は我が国を含む地域と国際社会の安全保障上の強い懸念となっている」との指摘はあり、体制整備の中長期的な方向性も、北朝鮮はもとより中国対処に重点が置かれている。それにもかかわらず、大綱全体で「中国は日本/日米同盟にとっての戦略的競争相手である」と言及していないことには違和感を覚える。
 これは中国側に対し、「日本は中国を具体的脅威とみなして、防衛力整備を行なっているわけではない」と説明するための政治的配慮なのであろう。そこには日中関係改善の兆しがある中で、余計な摩擦を避けようとする狙いもあるのかもしれない。同様の配慮は、「自由で開かれたインド太平洋」という概念を「戦略」とするか、「構想」とするかといった議論の中にも見え隠れする。
 しかしながら、日本の戦略文書における記述をいかに配慮したとしても、中国がそれに応じて、国際秩序に対する態度や長期的な軍備増強の趨勢を変化させるとは考えられない。それに「自由で開かれたインド太平洋」という概念が、リベラルな政治経済体制や国際的なルール・秩序を重んじるものであるものならば尚更、いずれかの段階で中国との間に戦略的競争の側面が生じてくることは避けられないだろう。
 だとすれば、日本の安全保障環境、戦略ビジョン、防衛力整備の方向性を一貫性のあるものとして国民に説明するにあたっては、日中間に戦略的競争の側面があることを明確にした上で、その妥当性を訴える方がより適切だったのではないだろうか。

中国・北朝鮮に対する脅威認識は的確

 ビジョンと具体的戦略の連関性についてはやや厳しい評価をしたものの、中国・北朝鮮の脅威認識に関する個別の記述は、非常に的確である。
 30大綱では25大綱と順序が逆になり、中国についての記述が北朝鮮よりも先にきている。そこでは「透明性を欠いたまま、高い水準で国防費を増加させ、核・ミサイル戦力や海上・航空戦力を中心に、軍事力の質・量を広範かつ急速に強化」すると同時に、「指揮系統の混乱等を可能とするサイバー領域や電磁波領域における能力を急速に発展させ」「対衛星兵器の開発・実験を始めとする宇宙領域における能力強化も継続」し、更には「ミサイル防衛を突破するための能力や揚陸能力の向上を図っている」と、その軍拡の特徴が網羅的に指摘されている。ここで示されている認識が、後半に記述されている自衛隊の体制整備にあたり、宇宙・サイバー・電磁波領域への投資や、総合ミサイル防空能力を優先的に強化する主たる理由づけとなっていることは言うまでもないだろう。
 北朝鮮に関する項目では、2018年に行われた南北首脳会談や米朝首脳会談の影響については一切言及せず、「近年、前例のない頻度で弾道ミサイルの発射を行い、同時発射能力や奇襲的攻撃能力等を急速に強化してきた」として、能力向上の側面を的確に指摘している。更に注目されるのは「核実験を通じた技術的成熟等を踏まえれば、弾道ミサイルに搭載するための核兵器の小型化・弾頭化を既に実現しているとみられる」という記述である。20188月末に公表された「防衛白書」では「核兵器の小型化・弾頭化の実現に至っている可能性が考えられる」という表現であったことを踏まえると、この間に北朝鮮の核弾頭搭載能力に対する日本政府の情報評価に、より確信を強める変化があったものと思われる。この他、非対称的な軍事的能力として大規模なサイバー部隊を保持し、他国の軍事機密窃取や重要インフラへの攻撃能力開発を行なっている、と指摘されている点も重要である。
 他方、ロシアに関する項目は、3行(25大綱)から5行(30大綱)に増えているが、中国や北朝鮮に割かれている分量からすると僅かに過ぎない。加筆部分についても「北極圏、欧州、米国周辺、中東に加え、北方領土を含む極東においても軍事活動を活発化させる傾向」にあるとの評価があるものの、日本に対する直接的な軍事的懸念・脅威であるとは認識されていない。これは上位文書である国家安全保障戦略がロシアに関する脅威認識に全く言及しておらず、空自のスクランブル体制などの一部を除けば、それが自衛隊全体の体制整備の方向性に殆ど影響を与えていないという点では、論理は一貫している。

「主体的・自主的」な努力の強調

 我が国の防衛の基本方針」では、安全保障環境認識が自衛隊の体制整備の方向性とどのように結びつくのかという論理が示されている。そのうち、「Ⅲ-1(2)防衛力の意義・必要性」という項目は特に重要なので、以下に当該箇所を抜粋した。
防衛力は、我が国の安全保障を確保するための最終的な担保であり、我が国に脅威が及ぶことを抑止するとともに、脅威が及ぶ場合にはこれを排除し、独立国家として国民の生命・身体・財産と我が国の領土・領海・領空を主体的・自主的な努力により守り抜くという、我が国の意思と能力を表すものである。

同時に、防衛力は、平時から有事までのあらゆる段階で、日米同盟における我が国自身の役割を主体的に果たすために不可欠のものであり、我が国の安全保障を確保するために防衛力を強化することは、日米同盟を強化することにほかならない。また、防衛力は、諸外国との安全保障協力における我が国の取組を推進するためにも不可欠のものである。

このように、防衛力は、これまでに直面したことのない安全保障環境の現実の下で、我が国が独立国家として存立を全うするための最も重要な力であり、主体的・自主的に強化していかなければならない。(下線部筆者)

