シリア作戦の「戦果」は70億ドル・武器商戦でも勝利したロシア
小泉悠 (財団法人未来工学研究所客員研究員)
2016年04月22日(Fri) http://wedge.ismedia.jp/articles/-/6582
ロシアの有力紙『コメルサント』系のビジネス誌『ジェーンギ』が、「航空商業軍」という奇妙なタイトルの記事を掲載した。ロシア空軍の正式名称である航空宇宙軍の「宇宙(コスミーチェスキエ)」の部分を「商業(コメルチェースキエ)」ともじったものだが、これにはもちろん理由がある。
「航空商業軍」の「戦果」
前回の小欄では、シリア作戦が新兵器の実験になっていることを公言するプーチン大統領の演説を紹介したが、今回の記事によると、シリア作戦は諸外国に対する武器売り込みとしても格好の機会であったらしい。シリア作戦にかかった戦費以上の利益が武器輸出で挙がる見込みであるという。以下、「航空商業軍」の「戦果」のほどを『ジェーンギ』記事から紹介してみよう。
(翻訳)
イワン・サフローノフ「航空商業軍:シリア後のロシア製兵器にはどんな需要が生まれるか」『ジェーンギ』2016年3月28日。
ロシアはシリアでの航空軍事作戦で330億ルーブルを支出したが、そこから得られる利益はさらに大きなものである。中東におけるロシア製兵器の実戦使用は、顧客へのいい宣伝になった。『ジェーンギ』の評価によると、その潜在的な輸出契約額は来る数年間で60-70億ドルにも達しうる。
(中略)
外国との軍事技術協力(訳注:武器輸出を示すロシアの用語)に関わる「ジェーンギ」の情報源によると、潜在的な顧客たちは「実証済みの武器」、すなわちロシア軍に採用されたり他の国がすでに購入した武器に注目しているという。「シリアは一石二鳥だった」と同人は言う。「一方では、我々は装備品の戦闘能力をデモンストレーションして顧客の注目を集めた。他方、現存の航空兵器の半分以上を戦闘環境下で試してみることができたのだ」。
(中略)
半年間で軍に支出されたのは330億ルーブルである。この資金は国防省の予算に演習及び戦闘訓練の費用として計上されていたものだが、実際の戦争のために付け替えられた。「ジェーンギ」の情報によると、この額には全ての兵站及び物資・装備関連支出が含まれている。航空攻撃手段の調達と航空機材の工場修理のためにさらに100億ルーブルがかかっている可能性もある。
(中略)
しかし、これらの支出は期待しうる配当を考えれば高すぎるということはない。「ジェーンギ」に対して幾人かの軍情報筋が述べたところによると、シリア作戦の開始後、連邦軍事技術協力庁(FSVTS)にはロシアの国防産業の製品に関心を持った国々から少なからぬ引き合いが来ているという。その多くは航空装備の調達を望んでいる。
たとえば2015年12月には、アルジェリアからSu-32爆撃機(Su-34の輸出バージョン)12機の発注があった。チカロフ記念ノヴォシビルスク航空機工場のセルゲイ・スミルノフ社長によると、こういう話は8年近く前からあったものの、あまり熱心なものではなかった。ところがこの爆撃機がシリアで成功裏に運用されたことで、交渉に新たな契機が生まれた。「ジェーンギ」の得た情報によれば、アルジェリア軍向けSu-32の最初の1個飛行隊は少なくとも5-6億ドルになり、今後さらにオプションで6-12機を購入することも排除されていない。
この交渉と並行して、アルジェリアからは、Su-35S戦闘機の飛行性能やレーダー及び搭載武装の性能をテストするために同戦闘機1機をタマンラセット演習場でテストしたいという要望も寄せられた。アルジェリアのパイロット達には評価用の機体が用意されており、その後、同戦闘機10機以上の購入に向けた予備交渉の開始が期待されていると「ジェーンギ」の情報源は語る。これだけの数の契約が固まれば、8億5000万から9億ドルに相当する。
今年に入ってからも、Il-76MD-90A軍用輸送機2機に関する交渉が続いている(契約が調印された場合には、アルジェリアは2017年にも2機を受領することになる)。同国に関しては、約40機のMi-28NEヘリコプターの売却合意締結ももう一つの成果となりそうだ。その第一陣はすでに発送の準備が整っている。この場合、シリア作戦の果たした役割はやや小さいということになろう。というのも、これらの機体はすでにイラクが対IS作戦に投入しているからだ。とはいえ、専門家によるとアルジェリアとのMi-28NEの契約は6-7億ドルになるという。
