2017年1月28日土曜日

ドナルド・トランプ新大統領のアジア戦略①

トランプの「防衛費増額」要求はこうして突っぱねよ

アメリカ軍も日本駐留で莫大な利益を得ている

沖縄県の米軍嘉手納基地から大地震に見舞われたネパールに向かうため米軍の小型ジェット機セスナ・サイテーションウルトラに乗り込む米海兵隊員たち。米海兵隊提供(資料写真、201554日撮影・提供)。(c)AFP/HANDOUT/US MARINE CORPS/Lance Cpl. Makenzie FallonAFPBB News

 トランプ新大統領は就任演説で「私たちは古くからの同盟を強化し、新たな同盟を構築する」と述べた。そして、安倍首相はトランプ大統領への祝辞メッセージの中で、「日本とアメリカの同盟の絆をいっそう強化していきたい」と伝えた。
 トランプ大統領も安倍首相も「同盟を強化する」と述べている。だが、両者が口にした「同盟を強化する」という表現の内容が果たして似通ったものなのか、それとも似て非なるものなのかは大きな問題である。
同盟はギブ・アンド・テイクの契約
いかなる国家間の軍事同盟においても、当事国は同盟を結ぶことが自国の国益、とりわけ国防戦略上の利益になることを期待して同盟関係を構築する。
 それぞれの同盟国は、自国の国防戦略に必要な国防システムの弱点あるいは強化したい点を補強するために、同盟相手国が提供する条件を期待するのである。この事情は相手国にとっても変わらない。その意味で、それぞれの同盟国は相手国とギブ・アンド・テイクの関係に立脚しているわけである。
 日米同盟に即していうならば、日本は世界最大の軍事大国であるアメリカから核抑止力の提供を受けるとともに、有事の際には、敵地を攻撃したり遠洋でのシーレーンを防衛したり水陸両用作戦を実施したりするといった自衛隊に不足している各種戦闘力を提供してもらう権利を有している。そして、その対価として在日米軍に土地やインフラサービスそれに諸必要経費などを提供する義務を負う。
 反対にアメリカは、日本から在日米軍に対する土地やインフラサービスそれに諸必要経費などの提供を受ける権利を有し、その対価として核抑止力ならびに各種戦闘力を提供する義務を負っている。
 日本もアメリカも、そのような同盟条約という契約上のギブ・アンド・テイクから互いになんらかの国益を手にしているのである。
日米同盟の構造

