2015年9月22日火曜日

日本よ腹をくくれ!尖閣開発プロジェクトを発動せよ

【月刊正論】2015年10月号所収論文

2015.9.21 13:36更新 http://www.sankei.com/politics/news/150921/plt1509210011-n1.html
※この記事は月刊正論10月号から転載しました。

北村淳(軍事社会学者)
 東京生まれ。東京学芸大学教育学部卒業。警視庁公安部勤務後、ブリティッシュ・ハワイ大学などで助手・講師等を務め、ブリティッシュ・コロンビア大学でPh.D.(政治社会学・軍事社会学)取得。米シンクタンクでアメリカ海軍等へのアドバイザーを務める。米国在住。日本語著書に『海兵隊とオスプレイ』(並木書房)、『巡航ミサイル1000億円で中国北朝鮮も怖くない』(講談社)など。

【本文】
(http://diamond.jp/articles/-/76211より)

中国が東シナ海の日中中間線周辺海域に多数の天然ガス掘削用プラットフォーム(オイルリグ)を建設している状況を日本政府は公表した。それに伴い、日本では軍事施設化するのではないかとの危惧や非難の声が上がっている。しかし、何ら具体的な対抗策は打ち出されていないのが現状である。

■オイルリグへの攻撃兵器設置はメリットが少ない

 オイルリグにミサイルをはじめとする兵器を設置して、自衛隊艦艇や航空機を威嚇するのではないか-という声がある。もちろん、それは理論的には可能である。たとえば人民解放軍がロシアから導入したS-400という新鋭ミサイルシステムの改造型を設置でもしたら、自衛隊機が那覇基地を離陸した直後にオイルリグから発射した対空ミサイルで撃墜されかねない。


しかし、オイルリグは移動できないうえ簡単な攻撃で破壊されてしまう脆弱性の高い構造物である。したがってオイルリグから自衛隊や米軍に対してミサイルを発射することは、直ちにオイルリグに対して反撃が加えられ破壊されることを意味している。
 また、むき出しのオイルリグにミサイル発射装置を設置した場合、日本側はミサイルによる攻撃状況を常時監視することができるため、ミサイルの捕捉、追尾そして撃墜は容易だ。
 このように考えると、人民解放軍にとって、オイルリグへの攻撃用兵器の設置はさしたるメリットがないことが分かる。そのような軍事資源は軍艦や航空機に回したほうが得策ということになる。

■オイルリグが警戒監視塔となることも

 しかし、攻撃兵器設置だけが軍事利用ではない。人民解放軍がオイルリグを「警戒監視塔」にすることが十二分に考えられる。
 たとえばオイルリグに対空レーダーを設置すると、現状は中国大陸沿岸域にあるレーダー施設による東シナ海域の監視区域が350キロ以上も前進することになる。対空レーダーの探知距離は少なくとも200キロ程度であるため、東シナ海に中国が設定したADIZ(防空識別圏)全域を地上基地とオイルリグのレーダー装置によって監視できることになる。その結果、中国ADIZ内での自衛隊や米軍の航空機は常時人民解放軍の監視下に置かれることになるのだ。


 もっとも、以前は空中警戒監視能力が貧弱であった人民解放軍も、昨今は新鋭の早期警戒機や早期警戒管制機を運用するようになっている。そのため、東シナ海の中国ADIZだけでなく、日本ADIZに食い込む空域までの警戒監視ができないわけではない。
 しかし、早期警戒機などを常時飛行させるには、多数の機体や要員が必要となり燃料費等の経費も莫大なものとなる。それに比べると、オイルリグの対空監視レーダーは24時間365日稼働させることが容易である(警戒機と違って、オイルリグレーダーの低空域に対する監視能力は極めて限定されるため、戦時ではあまり役立たない)。したがって、平時においては極めて効率のよい対空警戒監視装置ということになる。
 上空の監視だけではない。オイルリグに水上監視レーダーを設置すれば、100キロ近い範囲に接近する艦艇船舶を探知することが可能になる。対空レーダー同様に、この種の水上監視レーダーは中国海軍艦艇にも搭載されており、現在でも日中中間線周辺海域を遊弋している中国軍艦によって海自艦艇の動向を監視することは可能である。


