2017年4月3日月曜日

国益追求のためにしたたかさをみせるロシア アメリカの防衛力強化は実現するのか?

「ロシアと手を握って中国と対抗」は非現実的

岡崎研究所

バイデン副大統領の下で東アジア、南アジア及び太平洋地域についての上級顧問を務めたJacob Stokesが、Foreign Affairs誌ウェブサイトに2017222日付で掲載された論説において、トランプ周辺に見られる「中国とのバランスを取るためにロシアと手を結ぶ」との発想は浅はかだ、と批判しています。要旨次の通り。

米国はロシアとの関係を増進することで、台頭する中国とのバランスを取れ、との論調がある。しかし、中ロ関係は冷戦後多かれ少なかれ一貫して良くなっている。両国は、同盟関係は結んでいないものの、2001年には善隣友好協力条約を結び、習近平はプーチンと温かい関係を持っている。そして両国はエネルギー供給、地中海・南シナ海等での共同軍事演習、兵器の供給、サイバー空間管理能力強化等、多方面での協力を進めている。
 中ロ両国の対米関係はこれまでになく悪く、両国は米国優位の時代に終止符を打ちたいとの欲求で結びついている。最近の人民日報は、「中ロ関係は世界の平和と安定にとっての重石」であると書いた。ロシアは、中国と対抗するために米国と組む必要性を感じていない。
 米国が敢えてロシアの協力を求めようとすれば、ロシアはその代償にクリミア併合に対する制裁の解除、ウクライナへの支援の停止、シリアのアサド政権容認等を求めてくるかもしれない。ロシアがさらに欧州のMD撤去、NATO拡張の停止、あるいはNATOの廃止すら求めてくるようなことがあれば、米国が戦後70年にわたって築いた欧州での地位は失われてしまうだろう。そして、ロシアが力でクリミアを併合したことを認めるようなことをすれば、東シナ海、南シナ海で中国が同様の行動に出るのを止めるのは難しくなる。
 仮にプーチンを説得して中国との協力を止めさせるのに成功したとしても、ロシアの太平洋艦隊の実力等では、中国の悪い行動を抑える力にならない。そしてロシアは中国と本気で対抗しようと思えば、他のアジア諸国との友好関係を必要とし、日本に対してもっと譲歩せざるを得ず、韓国に対してもTHAAD配備容認、北朝鮮支持の抑制等の譲歩をせざるを得なくなるだろう。
 大国間のパワー・ポリティクスが激化している現在、米国は二つの方向を採用するべきだろう。一つは、ロシア及び中国と可能な分野(気候、エネルギー、テロ防止、核不拡散等)では協力することで信頼関係を築き、それによって核兵器、MD、現代の主権概念、武力介入のルール等戦略的な安定に関わる問題について三国間での了解を作り上げることである。
 もう一つは、米国が欧州・アジアの同盟国及びパートナー諸国、及び次第に強力になってきた中位国家ブラジル、インド、ベトナム等との協力関係を維持・構築していくことである。ロシア、中国のいずれも、世界に友好国のネットワークを持っていない。世界で影響力争いをするのであれば、同盟国とパートナー諸国の広汎なネットワークを持っていることは負担と言うより資産である。
 中国とのバランスを築くためにロシアの助力を得るというやり方は、うまいやり方とは言えない。
出典:Jacob Stokes,‘Russia and China’s Enduring Alliance’Foreign Affairs, February 22, 2017
https://www.foreignaffairs.com/articles/china/2017-02-22/russia-and-china-s-enduring-alliance
 この論説は、中ロとは濃淡をつけることなく可能な分野で協力して三者間の信頼感を醸成、それによって核戦力等世界の安定に関わることについての合意を追求すること、世界における米国の影響力を維持・強化していく上で同盟国・友好国との関係は負担というより資産であることを肝に銘じて、これら諸国との協力関係を強化していくこと、を米国の基本的戦略として提唱しています。現実的な見解だと思います。
 「ロシアには、中国に対するカウンター・バランスとなる意志がないだけでなく、その力もない」という認識は、全くその通りでしょう。筆者が言う通り、ロシアの太平洋艦隊は老朽化し、補充の遅れ等も生じています。日本の場合も、ロシアに対中抑止効果を期待するのは非現実的で、それよりも「中国とロシアを同時に敵に回すことは避ける」程度の認識で臨むべきなのでしょう。
 米中露関係の先行きについては、次の点でオバマ時代とは様変わりになる可能性があります。まず、トランプ政権は国防費の10%増額、及び核装備の近代化を予定する等、中ロとの軍事力格差を再び決定的なものとし、それによって両国の妄動を抑え込む構えです。それに対して中国ではこの数年財政赤字が拡大する一方で、2016年はそれが40兆円強に達し、国防費の増額テンポも低下しています。それはロシアも同様で、この10年急増してきた国防費には減額圧力が掛かっています。
一帯一路諸国首脳会議
 米中ロ関係においては、当面次の点に注目していく必要があります。まず、トランプ政権と中国の間の話し合いが本格化していきます。中国は正面からだけでなく、ビジネス面でもトランプ周辺を籠絡する工作を進めていると思われます。そして、中国が5月中旬、「一帯一路諸国首脳会議」を発足させ、プーチン大統領もその際、毎年恒例の訪中を行うことになるでしょう。
 なお、中ロ両国の間では、隠微な鞘当ても行われています。最近、その典型例が生じています。20171月中国が、ロシアと国境を接する黒竜江省に長距離ミサイルDF-41を配備したことが明らかになりました。ロシアは「これは米国に向けられたものだ」と無関心を装いつつも、213日には中国との国境地方で、短距離ミサイル「イスカンデル」(核弾頭装備可能)の使用も含めた軍事演習を展開、明らかに中国への威嚇を行ったのです。

