2015年10月1日木曜日

新たなアジア太平洋戦略の狭間での葛藤 悩める大国アメリカ

南シナ海人工島 中国の代償を高めよ
岡崎研究所

20150929日(Tuehttp://wedge.ismedia.jp/articles/-/5418
 新アメリカ安全保障センター(CNAS)のコルビー上席研究員と米戦略予算評価センターのモンゴメリー上席研究員が、825日付ウォールストリート・ジャーナル紙に連名で寄稿し、中国の南シナ海での人工島建設などは米国の軍事的優位に影響しないとの見解は楽観的に過ぎ、中国に対して外交圧力を高めるなど同国にとってのコストとリスクを高めるべきだ、と主張しています。
共産中国・南沙諸島の「人工島」
 すなわち、人工島の建設など南シナ海での中国の素早い動きは外交問題を越えて、周辺国や米国にとって早晩深刻な軍事問題になりうる。ハリス米太平洋軍司令官は、これらの島は戦闘機、偵察システムや電子戦争能力の支援になると述べている。他方、多くの分析家は中国の施設建設は米の軍事的優位を大きく変えるものではないと信じているようだ。中国の人工島は有事の際には容易な攻撃目標になるという意見もしばしば聞く。
 しかし、この様な見解は余りに楽観的だ。適切な軍事力であれば少量でも当該地域の軍事バランスを変えるし、中国はこれらの地域での軍事力増強により重要な強制的優位を得ることができる。大規模な港湾施設や長い滑走路によって、人工島は海洋部隊や前方展開する航空機の兵站ハブになりうる。それにより海軍の作戦持続能力を増大させることができる。また偵察機などを一層遠くに恒常的に飛ばすことができるようになる。当該地域の戦闘航空パトロールが可能となる。将来の防空識別圏の設定にも資するだろう。
 滑走路などのインフラがなくても、人工島は対船ミサイルや防空システムの保管所になるし、それは船舶や航空機に対するリスクを高めることになる。中国がこのような武器を南シナ海の随所に置き、武器が相応の射程を持っていれば、小規模の拒否ゾーンを作ることができる。南シナ海の島に設置されたレーダーのネットワークを通じて、平時には良い状況情報を、戦時には良い攻撃関連情報を得ることができる。
 更に大きな意味合いがある。中国の軍事プレゼンスの拡大は「忍び寄る拡大戦略」に貢献し、中国の影響力を徐々に拡大する。多くの周辺国は小規模の戦力展開能力しか持っていないので、中国によるこれらの島への軍事力の展開は見てくれ以上の大きな影響を持つ。周辺国の対中バンドワゴン化(対中均衡よりも対中接近)を高める可能性もあるだろう。前方に展開された軍事力のため、周辺国は、米中の間で一層中立的な立場をとるようになるかもしれない。米国の周辺国施設へのアクセスも影響されるかもしれない。
 これらの島の中国軍は、対米戦闘に当たっては、長い間もたないであろうが、米軍アセットの動きに関する重要情報を報告できるし、米軍はそのために軍事力の運用方法を変えねばならなくなることもあり得る(突然の遭遇で軍事力を行使せざるを得なくなったり、中国が主張する島への対処をためらうなど)。

米国と関係国は、中国の更なる拡大を止めるために、出来る限りのことをすべきだ。物理的に阻止することは不可能だとしても、外交圧力を高め、中国の力に均衡するように関係国との関係を強め、現在の秩序を守るために軍事、非軍事の部隊を構築し、必要な時にはこれを使用する意図を示すことによって、中国にとってのコストとリスクを高めることはできる。もし中国が小さなコストで軍事的影響力を拡大できることになれば、中国は拡大行為を決して止めないだろう、と警告しています。
出典:Elbridge Colby & Evan Braden Montgomery,Changing Tides in South China Sea’(Wall Street Journal, August 25, 2015
http://www.wsj.com/articles/changing-tides-in-south-china-sea-1440523898
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 最近、米国では南シナ海に関連する警戒論が強まっているようです。この記事は、何が軍事的に問題なのか、具体的に有益な議論をしています。人工島に置かれる軍事力は重要な多くの軍事的利点を中国に与えると指摘しています。米国と関係国は協力を強化して中国にとってのコストとリスクを高めるべきである、との結論を含め、いずれも妥当な議論です。
 2015821日、米国防省は「アジア太平洋海洋安全保障戦略」報告書を公表しました。南シナ海での中国の埋め立て活動につき、比や越なども同様の活動をしているが、中国の活動は「規模と効果」において他国の活動とは基本的に性格を異にするものだとしています。また、825日にはワシントン・ポスト紙が「中国は南シナ海で注意してかかるべき」と題する社説を掲載し、828日には、共和党大統領候補ルビオ上院議員が、中国は東シナ海、南シナ海での挑発的行為を停止すべきだ、と訴えました。
 中国は、その振る舞いを再考せねばなりません。そのことを関係国は辛抱強く伝えていく必要があります。中国の今までの行動を見る限り、独善的な安全保障観とそれに基づく振る舞いには相当問題があります。

