中国に何をやってはならず何をやれるのか
ブレア元米太平洋軍司令官とハンツマン元駐中国大使の提言
岡崎研究所
2015年08月24日(Mon) http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5271
画像:iStock
ブレア元米太平洋軍司令官とハンツマン元駐中国大使が、7月13日付け Defense News掲載の論説にて、南シナ海に関し、米国は中国以外の係争国に、領土および資源の配分に関する合意をつくらせ、それを法的、政治的、軍事的行動によって支持すべきである、と軍事的自制を求める提言をしています。
すなわち、米中関係は新しい段階に入った。米中関係は独特の協力と競争の関係にあるが、それは南シナ海において特に顕著である。軍事的な侵攻に至らない行動をとる中国の現戦略は明白だ。南シナ海の非軍事的な実効支配を強め、将来的には正式な法的支配を目指すというものだ。米国のこれまでの対応は、効果を上げていない。
米国は、二つの目標を達成すべきだ。一つは、グローバルな公共財を守り、米海、空軍及び民間船舶の航行の自由を護ることである。二つ目は、中国の、軍事的、経済的強制や政治的攻勢による支配を防ぐことである。
米国の南シナ海戦略は、中国の経済的、外交的役割の拡大を歓迎するという、より大きな戦略の一部でなければならない。しかし、中国による強制的手段や侵略を通じる領土拡大および米国の西太平洋における完全な行動の自由に対する拒否能力に対し、明確な限界を設けるものでなければならない。
この戦略には、以下の要素が含まれるべきである。
・中国以外のすべての係争国及び域外国が支持できる外交的合意の達成:中国の参加の有無にかかわらず、係争国(ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイ)は中国の参加を想定して、それぞれの間の領土および資源の配分を決める、中国以外の国々による共通の解決方法をつくり上げる必要がある。
・外交的合意は、国連海洋法条約に規定される海洋の自由を保障するものでなければならない。
・合意が達成されれば、米国は一連の法的、政治的、軍事的な行動によって支持するべきである。米国は、軍事力を誇示する行動に直ちに出るべきではない。関係国が自らの領土を守り、資源を開発し、航行の自由を強化することは支援できる。アメリカの行動は全面的なものであるべきであり、軍事に限定されるべきではない。
アメリカの政策は、思慮深い軍事力の使用に支えられた賢明な政策や牢固とした戦略ではなく、多くの分野において軍事行動に傾斜しすぎるきらいがある。安定した米中関係という利益に鑑みれば、南シナ海の紛争の平和的解決こそ、正しい方途である、と述べています。
出典:Dennis Blair & Jon Huntsman,‘A Strategy for South China Sea’(Defense
News, July 13, 2015)
http://www.defensenews.com/story/defense/commentary/2015/07/13/commentary-strategy-south-china-sea/30084573/
http://www.defensenews.com/story/defense/commentary/2015/07/13/commentary-strategy-south-china-sea/30084573/
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米国には、包括的な対中政策、特に対南シナ海政策をつくる必要があり、この論説はその一つですが、軍事安全保障専門家を中心に対中強硬策が強まっている中、軍事的な自制を求めるものとなっています。ブレア・ハンツマン提案は、その点に限界を持っています。つまり、中国に対し何をやってはならず、何をやれるのかについての基線の提示と、それを破った場合の米国の決意の表明に失敗しているのです。ただ、世界のその他の地域における米国の行動も似たようなものなので、それが米国の現状なのでしょう。
ブレア・ハンツマン提案の新しいところは、中国以外の係争国に領域の確定と資源の開発方法に関する合意を先ずつくらせ、それを域外国が支援し、米国は「法的、政治的、軍事的な行動」によって支持するという点です。これは、中国の既成事実による自己の立場の強化という政策に対する有効な外交的な対応策となり得ます。
同時に「国連海洋法条約に規定される海洋の自由を保障」と言っていますが、米国がこの条約に参加していないのでは、米国の立場は弱いものになります。台頭する中国を制約するには、「国際法の遵守」が極めて有効な手立てであることを考えれば、米国議会はそろそろ海洋法条約批准の方向に舵を切る必要があります。また、解釈の統一をはじめ、国際法の中身