 ここでは、日本の「主体的・自主的」な努力・強化という記述が目を引く。25大綱では「主体的」という表現が、防衛力整備と多国間協力促進の文脈でそれぞれ1回用いられていたが、30大綱では「主体的・自主的」という表現がセットで計5回(*「主体的」は計8回)繰り返されている。この背景に、「公平な負担」を求めるトランプ政権の同盟観が意識されているのは間違いない。実際、米国のNSS2017では、米国が強さを通じて敵対者の抑止・打倒を追求するのと同じように「同盟国にも、近代化、必要な能力の取得、即応性の改善、戦力規模の拡大、勝利への政治的意思の確認を必要とする」と述べられている。
 だが誤解してはならないのは、ここで示されている「主体的・自主的」な努力の方向性は、米国との「決別」を意味するわけではないということだ。それは上記抜粋にある、日米同盟に関する記述との前後関係を見ても明らかである。すなわち、日本が「主体的・自主的」な努力をすることは、米国の防衛コミットメントが信用できないから、日米同盟を解消していわゆる「自主防衛」路線に舵を切るということを意味するのではなく、自らの防衛力を強化して役割を拡大することが、日米同盟の抑止力及び対処力を相乗的に強化するという論理なのである。
 このような論理に対しては、「日本はトランプ政権によって、不要な負担・役割を押し付けられた」という批判があるかもしれない。しかし、冒頭の「我が国を取り巻く安全保障環境」で示された情勢認識を合わせて考えれば、そうした批判は説得力を持たない。上記の記述がトランプ政権の同盟観を反映している側面はあるにせよ、直面している安全保障環境の厳しさに応じて、日本が「主体的・自主的」に役割・任務・能力を強化していくことは当然と言えるからだ。寧ろ議論すべきポイントは、「主体的・自主的」な努力を行うにあたって、限りある予算を「競争戦略」や「コスト賦課」の観点から効率的に配分することができているかという点だろう。


自衛隊には何が足りない?「競争」時代の防衛戦略とは


新たな防衛大綱の評価と課題(後編)

村野 将 (岡崎研究所研究員)
 20181218日に閣議決定された防衛大綱。メディアの注目を集めたのはいわゆるいずも型護衛艦の「空母化」問題だったが、その議論は防衛戦略の有効性を検証する上では、本質的ではない。防衛大綱とはどのような性格の文書なのか、防衛戦略とはどのように組み立てられるものなのか、評価をしてみたい。
写真:AP/アフロ

30大綱のキャッチフレーズ「多次元統合防衛力」とは

 30大綱のキャッチフレーズである「多次元統合防衛力」とは、陸・海・空の従来領域のみならず、宇宙・サイバー・電磁波といった新領域とが組み合わさった戦闘様相に対応するため、「個別の領域における能力の質及び量を強化しつつ、全ての領域における能力を有機的に融合し、その相乗効果により全体としての能力を増幅させる領域横断(クロス・ドメイン)作戦により、個別の領域における能力が劣勢である場合にもこれを克服し」「平時から有事までのあらゆる段階における柔軟かつ戦略的な活動の常時継続的な実施を可能とする、真に実効的な防衛力」と説明されている。
 このような概念は、今後自衛隊が目指していく方向性として妥当であり評価できるものだが、皮肉な言い方をすれば、現在の防衛省・自衛隊の体制は、向き合うべき潜在的脅威に対して既に遅れをとっていることの裏返しとも言えるだろう。これまで十分な投資が行われてこなかった宇宙・サイバー・電磁波領域の重要性を認識し、資源配分をしっかりと行なっていくという以外においては、多次元統合防衛力は、基本的に25大綱で掲げられた「統合機動防衛力」の延長線上にある。統合機動防衛力は、「各種活動を下支えする防衛力の「質」及び「量」を必要かつ十分に確保し、抑止力及び対処力を高めていく」ことを目指したもので、その方向性自体は既に適切であった。
 しかしそれでも、30大綱では「近年では、平素からのプレゼンス維持、情報収集・警戒監視等の活動をより広範かつ高頻度に実施しなければならず、このため、人員、装備等に慢性的な負荷がかかり、部隊の練度や活動量を維持できなくなるおそれが生じている」との危機感が述べられており、25大綱で目指した戦力構成から、(宇宙・サイバー・電磁波を含めた)更なるアップデートを行う必要性が訴えられている。