水陸両用戦力の配備、日米にとってのメリットは
具体的な例を挙げよう。
 日本にアメリカの水陸両用戦力(アメリカ海兵隊第3海兵遠征軍ならびにアメリカ海軍第11水陸両用戦隊)が配備されていることによって、日本は自衛隊が保持していない本格的な水陸両用戦能力を有事の際には提供してもらえることを期待できる。その見返りとして、日本は沖縄や岩国の基地や沖縄や富士山麓の演習場などを海兵隊に提供し、佐世保軍港や沖縄ホワイトビーチなどを米海軍に提供している。
 一方のアメリカは、有事の際にそれらの戦力を日本に展開し、各種防衛作戦に従事したり、大規模災害の際にはトモダチ作戦に見られるように水陸両用戦力を展開して日本を支援する。その見返りとして、アメリカ側は水陸両用戦力をアメリカ本土から太平洋を隔てた日本各地に安心して前方展開させておくことができるのである。
 アメリカはこうして水陸両用戦力の前方展開態勢を確保することにより、東北アジア、東南アジア、南アジアから中東地域での戦闘から人道支援・災害救援活動まで、幅広い各種軍事行動に迅速に対応することができる。ひいてはこれらの地域に対するアメリカの国益の維持・伸長を図ることができるというわけだ。
損得勘定を弾くビジネスマンのトランプ氏
 ここで問題となるのが、「アメリカが水陸両用戦力を日本に常駐させていることは日米どちらにとってメリットが大きいのか?」という条約上の損得勘定である。
(もちろん、日米安保条約によって日本に展開しているのは水陸両用戦力だけではなく、空母打撃群やその他の艦艇それに空軍戦闘機部隊や各種補給航空部隊など枚挙にいとまがない。したがって、水陸両用戦力だけで条約上の損得勘定はできず、以下はきわめて部分的な比較に過ぎない。)
 大統領選挙期間中、トランプ大統領は「日本は米軍駐留費を全額負担すべきだ」と口にした。その論理は、アメリカが提供している水陸両用戦力の評価額に比べると、日本が提供している基地・訓練場をはじめとする土地、電気ガスなどのインフラ設備やその費用、基地内の従業員の人件費をはじめとする各種経費などを総合した評価額のほうが安い、という判断に基づいている。
 日米同盟における基地問題に関して、ビジネスマンのトランプ大統領にペンタゴン側がブリーフィングする際、最も説得力があるのはこの種の同盟上のバランスシートの論法であろう。
莫大な金銭的利益を得ているアメリカ
アメリカから「我々(アメリカ側)の負担の方がはるかに大きい」という主張が飛び出してくるのも、うなずけなくはない。
 少なからぬ米海軍や海兵隊関係者たちから、「もし日本が自分たちで第3海兵遠征軍ならびに第11水陸両用戦隊に相当する水陸両用戦力を自ら保持することになった場合、どれほどの国防予算が必要になるのか日本側は認識しているのだろうか?」という声をしばしば聞くことがある。
 確かにその場合、主要な装備だけを考えても、自衛隊は最低でも強襲揚陸艦1隻、揚陸輸送艦2隻、揚陸指揮艦1隻、強襲揚陸艦に搭載する各種戦闘攻撃機60機以上、オスプレイ20機以上、重輸送ヘリコプター20機以上、攻撃ヘリコプター20機以上、水陸両用強襲車60輛以上、軽装甲車両60輛以上・・・と莫大な国防予算を投じる必要が生じる。それらの維持修理にも、やはり巨額の国防予算が必要になる。加えて、2万名以上にのぼる海兵隊員と海軍将兵も必要になる。このように、アメリカは水陸両用戦力の構築と維持に莫大な費用をかけているのだ。
ただし、アメリカにとってのメリットも巨大と言ってよい。水陸両用戦力(海軍・海兵隊)に限らず、空母打撃群(海軍)や戦略輸送軍(空軍)などにとっては、アメリカ西海岸から800010000キロメートルも隔たった日本各地に前方展開拠点を確保できる戦略価値は莫大である。

 また、多くの海兵隊や海軍将校たちが「文化水準が高い日本への駐留は、軍人にとっても家族にとっても最高」と語っているように、アメリカ軍が日本駐留によって得られる恩恵を金銭価値に評価すると、極めて巨額にのぼるものと考えられる。
 軍事戦略面からみても、アメリカは日本に各種基地を確保することで莫大な金銭的利益を得ている。もし、日本に海兵隊基地、空軍基地、軍港を確保できない場合、アメリカ軍が東アジアから南アジアに前方展開態勢を維持するには、空母打撃群を少なくとも2セットは増加させなければならない。強襲揚陸艦を中心とする水陸両用即応部隊も2セットは増加させる必要がある。また、大型輸送機や爆撃機の運用にも深刻な支障が生ずることになる。日米同盟のおかげで、アメリカは空母打撃群や水陸両用即応部隊の建造費・維持費を節約することができているのだ。
日本からもバランスシートを提示せよ
トランプ政権は「日米同盟強化」の施策として、上記の強襲揚陸艦や戦闘攻撃機など金銭価値で評価しやすいアメリカ軍の戦力が日本の提供している“負担”よりも高額であると言い立てて、日本側にさらなる資金提供を迫るであろう。

 日本政府は、そのような要求に唯々諾々と従う必要はない。アメリカ側が日本駐留から得ている戦略的価値を金銭的に見積もり、双方のバランスシートをトランプ大統領に示すところから、日米同盟強化に関する交渉をスタートさせるべきである。そうでないと、「日米同盟の強化」の名の下に日本国民の血税をアメリカに吸い上げられてしまうことになりかねない。

