試射と侮ってはいられない北朝鮮の地対艦ミサイル
国産「巡航ミサイル」の開発に成功か
北村淳
2017.6.15(木)http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/50248
北朝鮮軍の新型ミサイルを搭載した装軌TEL(地上移動式発射装置)
韓国軍合同参謀本部によると、2017年6月8日早朝、北朝鮮軍が元山付近から地対艦ミサイルと思われる飛翔体を数発発射した。ミサイルは日本海上空を200キロメートルほど飛翔し公海上に落下したとのことである。
今回のミサイル連射に対してアメリカ政府はさしたる反応は示しておらず、国連安全保障理事会も新たな制裁などに関する動きは見せていない。日本政府も「我が国の安全保障に直ちに影響を与える事態ではない」との声明を発し、「アメリカ、韓国と連携しながら・・・」といったお決まりの対処策を述べたにとどまった。
国産巡航ミサイルの開発に成功か
今回の地対艦ミサイル発射試験に関して、北朝鮮の国営メディア(KCNA)は「新型の巡航ロケットは海上の目標を精確に探知し命中した」と伝えており、「(北朝鮮)攻撃のために接近を企てる敵の軍艦を、地上から攻撃する強力な手段である」と豪語している。
韓国軍や米軍関係ミサイル専門家たちの分析のように、北朝鮮メディアが「巡航ロケット」と発表した今回の飛翔体は沿岸防備用巡航ミサイル(CDCM:いわゆる地対艦ミサイル)であることは間違いない。今年に入って北朝鮮は弾道ミサイルの試射を10回繰り返してきたが、今回は初めて巡航ミサイルの試射を行ったことになる。
これまでも、北朝鮮軍がソ連や中国から手に入れた「シルクワーム」(北朝鮮バージョンはKumsong-1、Kumsong-2)と呼ばれる地対艦ミサイルを装備していたことは知られていた。ただし、それらの最大飛翔距離は、長くとも、せいぜい120~130キロメートル程度と考えられていた。
それらに加えて北朝鮮はロシアからKH-35U地対艦ミサイルを手に入れたことも確認されていた。このKH-35Uは最大射程距離が300キロメートルに達すると言われている極めて強力な対艦巡航ミサイルである。そして、KH-35Uをベースに北朝鮮が改良を加えてKumsong-3という新型地対艦ミサイルを造り出しているといわれていた。
今回試射された地対艦ミサイルは、飛翔距離が200キロメートル程度であったことから、KH-35UあるいはKumsong-3である可能性が高い。とすると、北朝鮮軍は国産の巡航ミサイルの開発にも成功し、その配備も開始したと考えることができる。すなわち、これまでは北朝鮮のミサイル戦力イコール弾道ミサイルという図式で考えられてきたが、それに巡航ミサイルも加えなければならないことになったのだ。
中国と類似するミサイル戦力強化の過程
北朝鮮のこのようなミサイル戦力強化の流れは、中国と類似している。
中国人民解放軍も当初は、アメリカに到達する核弾道ミサイル(ICBM)の開発に全力を投入していた。それが達成されると、ICBMだけでなく中距離や短距離の弾道ミサイルの高性能化を目指した。そして弾道ミサイル戦力がある程度強化されると、それまでも地道に研究開発を続けていた巡航ミサイルの開発生産に本腰を入れ始め、アメリカのトマホークミサイルを凌駕する長距離巡航ミサイルの開発を目指した。
現在は、「中国だけが開発に成功した」と豪語する対艦弾道ミサイルをはじめ多種多様の弾道ミサイル、それに地上・空中・海上・海中の様々なプラットフォーム(地上移動式発射装置、駆逐艦、潜水艦、航空機など)から発射される多種多様の長距離巡航ミサイルを合わせて2000発以上保有する長射程ミサイル大国になっている。
もちろん、北朝鮮と中国では国力が圧倒的に違うため、北朝鮮軍が中国軍のような超強力な長射程ミサイル戦力を手に入れるには至らないであろう。しかし、丸腰に近い状態の日本を脅かす程度のミサイル戦力を手にすることは可能である。