防衛力整備の基本的な考え方

 では、今後達成すべき必要かつ十分な防衛力の質と量とは、どのような方法論で導かれているのだろうか。それは「Ⅲ-1(3)防衛力が果たすべき役割」という小項目と、それに続く「防衛力強化にあたっての優先事項」「自衛隊の体制等」という各章の連関に注目することで徐々に読み解くことができる。
 そもそも、防衛力整備を行うにあたっては、(1)どのような完成像を描くのか、(2)完成像に到達するまでにどのぐらいの時間とコストがかかるか/かけられるか(時間軸と予算の整合性)、(3)その完成像を独自の水準で決めるのか、それとも他国との相対的な所要で決めるのか(脅威分析や彼我の能力見積もり)といった要素が重要となる。
 (1)の完成像は、時の内閣や政治が責任を持ち、より上位の戦略文書で示されるビジョンに沿って決められることが望ましい。この点において、今回国家安全保障戦略を同時に見直すべきであったことは先に指摘した通りである。
 (2)予算上の整合性や(3)彼我の能力見積もりについては、中長期的な防衛力整備の持続可能性と関係するので、それらはまとめて考える必要がある。
 元々冷戦期の日本は、防衛力整備の基本理念として、脅威対抗論に立たずに独自の水準を設定し、その目標を達成するための防衛力の積み上げていく、いわゆる「基盤的防衛力構想」を採用していた。基盤的防衛力構想は、自衛隊の運用よりも存在を重視し、自衛隊を機能的・地理的に欠落のないよう全国に渡って均等に張り付けることで、日本自らが「力の空白」にならないことを目的としていた。しかし、冷戦終結によってそれまで想定されていたような本格的侵攻の蓋然性が薄れ、テロや国際平和協力活動といった新たな脅威・事態への対処(16大綱)や、南西方面での機動的な運用の重要性(22大綱・25大綱)が高まると、徐々に基盤的防衛力構想からの脱却が図られるようになった。
 その結果、現在の防衛力整備は、独自の水準に基づく積み上げではなく、将来対処すべきと思われる事態及び事態の様相(シナリオ)を複数見積もった上で、現在の自衛隊に不足している統合能力・機能領域を科学的に導き出し、現在と将来とのギャップを埋めていくという発想の上に成り立っている。これは「基盤的防衛力」の対抗概念である「所要防衛力」に近い性格を持つものとされる。
したがってこの作業フローでは、(1)対処すべきシナリオの設定、(2)能力ギャップの特定(能力評価)、(3)ギャップを埋めていくポートフォリオの優先順位付けが重要になる。評価に用いられているシナリオや具体的な能力パラメータは非公開であるが、この評価手法の原型とされる米国の「能力ベースプランニング」と呼ばれるアプローチを参照すると、どのような作業が行われているかの大枠はイメージすることができる。
 米国では、評価に用いるシナリオを必要に応じて数十通り作成すると言われているが、グローバルな兵力展開を前提とする米軍と、ある程度対処局面が限定される自衛隊とでは、当然評価シナリオの内容やパターンに違いがあると考えるのが自然だ。想像の域を出ないものの、常識の範囲内で考えれば、朝鮮半島有事や南西正面での島嶼防衛といった大まかな地域別事態を想定した上で、各種事態の様相に応じてシナリオを細分化しているものと推測される。

現在の自衛隊が抱える能力ギャップをどう埋めるか

 これらのシナリオと所定の評価基準に基づいて、統合運用の観点から、現在の自衛隊が抱える能力ギャップを特定する能力評価が行われる。ここでも米軍で用いられている評価項目を参考にすると、まず統合能力は、戦力運用、指揮統制、戦闘空間認識、ネットワーク、防御、兵站といった機能に分類され、更に各機能の構成要素が細かく階層別に整理される。例えば、戦力運用に関する機能は、対水上作戦、対潜水艦作戦、防勢対航空作戦、防空網制圧作戦、宇宙コントロール作戦といった統合作戦を行う際のドメイン別の能力に分類され、更にそれらの作戦を実施するのに必要な機能分野が細分化される。これらを具体的な評価シナリオに当てはめてシミュレーションを実施すると、現時点での能力ギャップが科学的に導き出されるという仕組みである。
 ただし、能力評価の結果は防衛力整備に直結するわけではない。ここで科学的に導き出されるのは、機能・能力ギャップだけであり、それらを埋めるために必要となるポートフォリオの優先順位は、防衛技術基盤の維持といった要素や、財務省・陸海空各幕内での予算折衝といった様々な政治判断を含む形で選択的に決定されていくからだ。
 例えば、10の機能・能力領域にわたって計1000ポイント分の能力ギャップが明らかになったとする。そのうち次期予算サイクルの執行予算規模で埋めることのできるギャップが500ポイント分だったとき、これらをどのように埋めていくかは防衛計画に関わる当局者とそれに指示を与える政治的意思に委ねられている。またギャップを埋める追加投資を行うにあたっては、目標水準に到達するまでにあと少しなのか、圧倒的不足があり510年の投資では焼け石に水なのか、あるいは純軍事的には必要であっても、政治的・法的制約から実運用が困難な場合……というように、各機能・能力ギャップには質的・量的な違いがあるため、使える500ポイントを均等に割り振ればよいわけではない。
 例えば、評価の結果、戦闘機への対処能力に不足が見つかったと仮定してみよう。これを是正する方策には、(1)空対空戦闘能力の向上(a戦闘機の能力向上[機動性、ステルス性、兵装搭載量、レーダー性能等]、b戦闘機の量的強化、c空対空ミサイルの能力向上(誘導性能、長射程[スタンドオフ]化等)、d搭乗員の訓練改善、(2)地対空・艦対空戦闘能力の向上(長射程対空ミサイルの前方・分散配備)、(3)戦力増幅機能の向上(a早期警戒管制能力、b空中給油能力、c電子戦能力、d飛行場等の兵站基盤の増強)、(4)統合作戦構想の見直し……などのように様々な選択肢がある。
 あるいは戦闘機の能力や数で劣勢にある場合でも、相手の出撃拠点となる航空基地や兵站支援拠点を攻撃したり、指揮通信機能をサイバー攻撃によって弱体化させることができれば、戦闘機と直接交戦する機会を減らして、航空優勢を維持できるかもしれない。また、これらの能力を重複させて運用に柔軟性を持たせるという考え方もあれば、ある能力の欠落を他領域の量的強化で補うという考え方もあろう。他にも、対北朝鮮有事で優先されるのは、一義的には弾道ミサイル防衛能力だが、対中国有事を想定する場合には、弾道ミサイル以外にも、巡航ミサイルや戦闘機などの経空脅威対処、対艦攻撃能力の強化といった必要が生じるように、潜在的脅威が表面化するシナリオのパターンによって重視すべき能力は変わってくる。
宇宙・サイバー・電磁波領域における能力獲得とその強化
 前述のように、これらの評価結果は、現在の自衛隊の弱点を露呈することと同じであるため、当然非公開である。しかし、防衛大綱に記載されている「Ⅲ-1(3)防衛力が果たすべき役割」という小項目と、それに続く「防衛力強化にあたっての優先事項」「自衛隊の体制等」にある記述を合わせて読むことで、どのような評価が導かれたのかをある程度推測することはできるだろう。
 最もわかりやすい例は、30大綱全体で何度も強調されている、宇宙・サイバー・電磁波領域における能力獲得とその強化である。これらはいかなるシナリオを想定するにしても、現代の戦闘様相を支える指揮統制・情報通信ネットワークや、各種ミサイルを含む多様な経空脅威に対する早期警戒能力の要となるものであり、強化の方向性は理にかなっている。また、宇宙・サイバー・電磁波いずれの領域においても、相手から妨害・攻撃を受けた場合に被害を局限し、機能を保証する手段の一つとして、各領域での相手の活動を妨げる能力を自衛隊が獲得・強化していくことが盛り込まれている点も評価できる。
 ただし、宇宙・サイバー・電磁波領域で「優位」を確保すると言う場合、どのような質的・量的評価基準を設けて、その判断を行うのかはよくわからない。また、有事の際に「攻撃に用いられる相手方のサイバー空間の利用を妨げる能力」を追求するには、「自衛隊の指揮通信システムやネットワークに係る常時継続的な監視」を行うだけでは不十分であり、平素から相手のネットワークに侵入して有事に移行する段階で即座に妨害を仕掛けるための脆弱性をあらかじめ特定しておく必要がある。果たして、自衛隊がそのような平素からの攻勢的対サイバー作戦を行うつもりなのか、あるいは法的・能力的にそのような作戦を行いうるのかについては、30大綱の記述からは読み取れない。

