ドナルド・トランプ米大統領は2018年524日、612日にシンガポールで予定されていた「米朝首脳会談」を突然中止すると表明した。
 なぜ、米朝首脳会談を中止したのか。その理由には、北朝鮮の「約束破り」と「悪罵(あくば)」が関係しているようである。

北朝鮮の度重なる「約束破り」

 これまでの経過を追うと、マイク・ペンス米副大統領の発言に対する北朝鮮外務次官の対応が直接的な引き金になったと指摘されている。
 しかし、背景にはまず北朝鮮の「約束破り」が重なったことで、ホワイトハウス内部に北朝鮮への不信感が広がったことが大きな理由であろう。
 トランプ政権高官によると、米朝は、首脳会談準備のために今月上旬にシンガポールで実務者級協議を設定していたが北朝鮮代表団は姿を見せなかった。
 また先週末に、ヘイギン大統領首席補佐官代理らホワイトハウス当局者がシンガポール入りし、北朝鮮政府当局者と首脳会談の議事進行などを含めた詳細について協議する予定だった。
 しかし、北朝鮮側は連絡すらよこさず準備会合を無断欠席し、米側に待ちぼうけを食らわせた。
 マイク・ポンペオ米国務長官は524日、米朝首脳会談の準備に関する米国側からの問い合わせに対し、北朝鮮がここ数日は応答していなかったことを明らかにし、上院の公聴会で「首脳会談の成功に向け両国のチームが進める必要な準備が滞っていた」と述べている。
 ホワイトハウスは、北朝鮮の米韓合同軍事演習に対する抗議と、南北閣僚級会談を突然中止したことも、北朝鮮が米朝首脳会談に向けて約束したことの違反とみなしている。
 また米高官は、北朝鮮が核実験場の廃棄への国際監視団の立ち会いを認めなかったことで、さらに信頼が損なわれたと指摘している。
 「米韓首脳会談」直後の「米朝首脳会談」中止の表明に、仲介役を自認する韓国の文大統領は完全に不意を突かれた形だ。
 これも、過去に何度か繰り返されてきた、事態打開への期待を高めておきながら、その後、手の平を返して危機に拍車をかけ、ゴールを移動する北朝鮮の常套手段の為せる業に相違なかろう。

北朝鮮の「悪罵」による緊張の高まり
文化的トランスレーション・ギャップ

 2018年526日付産経新聞『ソウルから』の欄に、黒田勝弘・ソウル駐在特別記者兼論説委員の『北朝鮮は悪罵が得意』という記事が掲載された。
 悪罵(あくば)には、「ひどくののしること、口ぎたないののしり」との意味があり、日米などの西側流に言えば「ヘイトスピーチ(憎悪表現、喧嘩言葉)」に相当しようか。
 黒田記者の記事によると、今回、トランプ米大統領が怒りをもって米朝首脳会談を中止した背景には、北朝鮮の米国に対する公開的な“悪罵”があるという。
 その代表例が崔善姫外務次官(女性)のペンス米副大統領に対し述べた「愚鈍な間抜け野郎」であり、和平交渉が進まなければ唯一の選択肢は「核と核の決戦」になるとの脅しである。
 朝鮮半島の言語文化は、伝統的に他人への悪口が発達しており、翻訳を憚られるような卑猥な悪罵が飛び交うようで、それが戦闘的・扇動的な北朝鮮となると、外交の舞台を含め国ぐるみで悪罵を投げつける、と指摘している。
 これは、自分を大きく見せようとする、一種の“中華思想”であり、中国もそのご本家として、ありとあらゆる罵詈雑言(悪罵)を得意としている。
 かつて駐日中国大使を務め、現在の外交部長(外務大臣)を務める御仁も、人後に落ちないのは広く知れ渡っている。
 問題は、ヘイトスピーチを法律で厳しく制限しようとする西側の「非悪罵の国」と悪罵を日常茶飯事の得意技とする中国、北朝鮮、韓国などの「悪罵の国」との間に「文化的トランスレーション・ギャップ」が生じることである。
 双方のトランスレーションにかい離が生じることで、緊張が高まり、ついには爆発にまで発展する危うさにある。
 このたびの、トランプ米大統領による「米朝首脳会談」中止の決定は、その懸念が表面化し、北朝鮮の従来の手法が災いし逆効果を招いたと言えるのではなかろうか。
 さりとて、中国、北朝鮮、韓国などの「悪罵の国」の外交(対外)姿勢は、文化的伝統に根ざしている以上、「千年の恨み」や「日朝対話は1億年経ってもムリ」には戦術的な交渉術の要素が込められているとしても、国際標準に到達するには相当の歳月がかかるか、永遠に変わらないと見るべきであろう。
 そうであれば、厄介な隣人である「悪罵の国」の特性を知り、その特性に負けない外交手段あるいは手法を確立し、それを巧みに駆使して自ら国益を守るしかないのではなかろうか。

「完全な非核化」の乖離を埋められるか
危うい今後の行方

 米国による予期しない行動に動揺し慌てたのか、北朝鮮の金桂官第1外務次官は25日午前、「我々はいつでも(米国と)向かい合って問題を解決する用意がある」とする談話を発表した。
 談話は、トランプ氏の書簡について「突然の会談中止の発表は予想外で非常に遺憾だ」としたうえで、「大胆で開かれた心で米国に時間と機会を与える用意がある」と意思表明した。
 さらに、米朝の敵対関係を改善するためにも「首脳会談が切実に必要」と訴え、首脳会談の中止を回避するため、米側に譲歩する可能性を示唆したともとれる反応を示した。
 これに対して、トランプ米大統領は25日、米朝首脳会談の中止に関し、当初予定されていた612日の開催も「まだあり得る」と述べ、大統領は「彼らは(会談を)とても望んでいるし、我々も行いたい」とも表明した。
 米政府は、北朝鮮側と接触を続けていることを明らかにし、会談の再調整を模索している模様である。
 米国の目標は、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(CVID)であり、しかも「短期間での非核化」の受け入れを要求しており、それは日米の共通目標でもある。
 一方、北朝鮮は、「段階的で同時的な措置」、すなわち「長期間かけた非核化」を主張している。
 非核化を在韓米軍の撤退を含めた軍縮のプロセスと定め、これまで一度も守ったことのない核に関する約束の見返りとして、経済制裁の緩和などの恩恵を同時に得たいと望んでいる。
 この米朝間の乖離が、首脳会談を巡る真の対立点であり、その隔たりを埋めようとすれば、当然ながら、米朝それぞれが描いたシナリオ(思惑)通りに進展しない厳しいせめぎ合いの展開が予測される。
 今後、
1)米朝対話が継続し、米朝首脳会談が再開される可能性があるのか
2)完全に決裂し、最大限の圧力の継続から軍事オプションの発動へ向かうのか
3)北朝鮮が核保有のまま朝鮮半島は「現状維持」で危機が継続することになるのか
 など、まさに予断を許さない状況が待ち受けている。
 日米そして何としても軍事的衝突を避けたい韓国にとっては、これまで以上に危うい事態への適時適切な対応が必要な正念場を迎えることになる。
 3国の結束と緊密な協力連携が切に求められるところである。

〈管理人より〉超大国アメリカとの積年の二国間交渉が北朝鮮の目の前にあります。間違えば北朝鮮の政治体制にとって致命的となりかねない「拉致問題」で攻められるとどう考えても北朝鮮が不利になります。外交交渉も武器を伴わない「戦争」ですから、交渉前にできるだけ「有利な」状況を作りたい、という腹積もりがあるのでしょう。