2017年2月6日月曜日

ドナルド・トランプ新大統領のアジア戦略②

トランプの外圧は日本の国防“独立”への好機

米国のご機嫌取りでは同盟強化にならない

英国で開かれた「ファンボロー国際航空ショー」で飛行したロッキード・マーチンの最新鋭ステルス戦闘機F-352016712日撮影、資料写真)。(c)AFP/ADRIAN DENNISAFPBB News

先週の本コラム「トランプの「防衛費増額」要求はこうして突っぱねよ」では、トランプ政権による在日米軍駐留経費の増額(例えば沖縄を本拠地にしている第3海兵遠征軍の駐留に関連する経費の全額負担、あるいは大幅増額など)に対しては、金銭に見積もれば日本側だけでなくアメリカ側も莫大な利益を享受している情況を示しながら日米交渉にあたるべきだということを指摘した。
 ただし、これは「駐留経費」増額の要求に対してである。トランプ政権は駐留経費増額以上に日本の国防費全体の増額も求めてくるであろう。それに対しても突っぱねるべきだというわけではない。
 日本の国防費が国際的指標ならびに日本を取り巻く軍事的環境から客観的に評価すると異常なほど少ないことは明らかである。トランプ政権からの国防予算の増額要求は、いわば外圧を契機として国防費を国際常識的規模にするための良い機会と言える。
国防費のGDP比が低い日本とドイツ
中国の覇権主義的海洋進出や北朝鮮の核戦力強化などに対応すべく、安倍政権は防衛費の増額を進めている。とはいうものの、増額の幅はいまだに微増レベルに留まっている。各国の防衛努力を数量的に指し示す国際指標である国防支出対GDP比は依然として1%レベルであり、国際社会平均(2.3%)の半分以下の状態が続いている。
ちなみに、日本の国防予算の規模そのものはストックホルム国際平和研究所(スウェーデン)が公表した国際比較(2015年)では第8位である。しかしGDP比はきわめて低い。
 下の表はストックホルム国際平和研究所のデータより作成した国防支出トップ15カ国のデータである。表から明らかなように、GDP額が高い割に国防支出が低いのが日本とドイツだ。結果として両国は国防支出のGDP比がそれぞれ1%と1.2%と15カ国中最低レベルになっている。
 国防支出トップ15カ国(ストックホルム国際平和研究所のデータより作成)
(* 配信先のサイトでこの記事をお読みの方はこちらで本記事の図表をご覧いただけます。国防支出トップ15ケ国
トランプの言う「同盟力強化」とは
トランプ政権はオバマ政権下でGDP3.5%以下にまで落ち込んでしまったアメリカの国防費を、かつてのレベルである4.0%以上に引き上げるという方針を打ち出している。この程度の額にしなければ、選挙期間中より公約してきた海軍力再建は不可能である。そして、アメリカ自身の国防費を増額する以上、NATO諸国や同盟諸国に対しても経済規模相応の国防費増額を要求することは必至である。
 アメリカが国防費を増加させて戦力増強に努めるのと歩調を合わせ、同盟諸国も国防費を増加させ戦力アップを図ることで、アメリカと同盟諸国の総合戦力は大増強が目論める。これこそ、トランプ大統領が打ち出している同盟の強化の実体的意味である。
「同盟を強化する」と首脳同士が誓い合っても、自動的に同盟国全体の戦力すなわち同盟力がアップするわけではない。また、どちらか一方が国防費を増額し戦力強化に励んでも、他方がそのような努力を欠けば、それは同盟戦力の強化とは見なせない。それぞれの同盟国が経済規模や戦略環境に応じて、相応の国防費を計上して戦力アップを図ることにより、同盟力が強化されるのだ。
おそらくトランプ政権は、世界第3位の経済規模を誇る日本と同じく4位のドイツには、少なくともイギリスやフランス並みにGDP2%以上、できれば国際平均値である2.3%程度を目標に国防費を引き上げるように要求してくるものと思われる。その場合、日本の国防費は11.5兆円まで引き上げられることになる。
従来の慣行では血税を無駄遣いするだけ
 だが、仮に日本が国防費をGDP2%程度まで、もしくはそこまではいかずとも1.5%程度まで引き上げたとしても、従来の国防予算編成の慣行から脱却しない限り、血税の無駄遣いを倍増させる結果となりかねない。
 すなわち、予算が大幅に増えたからといって国防当局がここぞとばかりに「買い物リスト」をこしらえて「モノ先にありき」を繰り返すようでは、それこそトランプ政権の思う壺になってしまう。
「日本の国防費が倍増されそうだ」となったら、トランプ政権はアメリカの基幹産業たる軍需産業を陣頭指揮して日本への売り込みを図るであろう。
 すでに日本への売り込みを始めている超高額兵器の弾道ミサイル防衛システム「THAAD」、F-35戦闘攻撃機などをはじめ、日本を売り込み先として狙う商品は少なくない。
 同時に、アメリカ自身が高額すぎて調達に支障を来している最新鋭高性能超高額兵器を日本に売り込むことでコストダウンを図り、米軍にとっても手ごろな価格に引き下げる策を実施するであろう(例えばTHAADはあまりにも高額なため、アメリカ軍は思ったように配備数を増やせない。F-35も、トランプ大統領自身が高額過ぎるとクレームをつけた)。
米国のご機嫌取りでは同盟強化にならない
アメリカの超高額兵器を日本が多数購入すれば、トランプ政権は、日本政府やメディアを喜ばせるノウハウに長けているアメリカのシンクタンクなどと一緒になって「日米同盟が強化された」などというまやかしを並べ、日本側を持ち上げたり安心させたりするであろう。
 しかし、自衛隊がアメリカ製の超高額兵器を手にしたとしても、必ずしも日本の防衛力が強化されるわけではない。場合によっては、日本防衛にとって決して効率の良いツールとはならない。莫大な予算を投入してアメリカ製超高額商品を調達する前に、そのような予算を投入して揃えるべき日本の防衛にとって不可欠なシステムがいくらでも存在するのだ。
 地政学的戦略環境を考えれば、日本にとって国防費総額の倍増は間違いなく必要である。トランプ政権の外圧を利用することはその絶好のタイミングであるし、ひょっとすると最後のチャンスかもしれない。