の確定作業も不可欠となります。
※アメリカが国連海洋法条約に締結していないことは意外でしたが、「航行の自由」の原則を主張する以上は、前提条件になる国際規範かと思いますね。ただ条約を批准しない、させないという政治的な事情もあるでしょうから、そこをどうクリアするかがまずは外交的な課題となるかと思います。
「法律戦」という概念は、軍事的にはアメリカよりも劣勢を自覚している共産中国の戦争概念でしょうが、今アメリカも「戦争概念」を多様化させ、「三戦」の戦略を検討すべき時期かもしれません。
【いわゆる「三戦」について】
の確定作業も不可欠となります。
※アメリカが国連海洋法条約に締結していないことは意外でしたが、「航行の自由」の原則を主張する以上は、前提条件になる国際規範かと思いますね。ただ条約を批准しない、させないという政治的な事情もあるでしょうから、そこをどうクリアするかがまずは外交的な課題となるかと思います。
「法律戦」という概念は、軍事的にはアメリカよりも劣勢を自覚している共産中国の戦争概念でしょうが、今アメリカも「戦争概念」を多様化させ、「三戦」の戦略を検討すべき時期かもしれません。
【いわゆる「三戦」について】
「三戦」は人民解放軍の公式な方針
海洋進出をはじめとする中国の対外的な拡張姿勢を支える、ハードな軍事力に拠らない(=ノンキネティックな)攻撃手段として注目されているのが、「三戦(three warfares)」への取り組みである。
ヘリテージ財団のD・チェン(Dean Cheng)上級研究員によれば、「三戦」とは次のように説明される。
(1)輿論戦(Public
Opinion Warfare / Media Warfare)
輿論戦とは、報道機関を含む様々なメディアを用いて、他者の認識と姿勢に長期的な影響を与えることを意図した持続的活動である。輿論戦の目的は友好的な雰囲気を醸成し、国内および国外における大衆の支持を生み出し、敵の戦闘意欲を削ぎ、その情勢評価を変化させることである。
(2)法律戦(Legal
Warfare)
法律戦とは、敵の行動を不法なものだと主張しながら、自国の行動を合法的なものだと正当化することを目指す法的主張を伴う活動である。自国の立場を法的に正当化することで、敵および中立な第三者の間に敵の行動に対する疑念を作り出し、自国の立場への支持を拡大することがその目的である。
(3)心理戦(Psychological
Warfare)
心理戦とは、外交的圧力、噂、虚偽の情報の流布などを通じて敵国内で敵の指導層への疑念や反感を作り出し、敵の意思決定能力に影響を与えたり、攪乱したりすることを意図した活動である。その目的は敵から迅速かつ効果的な意思決定能力を奪うことにある。
(出典:『中国の「三戦」に立ち向かう方法「戦わずして勝つ」戦法を封じ込めるための37の提言』JBPRESS 2014.10.24(金) 福田 潤一 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/42018)
【軍事的側面から】
中国との対立を避け 台湾に屈辱と困難を強
いる米国
岡崎研究所
2015年08月26日(Wed)http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5273
米下院軍事委員会シーパワー・戦力投射小委員会のフォーブス委員長が、7月16日付けウォールストリート・ジャーナル紙への寄稿にて、米国は種々の対台湾軍事交流等に係る制約を撤廃し、台湾を合同演習に参加させる等米の安全保障体制の中に含めていくべきである、と主張しています。
すなわち、中国の「平和台頭」論は不誠実なスローガンとなってしまった。中国は隣国の領有権主張を無視して南シナ海では人工島を造り、大砲や滑走路を設置している。南シナ海でも国防識別圏を設定すると見られている。隣国漁船の威嚇や領海、領空の侵犯は恒常的になっている。
豪州、日本、越などは、米国の強い対応を求めるとともに、米国との関係強化を図ろうとしている。しかし、米国は、中国との対立を避けるため、台湾に種々の屈辱と困難を強いて来ている。台湾が必要とする武器の供与を定める台湾関係法が成立して36年が経つというのに、米国の指導者達は、つまらない、逆効果を招く台湾政策を取っている。
大佐以上の米国軍人は台湾を訪問できない。台湾の総統や高官はワシントンを訪問できない。訓練のため米に向かう台湾の軍人は、制服を着て入国することができない。台湾の海軍兵学校生はハワイやグアムを訓練訪問できない。友好国台湾に対するこのような卑劣な規制は、米国の対中関係の実体を露呈している。台湾、チベットや人権など中国が敏感な問題に対して、米国の政策立案者達は一貫して屈従的な宥和姿勢を取ってきた。かかる米国の姿勢は、中国を一層大胆にさせ、同盟国の安全と国際ルールを守るという米国の信頼性も損なって来た。