《維新嵐》ロシアは、善隣友好条約を締結しても決して共産中国と「軍事同盟」を締結しないことはなぜなのか?を常に意識しておくべきなのです。共産中国は、シベリア、や沿海州への漢人の移住を進めています。ウラジオストクの潜在的主権は中国にあることも公言していますし、樺太や択捉島の戦略的な価値も理解しているものと思われます。何より北極圏航路の開発を本気で狙っており、北朝鮮の羅津の租借権をもちます。シベリアのロシア人の人口は77万とすると、領土領海の簒奪の不安はロシアも他人事ではないです。ロシアにとって共産中国は、アメリカとその同盟圏の国を政治的軍事的に牽制する素材ではないでしょうか?

ロシアのサイバー攻撃の恐ろしさ

岡崎研究所

 ワシントンポスト紙コラムニストのイグネイシャスが、2017223日付の同紙で、ロシアの情報工作が西側民主主義にとって深刻な脅威となっていることを警告しています。要旨は次の通りです。
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 201716日の米国情報機関の報告によれば、「ロシアは、ヨーロッパ全域の選挙に影響を及ぼそうとしている」。米国の大統領選挙への干渉は、ロシアの大規模な隠密行動の一部である。そこでは、トランプ陣営は恐らく道具だったのである。放置すれば、西側民主主義に対する「存在に関わる脅威」となるとフランスの駐米大使ジェラール・アローは言う。
 トランプ陣営とロシアの関係が、FBIと議会の調査で解明されることを希望する。そのことが、ロシアが侵入を企てる大西洋を跨ぐ政治的空間を回復する努力を後押しすることになる。米国と同盟国は結束する必要がある。
 ロシア人は情報空間における達人である。彼等の情報機関はヨーロッパと米国に小細工を仕掛けるために「偽ニュース」と盗んだ情報を一世紀以上にわたって使って来た。過去との違いはデジタル技術によって事実という風景を変えることが可能になったことである。
 大統領選挙への介入はロシアの情報工作の「新常態」の合図であると201716日の報告は述べている。「ロシアは大統領選挙を標的とするキャンペーンから得た教訓を今後の米国および世界における情報工作に応用するであろう」。
 9月にはドイツの議会選挙が行われるが、ロシアのサイバー攻撃があり得る、連邦議会自体が標的になり得るとドイツ政府は警告している。20165月と8月の連邦議会と政党に対するサイバー攻撃にはロシアが直接的に関与したことが報告されている。連邦情報庁のカール長官は「犯人は民主的プロセスの正当性を損なうことに関心を有する」と述べている。サイバー攻撃の他にも、ドイツにはモスクワを代弁する多数のビジネス関係者が存在する。
 フランスの大統領選挙もロシアにとってのチャンスである。2014年にモスクワを本拠とする銀行がルペンの政党に融資をしたことがある。ルペンは大っぴらに親ロシアである。20154月にテレビ局に対する大掛かりなハッキングがあったが、背後にロシアの存在があったと見られている。201610月にはフランスの情報機関が政党に対しハッキングの脅威を説明している。反ロシアの有力候補であるエマニュエル・マクロンについて噂話が出回っているが、ロシアの関与が疑われている。マクロン陣営の幹部は陣営のウェブサイトに対する攻撃はロシア国境の方角から来たものだと述べた。ロシアのプロパガンダ機関はマクロンがホモだという話を流したことがある。
 ハッキングの問題は「策略」だとトランプは先週言ったが、そうではない。それはロシアが政治を妨害する手法である。彼等はそのことに長けている。もし、米国と同盟国が抵抗しなければ、ラブロフ外相のいう「脱西側」の時代が本当にやって来る。