インドネシア、べトナム、パキスタンも関心
Su-35については、インドネシア、べトナム、パキスタンも関心を示している。これらの国々はいずれもソ連ないしロシアの航空機を運用した経験を持つが、どれも自国の航空戦力を大幅に近代化したいと考えている。インドネシアとヴェトナムは以前に調達したSu-30MK2に加えてSu-35を導入しようとしている。ジャカルタは10機を購入するとしており、「ジェーンギ」の情報によるとハノイは1個飛行隊分の調達を交渉する意向である。いずれも契約額は10億ドルを超えており、インドネシア軍はそのための資金を要望している。
パキスタンに関しては、状況はやや複雑である。経済状況が苦しいことに加え、インドとの関係における地政学的側面が潜在的な契約の障害となる。イスラマバードによるMi-35ヘリコプター4機の導入はデリーの否定的な反応を呼び起こした。このため、ウラジミール・プーチンはインドのナレンドラ・モディ首相に対し、これはISとの戦いのみに用いられるものであると個人的に釈明せざるを得なくなったのである。「ジェーンギ」の情報源によると、パキスタン軍が購入するのは多くてもせいぜい6機程度であるというが、これだけでも5億ドルにはなる。
Ka-52「アリガートル」ヘリコプターにも関心が寄せられている。ロスオボロンエクスポルト(訳注:ロシアの武器輸出公社)はエジプトと46機の契約を結んでおり、納入は2017年に開始される。同機がその戦闘能力をシリアでデモンストレーションしたことは、特に中東地域において新たな顧客を見つける役に立つだろう。
フメイミムの警備とISの支配地域を攻撃するバッシャール・アサド政権軍の支援のために送り込まれたT-90戦車にも追い風が吹き始めた。インターネットで流布しているビデオ映像には、米国製のTOW対戦車ミサイル・コンプレクスからロシアの戦車にミサイルが発射された際の印象深い一コマが写っている。T-90の装甲が攻撃に耐えたのだ。ある国防産業のトップマネージャーは、今まさに顧客との交渉でこの例が引き合いに出されているところだと語ってくれた。その顧客の中には、イラン、イラク、その他のペルシャ湾岸諸国、そしてCIS諸国が含まれるという。
シリア作戦において防空システムは監視のためにしか用いられず、目標を攻撃することはなかった。が、これらに対する需要も高まっているのだと「ジェーンギ」のある情報源は指摘する。シリアに出現したS-400は、サウジアラビア軍の同システムに対する関心をひどく高めた。また、インドとの間でも交渉が活発化している。いずれの場合にもS-400防空システム4-6個大隊分の契約になる可能性があり、価格はその発射機の数に応じて20-30億ドルと見積もられる。
シリア作戦によるマーケティング効果は60-70億ドル
もっとも事情によく通じた専門家の試算によると、シリア作戦によるマーケティング効果は60-70億ドル(現在のレートで4200-4900億ルーブル)分の契約に結び付くであろうという。戦略技術分析センターのコンスタンティン・マキエンコ副所長は、ロシア製品に対する波及効果が実際にあることは認めつつ、まだ具体的な契約に結び付いているわけではないと強調する。たしかに、実際の成約までには、実に様々な障害が出現し得るものだ。技術面(たとえば他の契約による生産能力への負荷)、財政面(発注者の資金不足)、不可抗力(革命や軍事紛争など)がそれである。だが、潜在的な売り上げが10億ドルか20億ドル減ったところで危機的な問題ではないのだ、と「ジェーンギ」のある情報源は言う。「ルーブルとドルの為替レートを考えれば、いずれにしてもシリアでの支出は見通しうる将来に回収可能だ」というのだ。そのためには、すぐにも契約の締結を始めなければならない。製品の製造サイクルを考えれば、最終的な支払いは2-4年後になるだろうと考えられるためだ。
(翻訳終わり)
シリア作戦が新型兵器の売り込みのためのデモンストレーションになっているのではないかという話は以前からあったが、こうした見方をロシア側の多様な声によって確認しているのがこの記事の面白いところである。たとえばシリア作戦でアルジェリアへの武器輸出が本格する経緯などはさすが現地紙と思わされる詳細さがある。