既に北朝鮮軍は日本各地を射程圏に納めた弾道ミサイル(ノドン、スカッドER)を、おそらくは100程度は手にしている。中国ミサイル戦力の進化過程を当てはめると、北朝鮮軍の次のステップは弾道ミサイルの性能アップと長距離巡航ミサイルの開発ということになる。
そして、最近連続して実施された弾道ミサイル試射によって、北朝鮮の弾道ミサイル技術が目に見えてレベルを上げていることが明らかとなった。そして、今回の地対艦ミサイルの試射により、北朝鮮製が国産巡航ミサイルの開発に本腰を入れ始めたことも明らかになった。
ミサイル技術者たちによると、巡航ミサイルの場合、射程距離を伸ばすだけならば、技術的に困難ではないという。つまり、今回北朝鮮が試射した巡航ミサイルは200キロメートルほど飛翔したが、これを400キロメートル飛ばすということ自体はそれほど困難ではないというのだ。
もちろん、ただ長距離を飛ばせれば長射程巡航ミサイルが出来上がりということにはならない。400キロメートル、そして1000キロメートル、さらには2000キロメートルと攻撃目標が長射程になれば、そのようなはるか彼方の攻撃目標を的確に捕捉する技術や、長距離にわたって海面すれすれを飛翔させる技術、攻撃コース(注)の制御技術など、さまざまな最先端技術が必要になる(注:巡航ミサイルは弾道ミサイルのように一直線に飛翔するのではなく飛行機のように転針を繰り返して目標に接近する)。そのため、北朝鮮技術陣にどれだけの力量があるのかによって北朝鮮軍の巡航ミサイルの開発速度は左右される。だが、そう遠くない将来には、北朝鮮から直接日本を攻撃することができる長距離巡航ミサイルが誕生することになるであろう。
進化しているミサイル発射装置
ミサイルそのものに加えて、アメリカ軍関係ミサイル専門家が注目しているのは、試射に使われているミサイル発射装置である。
ここのところ北朝鮮がミサイル試射を行う際に、これ見よがしに公表しているのが「TEL」と呼ばれる地上移動式発射装置である。かつては、中国から輸入したTELしか確認できなかったが、今回の地対艦ミサイルだけでなく最近発射した「北極星2号」中距離弾道ミサイルや「新型スカッド」短距離弾道ミサイルなども装軌式(戦車のようなキャタピラーで動き回る方式)のTELが用いられた。
中国から北朝鮮が手に入れたTELはすべて装輪車両であったため、装軌TELは北朝鮮国産ということになる。北朝鮮の道路の大半(97%)は未舗装道路であるため、装軌TELのほうが使い勝手が良いと思われる。その上、装軌TELの場合、海岸や荒れ地それに山岳地帯など、移動発射地域が大幅に広がるという利点もある。
このように、発射装置に関しても、北朝鮮のミサイル戦力の強化には警戒を払わねばならない。
北朝鮮軍の弾道ミサイルを搭載した装軌TEL
北朝鮮軍の地対艦ミサイルと装軌TEL
北朝鮮軍長距離巡航ミサイルへの備えも必要
菅官房長官や稲田防衛大臣が述べたように、射程距離200キロメートル程度の地対艦ミサイルを北朝鮮軍が手にしても「日本の国防が直接脅威を受けるような問題ではない」ことは確かである。
しかしながら、北朝鮮が“ミニ中国”のようなミサイル戦力強化の途を歩んでいることは間違いない。そして戦力強化は中国同様に一定レベルに達すると加速度的になされる可能性が高いため、対日攻撃用弾道ミサイルの性能が強化され、対日攻撃用の長距離巡航ミサイルが誕生することも否定できない。
日本国防当局は、中国人民解放軍の対日攻撃用ミサイル戦力に対して完全に後手に回っている。少なくとも北朝鮮軍の対日攻撃用ミサイル戦力の脅威からは、国民を守り抜く対抗戦略を構築し、防御態勢を固めなければならない。
《維新嵐》もういい加減我が国も弾道ミサイルだけではなく、巡航ミサイル、とりわけ艦船発射型と航空機発射型の巡航ミサイルへの防衛システムを開発してもいいかと考えます。むしろ巡航ミサイルの方が、破壊規模も小さく、実戦で使われる可能性もこちらの方が高いように思います。ステルス戦闘機を探知するレーダーの開発が進められていますが、地上、海面とスレスレに飛んでくる巡航ミサイルこそ脅威といえるでしょう。
政府がトマホークミサイルの導入を検討!