マティス国防長官は、米軍の駐留経費増額は示さず!
米国防総省のデービス報道部長は20171月26日、2月1~4日のマティス国防長官の日本、韓国訪問について、「関係強化が狙いで、要求リストを突きつけることはない」と記者団に語り、米軍駐留経費の増額を求める考えはないとの認識を示した。
(出典:「日本と2国間貿易協定」米、首脳会談で模索へ

日米同盟が困難を好機に変える 在日米軍司令官ドーラン氏


トランプを最も恐れる必要がない同盟国は日韓

岡崎研究所


 トランプと彼の発言に揺さぶられている日韓や欧州の同盟国の今後の動きについて、エコノミスト誌が20161217日号掲載の記事で解説を試みています。要旨、次の通り。

 トランプ政権の今後の動きについて、ある程度の推測はできる。優先課題はジハード・テロの阻止で、マティス国防長官とフリン国家安全保障担当補佐官を擁することから、おそらくIS打倒の動きが強化されよう。その後どうなるかは謎だが。アフガニスタンにもタリバン封じ込めのために米軍が増派される可能性がある。オバマが求めたイランとの関係改善は棚上げにされよう。
 また、トランプが同盟国に対し、防衛費の拡大と駐留米軍の経費負担増を求めるのは間違いない。他方、米国防省の予算は拡大、海軍の増強と核兵器の近代化が図られよう。これは米国の抑止力を高め、同盟国にとっても利益になる。
 これまでのトランプの発言にもかかわらず、一番恐れる必要がない同盟国は日韓かもしれない。(1)両国が防衛面でかなり努力してきた、(2)北朝鮮の脅威が増大している、(3)米国民の日韓防衛への支持がある、ためだ。一方、北朝鮮は2020年頃には首都ワシントンを核攻撃できる能力を獲得すると予想されている。駐留米軍の縮小を検討するには微妙な状況と言えよう。さらに、世論調査によれば、米国民の70%が米国による日韓の防衛を支持、日韓の企業が米国内で数十万の雇用を生んでいることもよく知られている。
 他方、米国民のNATO支持率は53%、共和党支持者に限れば43%でしかない。欧州同盟国の「ただ乗り」は、2008年の金融危機後の緊縮財政でさらに悪化、余裕のあるドイツでさえ国防費はGDP1.2%だ。しかし、ここに来て欧州も、ロシアによるクリミア併合や欧州周辺での度重なる大規模軍事演習、プーチンの核の脅し等に衝撃を受けており、NATOの防衛費は今年3%増加する。それに、国境を越えたテロ、サイバー攻撃、大規模な難民流入等の新たな脅威に対しては、米国と欧州が協力して当る必要がある。ただ、トランプにはNATOについて、価値を共有する国々の「運命共同体」という観念はないだろう。トランプがプーチンと図ってウクライナ問題に早々に決着をつける恐れもある。
 中東の同盟国はイランを嫌うトランプをオバマより良いと思っている。また、トランプはパレスチナ和平にも関心を示していない。しかし、もしトランプが本当にロシアと組んでISを打倒すれば、結果的にアサドとアサド支持のイランが勝利することになる。また、イラクの秩序回復には、イラクをシーア派支配の国にしようとするイランの戦略を米国が阻止する必要がある。つまり、米国はISを叩くだけではだめで、結局、トランプも中東には関与せざるを得なくなるだろう。さらに、トランプは、米国はもはや中東の石油を必要とせず、従ってサウジ支援の必要はないと示唆、サウジが米軍の維持を望むのなら、少なくとも経費負担増を求めるだろう。
 早ければ5月に開かれるNATO首脳会談や夏のG7首脳会談でのトランプの言動が判断材料を提供するはずだが、今後については2つの展開があり得る。一つは、外交はマティスやティラーソン、そして議会の保守派指導者に委ねられる。もう一つは、何らかのトランプ・ドクトリンが出現、同盟諸国を混乱に陥れるというものだ。しかし、現実がどちらにころぶか、誰にも、おそらくトランプ自身にもわからないだろう。
出典:‘Americas allies are preparing for a bumpy ride’(Economist, December 17, 2016
http://www.economist.com/news/international/21711881-donald-trumps-victory-has-shaken-countries-depend-america-security-and