しかし、やはり早期警戒機と同じく、警戒監視のために軍艦を出動させれば、それだけ海軍の資源を消費してしまうことになる。それに比べて、移動できないというデメリットはあるものの、オイルリグの水上監視レーダーは、平時においては人民解放軍にとってコストパフォーマンスに優れた装置なのだ。
 上空と海上の監視に加えて、オイルリグにソナーを設置すれば海中の警戒監視も可能になる。ソナーとは、音波によって海中の物体を探知する装置であり、軍事的には主として敵潜水艦を探知するために潜水艦や水上艦艇に装備されている。自らが発した音波の跳ね返りを探知するアクティブソナーと、こちらから音波を発せずに敵潜水艦が発する音波を受信して探知するパッシブソナーがあり、軍艦では両者を使い分けている。
 アクティブソナーのほうが探知効率に優れているのだが、自身が音波を発するので敵に探知されるリスクも高い。しかし、オイルリグはもともと設置場所が固定され、公表されているのだから、そのリスクを考える必要はない。秘匿性を最大の武器としている海自潜水艦にとっては、オイルリグ周辺海域は鬼門となってしまうのだ。


■政治的脅威のほうが深刻

 オイルリグに、対空レーダーや水上レーダー、それにソナーが設置されると、まさに海のまっただ中に警戒監視塔が出現することになる。人民解放軍はとりわけ平時において、早期警戒機や軍艦による中国ADIZ、日中中間線周辺海域の警戒監視をオイルリグに24時間365日連続で代行させることが可能になり、自衛隊や米軍に対する作戦行動の主導権を握ることができる。
 ただし、だからといってただちに対日攻撃力が劇的に強化されるというわけではなく、東シナ海での人民解放軍海洋戦力に若干の余裕が生ずるといったところである。その程度で中国の対日攻撃力を深刻に受け止めるならば、人民解放軍がすでに1000発近くも保有している長距離巡航ミサイルや弾道ミサイルの脅威に対して、今日からでも対策を立てるべきである(拙著「巡航ミサイル1000億円で中国も北朝鮮も怖くない」講談社刊を参照していただきたい)。
 だからといって傍観しておいてよいわけでは決してない。警戒監視塔としてのオイルリグが日本に対して突きつけている深刻な脅威は、軍事的なもの以上に、次のような政治的メッセージの発信にある。


1)オイルリグという警戒監視塔から、中国政府が中国の主権的海域と主張している海域の「上空、海上それに海中を常時見張り続けることができるのだ」ということを既成事実化させる。
(2)やがて「中国によって警戒監視している海域や空域は、中国がコントロールすなわち実効支配しているということである」という論理を打ち出す。
(3)そして「日本が実効支配しているという証拠を、警戒監視塔のような目に見える形で国際社会に示すことができるのか」と声高に言い立てる--。
 中国がこのように、オイルリグという目に見える形の政治的メッセージを日本に突きつけ、国際社会にアピールすることは間違いない。東シナ海のど真ん中に、中国の政治的シンボルが誕生してしまったのだ。

■オイルリグの除去は不可能

 中国の政治的シンボルを無力化させるにはどうすればよいのか? すでに中国側が建設してしまったオイルリグを、日中外交交渉によって取り除くことが絶対不可能なのは目に見えている。日本政府にそのような芸当ができるのならば、そもそも、オイルリグを16本も建設させるのを許さなかったであろう。


全てのオイルリグが設置されている場所は日中中間線の中国側であり、その海域は中国の排他的経済水域である(中国側海域で天然ガスを産出しても海底の石油ガス鉱脈でつながっている日本側のガスも吸いだされてしまう懸念が表明されるが、これは石油などの採掘にはつきものであり、国際的には「言いがかり」と考えられる可能性もある)。したがって、中国の排他的経済水域内でのオイルリグ建設に対して日本政府が異議を唱えることはできない。ましてオイルリグ撤去要求などできる道理もない。
 軍事要塞ではない脆弱なオイルリグを力ずくで破壊することは技術的には容易である。しかし、オイルリグの破壊は、中国との全面戦争を意味する。もちろん、日本によるオイルリグに対する先制攻撃により勃発した日中戦争には同盟国アメリカといえども絶対に協力しない。


たとえオイルリグを軍事的な警戒監視塔として使っても、中国はレーダー関連装備を気象観測用・海洋観測用だと強弁するだろう。
 中国にどれだけ文句を言っても無駄であり、建設されてしまったオイルリグの撤去はもはや不可能なのである。日本は、東シナ海のど真ん中に誕生したオイルリグという警戒監視塔の存在を踏まえた対策を打ち出さなければならないのだ。

