2016年8月21日日曜日

元海将に聞く「尖閣諸島防衛論」 ~いかに対処すべきか?~

元海将・伊藤俊幸氏「中国の狙いは尖閣接続水域航行の常態化だ。次に軍艦が領海侵犯し、知らぬうちに尖閣が占拠される」

伊藤俊幸(いとう・としゆき)氏 元海将。昭和33年生まれ。防衛大卒、筑波大学大学院修了。潜水艦はやしお艦長、在米国防衛駐在官、海幕指揮通信情報部長、統合幕僚学校長、海上自衛隊呉地方総監などを歴任し、平成27年退官。現在は、金沢工業大学虎ノ門大学院教授、キヤノングローバル戦略研究所客員研究員を務める。


平成28年6月9日未明、中国海軍のフリゲート艦が、尖閣諸島(沖縄県石垣市)の久場島周辺の接続水域に入った。尖閣諸島周辺の接続水域で中国軍艦の航行が確認されたのは初めてだ。さらに15日には、中国海軍の情報収集艦が鹿児島県の口永良部島付近の領海に侵入、16日には同じ情報収集艦が沖縄県の北大東島周辺の接続水域を航行した。エスカレートし続ける中国側の行動をどう受け止め、いかに対処すべきか。元海将の伊藤俊幸氏に聞いた。(原川貴郎、写真も)

 --中国公船の日本の接続水域航行、領海への侵犯は、民主党政権下での尖閣諸島の「国有化」を境に急激に増え、今や常態化している。だが、軍艦が接続水域に入ったのは初めてだ
 「これまでとは全く意味が異なる。中国海警局の公船だと海上保安庁が対応できるが、軍艦が出て来たら、海上保安庁の巡視船は近寄ることもできない。軍艦は武力を持った国家がそのまま動いているのと同じだ。これに対し、巡視船はパトカーに相当する。パトカーの警官が泥棒を撃つことはあるだろうが、軍艦を撃てば戦争だ。軍艦と軍艦がやりとりすることは、国家と国家の外交になる。軍艦とコーストガードの船は、国際的にはそれくらい意味が違ってくる。いずれにせよ、軍艦を出したことは、中国側が完全にステージを上げたということだ」

「危惧されるのは、今後、中国軍艦の尖閣諸島の接続水域航行が常態化することだ。そうなれば、メディアもいちいち報道しなくなるだろう。すると、その次には軍艦による領海侵犯が起き、知らないうちに尖閣諸島が占拠されるという事態になりかねない」

--中国の尖閣諸島を奪おうと長期的、戦略的に取り組んでいる
 「1968年の国連アジア極東経済委員会(ECAFE)の調査で、東シナ海に石油埋蔵の可能性が指摘された後、中国は急に『ここは自分のものだ』と言い出した。そこから全て始まっている。そのときから中国は尖閣諸島を獲る気満々だ。まず、自分のものだと宣伝し、1992年には領海法なる国内法で、尖閣諸島は中国の領土だと定めた。そして、この10年で、中国にとっての尖閣諸島が持つ意味は、資源から、安全保障上の必要性へと変化した。彼らが描いているのは、日本列島の南端から台湾、フィリピンを結ぶ『第一列島線』の外側で海軍が動き、内側は中国の海として『海警』という巡視船が守るという将来図だ。そのために、既成事実を積み重ねている」

--南シナ海でも中国は時間をかけて「内海化」を進めてきた
 「大国がいなくなったら、最初は漁船を出し、次に海軍を動かして、そのうち陸軍の軍人を島に上陸させ、小競り合いをして獲る。これが南シナ海で他国から島を奪った中国の手法だ。中国は南シナ海で、既成事実を積み重ね、欧米諸国が気づかない間に、島を獲ることに成功している。これがまさに『クリーピングエクスパンション』(漸進的な膨張)だ。匍匐前進して、いつの間にか相手の陣地を奪う。中国はこれと同じことを東シナ海でも展開している。
 もっとも、尖閣諸島は日本が実効支配しており、日米安保もある。だから、中国とてなかなか手を出し辛かったが、虎視眈々と島を奪取する機会を伺っているのだ」

--中国軍艦が接続水域に入ったのは、先に接続水域を通過したロシア艦を監視する中で起きた偶発事案だとする指摘もある
 「その見方は誤りだ。なぜなら、中国海軍の警戒監視区域は従来、尖閣諸島の北方の海域に設定されていて、尖閣諸島の近くまで軍艦が南下してくることはなかった。これまでロシア艦がこの水域を通ったときも、中国の軍艦は来ていない。ではなぜ、今回わざわざ南下してきたのか。上級司令部の命令があったからにほかならない。今回の事案が中国軍艦の艦長の独断行動ではなく、中央のコントロールだという理由だ」

