「我々は結果を残した」 プーチンの両にらみ戦略とは?
プーチン大統領のシリア撤退演説を読み解く(前編)
小泉悠 (財団法人未来工学研究所客員研究員)
2016年03月28日(Mon)http://wedge.ismedia.jp/articles/-/6440
ロシアのプーチン大統領がシリアからロシア軍を撤退させると突如発表してからほぼ2週間が経過した。
プーチン大統領は何を狙って撤退を決めたのか、またそれは本当に撤退と呼べるのか、撤退がシリア情勢に及ぼす影響はどのようなものか……などを巡り、メディアでは様々な観測が見られる。
そこで本稿では原点に還り、シリア撤退についてのプーチン大統領の演説を読み解いてみたい。プーチン大統領は何を語ったのか、そしてそれは2週間後の情勢に照らしてどのように解釈できるのか、がその主なテーマである。
プーチン大統領の演説は3月14日、モスクワのクレムリン宮殿内にある「ゲオルギーの間」で行われた。会場には、シリア作戦で主役を担った航空宇宙軍、海軍、陸軍の将兵に加え、国防産業の代表者や戦死者の遺族など合計700人が招かれるという大規模なイベントであった。
アサド政権打倒は非合法
昨年10月、米ワシントンで行われた、シリア系アメリカ人によるロシアのシリアへの軍事介入を反対するデモ(Getty Images)
ではまず、プーチン大統領の演説を冒頭から見ていきたい。
(翻訳)
尊敬する同志諸君!親愛なる友人諸君!
シリア作戦に参加した軍人諸君に心から挨拶申し上げる。
飛行要員、艦艇乗組員、指揮・特殊部隊・偵察部隊・通信・支援要員、軍事顧問団の諸君全員は協調し、団結し、緊密に活動した。
女性軍人の皆さんは特筆に価する。諸君らは男性と並ぶ頑健さと有能さを持って容易ならざる任務に当たっている。皆さんが選んだ職業と人生は大変な尊敬を呼び起こすものである。
祖国に対する全ての諸君の忠誠に感謝申し上げる。
ロシアは諸君を、すなわち高度のプロフェッショナリズムと勇気を持って祖国の利益を守る兵士諸君と将校諸君を誇りとするものである。
尊敬する同志諸君は、2015年9月におけるシリアの情勢がどのようなものであったか覚えているだろう。当時、同国の国土の大部分はテロ組織に占拠され、情勢は悪化していた。
同国大統領の正統な政府の要請を受け、国際法を完全に遵守する形で我々の軍事作戦を開始することが決定された。我々はその目的を正確に明らかにした。それは、シリア軍のテロに対する正当な戦いを支援することである。また、我々の活動は、テロリストに対する攻撃作戦の活動期間における一時的なものであるとされた。我々はシリア内での紛争に引きずり込まれるつもりはないことも明らかにしていた。最終的な解決を模索し、同国の将来を決めるのはシリア人自身でなければならない。
我が作戦の主要な任務はテロリズムに対する攻撃であった。国際テロリズムとの戦いは、公正かつ正当なものである。これは文明の敵との戦いであり、世界の偉大な精神性及び人道的価値の思想及び意義を野蛮かつ暴力的な方法で消し去ろうと試みる者たちとの戦いである。
繰り返しになるが、我々のシリアにおける活動の目的は、恐るべきグローバルな害悪を押しとどめ、テロリズムがロシアを転覆することを防ぐことであった。そして我が国は揺るぎない指導性、意思、責任を示したのである。
我々はそのような結果を残した。諸君らの活動、すなわち激しい戦闘任務は、状況を一変させた。我々はテロ組織の台頭を許さず、無法者の基地や武器・弾薬庫を破壊し、テロリストの主要な資金源であった原油密輸ルートを封鎖した。
我々はシリアの合法的な政府及び国家体制を強化するために偉大な働きを示した。これについては私が国連創設70周年に際して述べたように(「アラブの春を恐れるロシア」)、彼らの軍は強化され、今やテロリストを封じ込めるだけでなく、これらに対して有効な攻撃を行うに至っている。シリア軍は戦略的な主導権を握り、テロリスト集団から自らの国土を解放し続けている。
重要なことは、我々が和平プロセスを開始するための条件を打ち立てたということだ。米国及びその他の諸国との間では、積極的かつ建設的な相互関係を再構築することができた。真に戦争の終結を望み、実現性のある(すなわち政治的な)紛争解決を模索する責任あるシリア国内の反体制派とも、である。そして、この平和への道を拓いたのは、ロシアの兵士諸君である。
(翻訳ここまで)
(翻訳ここまで)