艦船をプラットフォームにする型です。アメリカからまず在庫処分用のトマホークを購入して研究、配備し改良を重ねていくことでしょう。
2年前に失効した「米国は矛、日本は楯」の役割分担
敵基地反撃能力を早急に整備せよ!
元・空将1974年、防衛大学校卒業、航空自衛隊入隊、F4戦闘機パイロットなどを経て83年、米国の空軍大学へ留学。90年、第301飛行隊長、92年米スタンフォード大学客員研究員、99年第6航空団司令などを経て、2005年空将、2006年航空支援集団司令官(イラク派遣航空部指揮官)、2009年に航空自衛隊退職。
2017.5.23(火)http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/50075
北朝鮮の平壌で行われた軍事パレードに登場したロケット(2017年4月15日撮影、資料写真)〔AFPBB News〕
北朝鮮は2017年5月21日、またもや弾道ミサイルを発射した。細部はいまだ不明であるが、先週の14日に新型の中距離弾道ミサイルを発射したばかりだ。
14日のミサイルは、北西部の亀城付近から発射し、高度2111.5キロに達し、787キロ飛行した後、日本海に落下したという。朝鮮中央通信はこのミサイルが新型ミサイル「火星12型」であり、公海上の目標水域を「正確に打撃」し、発射実験は「成功裏」に行われたと報じた。
この日は中国の習近平国家主席が自ら提唱した「一帯一路」(現代版シルクロード経済圏構想)に関する初の国際会議の開幕日だった。中国が今年最大の外交イベントとして準備してきた会議であり、習近平主席の
“晴れ舞台”にケチをつける格好となった。
核・ミサイル開発を強行する北朝鮮に対し、これまで国際社会は制裁を課してきた。だが中国は、のらりくらりとかわして裏口を用意し、制裁の実効性は上がらなかった。
潮目を変えた4月の米中首脳会議
この状況は4月の米中首脳会談において大きく変わった。何らかの取引がなされたようで、習近平主席は実質的な制裁を強く求められた。
中国による本格的な制裁が始まり、北朝鮮は強く反発していた。朝鮮中央通信はこれまでは名指しで中国を批判することは避けてきた。だが5月3日からは、次のように名指しで非難するようになった。
「中国は無謀な妄動が招く重大な結果について熟考すべきだ」「中国はこれ以上、無謀にわれわれの忍耐心を試そうとするのをやめ、現実を冷静に見て正しい戦略的選択をしなければならない」
今回の発射には金正恩朝鮮労働党委員長自らが立ち会ったという。習金平主席の“晴れ舞台”にミサイル発射を強行した意味は大きい。
どんな制裁があっても、どんなに人民が餓えに苦しもうが、米国が北朝鮮を核保有国と認めて交渉に応じるまで、核・ミサイル開発を続けるという金正恩の強いメッセージに違いない。
韓国に亡命した元駐英北朝鮮公使太永浩は昨年12月に次のように述べている。「1兆ドル、10兆ドルを与えると言っても北朝鮮は核兵器を放棄しない」
今回のミサイル発射は、飛距離を抑える「ロフテッド軌道」で打ち上げられた。
北朝鮮は、核弾頭搭載が可能で、新たに開発したエンジンの信頼性も再確認し、大気圏再突入の環境下で弾頭部の保護や起爆の正常性が実証されたと報じた。19日、米国メディアも米国防当局者の話として、弾頭の大気圏再突入に成功したと報じている。
準備されていた6回目の核実験は、今のところ中国の圧力が奏功したのか、いまだ実施されていない。だが、これを強行して核弾頭の小型化が実現すれば、我々の頭上に核の脅威が現実に覆いかぶさることになる。
相手は専制独裁国家である。ある歴史家が述べた言葉が重くのしかかる。「独裁国家が強力な破壊力を持つ軍事技術を有した場合、それを使わなかった歴史的事実を見つけることができない」
ドナルド・トランプ米国大統領は米国本土に届く核弾頭ICBM(大陸間弾道ミサイル)の完成をレッドラインとしているようだ。
だが現実には、北朝鮮への先制攻撃は軍事的ハードルが極めて高い。彼自身、「大規模紛争になる」と及び腰だ。ジェームズ・マティス米国防長官も、19日の会見で北朝鮮への軍事行動について「信じられない規模での悲劇が起きる」と指摘した。