米国の同盟諸国は、トランプの発言の趣旨を測りかねていますが、トランプは多くの発言を軌道修正しています。
 日本と韓国については、米軍の駐留費をもっと負担すべきで、さもなければ核武装も含めもっと自主防衛に努めるべきであるとの趣旨を述べましたが、その後核武装発言は否定し、安倍総理との会談では日米同盟の重要性を確認しています。
 時代遅れであり、米国の支援を求めるならもっと軍事費を増大させるべきである、と言っていたNATOについてすら、その後NATOのストルテンベルグ事務局長との会談で、NATOの永続的重要性に言及しています。
トランプに確固たる理念はあるのか?
 したがって、トランプがどのような同盟政策をとるかは、今後の具体策を見るしかありません。ただ、世界における米国の役割について、トランプが確固たる理念を持っているとは思えません。
 トランプは、米国はもう世界の警察官の役割は果たさないとの趣旨の発言をしていますが、これは単に経済的負担の話をしているのではなく、自由と民主主義を守り、広めるという理念は掲げないということのようです。米国のこの理念のもとに、戦後世界は「パックス・アメリカーナ」の世界といわれました。中国の台頭と、それに国力が伴うかの問題は抱えながらもプーチンのロシアの挑戦によって、もはや世界は「パックス・アメリカーナ」とは言えなくなっていますが、トランプは理念の面からも「パックス・アメリカーナ」を過去のものとしようとしています。
 戦後の米国の同盟政策は、自由と民主主義を守るという理念と戦略の基礎の上に立っていましたが、トランプの外交政策にはこれが欠けています。したがって、たとえ同盟政策が継続されるとしても、米国の世界戦略の上に立ったこれまでの同盟政策と同質と言えるかどうかの問題をはらむこととなるでしょう。
日米同盟は世界で一番重要な同盟 トランプ新大統領

トランプの核戦力強化宣言

岡崎研究所

トランプの「米国の核戦力を強化すべし」とのツイートに対し、20161223日付ワシントン・ポスト紙社説が、思慮に欠けた発言であると非難し、核兵器がテロリストの手に渡らないようにするなど核兵器の危険を軽減することに焦点を当てるべきである、と言っています。要旨、次の通り。