プーチン大統領の発言は、これまでのロシア政府の立場を再確認したものである。すなわち、シリアにおいて法的正統性のある政権はアサド政権のみなのであり、これを打倒しようとする勢力は全て非合法である。したがって、ロシアのアサド政権に対する支援は完全に合法的であるというのがロシアの繰り返してきた立場だ。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/6440?page=2
また、演説中でプーチン大統領は「テロリズムがロシアを転覆することを防ぐ」ことを目的の一つに挙げているが、これもロシアにとって二重の意味で重要性を有していたものと思われる。
第一に、ロシアは中東や旧ソ連において相次いでいた体制転換が自国やその同盟国にも及ぶことを恐れており、シリアでその波を押しとどめたかった。第二に、シリア内戦にはロシアや旧ソ連諸国から多数のイスラム教徒が参加しており、こうした人々が旧ソ連内で武装闘争を活発化させることをロシア政府は恐れていた。それゆえに、崩壊寸前に陥っていたアサド政権を建て直して「体制転換」を阻止し、反体制派を追い詰めることはロシア自身の安全保障問題と捉えられたのだと考えられる。
重要なことは、プーチン大統領も述べているとおり、ロシアの介入が実際に一定の成果を挙げたことである。当初、筆者を含めてロシア軍の空爆は大きな成果を挙げないだろうとの見方も強かったが、実際にはロシア軍の激しい爆撃によってアサド政権軍はかなりの程度まで勢いを盛り返すことができた(この点は後述)。さらに、こうした成果を背景として、ロシアは米国や反体制派を和平交渉のテーブルに就かせることにも成功した。
この点は、「我々はそのような結果を残した」というプーチン大統領の言葉に表れているとおりである。特にロシアが米国とともにシリア停戦の保証人の立場を得たことは、今後のシリア和平をロシア有利に運ぶうえで大きな成果であったと言えよう。
シリアからの撤退とその影響は
では続いて、撤退とその影響についてプーチン大統領の発言を追っていきたい。
(翻訳)
尊敬する同志諸君! 反体制派と政府軍との停戦合意が結ばれた後、我が航空部隊の活動量は著しく減少した。戦闘飛行の回数は1日あたり60-80回であったものが、20-30回へと3分の1になった。
これにより、以前に編成された部隊は軍事的観点から過剰となった。我が軍人と装備の主要部分を撤退させるとの決定は、事前に通告を受けて支持を表明したバッシャール・アサド・シリア大統領との合意に基づくものである。
付け加えるならば、米露の共同声明においては、国連で認定されたテロ組織に対する戦いは継続するが、和平の用意があるシリアの武装勢力に対してはシリア軍が戦闘活動を行わないことを確認している。
これに加えて注意してもらいたいのは、もし我々が任意の集団の停戦違反を確認すれば、彼らを米国から提示されたリストから除外するということだ。当然、彼らには相応の結果が待っていることになろう。
これに関して、シリア共和国に残留する我が将兵の解決すべき課題を述べておく。
繰り返すが、それは何よりも停戦の遵守を監視することであり、シリア国内における政治的対話のための条件を確保することである。
依然として要員が勤務している我が展開拠点(タルトゥース及びフメイミム)は、陸から、海から、そして空から確実に保護される。短距離防空システム「パンツィリ」及び長距離防空システムS-400「トリウームフ」を含む全ての展開中の防空システムは常時戦闘体制を継続する。
我々が多大の努力を払ってシリアの防空ポテンシャルをも回復させたことも指摘しておきたい。全ての関係国には、このことを承知しておいてもらいたい。我々は国際規範の根本原則から出発している。つまり、いかなる国も主権国家の、この場合はシリアの領空を犯すことはできないということだ。
我が国は米国とともに空中における事態を監視するメカニズムを設置し、これは実際に機能しているが、全てのパートナーが以下のことを知るべきである。すなわち、我が防空システムは、ロシアの軍人に対して脅威となるとみなしたあらゆる目標に対して使用されるということだ。強調しておくが、あらゆる目標に、である。
もちろん、シリアの正統な政府はまずもって支援する。これは複合的な性格を持つものだ。そこには財政支援、装備及び武器の提供、訓練協力、シリア軍の組織及び編成、偵察支援、作戦計画に対する参謀支援が含まれる。そして、これは一過性に終わらない直接的な援助である。宇宙グループ、攻撃航空部隊、戦闘機部隊も参加する。シリアに残留するロシア軍は、これらの任務を果たすに十分なものである。
いわゆる「イスラム国」、「ジャフバト・アル・ヌスラ」、その他すでに述べた国連安保理認定のテロ組織との戦いに関して、我々はシリア軍及び政府に対して支援を提供する。我々のテロリストに対する妥協のない態度には変化はない。