■軍事的対抗策は困難

 日本に可能な対処として思いつくのはまず、中国側が東シナ海での軍事的警戒態勢を増強するのに対応して、日本側も軍事警戒能力を強化してバランスをとることだ。
 オイルリグから尖閣諸島にかけての日中中間線周辺海域を警戒監視する海上保安庁巡視船や海上自衛隊艦艇の数を飛躍的に増強させ、海上自衛隊哨戒機や航空自衛隊早期警戒機による空からのパトロールを強化するのである。
 しかし、ソマリア沖海賊対処に常時出動している海上自衛隊としては、ただでさえ余裕のない手持ちの資源(艦艇・人員・燃料など)を東シナ海だけに集中させる訳にはいかない。安保法制が成立すれば、集団的自衛権行使容認やアメリカ軍などに対する本格的な兵站支援活動が解禁され、米海軍などとの合同演習の機会も増える。東シナ海での警戒強化に投入する物理的資源(艦艇・人員・燃料などすべて)は1・5~2倍が必要となる。そして何よりも予算を捻出することは困難となるであろう。


このような事情は、艦艇だけでなく海自哨戒機にとっても空自警戒機にとっても当てはまる。したがって、少なくとも国防費の倍増が実現しない限り、警戒監視塔をはじめとする中国による東シナ海の・実効支配・に対処するための軍事的措置を実施することはできない。
 もちろん、日本政府が腹をくくって防衛費を大幅に増額し、中国海軍ばりの建艦スピードを達成すれば話は別であるが、安倍首相自ら「国防費の倍増などは絶対ありえない」と国会で述べている現状では、無理な期待である。

■国際社会の関心は低調

 以上のように、中国のオイルリグ=監視警戒塔への軍事的対応は極めて困難である。こうした際に日本でしばしば主張され、そして好まれがちなのが、国際世論に訴えて中国に外交的圧力をかけようという他力本願策である。
 もちろん、東シナ海への中国の侵出は南シナ海でのそれに勝るとも劣らない危機的状況であることを国際社会に知らしめることは必要不可欠である。しかしながら尖閣諸島をはじめとする東シナ海問題への国際社会の関心を、英文メディアが取り上げる頻度などから判断すると、南沙諸島紛争の足元にも及ばない。日本政府が主張している東シナ海の「日中中間線」も、中国が南シナ海で振りかざす「九段線」のように国際社会に知られているわけではない。


南沙諸島で中国が建設している人工島が国際社会に与えているインパクトは非常に大きい。爆撃機や戦闘機の使用に耐えうる航空施設や大型軍艦の拠点にもなる港湾施設の建設という誰の目にも明らかな中国の横暴に国際社会の耳目が集まるのは当然だ。しかしその結果、東シナ海での日中対立が南シナ海紛争の影に隠れてしまっている。日本が国際社会の後ろ盾を得られるような状況ではないのだ。

■「虎の威を借りる」のも不発

 一方、日本政府が最も期待しているアメリカの後ろ盾という「虎の威」も現在のところ中国には威力を発揮しないでいる。
 これまでのところアメリカ政府は、東シナ海日中国境線確定(日本側の日中中間線の主張に対して中国側は大陸棚限界線を主張している)問題に関しては、何ら関与しようとはしていない。また、尖閣諸島領域問題に関しても米政府は「日米安保条約の適用範囲である」との声明を繰り返し発してはいるものの、軍事的にも政治的にも具体的な対中牽制措置は実施していない。


もしもアメリカの声明が中国に対して本当に抑止効果を持っているのならば、中国公船による尖閣周辺海域への接近や、中国軍機や軍艦による自衛隊機や米軍機に対する挑発的行為などは減少するはずなのに逆に増加している状況だ。アメリカ政府が日米安保条約に関する声明を出すだけでは、現状では抑止効果を発揮していないと考えるべきである。

■シンボルにはシンボルで対抗

 国際世論の後ろ盾を期待することもアメリカを頼ることもできないならば、日本は腹をくくるしかない。
 すでに指摘したように、中国にとってオイルリグの最大の利用価値は、東シナ海で中国が主張する「中国の海域」を目に見える形で国際社会にアピールし、既成事実として国際社会に定着させてしまうという政治的シンボルとしての役割である。
 そこで、日本も国際社会に対して「目に見える形のシンボル」を造り出し、「東シナ海の日中境界線は日本が主張している『日中中間線』であり、尖閣諸島も当然日本領である」ことを国際社会にアピールして既成事実を定着させるという対抗策をとるべきである。