 しかし、アメリカに対する“ご機嫌取り”が、すなわち“日米同盟の強化”という誤った姿勢のままでいては、国防費倍増も無駄な出費に終わるだけである。そうした姿勢は即刻捨て去り、アメリカも日本も共に戦力強化に努め、トータルで同盟力を強化するという正しい方向性に向かわなければ、日米同盟が中国に太刀打ちできなくなる日が遠からず訪れることになるであろう。
《維新嵐》 ドナルド・トランプ大統領の対日政策に対してだけでなく、誰が同盟国の大統領になろうともそれを有効に政治的、軍事的に国益に結び付けていく柔軟な対応力が重要になるでしょう。トランプ政権の黎明期だからこそ同盟国アメリカの軍事政策から国防戦略の「実」を確立したいものです。とりあえず在日米軍の駐留経費の負担についての我が国側の懸念は、以下の記事から一段落ついたようです。
駐留経費、政府に安心感…自衛隊の役割拡大へ
読売新聞20172/5() 10:29配信 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170205-00050006-yom-pol

 マティス米国防長官が20172月4日、在日米軍駐留経費の日本側負担を「他国のモデル」と評価したことに、日本政府はひとまず安堵(あんど)している。
 マティス氏は一連の会談で、日本の防衛力強化を求めており、日本政府は、防衛費増額や安全保障関連法に基づく自衛隊の役割拡大を進める方針だ。

 日本政府は、在日米軍駐留経費に加え、米軍再編関係経費も負担しており、その額は年間約7600億円と米国の同盟国中、最も多い。防衛省の試算では、在日米軍にかかわる経費の53・7%を負担している。1978年度以降は米側の要請に応じて支出項目を増やし、現在は基地従業員の人件費や光熱水料なども分担。他の同盟国が支払っていない項目も多く、トランプ政権は他国に日本を引き合いに負担増を求める可能性がある。防衛省幹部は、「モデル」とまで踏み込んだマティス氏の発言を「びっくりした」と振り返った。