愛国的勢力は近いうちに勝利する
ロシア軍の削減によって軍事バランスにはいかなる変化があるだろうか? バランスは保たれるだろう。
我々の支援によってシリア軍が強化されることにより、我々は近いうちにテロリストとの戦いにおける愛国的勢力の多大な成功を目にすることになろう。
ご存知のとおり、現在、パルミラでは攻囲戦が行われている。この世界文明の真珠が無法者による占拠の後も残り、シリア人民と全世界の手に帰ることを望む。
そしてもちろん、必要とあればロシアは数時間で状況に応じた規模まで域内の部隊集団を増強し、可能な限りの全兵力を投入することができる。
このようなことはしたくない。軍事的エスカレーションは我々の望むところではない。それゆえに、我々は反体制派、シリア政府、和平プロセスへの反対勢力の全ての賢明な考えを望むのである。
これについて、バッシャール・アサド大統領の立場についても述べておきたい。我々は同氏の抑制、和平への真の意欲、対話に向けた妥協の準備があると見ている。シリア問題解決のためのジュネーブ対話の開始に際し、我が部隊集団のかなりの部分を撤退させたという事実自体が前向きの重要なシグナルであり、紛争の全当事者がこれを的確に評価してくれるよう期待している。
パートナーとの調整の下でシリアに平和をもたらすため、そして長きにわたって苦しんできたシリア国民をテロの脅威から解放してシリア人に自らの国家を取り戻させるために働き、必要な努力を行おうではないか。
(翻訳ここまで)
(翻訳ここまで)
引用が少し長くなったが、このセクションには興味深い部分が多い。
第一に注目されるのが、この演説はシリアのアサド大統領に向けたメッセージでもある、という点だ。演説中ではアサド大統領に「抑制」を求めているが、これは戦況の逆転によってアサド政権が停戦に消極的になっているとされることに関係していると思われる。アサド政権の頼みの綱であるロシア軍の撤退は、停戦が破れればアサド政権が再び劣勢に陥りかねないということを意味する。演説中ではアサド大統領の支持を得て撤退を決定したとされているが、実際にアサド大統領が撤退を知らされたのは直前であったとも言われ、ロシアからアサド政権への一種の圧力であったとも読み取れる。
しかし、第二に、ロシア軍は完全にシリアから撤退してしまうわけではない。演説中で触れられているように、シリアには最新鋭のS-400防空システムを始めとする防空システムは残留すると明言されているし、人工衛星や航空部隊によるシリア政府軍への支援も継続するとしている。実際、これまでに撤退したのは戦闘爆撃機や攻撃機の一部に過ぎず、ロシアのシリア駐留部隊は依然としてかなりの規模でシリアのフメイミム空軍基地に残っている。
これは停戦の対象外となる「イスラム国」や「ヌスラ戦線」への攻撃が継続されるためでもあるが、こうした反アサド勢力はいずれも航空部隊を保有しておらず、防空システムや戦闘機は本来必要ない。演説中、シリアの防空システム強化に触れていることも同様である。
トルコ、サウジをけん制
であるならば、プーチン大統領が強調する「あらゆる目標」は、シリアの域外勢力であると考えられよう。ここで念頭に置かれているのは、昨年11月に国境地帯でロシア空軍機を撃墜したトルコ、そしてトルコのインジルリク基地に戦闘爆撃機を展開させたサウジアラビアであると見られる。トルコはロシア軍機撃墜以降、シリア領内への空爆は手控えており、サウジアラビアも空爆には踏み切っていないが、ロシア軍撤退後も反アサド諸国がシリアに介入することを許さないための手段が防空システムの展開なのだろう。
また、プーチン大統領の言及したパルミラについては、折しもこの文章を書いている最中にアサド政権軍が奪還に向けた最終攻勢をかけているとの報が入ってきた。ロシア軍が航空支援を行っているとされ、「撤退」とは言ってもまだまだロシア軍による戦闘活動は続くことが予想される。
しかもロシア軍は戦闘爆撃機や攻撃機の一部を撤退させる一方で、新型攻撃ヘリMi-28N及びKa-52を新たにシリアに展開させていると見られており、一方的にただ兵力を引き上げている訳ではないことにも注意する必要がある。
停戦に違反すればただちに攻撃対象となるし、必要とあらばロシアは兵力を再増強できるという点も重要である。ロシアがシリア介入を開始した当初にも明らかになったように、ロシアはその気になればかなりの規模の航空部隊を短期間でシリアに展開させることができる。すでにシリアのフメイミム空軍基地には一定の受け入れ態勢が出来上がっている上に、ロシア本土の北オセチア共和国モズドクでは予備飛行場が拡張されて前進拠点として機能している。もちろん、これまでのように艦艇や爆撃機による巡航ミサイルを行うことも可能だ。
