米中衝突のリスクを知るための3つの「T」
岡崎研究所
2017年2月9日 http://wedge.ismedia.jp/articles/-/8813
フィナンシャル・タイムズ紙コラムニストのギデオン・ラックマンが、2017年1月16日付同紙にて、3つのT(台湾、ティラーソン、貿易)に注目すればトランプの米国は中国との衝突に向かっていることが示唆されると警告、そのような米中衝突を引き起こしてはならないと主張しています。要旨、次の通り。
(iStock)
トランプの対ロシア関係は毒々しく明白である。しかし、もっと重要で危険なことに注目すべきだ。それはトランプ政権が中国との衝突(軍事衝突も排除できない)に向かっているとの兆候が高まっていることだ。
ティラーソン国務長官候補の議会承認公聴会での証言によれば、南シナ海で中国が建設している人工島に対する米国の立場が一層強硬になっている。同氏は人工島建設をロシアによる違法なクリミア併合に例えて、トランプ政権は「これらの島への(中国の)アクセスを認めない」とのシグナルを送ろうとしていると発言した。
それは中国が軍事基地化している島の海上封鎖を示唆しているように聞こえた。中国は確実に海と空から封鎖を突破しようとするだろう。それはキューバ・ミサイル危機の現代版になる。環球時報は「大規模な戦争」になると警告、中国日報は「破壊的な対立」と呼んだ。
従来、米国の唯一の懸念は航行の自由であり島の帰属については立場を取ることはしないとしてきたが、この米の公式的立場とも矛盾する。しかし、ティラーソンは発言を撤回、補足説明することはしなかった。
従来、米国の唯一の懸念は航行の自由であり島の帰属については立場を取ることはしないとしてきたが、この米の公式的立場とも矛盾する。しかし、ティラーソンは発言を撤回、補足説明することはしなかった。
米中正常化の79年以後、米国は「一つの中国」政策を尊重してきた。何十年と米大統領は台湾総統と話すことはしなかったが、トランプは蔡英文総統の電話をとった。トランプは、中国が貿易で妥協しない限り「一つの中国」政策を転換すると述べた。中国は台湾の独立よりは戦争をすると言って来たので、これは極めて高リスクの政策だ。
トランプの最重要関心事は貿易であろう。選挙戦で、トランプは中国との間にある5000億ドルの貿易赤字を許すわけにはいかないと言ってきた。反中国の保護貿易主義者が、国家貿易委員会を主宰することになった。既に中国からの輸入品に対する関税引き上げや輸入税の話が出ている。
これら3つのT、すなわち、台湾、ティラーソン、貿易をみれば、トランプの米は中国との衝突に向かっていることに疑いはない。習近平の中国は格段にナショナリスティックになっている。中国は、アジアにおける米国の同盟国に軍事、外交、経済圧力を加えている。中国はミサイル防衛システムの配備決定を撤回させるために韓国の企業を差別している。シンガポールは長年台湾で軍隊の訓練を行ってきたが、中国は台湾との関係を止めさせようと圧力を強めている。中国は香港を通過するシンガポールの装甲車を差し押さえてしまった。
最近、中国は空母を台湾海峡に派遣し、飛来する中国軍機に対し日韓がスクランブルをかけたりした。トランプと習近平は、それぞれの立場に固執しようとしている。
米中対決はアジアにおける米国の同盟国等に難しい選択を強いるだろう。これらの国が、米中衝突を押し進めようとする、不規則で、予測が不可能、保護主義的なトランプ政権と協力するかどうかは明確でない。これでは、トランプ政権の米国と中国が衝突することになっても国際社会の同情を得られると当然視することは出来ない。
出典:Gideon Rachman,‘Pacific conflict looms between America and China’(Financial Times, January 16, 2017)
https://www.ft.com/content/a396bbf8-dbcf-11e6-9d7c-be108f1c1dce
https://www.ft.com/content/a396bbf8-dbcf-11e6-9d7c-be108f1c1dce
幅広い視野に立った興味深い分析です。ラックマンは、ティラーソンの議会証言、台湾、貿易の3つ(3つのTと呼ぶ)に着目し、トランプの下で米中は衝突に向かっていると警告します。確かにリスクを過小評価してはなりませんが、クリントン政権、オバマ政権が失敗したように、政権の初めに過度にソフトな信号を中国に送ることは避けるべきであり、適切な強い信号を送っておくことは悪いことではありません。トランプ政権が無原則なディール外交に陥る危険があると考えれば尚更でしょう。
ラックマンは、南シナ海で海上封鎖も辞さないような強い立場を示したとティラーソン証言を強く懸念しています。しかし、議会証言でのティラーソンの中国観には、むしろ安堵できます。問題は、ティラーソン流の考えが今後トランプとの上下関係の中で如何に勝ち残って行くかではないでしょうか。何時までもトランプ(側近を含む)と閣僚の考えが相違したままにしたツー・トラック政治で行くことはできません。
人工島へのアクセスを認めない
人工島へのアクセスを認めないとのティラーソンの発言をラックマンは懸念しますが、アクセスを黙認することもできません。南シナ海の軍事化は政策としても支持できませんし、また習近平の公的宣言にも違背するものです。望むべきは中国が早く国際社会での生き方を学ぶべきことではないでしょうか。
