2016年10月24日月曜日

【中国論スペシャル】いま「紅い大国」を考えてみよう!

虚言国家・中国が自滅を避けられぬワケ
「南シナ海の2000年間支配」に「抗日戦勝利」
2016.10.24 01:00http://www.sankei.com/premium/news/161024/prm1610240002-n1.html

 主権を半ば外国に奪われ、国土を蹂躙された歴史を抱えながら、2千年もの長きにわたり350万平方キロ近い「自国の海」を有すると主張する、うさん臭い国家が存在する。

《中華人民共和国》

 習近平・国家主席は2014年12月、南京大虐殺記念館での記念式典において、以下の談話を発表した。

 「抗日戦争に勝利し、中華民族は外国の侵略に対し不屈に抵抗する『叙事詩』を書いた。近代以降、中国が外国の侵略に遭ってきた民族の『屈辱を徹底的に洗い流した』。中華民族としての自信と誇りを著しく増大させた。中国共産党は、民族復興を実現するという正しい道を切り開くべく重要な土台を創造した」
 「中国共産党が『恥辱の世紀』に終止符を打った」
 気取り過ぎて、まどろっこしいだけでなく、「叙事詩」と表現する割に歴史を粉飾・捏造し、屈辱ではなく「史実を徹底的に洗い流した」。だから、談話は分かり難いことこの上ない。過去の経緯・発言に照らし、習国家主席はこう言いたいのだろう。
 「古い文明を持つ中国だが、数世紀の間、先進的技術を備えた西洋に圧倒され、特にアヘン戦争敗戦以降は、半ば植民地化された。不安定な国情は日本が仕掛けた侵略戦争で極に達し、世界のどの国も体験しえなかった1世紀を迎えた。戦争→領土割譲→革命…。相次ぐ混乱に終止符を打ったのは中国共産党だった。1949年の中華人民共和国建国で『恥辱の世紀』は終わりを告げ、中華民族の再興劇が始まったのだ」


「恥辱の世紀」、あるいは「恥辱の百年」は1840年のアヘン戦争~1945年の抗日戦勝利~1949年の中華人民共和国建国までを指す。
 「抗日戦勝利」自体の大ウソは後半で暴くとして、まずは「抗日戦勝利」を強調したいがため、「屈辱の世紀」を認めた結果、発覚してしまった大ウソを突いてみる。
 中国は南シナ海に《九段線》なる破線を勝手に引き、破線の内側を「中国の海」と宣言し、人工島を造成し、軍事基地化に邁進。南シナ海の「支配は2千年も続いている」との理由を振りかざし、軍事基地化を止めない。
 「海洋の支配権」は国際法上や国際慣行上の様々な要件を満たさねば、認められない。「歴史的支配権」にせよ、「他国の黙認」をはじめ「他国が知り得る継続的権利行使」などの証明が不可欠だ。中国が権利を主張する南シナ海の海域は、他国との係争となっているケースが多く、「黙認」はおろか「否認」されている有り様だ。他国が知り得る継続的行使に至っては「南シナ海で、中国は2千年前より活動。島々を発見・命名し、資源を調査し、開発し、主権の権利を継続的に行使してきた最初の国家である」と、ことある毎に威張るが、中国以外に知る国はあるまい。
 アヘン戦争開戦に反対した英国の政治家ウィリアム・グラッドストン(1809~98年)の議会演説を思い出した。清国側に正義があったか否かは議論が分かれるが、支那人の本質を見事に看破している。いわく-。
 「なるほど支那人には愚かしい大言壮語と高慢の習癖があり、それも度を越すほど。でも、正義は異教徒にして半文明な野蛮人たる支那人側にある」


半植民地国家なのに大洋を支配?

 国際法上や国際慣行上の要件を満たそうと、これでもかと「継続的」を連呼している。
 アレ? そうなると「屈辱の百年」の間も南シナ海を支配していたことに…。南シナ海は358万平方キロで内、中国が主張する九段線の内側は9割近くを占める。「屈辱の百年」で自国の領土さえ満足に統治できなかった支那が、大洋を支配していたとは、よほど強大な海軍力を保有していたのだろうか。
 アヘン戦争中、清国軍のジャンク船が英海軍軍艦に吹き飛ばされるシーンを描いた絵は余りに有名だが、小欄の錯覚に違いない。
 2014年9月、習国家主席は《抗日戦争勝利記念日》にあたり、共産党・政府・軍の幹部を前に重要講話を行った。
 「偉大な勝利は永遠に中華民族史と人類の平和史に刻まれる」
 頭が混乱した小欄はインターネット上で、東京湾に投錨した米戦艦ミズーリの艦首寄り上甲板において、1945(昭和20)年9月2日に撮られた写真を探していた。大日本帝國政府全権・重光葵外相(1887~1957年)らが、艦上で行われた降伏文書署名に使った机の向こうに、連合軍将星がズラリと並ぶ一枚を思い出したためだ。米国▽英国▽ソ連▽豪州▽カナダ▽フランス▽オランダ▽ニュージーランドに混じり、中華民国(国民党)軍の軍服は確認したが、共産党系軍人は見いだせなかった。