このようにしてみると、プーチン演説は、アサド政権と反体制派に対しては停戦順守を、NATOやサウジアラビアに対してはシリアへの不介入を求めており、紛争のあらゆる当事者に対してクギを指すような内容であったとも言えよう。次回は、このプーチン演説後半を通じ、ロシア社会に向けたメッセージを読み解いてみたい。
ロシアの外交・軍事戦略
シリアを“実験場”にしたロシアの矛盾
プーチン大統領のシリア撤退演説を読み解く(後編)
小泉悠 (財団法人未来工学研究所客員研究員)
2016年04月05日(Tue)http://wedge.ismedia.jp/articles/-/6484
前回はシリアからのロシア軍撤退を宣言するプーチン大統領の演説を通じ、ロシアの対外的な姿勢を読み解いた。
続く今回は、演説後半を見ていきたい。前半とはややトーンを変え、国内向けのアピールが強く現れているのが特徴である。
(翻訳)
尊敬する同志諸君! 諸君らは、強力で、近代的で、よく訓練された軍及び艦隊、そして最も大規模かつ困難な任務を遂行しうる強く賢い歴戦の勇士が我が国にあることを証明した。
対テロ作戦の期間中、9000回以上の戦闘飛行が実施された。2つの海、すなわちカスピ海と地中海に展開した艦隊の水上艦艇及び潜水艦からは、1500kmの射程を有する精密巡航ミサイル「カリブル」による大規模攻撃がテロリストの施設に向けて行われた。我々は、我が乗組員たちのプロフェッショナルな活動を誇りに思うものである。
長距離航空部隊及び戦略航空部隊も卓越した働きを示した。ここには、射程4500kmの新型空中発射巡航ミサイルKh-101の使用が含まれる。そして、すでに述べたように、シリアには短期間で近代的かつ効果的な防空システムが展開され、全ての部隊及び手段の間で連携が取られ、部隊集団の兵站が組織された。軍事航空部隊と海軍の輸送部隊は見事な働きを示した。
補給と軍事活動地域における我が部隊集団の戦闘活動の組織化に関する全ての最重要課題は、緊密、知的かつ現代的に解決され、ここでもロシア連邦軍の能力が質的に強化されたことを明らかにした。
(翻訳ここまで)
この箇所でプーチン大統領は改めて軍の働きを高く評価している(ちなみに「軍及び艦隊」というのは別段空軍を無視しているわけではなく、空軍がなかった時代以来の伝統的な呼び方である)。特に重視されているのが、海軍と航空宇宙軍による精密巡航ミサイル攻撃だ。プーチン大統領の発言に登場するカリブルとKh-101はいずれもロシア軍で配備が進んでいる最新鋭巡航ミサイルであり、実戦投入は今回のシリア作戦が初であった。
一連のシリア空爆においてはロシア軍が依然として無誘導爆弾による無差別爆撃を行っていることが話題になったが、こうした数にものを言わせるローテク軍事力に加えて、ハイテク軍事力が行使されたことも見逃してはならない。これまでロシアが関与したチェチェンでの紛争やグルジア戦争では、こうした精密攻撃兵器を実戦投入することはできていなかった。
シリアでハイテク作戦能力発揮したロシア軍
巡航ミサイルやそれを搭載するプラットフォーム(艦艇や爆撃機)の調達が進んだことに加え、これらを支える宇宙偵察システムや航法衛星システムなどの宇宙軍事インフラが機能を回復したことで、シリアにおけるロシア軍は一定のハイテク作戦能力(もちろん欧米に比肩しうるものではない)を発揮することができた。ウクライナ紛争は民兵や特殊部隊を活用するいわゆる「ハイブリッド戦争」であり、やや性質が異なるが、ロシア軍はウクライナ国境の内外から高度の電子戦を実施していることが知られている。
このほかにもロシア軍は少数ながら衛星誘導爆弾などの精密誘導兵器を投入しているほか、最新鋭の防空システムや戦闘機、電子妨害システムをシリアに展開している。また、最新型の戦術ミサイル・システムである「イスカンデル」がシリアに秘密裏に配備されているのではないかとの観測が以前からあったが、最近、それらしき写真がネットに出回り、にわかにその信憑性が注目を集めている。
このように書くと、シリアはまるで新兵器の実験場ではないか、という若干不謹慎な感想が浮かぶが、これに続く箇所でプーチン大統領はほぼそのような意味のことを自ら述べている。
(翻訳)
本日は、国防産業コンプレクス(訳注:軍需生産を行う企業群をロシア語でこのように呼ぶ)の労働者、技術者、設計官らの代表者諸氏にも感謝を申し上げたい。現代的なロシアの兵器は、演習場ではなく実際の戦場において成功裏にテストされた。これは最も厳しく過酷な試験だ。
