2019年1月13日日曜日

南シナ海で対峙する米中のミサイルバリア ~地対艦ミサイルの抑止力~ キューバ米大使館「音響攻撃」の疑惑に新説

第1章

 

米軍が今になって地対艦ミサイルを重視する理由


一変した中国近海のパワーバランス
北村淳
米陸軍の高機動ロケット砲システム「HIMARS」(出所:米陸軍、Photo Credit: Sgt. Benjamin Parsons

 日本のメディアの報道(産経新聞201913日)によると、アメリカ陸軍が地対艦ミサイルを沖縄に展開させる訓練を今年(2019年)中に実施する方針を自衛隊に伝達した、という。この情報はアメリカ陸軍やペンタゴンにより公式に発表されてはおらず、現在のところ日本での報道が唯一の発信源となっている。

リムパックで米陸軍が発射した地対艦ミサイル
 この報道によると、アメリカ陸軍第1軍団が地対艦ミサイル部隊を沖縄に展開させる、ということである。ワシントン州タコマ市郊外に広大な基地(ルイス・マッコード統合基地)を構えるアメリカ陸軍第1軍団の第17砲兵旅団は、地対艦ミサイルを発射することができる高機動ロケット砲システム(HIMARS、ハイマース)を運用している。第17砲兵旅団は、昨年ハワイで実施された多国籍海軍演習「リムパック(RIMPAC-2018」に参加し、陸上自衛隊地対艦ミサイル部隊とともに、地対艦ミサイルにより軍艦を撃沈する訓練を実施した。この際、第17砲兵旅団はHIMARSから、ノルウェー海軍とノルウェーのコングスベルグ社が開発したネイヴァル・ストライク・ミサイル(NSM)を発射して、米陸軍としては初めて地対艦攻撃能力を公開デモンストレーションした。
 第17砲兵旅団とともに地対艦ミサイル実射訓練を実施した陸上自衛隊が使用したのは、純国産地対艦ミサイルシステムである12式地対艦誘導弾であった(対艦ミサイル本体のみならず発射装置や誘導装置などのシステム全体含めて「12式地対艦誘導弾」と呼称されており、全て日本製)。それに対してアメリカ陸軍は、発射システムは米国製のHIMARSを使用したが、発射した対艦ミサイル本体は米国製ではなくノルウェー製のNSMを使用せざるを得なかった。なぜならアメリカでは長年にわたって地対艦ミサイルが等閑視されてきたからである。
米国防戦略には不要だった地対艦ミサイル
 そもそもアメリカの国防戦略の基本は、「外敵はアメリカ本土沿海部には寄せつけず、できる限り遠くの海洋で、あるいは敵領域において撃破してしまう」というものである。そのため、アメリカの国益に対して軍事的危害を加える恐れがある勢力に対しては、敵地への侵攻も含めて先制攻撃によって事前に憂いを絶ってしまうのだ。
その際の最大のツールが、多数の艦載機を積載した巨大空母を中心とした艦隊である空母打撃群だ。空母打撃群を根幹に据え、太平洋やインド洋や大西洋を越えて強大な戦力を敵地に送り込むという方針により、実際にアメリカは過去半世紀以上にわたり世界中を威圧し睨みをきかせてきた。したがって、アメリカ国防当局にとって、敵艦隊がアメリカ沿岸域に接近して来る事態など想定する必要はなかったのであった。そのため、アメリカ軍にとっては、迫り来る敵艦隊を沿岸地域で待ち受けて撃退するための地対艦ミサイルシステムの必要性はないというわけだ。実際にアメリカ軍は地対艦ミサイルシステムを保有していない。また、アメリカの兵器メーカーでは、地対艦ミサイルや地対艦ミサイルシステムを開発・製造していない。
中国が地対艦ミサイルを重視してきた理由
 一方、中国軍はアメリカ軍と異なり、地対艦ミサイルを重視してきた。