日本にとって悪魔のシナリオが現実味
このまま膠着状態が続けば、「アメリカ第一主義」を掲げるトランプ大統領は、北朝鮮を核保有国と認める代わりに、米国に届く長距離弾道ミサイルは持たせないということでディールする可能性がある。
日本にとって悪夢のシナリオである。だが、その現実を突きつけられてから右往左往するようでは独立国家とは言えない。我々は最悪を想定し、日本独自の核・ミサイル抑止戦略を構築しておかねばならない。
抑止政策には3種類ある。「懲罰的抑止」「拒否的抑止」、そして「報償的抑止」である。懲罰的抑止とは「もし一発でも撃ったら、百発打ち返して壊滅させるぞ」というものである。
日本はこの抑止政策は憲法上、また能力上も採れない。米国との同盟つまり「核の傘」に期待するしかない。
拒否的抑止とは「もしミサイルを撃とうとしても、目的は達成できないよ。そちらの意思は拒否する」というものである。具体的にはミサイル防衛、策源地攻撃、シェルターによる被害局限措置などがある。日本は主権国家として主体的に拒否的抑止能力は整備しなければならない。
報償的抑止とは「もしミサイルを撃たなければ、もっと良いことがあるよ」というものである。「飴と鞭」の「飴」に焦点を当てた外交交渉であり、国際的な枠組みで実行しなければ効果は期待できない。
北朝鮮とは1994年以降、KEDO(Korean Peninsula Energy Development
Organization, KEDO)という米朝枠組み合意に基づいて、核開発をやめる代わりに軽水炉、重油燃料を提供するとしてきた。
だが、結果的には裏切られ、報償的抑止は失敗に終わった。トランプ政権では「もはや戦略的忍耐は破綻した」との認識に至っている。
これらの抑止政策はそれぞれ単独で実施しても効果が上がらない。また、どれが欠けても機能せず、三位一体となって実行していかねばならない。
北朝鮮の核に対して日本がやるべきことは懲罰的抑止である「核の傘」の信頼性を上げるとともに、拒否的抑止を実効性あるものに整備することである。報償的抑止については6か国協議をまず再開させることだ。
拒否的抑止のために、我が国はイージス艦から発射する「SM3」と陸上配備の「PAC3」の2層でもってミサイル防衛体制を構築している。
今回の「ロフテッド発射」を見ても分かるように、北朝鮮のミサイル技術は日増しに進歩しており、現体制では不十分である。報道によると、政府はSM3とPAC3の能力向上に加えて、イージス・アショアシステムを新規に導入することでさらに重層化を図ろうとしているようだ。
「敵基地反撃能力」の保有
だが、いくら能力向上を図り、重層化しても飛んでくるミサイルを100%撃ち落とすことはできない。そのため、発射前のミサイルを地上で叩くという「策源地攻撃能力」も併せて整備する必要がある。
3月29日、自民党の安全保障調査会は、北朝鮮の核・ミサイルの脅威を踏まえ、敵基地を攻撃する「敵基地反撃能力」の保有を政府に求める提言をまとめ、翌30日、安倍晋三首相に提出した。
従来使っていた「策源地攻撃」という言葉は分かりにくいということで「敵基地」とし、また先制攻撃ではないと明確にするため、「反撃」の語句を入れたという。
調査会の座長を務めた小野寺五典元防衛大臣はこれについて次のように説明している。
「何発もミサイルを発射されると、弾道ミサイル防衛(BMD)では限りがある。2発目、3発目を撃たせないための無力化のためであり自衛の範囲である」
「敵基地反撃能力」の保有については、1956年に鳩山一郎内閣が次のように政府見解を示しており、憲法上の問題はない。
「誘導弾等の攻撃を受けて、これを防御するのに他に手段がないとき、独立国として自衛権を持つ以上、座して死を待つべしというのが憲法の趣旨ではない」
反対する人の中には、日米同盟の「矛と楯」の役割分担を持ち出す人がいる。米国が矛の役割分担だから、攻撃は米国に任すべきとの主張である。与党内の有力議員でも同様に主張する人がいる。