《維新嵐》 米軍駐留国の経費負担は、我が国は、提供施設整備費、労務費、光熱水費などすべて負担しています。(財務省が米国防総省の資料に基づき2015年にまとめた資料より2004年)他国では韓国が提供施設整備費、労務費を負担、ドイツ、イタリアはこれら3つの予算項目は負担していません。
 どうも駐留経費負担が増えそうなのは、我が国ではないようですね。自衛隊の役割拡大ということは、関連法のさらなる改正、強化と防衛費増額ということでしょうか?それなら特定秘密保護法の改正と関連法としてスパイ防止法の立法、情報機関の統合再編を推し進めてほしいものです。自衛隊の正面装備の強化ばかりが国防ではありません。情報戦略の充実、強化やマクロ経済政策のさらなる政策投資により、企業の利益拡大と国民所得の倍増を図らなければなりません。国民全体が豊かさを享受できなければ、真に「強い国家」とはいえないからです。だから消費税増税という官僚の権益だけが拡大するような政策は直ちに廃止すべきです。
日本人の知らないトランプ発言の真意。米軍駐留経費全額負担したら傭兵に?国境に壁を作る?
【共産中国&北朝鮮を警戒、アジアへ軸足を移すアメリカ】
アメリカにとっての脅威になりつつあるか?人民解放軍
トランプのアジア戦略はいかに?

岡崎研究所

 ワシントン・ポスト紙コラムニストのジョシュ・ロジンが、201718日付同紙に、「トランプはオバマのアジアへの軸足移動を現実のものにしうる」との論説を寄せ、トランプのアジア政策の今後を論じています。要旨、次の通り。
iStock


 トランプの外交についての議論は、テロとロシアとの関係に焦点を合わせている。トランプはアジア専門家を上級ポストに指名していない。米国の太平洋の同盟国は、アジアがホワイトハウスの優先順位のどこに来るのか、懸念している。
 しかし、政権移行チームは自分自身のアジアへの軸足移動を準備している。この政策は過去の共和党政策をベースにし、かつアジアでの米国のプレゼンスを強化するとのオバマ政権の願望を現実にするものである。トランプ政権は中国についてタカ派であり、地域同盟の強化や台湾に関心を持つ。北朝鮮との関与に否定的で、太平洋での米海軍は強化するという。
 アジアが第一の関心事項になる兆候がある。国務長官候補のティラーソンは上院議員との会合で中国への懸念を提起、特に南シナ海での軍事化と拡張に対抗する必要を明確にした。スティーブン・バノン上級顧問は太平洋艦隊の元海軍将校としてアジア戦略に関心があり、オバマのアジアへの軸足移動が国防費不足でうまく行かなかったとしている。
 大使については、トランプはアジアでの任命をどこよりも早くしている。トランプはインド大使に、インド専門家、アシュリー・テリスを任命しようとしている。中国大使としてアイオワの知事、ブランスタッドを指名したことを中国専門家は歓迎している。日本側はハガティ大使を大きく歓迎しているわけではないが、世界の指導者の内、安倍総理を選挙後最初にトランプが迎えたことで、適切に敬意を払われたと感じている。国家安全保障会議(NSC)のアジア上級部長にはマット・ポッティンガー(中国で数年ジャーナリストをした)が就くとされている。NSCは小さくなる予定で、国務省と国防省のアジア担当次官補はより重要になるが、これにはシュライバー元国務次官補代理、ホワイトハウスのアジア部長をしたビクター・チャなど、ブッシュ政権の高官が検討されている。
 トランプ政権は最初の数カ月、アジアに注意を払わなければならないだろう。国家貿易会議の議長にナヴァロを任命したが、中国との経済面での衝突は早く来る。中国も米の新大統領を試してきた歴史がある。トランプは北朝鮮の核・ミサイル計画を止めると約束している。金正恩政権への支援をしている会社への追加制裁も検討中というが、これも中国との緊張につながる。
 オバマのアジアへの軸足移動は期待が高かったが、実施不足であった。トランプ政権は逆である。トランプ・チームがその計画を実施し、不必要な危機を避けることができれば、トランプはオバマが始めたアジアへの軸足移動を完成させるかもしれない。
出典:Josh Rogin,Trump could make Obamas pivot to Asia a reality’(Washington Post, January 8, 2017
https://www.washingtonpost.com/opinions/global-opinions/trump-could-make-obamas-pivot-to-asia-a-reality/2017/01/08/a2f8313a-d441-11e6-945a-76f69a399dd5_story.html