平時からグレーゾーン事態に対応するために

 第二は、いわゆる「プレゼンス・オペレーション」のための能力である。「Ⅲ-1(3)防衛力が果たすべき役割」のうち、「ア 平時からグレーゾーンの事態への対応」という項目では、「積極的な共同訓練・演習や海外における寄港等を通じて平素からプレゼンスを高め、我が国の意思と能力を示すとともに、こうした自衛隊の部隊による活動を含む戦略的なコミュニケーションを外交と一体となって推進する」という一文に加えて、「全ての領域における能力を活用して、我が国周辺において広域にわたり常時継続的な情報収集・警戒監視・偵察(ISR)活動を行うとともに、柔軟に選択される抑止措置等により事態の発生・深刻化を未然に防止する」という記述が続いている。
 ここでいう「柔軟に選択される抑止措置」とは、米国防省では”flexible deterrent optionsFDO”と呼ばれている概念で、「敵国の活動に適切なシグナルと影響を与えるため、事前に計画され、外交・情報・軍事・経済の各要素を慎重に組み合わせて行われる活動」とされる。FDOに相当する記述は、20154月に策定された「日米ガイドライン」に既に含まれていたが、それを大綱において、日本自身が重視する防衛力の役割として再度強調しているのは、プレゼンス・オペレーションを支える能力が自衛隊の体制整備にあたっての優先事項と強く結び付いていることを示唆している。
 より具体的に言えば、今後建造される多機能・コンパクト化された新型護衛艦(FFM)や、いずも型護衛艦とF-35Bの組み合わせは、東シナ海から南シナ海、インド洋に繋がるシーレーンにおいて、米国や英仏などの西側諸国や東南アジア諸国と一体となったプレゼンス・オペレーションおよびFDOに活用することを念頭に置いていると考えられる。
 自衛隊のリージョナル・プレゼンスを増加させたいという狙いからは、「自由で開かれたアジア太平洋」という戦略ビジョンと運用構想との繋がりを見出すことができる。また弾道ミサイル脅威のようなハイエンド環境に備えるイージス艦に代わって、より小型のFFMや新型哨戒艦を建造し、プレゼンス・パトロールに従事させることも平時からグレーゾーン事態への対処には有効だろう。

費用対効果はよく吟味すべき

 他方で、いずも型護衛艦とF-35Bがこのような任務を持続的に行うことの費用対効果はよく吟味されるべきであろう。たしかに、中国が空母「遼寧」の運用を常態化させ、国産空母の運用を開始しようとしている中で、日本の護衛艦が「艦載機」を伴って南シナ海や西太平洋に遊弋することは、東南アジア諸国に一定の安心を与えるはずだ。しかしそれは裏を返せば、このようなパッケージが有効に機能するのは、平時のローエンド環境下で「存在感を示す」任務に限定されるということでもある。
 十分な自己防衛能力を持たないいずもは、現時点でも他の汎用護衛艦やイージス艦に守られながら活動することを前提としているが、中国の対艦弾道ミサイル(ASBM)や爆撃機からの対艦巡航ミサイル(ASCM)に晒されながら、ハイエンド環境下で活動を継続することは実際には困難であろう。特にF-35Bが搭載されることによって、いずもの軍事的価値がより高くなるとすれば、相手にとって攻撃目標としての優先度合いが高まり、それを警戒して我が方はより防御を厚くする必要が生じ、かえって艦隊全体の運用コストが高まる懸念もある。とりわけ、発進後の探知が難しいステルス機の場合、相手にとっては発進前に出撃拠点を先制攻撃で撃破しようとする誘因が高まることも考慮されるべきであろう。
 いずも型護衛艦による「訓練」という名目でのプレゼンス・オペレーションは、既に2017年から南シナ海やインド洋などで行われており、それ自体は有益と言える。しかし、現状に加えてF-35B運用のための多額の改修費用と長期の改修期間を費やすことが、優先すべき事項であるかは疑問である。
 第四のポイントは、長射程ミサイル=スタンドオフ防衛能力の獲得・強化である。「Ⅲ-1(3)防衛力が果たすべき役割」のうち、「イ 島嶼部を含む我が国に対する攻撃への対応」という項目では、「海上優勢・航空優勢の確保が困難な状況になった場合でも、侵攻部隊の脅威圏の外から、その接近・上陸を阻止する」との記述がある。25大綱までの記述では、海上優勢・航空優勢の確保は所与のものとされていた。その点30大綱では、海上優勢・航空優勢が確保できない可能性も踏まえて、島嶼防衛用高速滑空弾による島嶼間射撃や、JASSMJSMLRASMといった巡航ミサイルによるスタンドオフ能力を保持する必要性を正面から議論しているのは適切である。
 なお、同じ項目には「ミサイル、航空機等の経空攻撃に対しては、最適の手段により、機動的かつ持続的に対応するとともに、被害を局限し、自衛隊の各種能力及び能力発揮の基盤を維持する」との記述も見られる。こちらの記述はややわかりにくいものの、「最適の手段により」との表現からは、発射されるミサイルへの迎撃に専念するのではなく、ミサイルの発射母体となる爆撃機等に対する阻止攻撃を視野に入れているようにも読める。