 この問題については、日本も、関係国と連携して抑止力向上を含む適切な対応をとるとともに、同時に、中国との対話などを進めエンゲージしていかねばなりません。
※対中圧力に対するコストとリスクを高めよ、との主張がある中で、ワシントンや米海軍では逆の政治姿勢、どちらかといえば「守旧派」ともいえるか?のような意見もみられるようです。アメリカも決して一枚岩ではないですね。

ホワイトハウスが米海軍に圧力「中国を刺激するな」

オバマ政権は中国の人工島を容認してしまっているのか?

2015.10.1(木)http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44877
人工島12海里海域に接近できなかった米海軍LCSフォートワース

 アメリカ連邦議会上院軍事委員会が公聴会を開いた。出席を求められたのはシャー(Shear)国防次官補(アジア太平洋安全保障担当)と太平洋軍司令官ハリス海軍大将である。
 そこで取り上げられた問題の1つが、アメリカ軍が南沙諸島で中国が建設中の人工島に対して適切に「FONプログラム」を実施しているのか? という問題であった。
アメリカは自由航行原則の番人でなければならない
 FONプログラムとは「Freedom of Navigation (自由航行原則)プログラム」の略語であり、「世界中の海洋で自由航行原則が脅かされる可能性がある場合、そのような事態の是正を求める」というアメリカの国家政策を意味する。
 具体的には、自由航行原則を侵害するような政策を打ち出している国家に対して、国務省のFON担当外交団が警告を与えたり是正のための話し合いをしたりという外交的手段をまずは実施する。それとともに、問題となっている海域に軍艦や航空機を派遣して「アメリカ政府は断固として自由航行原則を守り抜くぞ」という意思表示を行うのである。
 後者は、当事国にとっては軍事力による威圧とも受け取られかねないが、それほど「自由航行原則」の維持はアメリカの国策にとってプライオリティが高い事項であるということなのだ。
 18世紀後半から19世紀初頭にかけて北アフリカ沿岸で海賊集団が猛威を振るっていた。その脅威から地中海と大西洋での「自由航行原則」を守るために、誕生後間もなかったアメリカ海軍・海兵隊は強化されたと言っても過言ではない。


また、第1次世界大戦を講和に導いたウィルソン米大統領の「14箇条平和原則」でも「自由航行原則」は声高に謳われていた。そして第2次世界大戦にアメリカが参戦する以前には、「自由航行原則」を維持するためには戦争をも辞さないといった趣旨の演説をルーズベルト米大統領が行っている。
 このような伝統を踏まえて、1979年以降は大統領の指示という形をとってFONプログラムが施行されており、それを受けてアメリカ国防総省は海軍艦艇や航空機を用いてのFON作戦を実施しているのである。その実施状況概要は、毎年レポートにまとめられて公開されることになっている(レポートが掲示されているサイト:DoD Annual Freedom of Navigation (FON) Reports)。
2012年以降、12海里内でのFONは実施されていない
 さて、上院軍事委員会公聴会で委員長のマケイン上院議員がシャー国防次官補に「アメリカ軍は中国が人工島を建設し軍事拠点化しつつある南沙諸島海域でFONプログラムを実施しているのか?」と問いただした。
 それに対してシャー国防次官補は「アメリカ海軍艦艇によってFONを実施したのは、最も直近では今年の4月です」と答えた。これは、4月下旬に配備先のシンガポールを出発し5月上旬にかけて南沙諸島をパトロールした米海軍沿岸戦闘艦「フォートワース」のことを指している。「フォートワース」は中国海軍フリゲートに追尾されて人工島周辺海域には接近できなかった(「中国の人工島建設に堪忍袋の緒が切れつつある米軍2015528日)。
フォートワースを執拗に追尾し追い払った中国海軍フリゲート
 シャー国防次官補に対してマケイン上院議員は「私が問題にしているのは12海里ということだ」と改めて質問をぶつけた。言うまでもなく12海里というのは国連海洋法条約で規定されている沿岸からの領海の幅である。
「シャーさん、私は12海里境界線ということに注目しているのです。もしアメリカ軍が12海里境界線を尊重するのならば、中国の事実上の領有権に対して暗黙の了解を与えたことになってしまう。最近において、我々アメリカ軍は(中国が建設している人工島の周辺)12海里以内の海域でFON作戦を実施しているのでしょうか?」