 トランプ政権のアジア政策の方向性は、全体的には明らかになっていません。しかし、この論説が指摘するように、対中強硬策を主張する者が外交に影響を与える要職に就く予定です。米中関係は、政治・軍事では台湾問題と南シナ海問題で、経済では為替操作や不公正貿易問題で悪化する可能性が高いでしょう。その結果、外交上、アジアの重要性は上がることになるでしょう。
民主主義的価値を推進することに関心なし
 トランプは民主主義的価値を推進するなどには関心がなく、「取引」とそこからの利益を重視する傾向があるのではないかと思われます。したがって、共通の価値観に基づく強固な同盟は望み得ないところもありますが、対中対抗が政策の軸になる限り、日米関係は米国にとっても重要になります。アジアへの軸足移動がオバマの時よりもさらに充実してくるとのロジンの見通しはそれなりに根拠があると思われます。
 中国側も米中関係の悪化を食い止めるために努力はすると思われますので、米中間で関係のマネージメントが案外うまく行くなど、複雑な様相を見せる可能性もないとは言えません。
しかし、習近平は秋の党大会を控え、米国には毅然とした対応をしたとの形が必要で、対米宥和策を行える状況にはないように思われます。台湾のみならず、南シナ海も尖閣も核心的利益と規定するなど、外交の柔軟性を失わせる対応が習近平政権では目立ちます。対米関係をうまくマネージできるかどうか、やはり疑問です。
トランプ政権への期待とリスク


米国を警戒させる中国『宇宙強国』計画の軍事的側面

福島康仁 (防衛省防衛研究所 政策研究部 グローバル安全保障研究室研究員)

 2016年は、中国が宇宙事業開始60周年と位置付けた年であった。この1年間の中国による宇宙活動の進展は目覚ましい。
 1011月に行われた有人宇宙船「神舟11号」と宇宙実験室「天宮2号」のドッキングおよび宇宙飛行士2人の実験室滞在は、中国版宇宙ステーションの運用開始に向けて計画が着実に進んでいる印象を世界に与えた。
201611月に打上げられた中国の新型ロケット「長征5号」(写真・REUTERES/AFLO

 同じ11月の新型ロケット「長征5号」の打上げ成功は、現状における米国最大のロケット「デルタⅣヘビー」に近い打上げ能力の獲得を意味する(低軌道への打上げ可能重量は前者が約25トン、後者が約284トン)
 1956年の国防部第5研究院(当時)の設立から始まったとされる中国の宇宙事業は、部分的には既に米ロに匹敵する水準に達している。人工衛星の軌道投入を目的とするロケット打上げ回数は15年にロシア(26)と米国(20)につぐ19回を記録し、16年には20回超を計画した。
 衛星の運用数もロシア(140)をぬき、米国(576)につぐ規模(181)となっている(166月末時点、UCS Satellite Database)
 20年頃には中国版の全地球測位システム(GPS)である「北斗」が全世界で利用可能となる。22年頃には中国版宇宙ステーションが完成し、10年を超える運用が始まる。さらに30年頃には、米国のアポロ計画で使用された史上最大のロケット「サターンV」に近い打上げ能力を有する「長征9号」を実用化し(低軌道への打上げ可能重量は前者が約118トン、後者が約100トン)、有人月探査などを行う計画である。こうした事業が順調に進めば、30年に米国と並ぶ「宇宙強国」になるという目標も現実味を帯びる。
加速する軍事利用、妨害や攻撃能力も向上
 宇宙活動能力の全般的向上は、中国の軍事力強化につながる。15年公表の国防白書「中国の軍事戦略」は軍民融合の推進を掲げており、その具体的領域の1つとして宇宙を挙げている。
 同時に中国軍は宇宙を作戦に活用する取り組みを進めている。1512月新設の戦略支援部隊は、陸軍、海軍、空軍、ロケット軍(同月、第二砲兵から軍種に昇格)という4軍種につぐ地位を与えられており、初代司令官には第二砲兵出身の高津中将が任命された。
 同部隊の任務は、サイバー・電子戦に加えて宇宙から各軍種の作戦や統合作戦を支援することにあるといわれる。同部隊設立の背景には、中国軍が現代戦を「情報化局地戦争」ととらえており、情報を制する者が戦争を制するとの考えを有していることがある。中でも宇宙空間は情報の収集・経由・配布の起点として現代戦に勝利するうえで鍵を握る領域と位置付けられている。
 中国は宇宙の軍事利用の実態をほとんど公表していないが、軍用あるいは軍民両用の通信衛星(中星)、測位衛星(北斗)、地球観測衛星(遥感ほか)をそれぞれ4基、22基、30基ほど運用しているとの指摘がある(166月末時点、UCS Satellite Database)


