大きすぎるオバマの負の遺産 南シナ海情勢の今
7つの環礁に前方展開基地が誕生、トランプはどう立ち向かうのか
北村淳
2017.1.5(木)http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48845
南シナ海での演習に参加する中国の軍艦(2016年5月10日撮影、資料写真)。(c)AFP〔AFPBB News〕
オバマ政権最後の年である2016年、中国は南沙諸島に誕生させた7つの人工島の軍事拠点化を急ピッチで進めた。
オバマ政権は中国の軍事的拡張政策に対して強硬策をとらなかった。だが、次の政権が引き続き対中軟弱政策をとる保証はない。そこで、人工島に各種軍事施設を次から次へと建設していったわけである。
結果的にはトランプ政権が誕生することになったため、中国の急速な人工島基地群建設努力は無駄ではなかったことになった。
中国海洋基地建設の進捗状況
2016年当初、中国は南シナ海の7つの人工島のうちスービ礁、ファイアリークロス礁、ミスチーフ礁に、それぞれ3000メートル級滑走路の建設を進めていた。今やそれらの滑走路は、戦闘機から爆撃機や大型旅客機まであらゆる航空機が使用できる状態になっている。
滑走路周辺にはまだ完全には完成していないものの、戦闘機や爆撃機などの格納施設や整備施設も姿を現しており、管制施設やレーダー施設をはじめとする空軍設備群の建設も完成目前である。そのため、2017年中には、それら3カ所の航空基地に人民解放軍海軍あるいは空軍の航空部隊が配備されることは十二分に可能な状態である。
それぞれの人工島には、航空施設に加えて、中国海軍艦艇や中国海警局巡視船艇が拠点とすることができるだけの港湾施設の建設も進められている。いまだ海軍艦艇などが母港化している状態ではないものの、2017年中にはいくつかの人工島港湾に海軍フリゲートやコルベットそれに海警局武装巡視船が配備されるかもしれない。
人工島基地群の働きは不沈空母艦隊以上
海洋戦力の強化にとって、軍艦や航空機といった装備の充実は当然ながら極めて重要であるが、前方展開拠点の確保はこれまた非常に重要な要素である。そのためアメリカ海軍・海兵隊は日本(横須賀、佐世保、沖縄、岩国)やバーレーン、それにディエゴ・ガルシアという海外に設置してある前方展開基地を手放したくないのだ。
ただし、アメリカ海軍にとってそれらの海外前方展開基地はすべて他国の領土内にある。そのため、日本でのいわゆる沖縄基地問題のように未来永劫安定的に確保できる保証はない。
それに反して中国は、ファイアリークロス礁、スービ礁、ジョンソンサウス礁、クアテロン礁、ガベン礁、ヒューズ礁そしてミスチーフ礁と、少なくとも中国の主張によっては自国の領土である7つもの環礁に前方展開基地を手にすることになった。
そのうちの3カ所には本格的軍用飛行場を運用し、大型艦艇や潜水艦の拠点となる施設も手にすることになる。さらに、それぞれの人工島には、地対艦ミサイル部隊や地対空ミサイル部隊が各種レーダー施設と共に配備され始めている。かねてより米海軍戦略家たちが危惧していた通り、南沙諸島に中国海軍が数セットの空母艦隊を展開させたような状況が現実のものとなりつつあるのだ。
人工島は、移動することはできないため定点攻撃目標となってしまうという弱点が存在するが、艦艇と違って撃沈されたり航行不能に陥ることはない。
また、中国が誕生させた人工島には、軍事施設だけでなく巨大灯台や海洋気象観測所、漁業基地、それに大規模リゾート施設の開発まで予定されている。多数の旅行者を含む民間人が滞在し、軍事施設と非軍事民生施設が混在する人工島基地群を軍事攻撃することは、各種ピンポイント攻撃能力を有するアメリカ軍といえども避けざるを得ない。
要するに、南沙諸島に出現した7つの人工島基地群は、中国海洋戦力にとっては不沈空母艦隊以上の働きを期待できる前方展開拠点となるのである。
南シナ海を睥睨する中国軍事拠点
対抗措置をとらなかったオバマ政権
オバマ政権最後の年ということで、中国は南沙諸島の7つの人工島で軍事施設の建設を加速させただけではなく、西沙諸島の軍事的防衛態勢も強化し、フィリピンから奪取したスカボロー礁の軍事拠点化を進める態勢を明示し始めた。それに対してオバマ政権は(中国側の期待通り)効果的な対抗措置をとることはなかった。
米海軍戦略家の多くは中国による人工島建設の動きを事前に探知し、オバマ政権に「中国の南シナ海における拡張政策にストップをかける諸対策を実施すべき」との進言を繰り返していた。しかしながら、中国との深刻な軋轢を何よりも恐れていたオバマ政権は、そうした提言に耳を貸そうとはしなかった。