「統合ミサイル防空」能力、対処すべき脅威対象に事実上中国を含める

 第五のポイントは、「総合ミサイル防空」能力である。これは、従来の弾道ミサイル防衛(Ballistic Missile DefenseBMD)を発展させた、いわゆる「IAMDIntegrated Air and Missile Defense)」という概念に相当するもので、弾道ミサイル、巡航ミサイル、航空機等の多様化・複雑化する経空脅威に対し、効果的・効率的な対処を行い、被害を局限する必要から極めて重要である。IAMD能力を使って対処すべき脅威対象は明記されていないものの、従来のBMDが北朝鮮の弾道ミサイル脅威だけを想定していたのに対し、巡航ミサイルや航空機等の多様な経空脅威を視野に入れていることは、事実上中国をその対象に含むということを意味する。
 加えて、陸自のイージス・アショア部隊新編に象徴されるように、各自衛隊で個別に運用してきた防空装備を一体的に運用する体制を確立し、平素から常時継続的な防護能力を確保して、多数の複合的な経空脅威対処を強化するといった視点も評価できるだろう。イージス・アショア1基あたりの単価は1202億円と決して安い装備品ではない。それでも従来日本周辺でのミサイル防衛任務にかかりきりとなっていたイージス艦を解放し、より安価な運用コストで24時間の警戒監視体制を敷くことができるとすれば、その役割は他の装備には代え難い。また新型の迎撃ミサイル=SM-3BlockⅡAの能力とも相まって、日本からグアムを含む西太平洋の広域防空が可能となれば、当該地域に米軍が安定的に前方展開を継続し、米国の政治指導者が意思決定するリスクを緩和することにも繋がる。これは日本の「主体的・自主的」な努力により、日米同盟を強化する好例と言えるだろう。
 もっとも、平成31年度防衛予算には、イージス・アショアに巡航ミサイル防衛能力を付与する費用は含まれていない。しかし、上記のように防衛大綱に実質的なIAMD能力の重視が書き込まれたこと、特に中国の巡航ミサイル脅威から岩国や三沢などの地域重要拠点を守る必要性を考慮すれば、山口と秋田に配備を想定しているイージス・アショアにも巡航ミサイル防衛能力機能が付与されることが望まれる。
 他方で、「日米間の基本的な役割分担を踏まえ、日米同盟全体の抑止力の強化のため、ミサイル発射手段等に対する我が国の対応能力の在り方についても引き続き検討の上、必要な措置を講ずる」との記述が、25大綱から全く変更のないまま維持されたことは残念である。ここで言う「ミサイル発射手段等に対する我が国の対応能力」とは、いわゆる「策源地攻撃能力」ないし「敵基地攻撃能力」を言い換えた表現であるが、中国・北朝鮮のミサイル脅威が急速に高まっていることを踏まえるならば、スタンドオフ「防衛」能力といった政治的な言い回しに囚われることなく、日本が保有すべき攻撃能力やその運用構想、必要となる法整備等について、より踏み込んだ記述をすべきであった。
 ところで、策源地攻撃能力に関する記述が、なぜミサイル防衛の項目に書かれているかについては、前述の能力評価の説明と合わせて考えればより理解が深まるのでないだろうか。つまりここで想定されている攻撃能力とは、相手の攻撃能力をこちらの攻撃によって低減させることで飛来するミサイルの数を減らし、その相乗効果によって我が方ミサイル防衛による迎撃効率を向上させるというシナリオの下で迎撃能力のギャップを埋めるために検討されているものであり、相手国に壊滅的な打撃を与えるような能力でもなければ、侵略を意図したものでもないということだ。