iStock

核兵器の責任ある管理、指揮命令系統の頂点としての注意深い任務は、大統領の厳粛な義務である。それゆえ、トランプの核兵器についての20161223日の向こう見ずなツイートは災厄である。
 大統領候補として、トランプの核兵器についての発言は、様々な異なった考えが混在していた。一方で、日韓からの米国の核の傘引き上げを示唆し、他方では、「唯一最大の脅威」である核兵器への懸念を示しつつ、自らが予測不可能であることを誇った。大統領たるもの、このセンシティブな問題では言葉を注意深く選ぶべきであるが、トランプはそうしているようには見えない。20161222日、トランプは、「世界が核について正しく認識する時が来るまで、米国は核の能力を大いに強化、拡大しなければならない」と述べ、「軍拡競争は放っておけばよい。我々はあらゆるやり方で優位に立ち、勝ち抜くであろう」とも言った。
 核抑止も核兵器もすぐに無くなることはないだろう。しかし、米国とロシア(世界中の核爆弾の93%を保有)は、30年近く着実に核兵器を減らしてきた。米露間の新START条約は、こうした低い保有数を義務付ける条約である。他の軍備管理協定(特に1987年のINF条約)は歪んできてはいるが有効である。冷戦時代から引き継いだ大量の核弾頭を減らすには、長年にわたる努力が必要であった。トランプの新しい提案は、このコースを逆転させることになるのか。他国を制止することになるのか、それとも、刺激することになるのか。
 トランプのツイートは、プーチンがロシアの核戦力強化についていささか威勢のいい発表をした後になされた。ロシアと米国は、核兵器と運搬手段(爆撃機、潜水艦、ミサイル)の近代化について、それぞれのやり方をしている。近代化は米国の抑止力の信頼を維持するための重要な要素ではあるが、費用はどうするのか。12隻の弾道ミサイル潜水艦を建造するという海軍の計画は、他の艦船や潜水艦の計画により圧迫されている。トランプはどういう任務のために核をさらに拡大させたいのか。トランプは就任後、緊急時に用いるべき核戦争計画などを示されるだろう。これらは、最高司令官にとって考え込まざるを得ない事柄である。核兵器が現実のものである限り、トランプは、核兵器がテロリストの手に渡ることを阻止するなど、核兵器がもたらす危険を如何に軽減するかに焦点を当てるべきである。それ以上のことは、必ずしも我々を安全にはしない。
出典:‘Trumps distressing chest-thumping on nuclear weapons’(Washington Post, December 23, 2016
https://www.washingtonpost.com/opinions/trumps-distressing-chest-thumping-on-nuclear-weapons/2016/12/23/6a528540-c88b-11e6-bf4b-2c064d32a4bf_story.html
 トランプの他の発言同様、「米国の核戦力を強化すべし」の発言の真意は明らかではありません。トランプがしっかりした核戦略を持っているとは考えられません。しかし、核についての最近のプーチンの動きを考えると、「米国の核戦力を強化すべし」とのトランプの発言は的外れとは言えません。
核戦力を強化するプーチン
 すなわち、プーチンは、近年核戦力の強化に努めています。まず1987年に米ソ間で締結された中距離核戦力全廃条約(いわゆるINF条約)に違反して、地上発射型の中距離巡航ミサイルを実験し、すでにエストニア国境付近のルガに配備されたとも言われています。さらに注目されるのが、一発でフランスやテキサス州に匹敵する領域を焦土と化せる超大型ミサイル「RS-28サルマト」の発射実験に成功したと報じられたことです。このミサイルは米国が開発を進めている弾道ミサイル防衛で迎撃が困難と言われ、ロシアによる米国に対する核攻撃が可能になるといいます。
 そのうえプーチンは近年核の脅しを繰り返し、核の使用をほのめかしています。プーチンは20153月、クリミア危機の時に核の使用の準備をしていたことを公に認めたといいます。また、2014年から15年にかけて、ウクライナへの侵攻時に合わせるように、核の使用も想定した演習を何回か実施しています。いざとなれば核の使用も辞さないことを明らかにすることで、核の脅しの効果を高めようとしているのでしょう。
 これらのプーチンの動きは、核の基本的意義は抑止で、核を軍備管理の対象とするというこれまで米ロ間の了解に挑戦するものです。特に核の脅しを繰り返し、核の使用をほのめかしていることは、核の使用についての従来の敷居を下げる危険な兆候です。
 欧米は、プーチンのこのような危険な核戦略を座視できません。何らかの対抗措置を講じるべきであり、「米国の核戦力を強化すべし」とのトランプの発言はこの文脈で考えると意味を持ってきます。
 社説は、「核兵器がテロリストの手に渡ることを阻止するなど、核兵器がもたらす危険を如何に軽減するかに焦点を当てるべきである」と言っていますが、これは核兵器を従来の米ロ間の了解の延長線上でとらえているもので、最近のプーチンの核戦略に照らして考えれば、適切な提言とは思われません。

《これからのアメリカのアジアでの戦略》

「一つの中国原則」タブーに挑戦するトランプ

岡崎研究所


 台湾問題専門家のスティーブン・ゴールドスタイン(米スミス大学名誉教授、ハーバード大学フェアバンクセンター台湾研究プログラム座長)が、20161212日付ワシントン・ポスト紙において、「一つの中国」を取引材料にしようとのトランプの考えを、米中関係を不安定化させ、戦争のリスクすらもたらすものである、と批判しています。要旨、次の通り。