2015年後半になって、かなり進展した人工島建設状況をCNNが実況して騒ぎになると、ようやくオバマ政権は中国に対する牽制作戦にしぶしぶゴーサインを出した。しかし、海軍が許可された「FONOP」(公海航行自由原則維持のための作戦)はあくまで中国側を過度に刺激しない限度に制限されたため、さしたる効果が期待できる代物ではなかった。
2016年にオバマ政権がアメリカ海軍に実施を許可したFONOPはわずか3回である。それらは、いずれも中国が実効支配中の島嶼・環礁に接近した海域を、国際法によって軍艦に与えられている無害通航権の範囲内で“平穏無事”に通過するだけの、中国にとっては痛くも痒くもないレベルのデモンストレーションに過ぎなかった。
(関連記事)
・第1回FONOP:2015年10月27日、南沙諸島スービ礁
(本コラム2015年11月5日「遅すぎた米国『FON作戦』がもたらした副作用」)
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・第2回FONOP:2016年1月30日、西沙諸島トリトン島
(本コラム2016年2月4日「それでも日本はアメリカべったりなのか?」)
(本コラム2016年2月4日「それでも日本はアメリカべったりなのか?」)
(3月31日「すでに地対艦ミサイルも配備されていた南シナ」)
・第3回FONOP:2016年5月10日、南沙諸島ファイアリークロス礁
(本コラム2016年5月19日「米軍の南シナ海航行で中国がますます優位になる理由」)
(本コラム2016年5月19日「米軍の南シナ海航行で中国がますます優位になる理由」)
・第4回FONOP:2016年10月21日、西沙諸島ウッディー島、トリトン島
(本コラム2016年10月27日「オバマの腑抜けFONOP、“中国の”島に近づかず」)
おまけにそれらのFONOPは、中国側にさらに次の行動を起こさせる副作用まで引き起こしてしまった。つまり中国側は、全く軍事的脅威など受けていないにもかかわらず、「アメリカ海軍が中国の領域に軍事的威圧を加えてきたため、中国の領域を守り、島嶼に居住する人民を保護するため」と称して、アメリカがFONOPを行った島嶼環礁やその周辺の人工島に地対艦ミサイル部隊や地対空ミサイル部隊を配備したのである。
このようにオバマ政権の“腰が引けたFONOP”は何の牽制効果ももたらさず、中国がせっせと南沙人工島や西沙諸島で進める軍事施設の充実を後押ししただけの結果に終わった。
トランプ新政権の出方は?
トランプ新政権の海軍長官には、以前より南シナ海問題での対中強攻策を主張してきたフォーブス議員(あるいはフォーブス議員と同じ海軍戦略の唱道者の誰か)が就任するとみられる。したがって、南シナ海における中国の軍事的拡張政策に対するトランプ政権の態度が強硬なものとなることは間違いない。
とはいっても、すでに西沙諸島には立派な軍事拠点と政府機関それに商業漁業施設などが誕生している。また、7つの人工島でも軍事施設と民間施設の建設が完成の域に近づいており、スカボロー礁での中国の実効支配態勢も盤石になってきている。したがって、アメリカが中国にそれらの軍事施設や人工島からの撤収を迫ることは、かつて日本に対して満州からの総引き揚げを迫ったのと同様に、戦争を意味することになる。
そのため、いくら対中強硬派がトランプ政権の南シナ海政策を舵取りするとは言っても、アメリカ自身の領土が侵されているわけではない以上、対中軍事衝突といったような選択肢をとるわけにはいかない。なによりも、オバマ政権の8年間でアメリカの海洋戦力は大幅に弱体化してしまっているので、中国との戦闘を覚悟した対中強攻策などは全く論外のオプションである。
当面の間は、トランプ次期大統領が口にする「アメリカ第一」という標語の通り、中国の南シナ海侵攻戦略への対抗以前に、アメリカ自身の海洋戦力再興を推し進めることにプライオリティーが置かれることには疑いの余地はない。あくまでもアメリカの海洋戦力が強力になってから、次の一手が開始されるのだ。
もっとも、オバマ政権と違って、中国の侵略的海洋政策に断固として反対する立場を明示するために、より頻繁に、そしてやや強硬なFONOPを南シナ海で実施することになるであろう。
その際、日本にもFONOPの参加を(オバマ政権とは違って)強く求めてくる可能性が高い。なぜならば、2016年9月に稲田防衛大臣が米国の南シナ海でのFONOPを支持すると明言したからだ。そして何よりも、トランプ政権の考える日米同盟の強化とは、理念的な言葉の遊びではなく、日米双方が実質的に軍事力を出し合って、共通の目的を実現していくことを意味するからである。
《維新嵐》 トランプ新大統領の政治や軍事の戦略手腕をまずはお手並み拝見といきましょう。対中、
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