 そのはずで、地球上に中華人民共和国なる国が現れるのは降伏調印後、中国大陸を舞台に国民党と共産党の内戦が始まり、共産党が勝って国民党を台湾に潰走させた前後。降伏調印後4年以上もたっていた。
 1937年に勃発した支那事変が大東亜戦争(1941~45年)へと拡大する中、精強な帝國陸海軍と戦ったのは専ら国民党軍で、国共内戦時に国民党軍の損害は既に甚大であった。これが共産党系軍勝利の背景だ。
 腐敗した国民党は人民の支持を喪失した。地主はもちろん、ささやかな自作農の金品も強奪、最後は残酷なやり方で処刑し、支配者が誰かを示す《一村一殺》を行い、天文学的数字の犠牲者を積み上げた共産党系軍の方がまだしも、貧者の支持を得たらしい。腐敗と残忍性は、時代やイデオロギーに関係なく「中華文明」の一大特性だが、敗色濃くなるや軍紀を無視し逃走する、弱兵の存在も「文明」の一端に加えねばならない。
 支那事変~大東亜戦争中、共産党系軍は一部が遊撃(ゲリラ)戦を行いはしたが、帝國陸海軍と国民党軍の戦闘を可能な限り傍観し、戦力温存に専心。同じく帝國陸海軍から逃げ回った国民党軍の「退嬰的戦法」をはるかに凌駕した。実際、初代国家主席・毛沢東(1893~1976年)は「力の七割は共産党支配地域拡大、二割は妥協、一割が抗日戦」と指導。帝國陸軍が中華民国首都・南京を陥落(1937年)させると、祝杯の大酒を仰いでいる。


 従って「偉大な勝利」など有り得ない。「永遠に中華民族史と人類の平和史に刻まれる」べきは、人民大殺戮と非戦ならぬ徹底した「避戦」であった。
 「避戦」は、毛が周到に練り上げた大戦略《持久戦論》の重要構成要素だった。ただ、持久戦論は図らずも、共産党系軍が最後の最後まで日本に勝利できなかった動かぬ証拠を歴史に刻んでしまう。持久戦論は以下のような前提に立つ。

 《日本は軍事・経済力共に東洋一で、中国は速戦速勝できない。だが、日本は国土が小さく、人口も少なく、資源も乏しい。寡兵をもって、広大な中国で、多数の兵力に挑んでいる。一部の大都市/幹線道路などを占領しうるに過ぎず、長期戦には耐えられない。敵後方で『遊撃戦』を展開し、内部崩壊を促せば、中国は最後に勝利する》

 持久戦論によると、戦争は3つの段階を踏む。

(1)敵の戦略的進攻⇔自軍の戦略的防御(1937~38年)
(2)彼我の戦略的対峙 敵の戦略的守勢⇔自軍の反攻準備期間(1938~43年)
(3)自軍の運動戦・陣地戦=戦略的反攻⇒敵の戦略的退却⇒殲滅(1943~45年)


正史に向き合えぬ哀れ

 ところが、(3)段階に当たる1944年~45年にかけ、帝國陸軍は50万の兵力で対中戦争最大の作戦《大陸打通作戦》を実行し、戦略目的達成はともかく、作戦通りの地域を占領、勝利した。結局、支那派遣軍は1945年の終戦時点でも100万以上の兵力を有し、極めて優勢だった。第二次世界大戦(1939~45年)における帝國陸海軍々人の戦死者240万の内、中国戦線での戦死は46万人。日本敗北は毛が主唱する「遊撃戦」の戦果ではない。米軍の原爆を含む圧倒的軍事力がもたらしたのである。習国家主席は盧溝橋事件77年を迎えた2014年7月、抗日戦争記念館での式典時、わが国をいつものごとく批判した。
 「歴史の否定や歪曲、美化を決して許さない」「確固たる史実を無視している」
 「30万人の犠牲者を出した南京大虐殺」などと虚説をタレ流す自国に問うべき言葉だろう。自問を日本にぶつけるのは、正史に向き合えぬ自信の無さ故。哀れだ。
 歴史のみならず現実にも向き合わない。今年6月にシンガポールで開かれた英・国際戦略研究所(IISS)が主催するアジア安全保障会議(シャングリラ対話)に臨んだ、中国人民解放軍統合参謀部副参謀長の孫建国・海軍上(大)将の発言もひどかった。
 「長年にわたる中国と沿岸諸国の努力で、南シナ海情勢は全体的に安定している。中国はルールとメカニズムに従い意見の相違を克服し、ウィン・ウィンの相互関係を実現し、航行と上空飛行の自由、そして平和と安定を維持する。二国間対話で紛争を解決する」