鄧小平の近代化政策以降、人民解放軍は海軍提督劉華清が打ち出した積極防衛戦略を中心に据えて、海から押し寄せて来るアメリカ軍をできるだけ中国沿岸から遠くの海洋で撃破できる軍事力を構築する努力が続られてきた。そのため海軍と空軍、そしてミサイル戦力の徹底した強化が図られるとともに、陸軍の機械化・少数精鋭化も万難を排して推進されている。ただし、海軍や空軍を強大化すると言っても、軍艦や航空機の開発やそれらの要員育成には時間がかかる。中国に脅威を加えるアメリカ海軍にある程度は対抗できうる程度の近代化海軍へと中国海軍が成長するまでの期間は、中国沿海域に押し寄せて来る米海軍艦艇を沿岸地域から攻撃して撃退する方針で持ちこたえなければならない。そのため重視されたのが地対艦ミサイル戦力の構築と強化であった。
 もともと中国軍は毛沢東以来、一点豪華主義的抑止力として弾道ミサイルや長距離巡航ミサイルの開発に努力を傾注していたため、地対艦ミサイルの開発は比較的順調に進んだ。また、地対艦ミサイル戦力構築は、海軍艦艇や航空機の整備に比べると格段と安価で済むという利点もあった。
米海軍が警戒する中国の地対艦ミサイルバリア
 中国軍は現在、様々な地対艦ミサイルを極めて多数配備しており、通常の地対艦ミサイルである地上発射式対艦攻撃用巡航ミサイルとは一線を画した対艦攻撃用弾道ミサイルシステム(東風21D型弾道ミサイル、東風26型弾道ミサイル)まで手にするに至った。
米海軍が極めて警戒を強めている中国のDF-21D(東風21D)対艦弾道ミサイル
 また、地対艦ミサイルだけでなく、艦艇や航空機から発射する対艦ミサイル、そして防空用地対空ミサイルなど、アメリカ軍が接近阻止領域拒否戦力と呼ぶ兵器を中国沿岸地域(南シナ海に生み出した人工島も含む)や沿岸海域その上空にずらりと揃えている。その状況下で、中国海軍や中国空軍の戦力は目に見えて強化されてきた。そのため、アメリカ海軍としては、伝統的な空母打撃群を中国沿海域に展開させて中国を威圧する戦法には躊躇せざるを得なくなってしまった。なぜならば、対艦弾道ミサイルによって、アメリカ海軍の象徴である巨大空母が海の藻屑にされる恐れが高まっているからである。
地対艦ミサイルに価値を見出した米軍
 このような状況を打開するためにアメリカ軍が目をつけたのは、アメリカ軍も中国軍の戦略を逆手にとって、中国艦隊が太平洋に進出する際に通過しなければならない中国軍が「第一列島線」と呼ぶ九州~南西諸島~台湾~フィリピン~ボルネオ島の島嶼線上に地対艦ミサイルを配置して、接近して来る中国艦艇を撃破しようというアイデアである。
九州~南西諸島に地対艦ミサイルバリアを築く(『トランプと自衛隊の対中軍事戦略』より)
このような構想は、これまで存在しないわけではなかった(本コラムでもすでに5年近く以前から度々論じてきた)。しかし、空母打撃群中心主義に凝り固まってきたアメリカ海軍ではなかなか採用されることはなかった(本コラム201458日「効果は絶大、与那国島に配備される海洋防衛部隊」、20141113日「国産地対艦ミサイルの輸出を解禁して中国海軍を封じ込めよ」、2015年7月16日「島嶼防衛の戦略は人民解放軍に学べ」、拙著『トランプと自衛隊の対中軍事戦略』講談社α新書682-C 2018620日、などを参照いただきたい)。
 それが、ようやく中国近海での空母打撃群の運用が脅かされるに至って、地対艦ミサイルによって中国艦隊の接近を阻止しようというアイデアが、米陸軍のマルチ・ドメイン・バトル概念の一環として表舞台に登りつつある。
アメリカのシンクタンクCSBAの提案
日本の地対艦ミサイルの実力
 ただし、地対艦ミサイルの分野では日本がアメリカを数歩リードしている。日本はかねてより地対艦ミサイルシステムを独自に開発・生産しているだけでなく、地対艦ミサイルの運用に特化した陸上自衛隊地対艦ミサイル連隊を保有してきた。したがって、南西諸島での地対艦ミサイルバリア設置は日本が独自に実施するのが当然として、南シナ海沿岸諸国への地対艦ミサイルバリア網設置に関する装備の輸出や教育訓練などを日本が主導することができる。つまり、自由諸国における地対艦ミサイルのスタンダードを日本が手にするチャンスが大いにあるのだ。
ミサイルバリア構想の柱である陸上自衛隊の12式誘導弾の演習