出 典:David Ignatius ‘Russia’s assault on America’s elections is just one example of a global threat’Washington Post, February 23, 2017
https://www.washingtonpost.com/opinions/global-opinions/russias-assault-on-americas-elections-is-just-one-example-of-a-global-threat/2017/02/23/3a3dca7e-fa16-11e6-9845-576c69081518_story.html?utm_term=.d71185f9b0a9
 ロシアがヨーロッパと米国に一世紀以上も前から情報工作を仕掛けていたということは知りませんでしたが、今や、デジタル技術によって高度化したその工作が常態化した「新常態」の時代に我々はあるのだと、イグネイシャスは強く警告しています。ロシアの選挙介入によって米国社会が混乱する危険があったことを考えれば、彼の危機感には理由があると思われます。米国と同盟国は結束して防御に当たるべきでしょう。
偽ニュースの流布
 フランスではエマニュエル・マクロンがロシアの工作の対象とされている可能性があります。マクロン陣営のスポークスマンは「ロシアは非常に簡単な理由でフィヨンとルペンを選択した。彼等は強いヨーロッパを望んでいない。弱いヨーロッパを望んでいるのだ。従って、国営メディアを通じて二人を後押ししている」と非難しました。マクロンはホモだという噂がSNSを通じて流布されていたらしいですが、ニュースサイトSputnikがマクロンはゲイのロビーの支援を受けているという共和党議員のインタビュー記事を掲載したことが引き金になったようで、201726日、マクロンは「(もしマクロンがホモだという話を聞いたなら)それは逃げ出したホログラムに違いない、自分である筈はない」と集会で否定したそうです。

 「偽ニュース」の流布に対しては西側社会には相当の抵抗力があると思いますし、そもそもロシアに止めさせることが可能とも思われませんが、民主党全国委員会のコンピューターへの侵入のような妨害・破壊工作の類は阻止されなければなりません。ロシアを念頭に置いたサイバーセキュリティの協力を始めるとすれば、米国の主導に俟つことになるでしょうが、トランプに持ちかけられる性格の事案ではないのでしょう。トランプとの関係でデリケートではありますが、ティラーソンやマクマスターに提起してみることが考えられないでしょうか。

《維新嵐》「情報は、最大の武器である。」このことは国家戦略の基本として決して忘れるべきではないでしょう。ハッキング、機密情報の公開など手段としては目新しいものはありませんが、手法は高度化してきていますよね。ロシアはベーリング海峡のアメリカの光ファイバー海底ケーブルを切断しようとしていますが、こうした物理的な手法も社会インフラ破壊のためのサイバー攻撃という解釈をされる研究者もいます。
しかしサイバー攻撃という情報戦のSIGINTの手法が、仮想敵国の国政選挙の票数に影響力をもつとなると国家政治への外国勢力の介入を懸念しなければならないし、まさに新手の戦争ですな。

トランプ氏米情報機関に疑念 ~ロシアのサイバー攻撃~

CIA極秘報告 ロシアがサイバー攻撃

【トランプは最強アメリカ軍を再建できるのか?】

トランプの賢い防衛費アップ策

岡崎研究所

 ミシェル・フロノイ元政策担当国防次官が、201731日付ワシントン・ポスト紙に、「トランプが防衛費を増やすのは正しい。その賢いやり方は次の通り」との論説を寄せ、トランプの軍事費増提案を評価するとともに、注文を付けています。フロノイの論旨、次の通り。