「宇宙強国」に向けた中国の計画 (出所:各種資料をもとに筆者作成) 

 このうち「北斗」については、民生用シグナルに加えて軍用シグナルの存在が公表されている。有事の際、米軍は敵対者によるGPS利用を防ぐために、当該地域でGPSの民生用シグナルに自ら電波妨害を行う方針を明らかにしている。このため中国にとっては独自の衛星測位システムを保有しておくことが軍事上不可欠である。
 宇宙からの作戦支援は、中国軍が作戦領域を拡大するにつれて重要性を増している。中国海軍は近海(東シナ海や南シナ海)のみならず、遠海(太平洋やインド洋)での活動を活発化させ始めている。09年からはソマリア沖・アデン湾における海賊対処活動も開始した。中国空軍もまた、海軍と軌を一にする形で西太平洋まで作戦領域を拡大中である。
 こうした中、大容量かつ確達性のある遠距離通信を可能とする衛星通信は、洋上の艦艇と陸上司令部間の通信や、滞空型無人航空機(翼竜ほか)の運用上、極めて重要である。
 また、慣性航法装置よりも高い精度での測位航法を可能とする測位衛星も、作戦中の艦艇や軍用機が自己の位置を把握したり、弾薬の精密誘導を行ったりするうえで極めて重要である。
 さらに海洋偵察衛星は、遠方の海域を航行する敵艦艇の位置把握に有用である。実際、冷戦期のソ連は信号情報収集衛星とレーダー偵察衛星の組み合わせで米機動部隊の位置特定を行う体制をとっていた。
 中国は「空母キラー」とも呼ばれる対艦弾道ミサイル(DF-21D)の運用にあたり、超水平線レーダーに加えて海洋偵察衛星による敵艦艇の位置把握を行うとみられている。
 中国は自らの部隊運用に宇宙を活用するのと同時に、「制天権」の獲得も目指しているといわれる。これは制海権や制空権に類するものであり、味方の宇宙利用を維持する一方で、必要に応じて敵対者による宇宙利用を妨げることを指す。前者については、宇宙システムに対するサイバー攻撃への備えや、「北斗」システムに対する電波干渉を防ぐ電磁シールドの開発に取り組んでいる。
 後者については、他者の宇宙利用を妨害する能力の整備を進めている。07年、中国は高度約860キロメートルの低軌道上で衛星破壊実験に成功した。衛星破壊能力を獲得したのは米ソについで3カ国目であり、冷戦後に同種の実験を実施したのは中国が初めてであった。
 衛星破壊に使用したのはDF-21準中距離弾道ミサイルを改造した対衛星(ASAT)兵器(米情報コミュニティはSC-19と呼称)であったといわれる。同実験は宇宙開発史上最多の宇宙ゴミを発生させたため、世界の宇宙関係者に衝撃を与えた。その後、中国は衛星破壊を伴わないSC-19ミサイルの発射試験を繰り返している。
 また13年には、新型ASAT兵器の発射試験を行ったとみられている。報道ではDN-2と呼ばれる同兵器は静止軌道(高度約35800キロメートル)まで射程におさめており、事実であれば各国が運用する衛星の大半が標的となり得る。
 さらに15年にはDN-3と呼ばれる新型ASAT兵器の発射試験を実施したとの報道もあるが、詳細は不明である。こうした衛星を物理的に破壊する手段に加えて、衛星に対するレーザー照射能力やGPSシグナルに対する電波妨害能力、宇宙システムに対するサイバー攻撃能力も有しているとみられている。
 中国はこれらの手段を状況によって使い分けていくものと考えられるが、中国自身が宇宙依存を深めていることを考えれば、宇宙ゴミの発生を伴わない妨害手段の重要性が中国にとって増していることは明らかである。
中国による対衛星兵器の発射試験(出所・各種資料をもとに筆者作成) 