このような経験により、我々は必要な修正を行い、装備の有効性と信頼性を向上させ、新世代兵器を開発し、軍を改善し、その戦闘能力を強化することができる。これこそが信頼性のある安全保障を確保するものであることは歴史が証明している。
(中略)
もちろん、シリアにおける軍事作戦は相応の負担を必要とした。しかし、その大部分は国防省の物資であり予算である。すでに2015年の国防省予算には訓練及び戦闘準備のために330億ルーブルが割り当てられていた。我々は単にその予算をシリアにおける部隊集団の支援のために付け替えただけである。演習の方が実際の戦闘活動より訓練効果に優れるなどと考える者は居るまい。このようにしてみれば、燃料や戦闘用予備物資を、演習場ではなく戦場で使って良かったということになろう。ほかでもないプロの諸君はこの点を理解している筈だ。
もちろん、シリアで使用された我が軍の弾薬、武器、装備品、整備用品を増派するためには追加支出も必要であった。これらの支出は当然であり、また必要なものでもあった。というのも、戦闘環境下において使用された多くのものが実際的に検証され、その問題を発見して除去することができたからだ。これは我が国の国防力を強化し、ロシアの安全保障に関する戦略的及び当面の課題を解決するための支出であった。将来、高い代償を支払わなくてもいいように、我々は今できることをしなければならない。
(翻訳ここまで)
実験場にされたシリア
ここでのポイントは主に2つある。
第1に、シリアが新兵器の実験場であると大統領自身が半ば認めている点である。
昨年11月、トルコによるロシア空軍機撃墜を受けてロシアがS-400防空システムを配備した際にも、軍は「旧式のS-300ではなく最新鋭のS-400を持ち込んで実戦環境でテストを行いたい」とプーチン大統領に直訴したとされる。プーチン大統領の演説からは、ロシアがS-400に限らず、最新鋭兵器全般に実戦経験を積ませる貴重な機会としてシリア紛争を認識していることが窺われよう。プーチン大統領自身も述べているように、実戦での証明を経た(いわゆる「コンバット・プローブン」な)兵器は、演習ではわからない様々な問題点を洗い出すことでより実用的となり、武器輸出市場においても有利とされる。
プーチン大統領はここで「将来の代償」を払わなくてもいいように平時から兵器開発を進めなければならないと述べているが、ここで引き合いに出されているのは(本稿では割愛)、第二次世界大戦当時、ドイツの優秀な軍事技術に対してソ連が苦戦した経験である。ロシア語には思わぬテクノロジーのギャップによって軍事的に盲点を突かれることを示す「技術的奇襲」という言葉があるが、そのような言葉が生まれるほどに独ソ戦緒戦の敗北はロシアに深いショックを与えた。そのようなことにならないために、あらゆる機会を捉えて軍事技術の進歩を図らなければならない、というのがプーチン大統領のここでの主張である。
第2に、シリアでの実戦はロシア軍の練度を向上させる訓練効果があるとしている点で、シリアが新兵器の実験場であるという以上に身も蓋もない。ただし、これはかなりの額に上ると見られるシリアでの戦費を正当化する意味もあるように思われる。
プーチン大統領によると、シリア戦費は本来の訓練予算330億ルーブル(の全部ではないだろうからその一部)プラス「追加支出」とされている。その総額は不明だが、各種の推定では1日あたり200万ドルから800万ドル程度掛かっているとされ、これに基づけばこの半年間では3億6000万ドルから14億4000万ドルほどになる。
これだけの戦費を捻出するのは現在のロシア経済にはそれなりの負担であったはずだ。実際、2016年度の国防費は総額こそ当初の計画と大きく変わらないものの、軍向けの予算を1770億ルーブルも削り、代わりに「国防に関するその他の諸問題」という使途のよく分からない項目が1600億ルーブルも増額されている。おそらく、この一部がプーチン大統領のいう「訓練予算から戦費への付け替え」なのだろう。
だが、これだけ軍の本体予算が削られれば、おそらく装備調達や軍事施設整備、訓練などの一部にしわ寄せがいっている筈である。こうした軍の不満に対して、「まぁまぁ新兵器のテストにもなるし、訓練にもなるからいいじゃないですか」とプーチン大統領がなだめているようにこの箇所は読めなくもない。だが、その「いい訓練」が多くの命を奪っている以上、もう少し言い方はなかったものだろうか。
代償をも支払ったロシア