 国防次官補によると「アメリカ海軍が、それらの環礁周辺12海里以内でFON作戦を実施したのは、2012年が最後です」ということである。
 2012年当時には、中国によるファイアリークロス礁やジョンソンサウス礁をはじめとする7つの環礁・暗礁での埋立工事は実施されていなかった。つまり、人工島建設が開始されてからはアメリカ軍による人工島周辺12海里内でのFON作戦は全く実施されていないことが明言されたのだ。
大統領の指示があれば直ちにFON作戦を実施
 このようなFON作戦の現状に対して、マケイン上院議員は下記のような要求をした。
「アメリカ軍が中国人工島の12海里以内でFON作戦を実施していないということは、すなわち中国による国際法を無視した領海設定の主張をアメリカが暗黙裡に承認していることになってしまう。中国がなんと主張しようとも人工島の周辺海域は純然たる公海である以上、アメリカ軍艦や航空機は堂々と航行自由原則に基づいて通過するべきである」
 国際海洋法では、中国が人工島を建設している暗礁や、満潮時には海面下に没してしまう土地(LTE)、それにそもそも人工島は、領海の基準としては認められないと規定されている。したがって、アメリカ軍がそれらの人工島周辺12海里以内に軍艦や軍用機を自由航行させないということは、国際法の原則そのものを中国の勝手な解釈に合わせてしまうことを認めてしまうことになると、マケイン議員は警告を発しているのである。
 マケイン委員長に対してハリス海軍大将は、「全く同感です。“メキシコ湾”が(Mexicoという語が付せられているからといって)メキシコの海でないのと同様に“南シナ海”も(Chinaという語が付せられているからといって)中国の海ではありません」
 ちなみにハリス大将は太平洋軍司令官に就任する以前は南シナ海を直接担当海域にしていた太平洋艦隊司令官であった。
「太平洋軍司令官の任務としてあらゆる担当海域においてFONを実施しなければなりません。もちろん、その権限は大統領と国防長官から付与されることになります」とオバマ大統領あるいはカーター国防長官からの指示があり次第、マケイン委員長が指摘するような人工島12海里以内でのFON作戦を実施する意思と準備がアメリカ軍にはあることを明言した。


中国を刺激しないという“不文律”が存在していた
 実は、太平洋艦隊や第7艦隊などで参謀を務めていた米海軍関係者たちによると、アメリカ海軍では以前より人工島をはじめとして中国が領有権を主張している島嶼環礁周辺12海里以内でのFON作戦をしばしば計画したという。しかしながら、政治的な配慮からそのような作戦計画は日の目を見ることがなかったという。
ホワイトハウスやペンタゴン上層部には、“中国を挑発するような作戦行動は慎まなければならない”という“不文律”が存在し続けているために、そのような作戦はことごとく“上からの干渉”によって立ち消えになってきた経緯がある」
「議会証言では2012年に最後の12海里内でのFON作戦が実施されたと言われているが、実はこのような“不文律”はその数年前から存在していた」
「今回の習近平の訪米のような米中間の政治的経済的イベントが近づくと、決まって“不文律”が働きかけて、FON作戦を始めとして“中国を刺激する”ような作戦行動には縛りがかけられたのだ」
不文律がある限り日米同盟は威力を発揮しない
 米上院軍事員会で問題になっているように、南沙諸島での中国の人工島建設ならびに軍事基地化に関してアメリカ政府が苦言を呈しているのは、中国をはじめとする多国籍間の領有権問題ではなく自由航行原則が脅かされるという観点からである。
 アメリカ政府は南沙諸島での多国間の領有権紛争に関連して、中国の主権を否定して特定の国々の領有権を認めるような立場を表明したことはない。このように、第三国間の領域紛争に対しては中立を守る、というのはアメリカの伝統的な外交政策の鉄則の1つである。
 この鉄則は、東シナ海での日中間対立でも貫かれており、アメリカ政府が「尖閣諸島の領有権が日本にある」との立場を明らかにしたことはない(「日本政府の施政下に置かれている状態」と「日本が領有権を有している」は全く異なる)。
 そして、米海軍関係者たちが指摘している「中国を極力刺激しない」という“不文律”は、南シナ海だけではなく東シナ海にも適用されるものと考えるのが自然であろう。ということは、たとえ日米同盟が強化される方向性にあるとしても、「中国を刺激しない」という基本方針をアメリカ政府が大転換しない限り、真の意味で対中抑止効果が発揮されることはないということなのだ。

※しかし南シナ海、東シナ海をはじめとする東アジアでの「自由航行原則」すなわち海洋の自由主義ともいえる価値観を今後の未来へむけて維持していくためには、対中戦略は必要不可欠、その核心は日米韓の同盟連携にあることは間違いないでしょう。