だが、これは実は大きな間違いである。2年前に改定された「日米防衛協力のための指針」、いわゆる新ガイドラインでは、既に日米の役割分担は変わっているのだ。
2015.4.27に改定された新ガイドラインを見てみよう。
「日本に対する武力攻撃への対処行動」の「作戦構想」で「弾道ミサイル攻撃に対処するための作戦」については、「自衛隊及び米軍は、日本に対する弾道ミサイル攻撃に対処するため、共同作戦を実施する」とある。
役割分担については「自衛隊は、日本を防衛するため、弾道ミサイル防衛作戦を主体的に実施する。米軍は自衛隊の作戦を支援し及び補完するための作戦を実施する」と記されている。
1997.9.23に策定された旧ガイドラインではどうなっているか。「作戦構想」で「自衛隊及び米軍は、弾道ミサイル攻撃に対処するために密接に協力し調整する。米軍は、日本に対し必要な情報を提供するとともに、必要に応じ、打撃力を有する部隊の使用を考慮する」となっていた。
新ガイドラインで消滅した一文
旧ガイドラインにあった「策源地攻撃」に関する記述、つまり「(米軍は)必要に応じ、打撃力を有する部隊の使用を考慮する」という一文は、もはや新ガイドラインでは消滅している。
また旧ガイドラインでは「米軍は、日本に対し必要な情報を提供する」とあったのが新ガイドラインでは、「自衛隊及び米軍は、弾道ミサイル発射を早期に探知するため、リアルタイムの情報交換を行う」と対等になっている。
つまり「弾道ミサイル防衛」に関しては、従来の「矛と楯」の役割分担は既に改定され、自衛隊が主体的に実施し、米軍はそれを「支援し、補完」するという役割分担に代わっているのだ。
本来なら2年前のガイドライン改定後、直ちに「敵基地反撃能力」を議論をすべきところ、北朝鮮の核・ミサイル脅威が顕在化してやっと自民党が重い腰を上げたということだ。
ちなみに新ガイドラインはバラク・オバマ政権下で策定されたものである。オバマ大統領は2013年9月、「もはや米国は世界の警察官ではない」と宣言した。
既に日米同盟も変質している。米国の同盟国に対する姿勢は1969年7月のニクソン・ドクトリンに立ち戻ったと見なければならない。ニクソン・ドクトリンでは、「(米国はコミットメントを維持するが)国家の防衛は当事国が第一義的責任を負う」と主張しているのだ。
日米で「矛と楯」の関係が完全に消滅したかというとそうではない。新ガイドラインに1か所だけ出てくるところがある。作戦構想の「領域横断的な作戦」には、「米軍は、自衛隊を支援し及び補完するため、打撃力の使用を伴う作戦を実施することができる」とある。
「領域横断的な作戦」とは言わば全面戦争である。つまり全面戦争になれば、核を含む打撃力による報復は米軍が実施する(正式には「実施できる」"may conduct"だが)としており、「懲罰的抑止」については、従来の「矛と楯」の関係が辛くも維持されている。
「敵基地反撃能力」に関する国内議論も盛り上がらないが、同床異夢で概念が整理されていないことにも原因がある。
我が国に飛来するミサイルを無力化するのが拒否的抑止としてのミサイル防衛であるが、飛来するミサイルをどこの時点で無力化するかによって、一般的には次のように分類されている。
ブースターが燃焼している間に迎撃する「ブースト・フェーズ」、ブースターが燃え尽きた後、大気圏を飛行する間に迎撃する「ミッドコース・フェーズ」、そして大気圏内に突入してから迎撃する「ターミナル・フェーズ」の3段階である。
今回の「敵基地反撃」というのは「ブースト・フェーズ」直前の段階で、ミサイルを無力化するものである。いわば「ゼロ・フェーズ」(筆者の造語)段階でのミサイルを地上で「迎撃」することを意味するものであり、ミサイル防衛の一環として位置づけられる。
「ゼロ・フェーズ」の迎撃態勢整備を
我が国に向かってくるミサイルを空中において無力化するか、発射直前の地上で無力化するかの違いに過ぎず、いずれもミサイル防衛なのである。
日本のミサイル防衛体制は、最終フェーズである「ターミナル・フェーズ」で迎撃する兵器としてPAC3を導入し、「ミッドコース・フェーズ」で迎撃するためにイージス艦にSM3を装備してきた。