もっとも、ロシア軍も一方的に安全な立場で居られるわけではない。実際、昨年11月の空軍機撃墜事件では、パイロット1名とこれを救出に向かった海軍歩兵部隊員1名が戦死しているほか、合計4名がこの時点までに亡くなっていた。また、この演説後には、ISに包囲されたロシア軍特殊部隊員が自分もろとも爆撃するよう空軍に要請し、実際にそのようにして戦死するという壮烈な最期を遂げて話題となった。これが今次紛争においてロシアが支払った「代償」ということになる。
続く箇所で、プーチン大統領はこれら戦死者たちとその遺族に向けて次のように語り掛けている。
(翻訳)
この代償は大変なものだ。私が今、口にしているのは金の話ではない。この広間には、テロリストとの戦いで戦死した我が同志たちの遺族であるエレーナ・ユリエヴナ・ペシュコヴァ、ヴァレンティナ・ミハイロヴナ・チェルミシナ、イリーナ・ヴラディミロヴナ・ポズィニチ、ユリヤ・イーゴリェヴナ・ジュラヴリョヴァが来られている。オレグ、イヴァン、アレクサンドル、フョードルの親類、縁者、友人、戦友たちにとって、彼らがこの世を去ったことは埋めがたい損失だ。我々は皆で、この悲しみを人として受け止めよう。皆さんの夫、父、息子をファーストネームで呼んだのはそういうわけだ。私は最高司令官としてでも大統領としてでもなく、一ロシア市民として失われた命に感謝と弔意を示したい。我らの同志は、最後まで宣誓と軍事義務に対して忠実であった。彼らの勇気と高潔さ、そして彼らが男の中の男であり勇敢な戦士であったことを記憶しよう。
尊敬する同志諸君! シリアにおける大規模軍事作戦は、祖国から離れた困難な地域において5か月以上に渡って続いた。そして諸君は、4人とともに軍事義務を果たし、その途上においてロシアと我が国民の安全を守ったのである。諸君らに与えられた課題は完全に遂行され、各部隊は通常の拠点へと戻った。我が家へ――ロシアへ戻ったのである。
この広間のみなさん、聴衆のみなさん、そして全ての国々に対して申し上げたい。ロシアにおける喫緊の課題(もちろん平和的なものであるが)の中でも主要なものは、困難な状況下における経済発展、そして国民福祉の維持及び向上に関する懸念である。しかし、安全保障なくしては、あるいは戦闘能力が高く、効率的で現代的な軍及び艦隊を建設することなくしては、そうした課題の何一つといえども解決することはできない。なにより、それなくしては、ロシアの主権も独立もありえないのである。
(翻訳ここまで)
プーチンの国家主義的世界観
プーチン大統領の演説終盤は、このような愛国的トーンに彩られている。戦死者の遺族をクレムリン宮殿に招き、戦死者たちにはプーチン氏が個人としてファーストネームで呼びかけるという演出が盛り込まれており、聴衆の感動を盛り上げるクライマックスと言えるシーンである。
だがその直後、プーチン大統領は再びロシア連邦の長にしてロシア連邦軍最高司令官としての厳しい表情に戻る。原油価格の下落と西側の経済制裁で経済が停滞し、ようやく一定の水準を回復した社会福祉が脅かされるのではないかと懸念する国民に対して、まずは安全保障と強力な軍事力があってこそだとプーチン大統領はいう。この辺は、KGB中佐として東ドイツとソ連の崩壊を目の当たりにしたプーチン大統領らしい国家主義的世界観といえよう。
そしてこのような世界観は、今後のプーチン政権の出方を考える上でも示唆的である。ロシアが制裁によって一定のダメージを被っていることは間違いなく、経済的に非常に厳しい局面に入っていることもまた確かである。
しかし、そのような経済的状況が国家安全保障に関わるロシアの対外的行動を軟化させるだろうという西側の期待は、ロシア側の論理から見て必ずしも妥当なものとは限らない。ロシアの軍事戦略家たちの間には、「経済が軍事に合わせる」と考える傾向があることはしばしば指摘される。このようなロシアの論理からすれば、シリア介入のように、安全保障や軍事力をより前面に押し出した対外的行動へとロシアが傾く公算は今後も排除できないと考えられよう。
シリア撤退で真の勝者となるプーチン
岡崎研究所 2016年04月13日(Wed) http://wedge.ismedia.jp/articles/-/6512
2016年3月14日、プーチン大統領がシリアからロシア軍の「主たる部分」を撤退させることを発表しました。それを受けて、3月15日付の米ワシントン・ポスト紙は、勝者はプーチンだという趣旨の社説を掲げています。要旨は以下の通りです。
またも不意打ち食らったオバマ