アジアにおける日米韓連携の重要性
岡崎研究所

20150914日(Monhttp://wedge.ismedia.jp/articles/-/5355

米カーネギー平和財団のジェームス・ショフ上席研究員が、814日付の同サイトで、アジア情勢の変動に対応する上で重要なことは日米韓の連携を確かなものにすることであり、このため米国としても一定の役割を果たすことができる、と論じています。
 すなわち、戦後、日米同盟は、東アジアの平和維持に主要な役割を果たしてきた。しかし、将来に向けて若干の暗雲が生じつつある。東アジアは、生産的な調和にも或いは破壊的な衝突にも向かい得る過渡期にある。多くは、米国とそのアジアの同盟国がいかに巧く地域のダイナミクスに順応して行けるかにかかっている。
 日米同盟は成熟をとげたが、他方で東アジアの情勢は変貌した。中国は地域の抜きんでた経済大国となり、その影響力を増している。ナショナリズムが燻っていた紛争に火をつけている。北朝鮮が核兵器を使用するぞと脅かしている。これらの状況の故に、米国は、地域における安定、開放、アクセスを追求する上で思慮深い外交を必要としている。これは米国のみではなし得ない。
 日本は、自衛隊とそのパートナーの協力についての制約を緩和することによって、自身の防衛の能力を強化し、多国間の安全保障のイニシアチブに貢献しようとしている。安保法制は、日本の安全が脅かされた時、あるいは安定維持のための地域的な努力として、日本が米軍とより効果的に連携することを可能とする。集団的行動の基礎を強化することは、現状を力で変更しようとする試みを抑止する筈である。

  集団的自衛権の行使容認を推進する安倍総理は支持率の低下に見舞われているが、これは思慮深いリーダーシップの不幸な代償である。日本がその防衛について最早米国頼みを決め込み得ない、そして将来の不確実性が不安定を生む新しい時代にあって自衛隊のより大きな役割は必須である。日本は外交面でもイニシアチブをとり、東南アジア諸国と連携関係を築き中国の経済的優越と威圧の試みに対応しようとしている。このことは米国が日本と調整してそのアジア戦略を強化する機会を提供する。
 韓国も重要性を増している。地域の一番の懸念である北朝鮮による核攻撃の脅威に対処する上で米韓同盟は枢要である。米国は、韓国が海外のパートナーシップを一層発展させるよう慫慂すべきである。それは、韓国の利益にもなる。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5355?page=2
米国外交にとっての課題は、朝鮮半島の植民地化に遡る歴史認識に係る日韓の良好でない関係である。二つの同盟国の間の緊張は米国が解決は出来ないが無視も出来ない事柄である。問題の政治問題化を止めることと草の根レベルでの真実の追求の努力が助けになろうが、米国のコントロールの埒外のことである。米国が行い得る最良の政策は、北朝鮮の危険に対抗する三国の連携関係を構築することに焦点を当て、また三国が共有するその他の顕著な安全保障上の懸念を探求し、もって日韓両国の国民が相互の苦情はともかくとしてこの種の協力は利益であり当然であることを悟るようにすることである。以上の同盟関係は短期的には北朝鮮を封じ込める方策であるが、将来的にはアジア太平洋に真に多国間の枠組みを構築する上で中核となって然るべきものである、と論じています。
出 典:James L. SchoffDark Clouds Over Asia’(Carnegie Endowment for International Peace, August 14, 2015
http://carnegieendowment.org/2015/08/14/dark-clouds-over-asia/ietg
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 確かに、日韓の不和は米国にとって不都合でありましょう。米国が出来ることは、日米韓で共有可能な安全保障上の課題を見つけて三国間の共同作業を促すことにあり、そのことが日韓関係を解きほぐすことに資するという指摘は、的確だと思います。難点は、そういう課題として北朝鮮の脅威の他には直ちに思い当たるものがないことです。米国は、日韓の不和には腫れ物に触るような対応振りのようですが、米国自身が自らの影響力を過小評価することはありません。韓国の言動が行き過ぎと思われる場合、時として反日の言動を米国内に持ち込むことすらあるのですから、米国が正しく影響力を行使出来る場面はあるかも知れません。
 筆者のショフは、アジア太平洋に真に多国間の枠組みを構築することを将来の目標と考えているようです。どういう枠組みを念頭に置いているのか判りませんが、NATOのようなものを作る素地はアジアにはない上に、中国を排除する機構を作ること自体が不安定化の要素となります。さりとて、中国を取り込むために既存の協議の場に重なるものを作ることに意味はありません。米国を中心とする二国間の安全保障関係のネットワークを強化することが、合目的的で管理も容易であり、無理して多国間の枠組みを指向する必要はないように思います。

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