--政府は中国に対し強く抗議した一方で、同じ水域で軍艦を航行させたロシアには抗議していない。この違いはどう考えればよいのか
 「われわれが、一戸建ての家に住んでいると考えれば分かりやすい。家の目の前の道路を誰が歩こうと自由だ(=航行の自由)。ところが、あるときから、『この家は俺のものだ』という人が急に家の前を行ったり来たりするようになる。これは法律上なんの問題もないが、決して気持ちがいいものではない。そのうち、その人物が庭にも入るようになり、遂にはナイフを持って家の前を歩き出した。これが今回の事態だ。接続水域を外国の軍艦が航行するのは、国際法上問題はないが、中国の場合は当然、意味合いが異なる」

--6月15日、16日の事案はどうみるべきか
「これらは、尖閣の領有権をめぐる中国の主張とは直接関係する動きではないため、6月9日の事案と分けて考える必要がある。長崎県佐世保から沖縄県の東方海域では6月10~17日に日、米、印度による共同訓練『マラバール』が行われていた。これに対する情報収集活動だ。実は、演習している外国の軍艦の近傍で演習の邪魔をしないように情報収集するのは、各国が相互にしている当たり前の軍事行動だ。ただ、そうであっても、中国はこれまで、絶対に領海には入ってこなかった。中国は自国の領海法により、他国の軍艦が自国領海に入ってくる際の事前通報を義務付けているが、その代わり、他国の領海に入ることも遠慮してきたのだ。今回、敢えて自分にとってはダブルスタンダードとなる、従来と異なる行動に出たのは、やはり上級司令部から命令が下ったからだろう。中国が領有権を主張する南シナ海の海域で、米海軍が『航行の自由』作戦を展開したことを逆手にとった意趣返しともいえる」

--中国の行為は「問題ない」ということか
 「法理論上はそうなる。さらに中国は、ダブルスタンダードを意識して、領海への『無害通航権』ではなく、国際海峡だと主張してきた(国際海峡の場合、さらに別の『通過通行権』が認められる。但し日本は今回の海域を国際海峡と認めていない)いずれにしても、他国の島を自分のものだと言っている国が、ひとの家の庭に入ってくるのとは何事だ、と国民は声を上げていいと思う。日本国民が心から怒っていることが伝わり、日本からの観光客が激減するなど、中国が経済活動に影響すると懸念すれば、それは立派な抑止力となる」

--尖閣諸島周辺で中国海軍の活動が常態化する事態は避けなければならない
 「そのためには、日本は常に毅然とした態度を示し続けるべきだ。まずは海上保安庁と自衛隊が警戒監視を強化することだが、さらに必要だと私が考えるのが、他国の海軍との共同パトロールだ。日米に限らず、日米韓、日米豪、日米印、あるいは4カ国、5カ国でもいい。『中国の行動は間違っている』とのメッセージを日本以外の国も共同で発信することになるからだ。今回の日米印の『マラバール』は共同訓練だったが、訓練の終了後、実任務に切り替えて一緒にパトロールしてもよかったもしれない。安全保障関連法が施行され、外国艦船を攻撃から守れるようになった。共同パトロールをすれば、中国はそう簡単に尖閣諸島に手は出せないはずだ」

「その上で、いざというときには、海上警備行動をかけて、武器を使用するぞとアナウンスしておくことも大事だ。海上警備行動が発令されれば、自衛隊の艦艇は、武器が使用できるようになる。『武器の使用』は武力の行使とは異なる概念で、破壊や殺傷を目的とするものではなく、相手の動作を止めるために引き金を引く行為だ。とはいっても、軍艦が武器を使うというのはそれなりの意味があり、少なくとも不正な侵害に対する対処行動になる。『海上警備行動をかける』と言っておくことが抑止力になる」

--そうした対応をとれば、相手を余計にエスカレートさせると説く人もいる
 「それは為にする議論だ。日本の防衛費が横ばいの中、この10年間で軍事費を3・7倍に拡大し、今や日本の防衛費の2・7倍にしたのは中国側だ。こちらが何もしていなくても、中国は勝手にエスカレートしている。こちらがパトロールしたから、エスカレーション・ラダーが上がったということにはならない。そこはもう少し冷静に事実を押さえてほしい」

--そのほか、抑止力を高めるには
「世論の後押しが必要だ。そもそも安全保障とは、経済、文化、伝統など、国の形をどう守るかを国家全体で考えるべきことだ。防衛省・自衛隊だけで考えることではない。今回の事案は、本来、国民が激怒しないといけない。いざとなったら徹底的に排除するぞ、という日本国民の強い意識が相手に伝われば、それこそが大きな抑止になる。


『米軍は沖縄から出て行け』と主張する人がいるが、もしも米軍が沖縄から撤退したら、中国はすぐに尖閣を獲りに来るだろう。現に南シナ海では、米軍のみならず、古くはフランス、ソ連という大国のプレゼンスが弱まった間隙を突き、今問題になっている環礁などを奪った実例がある。これを証拠と言わずして何を証拠というのか。嫌なものは見たくないという態度ではなく、現実に向き合うべきだ」


【元海将 伊藤俊幸氏の動画】




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