「日本も日中中間線の日本側海域に数基のオイルリグを建設して中国に対抗すればよい」という意見もあるようだ。たしかに、日中中間線を挟んで中国と日本がオイルリグを建設してにらみ合いとなれば、日中中間線の存在を目に見える形で示すことにはなるであろう。
 しかし、このような海域海底から天然ガスを産出したとしても、500~600キロもの長距離海底パイプラインで九州のガスプラントと結ぶ必要がある。沖縄本島までは400キロのパイプラインと若干距離が短くなるが、沖縄からタンカーで運搬しなければならなくなる。いずれにせよ、日本側にとってこの海域の海底ガス田は極めてコストパフォーマンスが悪く、おそらく採算はとれないであろう。
 コスト度外視で建設する選択肢もあろうが、日中中間線を認めていない中国は、そのような建設作業に対しては猛烈に反発し、場合によっては軍艦や軍用機を繰り出して威嚇するという強硬手段を用いてでも建設妨害をするであろう。


何をやっても中国側が猛反発をするのであるなら、中国が侵攻部隊を編成して威嚇せねばならないレベルの「強烈なシンボル」を造りだしてしまったほうが上策である。少数の軍艦や戦闘機を繰り出すレベルでなく、本格的な軍事行動が必要となれば、中国政府にとってもハードルは高い。そして、威嚇とはいえそのような大規模軍事行動を発動したならば、アメリカも否応なく引きずり込まれることになる。

尖閣諸島開発プロジェクトを発動せよ
(http://www.asahicom.jp/special/t_right/senkaku/images/senkaku_top.jpgより)

 日本側が、このような「目に見える形のシンボル」としうるのは尖閣諸島である。日本政府が主導して尖閣諸島に何らかの施設を建設するプロジェクトを立ち上げて、日本が実効支配していること、そして日中中間線の主張を目に見える形で国際社会にアピールするのである。
 たとえば、魚釣島に海洋気象測候所を建設し、久場島、北小島や南小島、それに大正島にも測候所付属観測設備を置く計画が考えられる。この計画には、久場島と大正島を射爆場として管理権を保持しているアメリカを当事者の地位に引きずり込むことができるという大きな利点を伴っている。


なぜならば米軍射爆場は「現時点では訓練等に使用していなくとも米軍にとって必要な区域」ということで米軍の排他的管理地とされているからだ。アメリカ政府の許可がなければ観測設備を建設することができないのだから、アメリカも何らかの形で計画に関与せざるを得なくなる。このようにして、アメリカ政府が日本の・実効支配・を名実ともに支持していることを内外に示すのだ。
 さらに魚釣島には、周辺海域での操業が認められている日本と台湾の漁民の避難施設を建設するのもいい。台湾の漁民による操業は日本側も公式に認めているのであるから、避難施設の建設と運営は日本と台湾が共同で実施すれば、日本は台湾と共に中国に対して共同戦線を形成することになる。
 このような民間施設がある以上、尖閣諸島を実効支配している日本政府としても、測候所を利用する研究者や訪問者それに漁業関係者の航行や滞在の安全を確保するために、海上保安庁の管理施設や救難ヘリコプター用航空施設などの整備計画も実施する。


当然、日本の尖閣諸島開発プロジェクトに対して、中国は猛反発をするであろう。しかしながら、かつての日系企業焼き討ちのような暴挙が中国国内で繰り返されたならば、南シナ海問題以上に国際社会での反発が高まり、中国政府の面子がますます低下することは必至である。またこのプロジェクトはアメリカや台湾も巻き込むため、中国の対応は複雑かつ微妙なものにならざるを得ない。

■すでに腹をくくるべきタイミング

 日本政府が、中国のオイルリグ建設を公表して非難しているだけでは、中国にとっては雑音にすぎず、痛くも痒くもない。アメリカの後ろ盾を片思い的にどれだけ期待しても、アメリカ当局の「アメリカにとっては利害関係がない東シナ海での日中間のいざこざ」程度の認識を変えることはできない。
 現時点で、日本政府が腹をくくって何らかの具体的対抗策を打ち出さないと、オイルリグすなわち警戒監視塔がますます増殖していくだけでなく、中国版尖閣諸島開発プロジェクトまで登場しかねない。

尖閣諸島は日中双方にとって戦略的要衝

(http://www.sof.or.jp/jp/news/301-350/images/307_1.gifより)







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