プーチン大統領は、オバマ政権を再び驚かせた。クリミアの占拠と東ウクライナへの侵攻の際と同様、プーチンの目標と成功のチャンスを見誤ったために不意を突かれた。昨年9月、オバマはロシアのシリア介入を「泥沼」への前奏曲だとあざけった。しかし、プーチンは多くを達成した。それは、米国の利益とこの地域での米国の目標を犠牲にして達成された。
最も明らかなロシアの成果は、内戦の進路を逆転させたことである。アサド政権は昨年夏には悲鳴をあげていたが、今や米国が支持する反体制派に対して優位に立っている。ロシアの説明によれば、政権側は400の町と4000平方マイルの領土を取り返した。反体制派が支配するアレッポへの供給ルートを遮断した。米露間で交渉された停戦がこれらの成果を固定化した。
より広い観点からは、プーチンはロシアを再び中東のパワーとすることに成功した。米国はロシアを停戦と和平交渉をとりもつパートナーとして認めざるを得ず、アサドは権力を近く放棄すべしとの要求を脇に置くことを含め、プーチンの条件を呑んだ。ウクライナ侵攻後の孤立を打破し、欧州へのシリア難民の流れを決する主要なプレーヤーとなることによって、プーチンはこの夏にはEUの制裁の解除を要求し得る立場になった。
政府筋は、シリア停戦によって数百万のシリア人に支援物資を届けられるようになったと言うが、ロシアの介入による人道上のコストは多大である。ロシア軍は病院や食料品店を意図的に標的とし、クラスター爆弾で多数の市民を殺害したが、ロシアはこれらの犯罪を贖ってはいない。
ロシア軍撤退は国全体を奪還すると言っているアサドの勢いを削ぐかも知れない。しかし、これもプーチンには好都合である。ウクライナやジョージアのごとく、凍結された紛争は彼の利益に資する。何故なら、分裂した国家において戦略的な地歩を守り、恒久的解決に拒否権を握る一方、長期の軍事的コミットメントを避けることが可能となるからである。米国とその同盟国はISとの戦闘を続けることとなるが、アサド政権が生き残ることで戦闘はより難しくなる。プーチンの介入と米国のまごついた対応のお陰で、泥沼に直面しているのは他ならぬオバマである。
出典:Washington Post ‘Vladimir Putin rides out of Syria as a victor’(March 15, 2016)
https://www.washingtonpost.com/opinions/vladimir-putin-rides-out-of-syria-as-a-victor/2016/03/15/9a1ca556-eac1-11e5-bc08-3e03a5b41910_story.html
https://www.washingtonpost.com/opinions/vladimir-putin-rides-out-of-syria-as-a-victor/2016/03/15/9a1ca556-eac1-11e5-bc08-3e03a5b41910_story.html
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泥沼にはまる前に身を翻したプーチン
ロシアのプーチン大統領は「任務は全体として達成された」と述べて、軍の「主たる部分」の撤退を発表しました。またしてもプーチンにしてやられたという社説です。「アサドを支え、国民をなだめようというロシアの試みは泥沼にはまるだけで、うまくいかない」とオバマ米大統領は言いましたが、泥沼にはまる前に、プーチンは身を翻したわけです。ただ、この結果、シリア情勢にどういう変化が生じ得るのかはよく分かりません。
この社説の論旨に異論はありません。しかし、泥沼に陥るのは他ならぬオバマだという末段の指摘は言い過ぎでしょう。まさにイラクのような泥沼に入り込まないというのがオバマのシリア政策形成の枢要な指針であった筈ですし、今後もそうだと思います。勿論、ISの壊滅を目指す、まだ先の見えない戦闘は続きます。膠着した内戦状況、あるいは社説の言う凍結された紛争を打破し、反体制派を建て直し、アサド抜きの体制への政治的移行を可能にする軍事的素地をどうやって築くかの問題はあります。
なお、プーチンの動きに過度に魅せられることは避けるべきでしょう。プーチンにとっての目標はアサド政権の生き残りとシリアの軍事拠点の維持にあり、この限定された目標が最大の目標です。シリアの再建は彼の眼中にはなく、ISの打倒は米国にやらせておくことを考えています。そういう意味で、プーチン大統領のやろうとしていることは身軽であることを認識しておくべきでしょう。
バルト海でもロシアの「国防圏」を主張か!?