〈管理人より〉東シナ海から南シナ海、東南アジアにかけての地対艦ミサイルによるミサイルバリア構想ははたして実現できるのでしょうか?もちろん軍事防衛戦略を有効ならしめるのは、共産中国の海洋覇権侵略に悩む周辺国の防衛戦略構想、危機管理能力におうところが大きいかと思います。

第2章
「音」が殺人兵器となる!?

2016年米大統領選にキューバでしかけられた「音響攻撃」の謎
 事の発端は、201611月のアメリカ大統領選挙が行われた時にキューバの首都ハバナにあるアメリカ大使館の職員多数が原因不明の難聴、頭痛、鼻血、めまい、耳鳴りなどの症状を訴え、しばらくその状況が続いたというもので、カナダ大使館の職員も同様の症状を訴えたという事件である。この事例がいわゆる「音響攻撃」にあたるのではないかと取り沙汰され、トランプ新大統領がキューバ政府の責任を示唆したことから、キューバ政府も2000人体制で原因究明を進めていたが詳細がわからなかった。当時のキューバ内務省の関係者による「音響攻撃説」への見解は以下の通り。
「あり得ない。SFの話だ。」
またアメリカの神経科学者セス・ホロウィッツ氏の見解でも、
「こうした症状をひきおこすような音響現象は存在しない。」
と真っ向否定されていた。アメリカの大統領選挙の時期というタイミングが気になる点である。フェイクニュースによるロシア当局からのサイバー攻撃がクリントン陣営になされたことが脳裏によぎるが、トランプ大統領当選を画策した明らかに政治工作的な手法がはっきりわかるこれらの攻撃に対して、このキューバでの米大使館職員の事例は同機が不鮮明である。仮に「音響攻撃」であったとして、被害者であるアメリカ当局による調査報告がなされたという記事を以下にあげる。この記事を読んでもなぜこんなことをする必要があるのか、攻撃だとしてもしかけた側にどんなメリットがあるのか、全く想像がつかないのである。
キューバの米外交官狙う「音響攻撃」、犯人はコオロギだった?
大使館襲った「音響攻撃」の正体

在キューバ米大使館を襲った「音響攻撃」の正体はコオロギの鳴き声だったとする説が発表された/Chip Somodevilla/Getty

(CNN)キューバに駐在していた多数の米外交官が20162017年にかけ、正体不明の騒音を聞いて目まいや耳鳴りなどの症状を訴えた問題で、米英の研究チームがこのほど、原因はコオロギの鳴き声だった可能性があるという説を発表した。
この問題を巡って米国務省は、音響装置を使った「音響攻撃」だったと思われるとの見方を示し、AP通信は201710月、問題の症状に関係があるとされる音声を初めて公開した。
被害者はこの騒音について「ブンブン鳴る音」「金属を引きずるような音」「つんざくような音」と形容していた。しかしこれまでのところ原因は特定できず、キューバ当局は攻撃を否定している。
英リンカーン大学と米カリフォルニア大学の研究者は、この物音を分析した結果を20181月4日に発表した。AP通信が公開した音声を、カリブ海地域に生息するコオロギの一種の鳴き声と照合した結果、持続時間やパルスが繰り返される間隔、パワースペクトル、パルス当たりの振動数などが、微妙な違いはあるものの、一致していることが分かったという。この研究結果は、まだ別の専門家による検証は行われていない。
微妙な違いがあったことについて研究チームでは、昆虫の鳴き声が一般的に屋外で録音されるのに対し、APの音声は室内で録音されたものだったことに起因するのではないかと推定している。
ただし「大使館の職員が別の形態の攻撃の被害に遭った可能性」や、「心因性の症状だった可能性」も排除しなかった。
〈管理人より〉諸説あり、という状況ですね。もしも国家機関による攻撃事案であるなら、決定的な文書か証言でもでてくるなら別ですが、なければこのままミステリーで終わるだけでしょう。しかけた方もわからないことを前提に攻撃しているだろうし。
音響攻撃とは何か?
音響攻撃とは、音波を使用して人間を攻撃する手法。長距離音響発生装置(LRAD)のように大音響を発して標的にダメージを与えるタイプのものは既に実用化されている。
標的を音波で攻撃し、身体的被害を与える。人間の可聴域である周波数2020000ヘルツより下の超低周波を使用した攻撃と、それより上の超高周波を使った攻撃があり、理論上は人を殺すことも可能である。幸いに実用化された例はないが、欧州宇宙機関(ESA)の試算では240デシベルの大音量(人間の聴覚器官が耐えられる上限は120デシベル)で頭部を破壊できるといわれる。
ただし実際に音響攻撃で被害を与えるのは簡単なことではない。音波はそのままでは空気中に消え去ってしまう。高周波攻撃の場合は拡声器と音の通り道があればいいが、低周波攻撃には巨大な低音用スピーカーが必要で隠すのは容易ではない。
第二次大戦末期にナチスドイツは「音波砲」を考案する。メタンと酸素の混合物を燃焼室で発火させて1秒間に1000回の連続爆発を起こし、生じた音波を共鳴で増幅し衝撃波を発射して敵の聴覚を奪い、内臓を押し潰し、30秒で死に至らしめるという代物である。しかし実戦で使われることはなかった。
最近では耳をつんざく大音響を発する長距離音響発生装置(LRAD)が70ケ国以上でデモ鎮圧などに使われているといわれる。音響兵器は既にSFの話では片づけられないところまで進化している。

【音響兵器関連の動画】
キューバ音響攻撃事件の音の再現
音響兵器は現代の「人を傷つけない兵器」??
音響兵器の音
https://www.youtube.com/watch?v=SrbUWH-sQI0

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