 トランプは、米国の「一つの中国政策」は米国が中国から引き出したい他の事柄(通商、人民元安、南シナ海、北朝鮮など)と交換する取引材料である、と言ったが、トランプは正しくない。
 中国にとり「一つの中国」は原則であり、中国の指導者は、台湾を取り戻すことを、中華国家の回復、共産党の最終的勝利、19世紀以来の外国勢力による搾取の終了を達成するための使命のようなものと見ている。
 中国は「一つの中国」の原則を「世界に中国は一つしか存在しない。大陸と台湾はともに一つの中国に属する。中国の主権と領域は不可分」と定式化している。中国の法律は、台湾が独立を目指したり統一を妨害したりすることに対し、武力を用いることができるとしている。過去20年間の中国の軍拡は、台湾の分離を抑止し、必要とあらば武力で台湾を併合したいという強い願望が原動力となっている。
 米国の「一つの中国」政策は、全く異なっている。1950年代、米国は敗北した在台湾国民党政府を中国の唯一の合法的政府と認め、次いで、二つの中国を認めてはどうかと提案したが共産党政府に激しく拒否された。1979年の米中国交正常化に際しては、台湾の中華民国との外交関係を断ち、共産党政府を中国の唯一の合法政府と認め、台湾から米軍を引き揚げ、台湾との相互防衛条約を終了させた。米国の台湾に関する立場は定義されないまま残された。
 台湾の政治的実体を国際社会において国家と看做さないという点では、米中は一致している。しかし、米国は、台湾が中国の一部であるとの中国の主張は受け入れていない。米国の公式の立場は、台湾の地位は「定義されない」というものである。米国は1979年以来、地位未定の島にある、存在を認めないはずの政府との関係を続けていることになる。
 この複雑な外交的ダンスは、現実世界に重要な結果をもたらしている。すなわち、米国の台湾政策は、内政干渉であるとの中国による批判を受けずに、台湾、中国、アジア全体に対する米国の国益により導かれてきた。1979年以来、米国の「一つの中国」政策の下、広範で多様な関係を、国家として承認していないはずの台湾との間で築いてきた。
 米国は「一つの中国」政策に反する米台関係を維持するのみならず、自らを紛争の解決の条件を設定する者と位置付けている。これは中国の立場に抵触するが、明確な敵対関係に至らなかったのは、全当事者が極めて脆い平和を維持すべく抑制的に振る舞ってきたからである。
 トランプの提案は、米国の「一つの中国政策」と中国の「一つの中国の原則」の微妙だが極めて重要な違いを閑却し、米国の地域における中心的原則である現状維持を危うくする。トランプは、蔡英文を「台湾総統」と呼び、台湾の地位を交渉の材料にすることで、この危険な戦略の賭けを倍にしようとしている。中国の核心的利益は米国の政策と衝突しており、全当事者が現状に満足していないので、安定的な関係は脆弱である。トランプ政権が不注意に些事にこだわるならば、米中関係全体を不安定化させ、戦争のリスクさえ冒すことになろう。
出典:Steven Goldstein,Trump risks war by turning the One China question into a bargaining chip’(Washington Post, December 12, 2016
https://www.washingtonpost.com/news/monkey-cage/wp/2016/12/12/trump-is-risking-war-by-turning-the-one-china-question-into-a-bargaining-chip/