機動・展開能力、持続性・強靭性の強化

 第六のポイントは、機動・展開能力の強化である。有事に必要となる部隊を平素から当該地域に展開しておくことは、プレゼンス・オペレーションと同じく一定の抑止効果を持つ反面、いざ有事となった場合に相手の先制攻撃に対する脆弱性を併せ持つことになる。このバランスを考慮したとき、島嶼部を含めて迅速かつ一定規模の機動・展開を行いうる能力の強化は不可欠である。とりわけ30大綱では、陸海空自衛隊が共同の海上輸送部隊を保持することが明記された。これは統合運用を促進する観点からも評価できるだろう。
 第七のポイントは、持続性・強靱性の強化である。前述のとおり、冷戦期の防衛力整備は自衛隊の運用よりも存在を優先し、機能的・地理的に欠落のない防衛力を配備することに重点が置かれていた。この背景には、戦闘機などの正面装備の取得・配備・運用に至るまでには数年単位の時間がかかる一方、弾薬や燃料を緊急調達する際にかかる時間は相対的に短期間で可能との判断があったと思われるが、実際に有事となれば、弾薬や燃料の不足は防衛力の崩壊に直結する。したがって、BMD用の迎撃ミサイルやスタンドオフミサイルなどを十分に確保することに重点が置かれていることは適切である。強靭性については、戦闘機の分散パッドやミサイル攻撃を受けた滑走路の復旧支援機材の拡充、緊急時に民間空港・港湾を利用できるようにするための調整なども重要であろう。
いずも型護衛艦の改修とF-35Bの運用構想、想定される「4つのシナリオ」
 最後のポイントとして挙げる、海上優勢・航空優勢確保のための取り組みには、おそらく30大綱の中で最も多くの論点が含まれている。まず、日本の周辺海空域の広域常続監視を行うための航空警戒管制部隊の再編およびグローバルホーク部隊を新編するといった努力に疑問はないだろう。同じく、無人水中航走体(UUV)の活用を明記していることは、人的資源が限られる将来でも、日本がカバーすべき広大な海域でのISRを効率的かつ持続的に実施し、水中ドメインでの優位を維持するためにも率先して取り組むことが望まれていた。論点となるのは、いずも型護衛艦の「空母化/多用途化」を進める理由づけとしての以下の説明である。
柔軟な運用が可能な短距離離陸・垂直着陸(STOVL)機を含む戦闘機体系の構築等により、特に、広大な空域を有する一方で飛行場が少ない我が国太平洋側を始め、空における対処能力を強化する。その際、戦闘機の離発着が可能な飛行場が限られる中、自衛隊員の安全を確保しつつ、戦闘機の運用の柔軟性を更に向上させるため、必要な場合には現有の艦艇からのSTOVL機の運用を可能とするよう、必要な措置を講ずる。

 この記述も踏まえて、いずも型護衛艦の改修とF-35Bの運用構想を改めて整理してみると、(1)平時からグレーゾーンでのプレゼンス・オペレーション、(2)南西正面での島嶼防衛、(3)太平洋正面での防空(空母艦載機・爆撃機部隊に対する洋上阻止攻撃)、(4)(2)+(3)の複合事態対処という、概ね4つのシナリオが想定されていると考えられる。
 (1)の有効性については前述の通りだ。これらの組み合わせが平時に日本の存在感をアピールする効果は大きい。将来的に、米海兵隊や英海軍のF-35Bが海自の護衛艦に離発着する共同訓練が行われるであろうことは想像に難くない。ただしそうした活動のために、多額の費用をかける合理性はあるのか。既に通常のいずもや護衛艦が行っているパトロールと比べて、抑止効果に大きな差があると言えるかという疑問は残る。
 (2)の点については、南西正面での軍事衝突を想定したシナリオ分析において、戦闘機の離発着拠点の不足から、航空優勢の確保が難しくなるという評価結果が出ていたとしても不思議ではない。事実、空自の戦闘機部隊は、那覇基地が緒戦のミサイル攻撃などによって使用不能になれば、復旧までの間は(米軍基地を除けば)沖縄以西まで800km以上離れた築城(福岡)や新田原(宮崎)からの作戦を余儀なくされ、独力での航空優勢確保は絶望的となるだろう。そのため、短い滑走路からでも離発着が可能なF-35Bを一定数導入して、航空戦力に冗長性を確保しようという発想は理にかなっている。
 他方、南西正面で想定される航空優勢をめぐる戦いは、数百機の戦闘機や各種ミサイルが入り乱れるハイエンドな戦闘になると考えられるため、十数機のF-35Bでは、那覇のF−15ないしF-35Aの喪失を埋めるだけの戦力はどのみち確保できない懸念も残る。また、そこに緊急離発着用のいずも型護衛艦がいたとしても、それ自体が相手の優先攻撃目標となる可能性が高い。加えて、地上航空基地と異なり、空母は一度大きな損害を受けると復旧が困難であるため、ハイエンド環境が予想される場合には、中国のミサイル射程圏外に後退せざるをえない。そうなれば、F-35Aよりも戦闘行動半径の短いF-35Bは、余計に運用機会がなくなるということもありうるだろう。
 (3)にある太平洋側の防空体制強化の必要性は、25大綱でも僅かに言及されていたが、今回いずも型の改修を行う理由づけとして全面に出された論理である。確かに小笠原周辺の対領空侵犯措置には、硫黄島を使わない限り、百里(茨城)などから対応する必要があり対処に時間がかかってしまう。また近年では、中国艦艇とH-6K爆撃機が連携して第一列島線を越え、西太平洋地域での活動を活発化させていることが米国防省の報告書でも言及されている。このような傾向を踏まえ、有事の際には米軍が来援する前に、太平洋側にいずも型護衛艦とF-35Bを展開して、中国の爆撃機部隊を阻止したいとの問題意識を持つことは適切であろう。
 議論すべきはその対抗策の実効性である。改修後のいずも型に搭載できるF-35B8機前後と言われているが、たった8機の艦載機で、南西の防衛線を突破した中国の爆撃機部隊に対して有効な阻止攻撃を行うことは可能なのであろうか。実際これらの爆撃機部隊は、J-16のような航続距離の長い戦闘爆撃機や、J-20J-31といった第5世代機に援護されていると考えるのが自然であり、F-35Aと比べて兵器搭載量や運動性能に劣るF-35Bでは一筋縄ではいかないかもしれない。また米軍の正規空母と異なりカタパルトのないいずも型護衛艦では、防勢的対航空作戦の要となる艦載型の早期警戒管制機や電子戦機を離発着させることができない。
 更に(2)と(3)の事態が同時に生起する台湾防衛のようなシナリオでは、まず南西正面で戦闘機の離発着拠点が必要となる可能性が大であり、太平洋側に貴重ないずもとF-35B+随伴のイージス艦)を配備しておく余裕はないのではないだろうか。
 以上のように、いくつか想定したシナリオの中でも、いずも型護衛艦とF-35Bが有効に運用できる状況は、平時からグレーゾーンでのプレゼンス・オペレーションに限定されるだろう。だがそれは、現在中国が行っている空母運用の狙いと同床のように映る。中国の空母プレゼンスに同じ空母で対抗するという発想は、自陣営で有利なドメインを選択して競争を優位に進めようという「競争戦略」ないし「コスト賦課」とは真逆の発想で相入れない。こうした正面競争をしてよいのは、同じドメインで力比べをして勝つ見込みがある場合だけだ。将来の安全保障環境を鑑みたとき、予算や人的資源の面を考えても、日本が中国に対して劣勢に立たされることは明らかである。
 それならば、正面から競争するのではなく、日米共同を明確化させた上での対潜水艦戦や、南西の列島線上に分散配置した長射程の地対艦・地対空ミサイルによる拒否戦略のように、日本が優位に戦えるドメインで相手にコストを強いること重視すべきであろう。元々いずも型護衛艦には、対潜哨戒ヘリの指揮プラットフォームとしての重要な役割があったはずだ。F-35Bの離発着能力を追加して多用途運用するというのは一見便利そうではあるが、戦闘機や対潜哨戒ヘリといった搭載モジュール交換式の多用途装備は、一定期間の猶予があれば対応する任務を選択できるものの、対艦モードと対空モードを発射直前に瞬時に切り替えられるSM-6のように、個別の戦闘局面でマルチに使えるものではない。アセットの多用途化は、そのぶん運用構想の複雑化や要員の訓練時間が分散され、非効率化にも繋がる。