 南シナ海で一方的に人工島を造成、軍事基地化し、海上交通路の大要衝で緊張を高めている加害国が、どの口で言うのか。しかも、日本や米国などは南シナ海問題の当事国ではなく「口出しするな」を声高に叫ぶ。が、南シナ海問題をめぐり、スロベニアやモザンビーク、ブルンジなど遠く離れた小国の支持を取り付けようと狂奔しているのは中国だ。
 一方、米国のアシュトン・カーター国防長官は日本やインドといった同盟国・友好国が参加する多層型安全保障ネットワークに言及した上で断じた。
 「中国の南シナ海での行動は、中国自らを孤立させている。こうした行動が続くのなら、中国は『孤立の長城』に自身を封じ込める」
 これに対し、孫上将は「過去も現在も未来も孤立することはない。中国が問題を起こしているわけではない」と反論した。
 カーター国防長官は間違いなく、米政府・軍に影響力を持つ現代を代表する戦略家、戦略国際問題研究所(CSIS)のエドワード・ルトワック上級顧問に学んでいる。著書《自滅する中国/なぜ世界帝国になれないのか=芙蓉書房》の助けを借りて、博士氏の対中分析を論じてみる。


 《自滅する中国》に通底する論理的支柱の一つは、一方的に勝ち続けることで相手の反動を呼び起こし、結局は自らを滅ぼしてしまう逆説的論理《勝利による敗北》。政治・軍事・経済・文化・移民など、あらゆる分野での国際常識を逸脱した台頭・侵出はひっきょう、周辺諸国はじめ諸外国の警戒感や敵がい心をあおる。中立的立場の国はもとより、友好国の許容限度をも超え、離反を誘発。敵対関係にあった国同士の呉越同舟さえ促す。そうした国々は公式・非公式に連携・協力し、場合によっては同盟関係構築へと関係を昇華させる。国際情勢は中国にとって次第次第に不利になり、自国の大戦略・野望をくじく結末を自ら引き寄せる。
 例えば、日本はベトナムに経済支援を実施→ベトナムはロシアから潜水艦を購入→同型潜水艦を運用するインド海軍が、ベトナム海軍乗員を訓練する-互いに意図しなかった構図を生んだ。全て中国の脅威の“お陰”だ。
 さらにルトワック博士は、中国経済鈍化=軍拡の鈍化を狙った、中国を脅威と捉える国々による対中経済・通商包囲網の構築を進言する。カーター国防長官が、日本やインドといった同盟国・友好国の多層型安全保障ネットワークに言及した点にも、ルトワック博士の影響を感じる。


漢民族に戦略の才なし

 自国のパワー増大がもたらす、反中包囲網によるパワーの減退という皮肉な状況の回避には「軍の拡大を遅らせる」以外にないが、中国には無理。中国は他国への挑発的大戦略を止められない。
 なぜなら、中華思想に魅入られた中国に「対等」なる感覚はゼロ。冊封体制や朝貢外交に代表される「上下関係」が全てだ。加えて、2500年以上前の春秋戦国時代に著わされたとされる《孫子の兵法》にもあるごとく、陰謀やだまし合いを当然のように繰り返してきた。漢民族は狡猾な策略こそが知恵だと信じて疑わず、欧米や日本などは権謀術数によって操れ、優位に立てると過剰なまでに確信する。
 しかし、それは同一文化内では通用するものの、異文化に強要すれば自国の崩壊を招く。自然、モンゴルやトルコ系王朝、満州族に敗戦を喫し、過去千年の間、漢民族が大陸を支配したのは明王朝(1368~1644年)時代ぐらい。ルトワック博士は自信を持って断じている。

「漢民族に(彼ら自身が思っているような)戦略の才はない」


【ルトワック氏の対中戦略論についての関連動画】






 国家の主権と独立を守るために、国家レベルでの「戦略」は不可欠です。そして「国家戦略」とは、軍事力だけの要素で語られるものではありません。
 また省益や企業の利益に左右されるものでもありません。多くの国民、草莽のみなさんが幸せに平和秩序の保たれた生活を送れるようにあるものといえるでしょう。
 多くの日本人が今こそ自分たちのくらしがどうよくなるか、について学ぶことが求められているといえます。

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