 トランプの発言や行動がどこまで実態を把握したうえでのものなのか、憶測の域を出ないものが多いですが、依然として取引のための一つの材料に使っているのではないかとの見方も強くあります。
 中国政府はこれまでのトランプの中国に関係する部分が好ましいものではないとして、トランプに対し不快感や警戒心を強めつつあります。これまでのトランプの言動のなかで、中国にとって容認しがたいのは、トランプ・蔡英文が電話連絡をとったこと、トランプがツイッターのなかで、南シナ海における中国の巨大な軍事施設の設置や行動に言及したこと、さらには「一つの中国」をめぐる中国の対応を批判したことなどでしょう。
 特に、中国として衝撃を受けたのは、自らが核心的利益の最右翼に位置付けてきた台湾問題(「一つの中国」を巡る問題)について、トランプが「中国の主張に縛られたくない」との趣旨の発言を行ったことです。
 本件論評は、トランプの「一つの中国」への言及が米中関係を不安定化させ、戦争へのリスクを伴うものと非難しています。これは、いわば中国の立場に立ったトランプ批判であり、バランスを欠いたものと言わねばなりません。
 米国はこれまで「台湾は中国の不可分の一部」という中国の主張については、これを「承認」したり、「合意」したりすることを避けてきました。そして中国の主張を’acknowledge’すると述べてきました。この用語は中国の主張を「承っておく」、「聞いておく」、というニュアンスに近いのです。
 もし、米国が1979年の中華民国(台湾)との断交時、あるいは1972年のニクソン訪中時に「台湾は中国の不可分の一部」という中国の主張について承認したり、合意したりしていたのなら、’acknowledge’という言葉を使用しなかったはずです。ちなみに、この用語は1972年の日中国交正常化の際のコミュニケにおいて、日本側が中国の主張を「理解し尊重する…」と述べた文言の意味に近いものです。これらの用語は、いずれも中ソ対立下の冷戦期において考案されました。
 オバマ政権下においては、米国は中国の台湾についての主張にあえてことさら異議を申し立て、米国の立場が単なる’acknowledge’ にすぎないことを主張して、中国を刺激・挑発するようなことを避けてきました。
タブーに挑戦
 今回、トランプがこの「タブー」ともいうべき「一つの中国の原則」にあえて挑戦したことにより、中国が衝撃を受けたのは当然でしょう。
 本件論評は「トランプ政権が不注意に些事にこだわるならば、米中関係全体を不安定化させ、戦争のリスクさえもたらすだろう」と述べます。これは、今日の中国の主張を代弁するものと見られてもやむを得ないでしょう。
 中国を刺激したり、怒りを買わないため、沈黙を守っていれば、オバマ政権下で見られたように、中国はそれにつけこんで南シナ海のさらなる軍事拠点化を進め、東シナ海への拡張を続け、台湾の国際的孤立化をさらに強化するに相違ありません。トランプが意表をついて「一つの中国の原則」を批判したことにより、東アジアにおける台湾問題の存在とその重要性が一挙に浮上したというのが実態であると思われます。

アジアで進む危険な軍拡競争

岡崎研究所
 フィナンシャル・タイムズ紙の20161229日付社説が、アジアの将来はトランプが平和と安定の保証者としての米国の役割を維持するかどうかにかかっており、まずはフィリピンと巧くやる必要があると指摘しています。要旨、次の通り。
iStock