バルト海でもロシアの「国防圏」を主張か!?
ロシア軍機、米駆逐艦に「攻撃的」異常接近
と 10回以上
BBC News 2016年04月14日(Thu) http://wedge.ismedia.jp/articles/-/6562
米欧州軍は2016年4月13日、バルト海の公海上で11日と12日にロシア軍機が米駆逐艦ドナルド・クックに10回以上繰り返し異常接近してきたと発表した。ロシア軍のSu-24戦闘機は武器を搭載している様子がなかったため、駆逐艦は特に対応しなかったという。
米軍関係者は連日の異常接近について「ここしばらくの間で最も攻撃的な行為」と批判。ドナルド・クックの艦長は相次ぐ異常接近を「攻撃の予行演習」と呼んだ。
米欧州軍は発表文書で、ロシア軍機による接近は「危険で、挑発行為になり得る」ものと批判。「ロシアの飛行行動が安全性を欠き、プロフェッショナルらしくないことに、深い懸念を抱いている」と欧州軍はコメントし、「一連の行動は両国の緊張関係を不要に悪化させ得るもので、深刻な負傷や死亡に至る計算違いや事故につながるかもしれない」と警告した。
昨年6月にもロシア軍機は黒海で米駆逐艦の上を接近飛行している。ロシアのメディアは当時、米駆逐艦ロスが「攻撃的」な行動をとっていたと報道したが、国防総省はこれを否定した。
Su-24が駆逐艦からわずか9メートル先の至近距離まで接近したこともあり、駆逐艦の周りが波立つこともあったという。
ロシア軍の行為は、海上衝突防止のための1970年合意に抵触する可能性があるが、米国がロシアに抗議する方針かどうかは不明。
ドナルド・クックを偵察し撮影するロシア軍ヘリ、カモフKA-27も、駆逐艦の近くを7回通過したという。
米欧州軍司令部によると、ドナルド・クックで同盟国の軍用ヘリの着艦訓練が行われていた際に、ロシア軍機の接近が始まった。ロシア軍機が周辺を離れるまで、訓練は中止されたという。翌日にはKA-27が低空で駆逐艦の周りを旋回した後、Su-24が再び通過を繰り返した。
Su-24は英語およびロシア語の警告に反応しなかったという。
<分析>ギャリー・オドノヒュー(ワシントン)
米国および同盟諸国とロシアの間のこうした軍事的な遭遇は、過去2年の間にかなり増えてきた。ロシアのクリミア併合と東西関係の破綻以降のことだ。
接触は様々な形をとる。領空侵犯のこともあれば、空中衝突をぎりぎりで回避したというケースもある。海上での接近や攻撃行動のふりなどもある。
現場はバルト諸国周辺各地だ。バルト海で。黒海で。ストックホルム近くというケースもあった。スウェーデン当局は、ロシア潜水艦が2014年に領海を侵犯したと認識している。
防衛アナリストたちは、これはロシアによる示威行動だとみる。ロシアには強大な軍事力があり、いいようにはされないぞという意志表示だと。
しかしこのようなことがあまり頻繁に続くので、それが意図的だろうが偶発的だろうが、世界の2大軍事大国が正面衝突するのは時間の問題だと大勢は懸念している。
(英語記事 Russian warplanes
'aggressively' pass US missile destroyer)
《維新嵐》 かつてのソビエト連邦時代のような「強い超大国」の再現を夢見ているのでしょうか?
オホーツク、黒海のクリミア、ウクライナ、そしてシリアへの内政干渉と海を意識したロシアの権益拡大が目につきますね。バルト海も超大国アメリカの国防圏化することを阻止してロシアの「内海化」しておきたいという意思がうかがえます。
この覇権超大国をめざすロシアと我が国政府、安倍総理はどう交渉するのでしょうか?一体北方四島一括返還などいまだ可能性のあることとお考えでみえるのでしょうか?四島一括返還に我が国政府がこだわるうちに、かつて平和友好条約締結をめざした日ソ共同宣言の精神が忘れてしまわないように、実りある交渉であってほしいと切に願います。
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