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 トランプ大統領は「米国の歴史上最大の国防費増の一つ」を約束した。これは良いことであるが、どう増やすかは複雑な問題である。防衛費を増やせば能力のある軍ができるというわけではない。問題はお金をどう使うかにあるということである。
 1:支出を即応性、兵力構成と近代化にどう割り当てるか。
 ペンタゴンと議会には、最も優先順位が高いのは即応性不足への対処であるとのコンセンサスがある。不十分な訓練時間や装備の維持・交換などの即応性問題が重要である。
 より大きい問題は、大きな軍とより良い軍の間でバランスをとることである。マティス国防長官が、「より大きく、より能力のある、もっと致命的な合同兵力」の建設が優先事項と言ったのは正しい。追加的人員や兵力構成と、技術や能力への投資への支出は、トレードオフの関係にある。海軍力の増大など、軍の増強が必要なところもあるが、トランプが選挙期間中に述べたようなあらゆる兵種の増強は資金的に可能でもないし、賢明でもない。
 追加防衛支出の多くは明日の戦場での成功につながるサイバー、電子、対潜分野、無人システム、自動化、長距離打撃、通信防護など技術面の強化に使われるべきである。
 2:抑止と同盟の能力は強化されているか。
 米国の抑止力にとり不可欠なのは、前進配備された軍と同盟国の防衛力である。海軍艦船の配備などは基礎的予算で賄われるが、欧州再保証構想などは「海外事態対応基金」で賄われる。これらは金額的に小さいが、米が軍事紛争に巻き込まれないために重要である。
 3:予算は軍人の信頼を得るか。
 軍は軍人を大切にすべきであり、そのためには改革がいる。軍人の健康保険、教育制度が良いことが必要である。基地の整理縮小により、経費を節約しうる。
 4:防衛費増の財源はどこから来るか。
 トランプ政権は非防衛予算、報道によれば、国務省と国際開発庁の予算を30%以上削減するという。しかしこれは国家安全保障手段のバランスを壊す。危機を外交で防止する能力を削減し、軍への依存を増やす。マティス国防長官は中央軍にいたころ、国務省予算を十分にしないと、もっと弾丸を買うことが必要になると言った。それ以上にこのアプローチは議会を通らないだろう。税制や社会保障改革なしには、赤字の拡大になろう。
 最後にこの防衛費増がより大きな予算取引の一部になり、次の数年間の予算が予見可能にならないと、ペンタゴンは不確実性の下で作業せざるを得ず、能力向上への数年にわたる賢明な投資ができなくなる。
 トランプが防衛費増の必要を言ったのは正しいが、議会は大統領の要請を精査し、お金が賢明に使われ、国家安全保障の非軍事予算の削減がないようにするべきである。
出典:Michèle Flournoy,‘Trump is right to spend more on defense. Here’s how to do so wisely.’Washington Post, March 1, 2017
https://www.washingtonpost.com/opinions/trump-is-right-to-spend-more-on-defense-heres-how-to-do-so-wisely/2017/03/01/ca776f74-fe8e-11e6-8f41-ea6ed597e4ca_story.html
トランプが米の軍事費増額を打ち出したのは、結構なことです。同盟国の軍事力が強力であることは歓迎すべきことです。
レーガンを想起させる強いアメリカ
 「強いアメリカ」をというのはレーガン大統領を思い起こさせます。トランプがレーガンをロールモデルの一人と考えていることが分かります。ただ、レーガンの場合は対ソ連対抗というはっきりした戦略がありましたが、トランプはどうなのかよく分かりません。
米国の軍事費増額について、中ロを刺激し、軍拡競争になるのではないかと批判する人がいますが、ロシアと中国はすでに軍事力強化を行なっています。ロシアの防衛費はすでにGDP4.5%になっていますし、中国の防衛費もGDP2%を超えています。
フロノイが増える防衛費をどう使うかについて書いている意見は、適切な内容です。即応性の向上、明日の戦場を念頭に置いた技術面への投資、同盟国との協力などを重視すべしとの意見は傾聴に値します。また、海外援助予算や国務省予算は国家安全保障のためにも重要と言う指摘もその通りでしょう。
問題はこの防衛費増が議会を通るかどうかです。2011年の予算管理法、それに基づく2013年に始まった予算の強制削減があります。議会との話し合いは簡単ではないでしょうが、トランプはそういうプロセスを経ながら、米国が三権分立の国であることを学んでいくのでしょう。それも良いことだと言うべきなのかもしれません。

アメリカ海軍の力の象徴 空母打撃群 ~ロナルド・レーガン~
ロナルド・レーガンから発艦する艦上攻撃機


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