アジアで危険な軍拡競争が進行している。米国の次期大統領がアジアの同盟国とどう付き合うかが軍拡競争の帰趨を決する。フィリピンは周辺における緊張の高まりに対応して武器調達を進めているが、最も明瞭な脅威は南シナ海に広大な領有権を主張する中国であり、軍備が劣るために、フィリピンは中国との妥協に走り、果ては中国から武器を購入することを約束するに至っている。こういう状況をトランプ次期政権は警戒して然るべきである。
 アジアにおける米国のプレゼンスは安定のための力として機能して来たが、フィリピンの如き堅固な同盟国が米国に最早頼ることが出来ないと感じていることは、いかに米国の威信と力がむしばまれて来たかを示している。トランプ次期大統領は海外における米国の義務を削減することを明言し、更には韓国と日本に対する核の傘を取り除くことすら示唆した。しかし、アジアが今後も平和と安定を享受し続けるためには、米国は伝統的な同盟国を当然視しているわけでなく、また米国は地域のバランス・オブ・パワーの維持にコミットしていることをトランプが明確にせねばならない。トランプ政権が対処すべき最初の「ぐらつくドミノ」はフィリピンである。
 この点では若干の楽観論が可能である。大統領選挙以降、ドゥテルテ大統領はその米国批判を抑制し、トランプと巧くやりたい意向を示している。トランプの方は麻薬犯の超法規的殺害に対するオバマ政権の懸念を脇に置く様子である。ドゥテルテからすると、人権侵害批判が対米関係の最大の摩擦要因である。トランプはドゥテルテのやり口を承認する必要はないが、上手く付き合う方法を見つけねばならない。
 オバマの「リバランス」政策は、同盟国を安心させ、米国の相対的後退を押しとどめ、中国の台頭の速度を弱めるという目標を達成出来なかった。フィリピンの軍備強化とドゥテルテの中国とロシアへの接近はその証左である。
 トランプにはアジアでの米国のプレゼンスを強化し、安定と平和の保証者としての役割を確認する真のチャンスがある。しかし、彼にはその逆をやり、取り引き本能からバランスをひっくり返す可能性がある。その結果として、アジアは大火災に陥りかねない遥かに危険な地域となる。
出典:‘A perilous moment for Asias peace and stability’(Financial Times, December 29, 2016
https://www.ft.com/content/8f2cf6ae-c86b-11e6-9043-7e34c07b46ef
 この社説が末段で結論的に言っていることは正しいと思います。トランプにはアジアにおける米国の役割を強化するチャンスがありますが、逆に、平和と安定を犠牲にした取り引きに走る危険もあります。
ぐらつくドミノ
 フィリピンが「ぐらつくドミノ」であり、トランプはフィリピンと巧くやることが重要というのも、その通りです。但し、フィリピンが中国やロシアとの関係をもてあそぶ状況、あるいは韓国やインドネシアから戦闘機や艦船を調達し始めた状況をもって、米国に最早頼ることが出来ないと感じ始めている証拠だというのは、言い過ぎだと思います。
 一方、アジアで危険な軍拡競争が進行しているという認識は間違っていると思われます。オバマ政権の「リバランス」政策は何もかも不成功というわけではありません。米国がアジアに安定のための力としてとどまることを明確にし、ベトナム、フィリピン、インドなどとの関係に安全保障上の展開が見られたことは事実です。現在進行していることは、「リバランス」政策を支えとして、中国の挑発的な行動を前にして、アジア諸国が安全保障上の関心を高め、安全保障を強化するささやかで健全な努力を行っていると見るべきものです。
 トランプ政権の出方いかんにかかわらず、この努力は継続されなければなりません。トランプ政権は恐らくはアジア諸国の自助努力の強化を求めることになるのでしょう。トランプがアジアにおける米軍のプレゼンスを強化するとしても、そのことが前提となるでしょう。

《維新嵐》 米大統領にドナルド・トランプという財界出身の人物が就任したことによって、特に軍事面では、「ほんとにわかってるの?」と素人でも思うことが続きましたが、軍事に精通した人物を抜擢することによって、奇策?ではなくあるべき形に落ち着いてきたな、という感じはあります。
ただ歴代大統領のある意味紋切型のアジア戦略にとらわれることなく、最初に「トランプ流」を前面にだしたことにより、共産中国の出鼻をくじくという意味では、うまく牽制できたかもしれません。
体制は固めてあるので、今後の出方が注目されます。
ちなみに対中国戦略でこんな注目発言も出ています。

【トランプ大統領始動】「新しい潜水艦を建造する」
中国牽制へ海軍力増強、メーカーに値下げ要求
2017.1.27 14:51更新http://www.sankei.com/world/news/170127/wor1701270043-n1.html


トランプ米大統領は、20171月26日放送のFOXニュースのインタビューで海軍の潜水艦を増やす方針を示した上で、メーカーに値下げを求める考えを強調した。ロイター通信が報じた。
 トランプ氏は「米軍の再建」を施政方針に掲げている。南シナ海で海洋進出を強める中国に対抗するため海軍力を増強する構え。
 インタビューで「潜水艦が不足している。新しい潜水艦を建造するつもりだが、価格が高すぎる」と述べた。
 トランプ氏は大統領就任前、最新鋭ステルス戦闘機F35や大統領専用機「エアフォースワン」についても値下げを航空機メーカーに要求。ロッキード・マーチンやボーイングはコスト削減に取り組む姿勢を示した。(共同)

《維新嵐》中国海軍を牽制する攻撃型潜水艦か、核戦力の要となる戦略型潜水艦か、トランプの思惑は見えにくいですね。

アメリカ海軍最新式原子力潜水艦








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