ちなみにアルジェリアに初輸出されることになったSu-32爆撃機だが、これに続いてヨルダンも同機の導入を検討しているという報道が4月に入ってから出ており、なるほどシリア作戦の宣伝効果というのはそれなりにあるのだろう。特にハイテク兵器の運用が難しいとされる砂漠地帯で実際に高い運用実績を挙げたことが、中東・北アフリカ諸国への売り込み攻勢に追い風となっているのだと思われる。
ただし、これも全て額面通りに受け取るわけにはいくまい。第一に、ロシアはシリア作戦の前から中東への武器売込みを強化しており、記事中でも触れられていたイラクとは、42億ドルにも達する大規模契約を2012年に結んでいる。エジプトに対しても、2013年のクーデターで対米関係が悪化するや素早く接近し、戦闘機等の納入契約を締結している。今後はイランへの大規模武器輸出や、紛争で沙汰やみになっていたシリアへの武器輸出再開も取りざたされているところである。アルジェリアは、同国が資源マネーで潤うようになった2000年代からロシアの上得意だった。
したがって、シリア作戦は一定の宣伝効果を持ったであろうにせよ、それ以前から中東でロシアの武器はかなり売れていたのである。Su-32などはこれまで実戦経験がほとんどなく(2008年のグルジア戦争でごく実験的に実戦投入されたのみ)、輸出実績もなかったので、それなりのデモンストレーション効果はあったのかもしれないが、果たしてそれが60億ドルとか70億ドルといった規模であるかどうかはやや疑問がある。
第五世代戦闘機の共同開発を巡って
インドとの間にトラブル
インドとの間にトラブル
Su-35戦闘機も以前から中国が導入を希望していたものであり、インドネシアやヴェトナムもシリア作戦が始まってから急に欲しがり始めたわけではない。パキスタンへのSu-35輸出に至っては、記事中にあるとおり、伝統的な友好国であるインドとの関係にヒビを入れかねない。しかも買ってくれても精々6機(Su-35は1機100億ルーブルもするのでパキスタンの経済力ではこの程度が限界であろう)だという。ロシアは第五世代戦闘機の共同開発を巡ってインドとの間にトラブルを抱えており、パキスタンへの戦闘機売却話はこれに対するけん制、という可能性もないではない。
また、サウジアラビア軍がS-400に関心を持っているという話もかなり割り引く必要があろう。以前の小欄でも取り上げたが、サウジアラビアはイランやシリアに対する支援を手控えさせるために巨額の武器購入をちらつかせるという方法を取っており、S-400の導入もその一環である可能性が高い(これまでもサウジアラビアが提示した武器購入話が実際の大規模契約に結び付いたことはない)。
ロシアの武器輸出額はここ数年、年間150億ドル前後で推移しており、2015年度は146億ドルであったとプーチン大統領が明らかにしている。そこで問題になるのが、記事中である「情報源」が触れたドルとルーブルの為替レートだ。すなわち、ロシアの経済危機を反映してルーブルが暴落した結果、ドルやユーロなどの外貨建てて支払われる武器代金の価値が急騰しているのである。現在、ルーブルの対ドル・レートは5年前に比べて3分の1近くまで下落しているので、同じ10億ドルの武器を売っても、その10億ドルは従来の3倍の価値を持つ。この文章が、「契約を急げ」という調子で終わっているのも、ルーブルが底を打って回復に転じる前に外貨を受け取りたいということなのだろう。
《維新嵐》 兵器ビジネスは、実際の戦場で運用されることほどわかりやすく、確実な宣伝手段はありませんね。「兵器」として使用できて、信用できる運用結果が得られてナンボですから、そういう意味では内戦状態のシリアは、兵器を「お披露目」するには格好の場所なんでしょう。豪州潜水艦売り込みで四苦八苦している安倍政権は、こうしたロシアの武器売り込みの手法についても今後十分研究すべき課題でしょう。
その最新鋭のロシア製兵器の技術的ノウハウをスパイ国家共産中国が狙います。
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