米国の台湾政策は、安全保障上の協力関係と民主主義の進展という米国の戦略的利益を反映すべきもので、中国の指導者の怒りを買うのではないかとの恐怖を反映するものであってはならない。米国は、二国間関係の規制を撤廃し、台湾の軍事力を米の安全保障体制の中に含めていくべきだ。
まず、空軍レッド・フラッグ合同演習などの主要訓練への参加を招請すべきだ。米台は、先進レーダーデータの共有、損傷滑走路の修繕、人道支援などの分野で軍事協力を進めているが、高度な協力には依然慎重である。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5273?page=2
米国の対中関係は複雑かつ多面的である。しかし、過去の経験を見れば、こちら側が弱い立場を見せた時、中国が決して前向きに反応しないことは明白である。台湾につまらない屈辱を強いたり、必要な訓練への参加を認めないことにより、事実上中国に拒否権を与えている。米国は友邦を守りアジア太平洋の国際秩序を堅持することを中国に見せるべきだ、と論じています。
出典:J. Randy Forbes,‘Taiwan Needs a Strong Ally’(Wall Street
Journal, July 16, 2015)
http://www.wsj.com/articles/taiwan-needs-a-strong-ally-1437066509
http://www.wsj.com/articles/taiwan-needs-a-strong-ally-1437066509
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この論説から、軍人の交流や総統の訪米などについて、米台関係が種々の規制を受けていることがよく分かります。フォーブスが中国配慮に基づくつまらない屈辱的な規制は撤廃すべきだと主張するのは、下院軍事委海軍力等小委員長としては当然でしょう。フォーブスはこれらの規制は「米国の指導者達」の一貫した政策の結果だとして批判していますが、具体的にどの政権ということは明言していません。米国の台湾政策は、共和、民主党政権を問わず、基本的には72年の米中共同声明とその後の両国のやり取りを通じて、積み重ねられたものだからでしょう。しかし、その中でも1998年のクリントン大統領の3つのノー政策(台湾の独立不支持、二つの中国及び一中一台の不支持、台湾の国連等国際機関への加盟不支持)の発表は、米国内で批判されました。
フォーブスは、中国に弱さを見せると中国は益々大胆な行動を取ってくると対中警戒論を述べています。少なくとも今までの中国の行動を見れば、正しい指摘です。我が国も、この点を十分認識しておくことが重要です。世界で経済力をつけ、責任も持つようになった中国と協調することは結構ですが、中国に「弱さ」と誤解されないようにしなければなりません。
他方、中国は、一つの中国の原則に基づき、国内法や政府の発言を通じて、台湾が独立宣言をすれば、武力行使を辞さないと宣言しています(2005年の反国家分裂法により明文化)。中国が、過去3回、台湾海峡で武力行使を含む危機を起こしたことを考えると、あながちブラフと片付ける訳にはいきません。米国は、台湾海峡で紛争が起きることは避けるべきだと考えています。中国に対する過度に強硬な姿勢によって武力紛争が起きるようなことは避けつつ、中国に「弱さ」とみられないよう、ぎりぎりのラインを追及していく他ないでしょう。台湾問題は、「現状維持」以外に現実的な解はありません。米国は、中国については関係発展と行動の牽制、台湾については防衛支持と行動の抑制という2つのゲームを同時にやっているのです。
なお、台湾問題は基本的に国家間の関係の問題として議論されますが、この問題の議論に当たっては、もっと台湾住民の考えを重視することが必要だと思います。
※アメリカの本音は、自由主義と資本主義という政治理念を共有する台湾を政治的にも軍事的にも全面的にバックアップしたいというのが本音かもしれません。しかし実際には、経済的な意味で台湾への軍事的支援をできないでいる、ということは、結局はアメリカと台湾を接近させたくない、台湾を孤立化した状態においておきたい、という共産中国の戦略の優位性を担保してしまっている、ということでしょう。
同時にアメリカにとって海上交通の大動脈である南シナ海、東シナ海が、共産中国の軍事力の脅威にさらされる、ということであろうと理解しています。
やはり大陸からの脅威のレベルが高まっている以上、軍事面からだけでは抑止に限界があるように感じざるをえません。国際的な条約や法的な拘束力といった「法規戦」は、対中戦略として有効な一手となるでしょう。
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