無視できなくなった米国、進める「宇宙戦争」への備え
 既存の「宇宙強国」である米国は、宇宙利用をめぐる戦略環境の変化に強い危機意識を抱いている。
 201611月、宇宙作戦を担う戦略軍司令官の交代式典において、新任のジョン・ハイテン空軍大将は宇宙での戦争を決して望んでいないが、平和を維持するためには備えておかなければならないと述べた。
 陸海空が戦闘領域となって久しい中、宇宙は戦争のない聖域であり続けてきた。冷戦期の米ソ間には戦略的安定を支える宇宙システムを互いに妨害しないという「暗黙の了解」があったが、そうした状況は過去のものになったと米国は考えるようになっている。
 むしろ湾岸戦争以降の米国の戦い方を観察してきた潜在的敵対者は米軍が作戦上依存する宇宙システムを攻撃するのではないかとの懸念が米国にある。こうした米国防当局者の認識変化を促してきた主な要因こそ中国による衛星破壊能力の獲得とその後の能力向上である。

(写真左)201610月、中国の宇宙船「神舟11号」が宇宙実験室「天宮2号」とドッキングした(写真・IMAGINECHINA/AFLO

(写真右)「神舟11号」に乗り込む人民解放軍所属の宇宙飛行士(写真・IMAGINECHINA/JIJI

 このような戦略環境の変化を受けて、バラク・オバマ政権下の国防総省高官は、従前の慎重姿勢を転換し、「宇宙コントロール」(中国の制天権に相当)を重視する方針を公言するようになった。
 現在、米国防総省が自身の宇宙利用を維持するうえで鍵と位置付けているのが、レジリエンス(抗たん性)の向上である。
 これは、各種のアセットを組み合わせることで、ある特定の衛星の利用が妨げられた場合でも、作戦に必要な機能(:通信、測位、画像情報収集)を維持するための取り組みである。そのために同盟国や企業が保有する宇宙関連能力を活用する方針を示している。
 同時に、米国防総省は他者の宇宙利用を妨害する能力の必要性も明らかにしている。これは宇宙の軍事利用が世界的に拡大する中、敵対者が宇宙を活用することで陸海空での作戦を有利に進めようとする可能性が高まっているためである。ただし、米国は宇宙への依存度が高いため、宇宙ゴミの発生をまねかない攻撃手段を模索している。
注目されるトランプ政権の宇宙戦略
 次期ドナルド・トランプ政権の方針は未だ明らかになっていないが、政策顧問のロバート・ウォーカー元下院議員とカリフォルニア大学アーバイン校のピーター・ナヴァロ教授は、大統領選挙前の1024日に業界紙「SpaceNews」に寄稿している。
 この中でウォーカー氏らは、中ロが米国の宇宙依存に伴う脆弱性を認識し、米国の衛星網を狙っていることと、こうした脆弱性を克服するために小型で頑強な衛星群を必要とすることを指摘している。
 宇宙は戦争のない聖域でなくなったという認識は米国の関係者の間で広く共有されており、宇宙コントロールを重視する姿勢はトランプ政権にも継承される可能性が高い。
 中国は「宇宙強国」への道を着実に進んでおり、その軍事的側面は米国に強い警戒心を抱かせる水準に達し始めている。
共産中国の宇宙開発技術の力




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