今後はこれに加え、「ゼロ・フェーズ」で迎撃する兵器、巡航ミサイルなどの精密誘導兵器を導入し、ミサイル防衛体制をさらに実効性ある体制に充実させていかねばならない。
ちなみに「ブースト・フェーズ」で迎撃する兵器として、レーザー兵器などの研究がなされているがいまだ完成されたものはない。
「敵基地反撃能力」については、民進党や共産党は「専守防衛の建前を崩す」などとして反対している。「反対のための反対」ではないと思いたいが、だとすれば、「懲罰的抑止」と「拒否的抑止」を混同しているのだろう。
またすでに虚構となった「矛と楯」という日米役割分担に対し、手前勝手な思い込みにしがみついているだけかもしれない。
いずれにしろ、もし反対であれば、我が国の頭上を覆いつつある北朝鮮の核・ミサイルに対しどう対応するか対案を示すべきだろう。でなければ政治家として、あまりにも無責任すぎる。
ただ実際の運用になると、「敵基地反撃」は非常に難しい作戦であることは確かだ。
リアルタイムのミサイルの位置情報入手が鍵となるが、ミサイル発射台が移動式になり、固定燃料化すると発射までの時間が大幅に短縮される。従って発射前のミサイルを発見しても、これを攻撃する時間的余裕は極めて制限される。
加えて、もし仮に巡航ミサイルで攻撃するにせよ、韓国上空を飛行させるわけにはいかないだろう。目標発見、攻撃要領、攻撃経路の選定など運用面での課題は多い。
だからといって「敵基地反撃能力」は持つ必要はない、持っても抑止力としては役に立たないとは言えない。
冷戦時、極東ソ連軍が侵攻してきたら自衛隊はひとたまりもないと言われてきた。だから自衛隊はいらないとは言えなかったのと同じである。
手前勝手な思い込みは国を亡ぼす
少しでも拒否力があれば抑止力として機能することはあり得る。拒否力と懲罰力が相まって、大きな抑止力になり得るのだ。
また物理的「能力」を保有するにも、最低5年単位の長い年月がかかるし、一朝一夕にはいかない。まず物理的「能力」を整備しながら、並行して運用上の課題を解決していくという姿勢が求められる。
先述したように北朝鮮の核・ミサイルに対する抑止は、懲罰的抑止、拒否的抑止、そして報償的抑止がバランスよく三位一体となってようやく機能する。その中でも拒否的抑止は独立国として主体的に実施しなければならない。
拒否的抑止であるミサイル防衛に関し、日米の役割分担が既に変わっているにもかかわらず、手前勝手な思い込みにしがみついていても米国は相手にしないだろう。日本が主体的に努力しなければ、米国による懲罰的抑止にまで悪影響を及ぼしかねない。
その他の拒否的抑止施策として、地下鉄などをシェルターとして利用する被害局限措置についても、真剣に現実化していかねばならない。
また懲罰的抑止についても、完全に米国任せでいいのか、タブーなき議論も今後必要である。金正恩を思いとどまらせるために、日本は何をなすべきか、日本人自らが当事者意識をもって主体的に考えなければならないのだ。
安倍総理大臣は参議院本会議で、「敵基地反撃能力」について「法理的には自衛の範囲に含まれ可能だ」とし、「常にさまざまな検討を行い、あるべき防衛力の姿について不断の検討を行うことは当然のことだ」と述べた。
核・ミサイルの脅威が現実味を帯びてきた今こそ、原点に立ち返り「様々な検討を行い、あるべき防衛力の姿」を真剣に模索すべき時なのである。もはや甘えは許されないし、一刻の猶予も許されない。
できることから現実化していかねばならない。厳しい国際情勢は待ってはくれないのだ。
対艦ミサイルと並走した戦闘機からの映像
《維新嵐》「ミサイルにはミサイルで抑止」、しかもタイプ別に異なるミサイルの撃破の方法はあろうかと思います。その前に戦略的にインテリジェンスを国防に応用できるような国家のセクションが充実してくることを切に願います。むろん情報戦略は地方にとっての戦略にも不可欠でしょう。
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