「競争」時代の日本の防衛戦略とは

 30大綱には、宇宙・サイバー・電磁波領域の重視や、IAMD概念の導入、弾薬・燃料取得の強調など評価すべき事項が多く含まれている。他方で、中国に対する「競争戦略」や「コスト賦課」の観点が突き詰められているとは言い切れず、課題も残されている。向こう5年間の31中期防に見込まれる防衛費の平均伸び率は、毎年1.1%に過ぎない。これは26中期防の伸び率0.8%と比較すれば前進ではあるものの、8月末の概算要求時に防衛省が年率7.2%と野心的な要求していたのと比べると、実際に獲得できた予算には雲泥の差がある。(中国の軍事費は公表値だけでも毎年8%以上の伸び率を示している)
 こうした観点からも、スタンドオフ能力が海上優勢・航空優勢が確保できない状況を視野に入れて要求されているように、今日の日本に求められているのは、中国に対して劣勢に立つことを踏まえた「競争」時代の防衛戦略に他ならない。その際、既存の護衛艦の「空母化」や類似の大型艦艇の要求は、持続的な防衛戦略と他分野へのポートフォリオを困難にする恐れがある。本来、日本が中国に対する「コスト賦課戦略(cost-imposing strategy)」を仕掛けるべきところ、「自らにコストを課す戦略(cost-imposed strategy)」にはまり込んでしまえば、そのツケを2030年以降に修正するのは難しくなるだろう。そのときに防衛上のリスクを負うのは、将来の自衛隊と国民である。
 海上優勢・航空優勢の確保のためには、より広範なソリューションが議論されるべきだろう。達成すべき目標には、優勢の確保が難しくても、相手にも優勢をとらせないという接近阻止・領域拒否(A2/AD)の発想も必要となる。その具体的方策として、硫黄島への航空機のローテーションを頻繁に行ったり、長射程の地対艦・地対空ミサイル部隊を配備することなどを検討すべきである。米国がINF条約から離脱した場合には、地上発射型のLRASMやトマホークを日米で共同運用するといったことも視野に入ってくる。
 航空アセットの整備については、旧式の戦闘機とF-35をほぼ11の割合で更新する方針を見直し、一部に(グローバルホークとは異なる)中型高高度無人機の導入を開始することで、有人機と無人機を連携させて作戦を行うための足がかりとすべきである。このような無人機には、作戦機の数的不足を補うだけでなく、策源地攻撃能力が必要となる際の動的なターゲティング・センサとしての役割を与え、ネットワーク能力やISR能力を底上げすることも期待できる。
 海洋アセットの整備については、大型艦艇をイージス艦や汎用護衛艦で護衛するというコストの高い艦隊運用を見直し、米海軍で進められている「分散型戦闘構想(Distributed Lethality)」の導入を推進すべきであろう。この構想では、小規模・高火力の艦艇を洋上に分散させた態勢を基本とし、攻撃に際しては各艦や無人機に搭載されたセンサから得られる情報を基に、長射程のスタンドオフミサイルや対潜兵器等を用いて多方面から同時攻撃を行うことが検討されている。この背景には、敵の飽和攻撃に対する脆弱性を下げるとともに、数で優る敵艦隊にも分散を強いることで、米国が優位性を持つセンサとネットワーク能力を最大限に活かせる状況を作り出し、彼我の優劣を逆転させる「競争戦略」の発想がある。今後海自が導入することとなる新型FFMを通じて、こうした運用構想を共有・深化させていくことが期待される。また大型艦艇を導入するのであれば、多機能空母の建造よりも、トマホークのような長距離対地・対艦攻撃用巡航ミサイルを装備し、VLS(垂直発射管)からの発射が可能な潜水艦を導入するほうが日本の安全保障環境に資するだろう。
 陸上アセットについては、「機動運用を基本とする部隊以外の作戦基本部隊(師団・旅団)について、戦車及び火砲を中心として部隊の編成・装備を見直すほか、各方面隊直轄部隊についても航空火力に係る部隊の編成・装備を見直し、効率化・合理化を徹底」とあるものの、別表で示されている戦車・火砲の数量は、25大綱時と変わらず300両・門ずつ維持されている。こうした体制がいかなる有事シナリオに基づいた評価から合理化されているのかは想像がつかない。戦車や火砲の価格は、航空機や艦艇に比べて安価ではあるが、取得費用とは別に運用や整備にかかる人員を拘束することに繋がる。統合運用やクロスドメインの観点からすれば、中期防にある「宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域を中心に人員を充当するなどの組織や業務を最適化する取組」が一層推進されることが望まれる。
 最後に、30大綱では、知的基盤強化の取り組みとして、防衛研究所を中心とする研究体制の強化や国内外の大学、シンクタンク等との組織的な連携を推進することが挙げられている。防衛大綱の策定にあたっては有識者懇談会が開催されたが、事前の意見交換・聞き取りだけでは不十分である。防衛大綱で決定されたポートフォリオの合理性・透明性を確保するためには、米国の国防戦略委員会のように、政府外の専門家や自衛官OBに秘密取り扱い資格(セキュリティ・クリアランス)を与えた上で、政府が策定した政策を事後客観的にレビューし、課題を指摘する機会を公的に設けることも検討されるべきであろう。
<参考資料>
・日本の防衛力整備の変遷過程については、高橋杉雄「基盤的防衛力構想からの脱却 -ミッション志向型防衛力の追求-」『国際安全保障』第44巻第3号(201612月)が詳しい。
・外部専門家による国家安全保障戦略・防衛大綱に向けての政策提言としては、以下のようなものが公表されている。「揺れる国際秩序に立ち向かう新たな安全保障戦略-日本を守るための11の提言」日本国際問題研究所(201810月)。


なぜ今国防軍なのか?

【管理人より】我が国の防衛戦略の基本?というより根本的に変えなければやばいこと
① まず「自衛隊」の看板をチェンジすること。
 なぜ「日本国国防軍」ではいけないのか?
独立国にふさわしい国防組織としてのネーミングに変えるべきであろう。

②いわゆる「縦割り」の組織思想を変えるべきだ。
 陸海空のそれぞれ自衛隊。要するに陸海空軍に縦割りしてる国防組織観の思想を変えるべき。時代は「戦場」の多極化を現出している。いわゆる「ハイブリッド戦」の時代である。軍事力による戦争の割合は25%といわれる時代に国防といえば自衛隊感覚では発想が時代遅れでしょう。
 例えば近代国家の黎明期である明治のころに、軍隊と警察が分化しましたが、警察と軍隊は国内治安と対外治安を分担する組織として、新たに統合できないか?
 また外務省や経済産業省、国土交通省などは、防衛省のあり方を思い切って拡大して統合するのも一つの案であろう。海上保安庁などは、国連海洋法条約に基づいて活動することを考えれば、準軍事組織ともいえるわけだから沿岸警備隊として組織統合できるだろう。
 また軍事とは関係ないが、財務省などはあれわざわざ省庁として独立させておくこともないかと思う。内閣官房の下に再編して「内閣予算局」にできないか?
 国税庁などは、巷間いわれるように日本年金機構と合体させて「歳入庁」とするのが、一番効率的な組織運営ができるだろう。少なくとも年金保険料の徴収のとりっぱぐれもなくなるだろう。
 防衛省のサイバー防衛隊などは、警視庁のサイバーポリスと組織統合して、民間企業と連携すれば、官民共同の強力なサイバーコマンドになる。サイバー戦は今や組織戦ですからね。その前に内閣情報調査室の規模を拡大して「内閣情報局」として新設のサイバーコマンドをも指揮下におさめる。特定秘密保護法などは、最低拘留期限も明示して仮想敵国の情報工作員をとりしまるように改正すれば、国民の情報リテラシーにも変化がおこり、外国の情報戦にも対処できるかもしれない。
 あと世界に先駆けて必ず実現してほしいことが、「宇宙防衛隊」の編成である。これは航空自衛隊の組織改変でなんとかならないか、弾道ミサイル迎撃と静止衛星軌道にある各種人工衛星の防衛はこれからの重要課題である。今や国民生活に人工衛星を無視するわけにはいかない。

③憲法改正には大いに賛成だが、9条改正には反対
 これはとてもシンプルなことですが、自衛隊も国防軍も現行憲法には違反しません。政府も自衛隊は合憲として戦後一貫して解釈している。今更ごちゃごちゃいじる必要なし!
 「侵略戦争否定」「自衛戦争は合憲」「自衛のための軍隊、自衛権の行使」は憲法は否定していない、というふうに内閣法制局の解釈変更でいけるだろう。
 早急に改正が必要なのは、26条。高等教育の無償化は必ず実現しなければならない。子供の教育の格差拡大、お金がないだけでやりたい勉強ができないという事態だけはあってはならないと思う。子供が自由に学べない国に、学べる機会を選択できない国にろくな将来はありません。
 しかし幼児教育は、むしろ現行の保護者の年収に応じて負担する保育料が決まるシステムはいいと思う。これはお金の問題ではない。幼児教育は何も保育園や幼稚園だけに限ることが問題。家庭での躾がしっかりできるようお父さんの年収が「高く」保たれるべき。幼児をもっと自然の中で学べるように地域で工夫すべきだろう。スクラッチレベルのプログラミング講座は幼児からでもできるといえる。
また地方自治の条文(78条?)も改正すべき。権力の中央集中ではなく、地方にできることは地方に移譲を原則に改正すべき。「地域主権型道州制」は悪くない。

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