ラックマンの第二の懸念は、台湾政策の転換です。これについてはトランプ側に少し慎重な取り扱いが必要であるようにも思われます。台湾問題は、台湾と中国が平和的に解決すべき問題であり、解決策が見えなければ、辛抱強く現状を維持する他ありません。
ラックマンの第三の懸念は貿易です。米中貿易の規模などを見れば、米国にとって対中貿易問題は避けて通れない問題ですが、トランプの考えは出口がない乱暴な議論です。そもそも二国間で均衡を取ろうというのがおかしいのです。WTOを離脱すれば関係なくなりますが、新規課税については、セーフガードなどのために許される範囲を超えて取ることはWTO違反です。また、中国からの輸入品が高くなれば米国の消費者が被害を受けることになります。
トランプを支持してきた人々が一番被害を受けるかもしれません。また、共和党の支持基盤の産業界の利益も損なわれるでしょう。短期的にはともかく、中長期的にはそのような措置は米国の利益に反し、多くのものを失うでしょう。トランプ政権が早く実態を理解し、ルールに従って現実的に米の利益を最大化する方途を見出すことを望みたいものです。一方的、個別戦術的、圧力経済外交が解決策ではありません。
《維新嵐》対中経済関係でアメリカに少しでも利益をあげたければ、TPPに加盟することも重要ではないでしょうか?大国も同盟国もおしなべて横並びで一定のルールの下で自由貿易での利益を享受できるものと考えています。二か国間の自由貿易協定も悪くはないのですが、多国間の貿易協定ならば、大国優位とはなかなかなりにくいものです。トランプはアメリカ優位に貿易を進めたいという本音がみえますが、多国間自由貿易協定は裏を返せば安全保障の連携ですから、そこにアメリカが入らないということは、尖閣諸島を含めた南西諸島を有事にアメリカは、軍事的支援協力を本気でしてくれないかもしれません。アメリカファースト政策の推進者のトランプ氏ですから、アメリカの国益とのバランスで南西諸島の防衛は考えるでしょう。
南シナ海軍事衝突必至 米国に追い詰められた習近平
米国では酷評「マティス・稲田会談は成果なし」
日米同盟強化の具体的ビジョンを期待するトランプ政権
防衛省で握手を交わす、ジェームズ・マティス米国防長官(左)と稲田朋美防衛相(2017年2月4日撮影)。(c)AFP/FRANCK ROBICHON〔AFPBB News〕
アメリカの新国防長官ジェームズ・マティス氏が来日し、安倍晋三首相や稲田朋美防衛大臣と会談を行った。日本のメディアはマティス氏が「尖閣は日米安全保障条約の適用範囲内」と語ったことに胸をなで下ろして、おきまりの楽観的報道を垂れ流している。
しかし、アメリカ側の東アジア戦略関係者などの間では、「マティス・稲田会談はさしたる成果がなかった」と失望の声が上がっている。
具体的ビジョンがゼロの日本
日本側は口を開けば「日米同盟の強化」とのお題目を唱えるが、「どのようにして強化するのか」に関しての具体的な決意や提言がなされることはない。
今回、なぜマティス長官は国防長官就任後初の海外訪問先の1つに、NATO同盟諸国ではなく日本を選んだのか。米国では、もしも今回の訪問を軍事作戦と位置づけるならば、「同盟国を安心させる作戦(Operation Allied Reassuarance)」とでも名付けられるだろうと言われている。つまりマティス長官の日本訪問は、トランプ政権にとっての「同盟強化」の決意の表明であった。
それゆえアメリカ側戦略家たちの多くは、ほんのわずかでも良いから「日米同盟強化」についてのなんらかの具体的なビジョンが稲田大臣の口から出てくることを期待していた。しかし、“恒例”の通り、日本側からは何ら具体的な話は出ることがなかった。そのため、失望の声が上がっているのだ。
日本は国防能力強化の決意を示すべきだった
アメリカでも単純な人々は、「沖縄の海兵隊駐留費に関して、もちろん全額とまではいかなくても、なにがしかの増額を示唆するのではないか」という期待を持っていたようだ。だが、それらの人々は実情に疎い連中であり、日本側としてもそのような期待を無視すべきなのは当然である。
ただし本コラムでも触れてきたように、日米同盟を「さらに強化する」には、日本自身も国防能力を強化することが求められる。そのためには国防費の増額が不可欠である。国際水準から見て異常に低い国防費GDP比(1.0%)を、国際水準(2.3%)近くまで押し上げる必要があるのは、軍事的常識と言えよう。
そこで、日本側としては「日米同盟強化のために日本自身の国防能力を強化し、そのために国防費を倍増する努力を開始する」といった趣旨の決意表明をすべきであった。
日本を取り囲む軍事的状況がいかに厳しいものであるかは、論を待たない。それにもかかわらず、日本政府が国防費の本格的増額に向けての努力すら行おうとせずに、ただただ「日米同盟強化」を強調するということは、トランプ政権側には日本がさらにアメリカに頼ろうとしているとしか写らないことになる。その結果、「アメリカにベッタリ頼って日本の国防を強化しようというのなら、金を出せ」といったトランプ的論理が飛び出してきかねない。
それだけではなく、アメリカをはじめ「まともな国防意識を持った国家」ならば、自国を防衛する意思を持ち合わせていないような国と同盟を結んでも、有事の際にははなはだ心許ない、と考えるのは当然である。これでは「同盟関係の強化」どころか「実質的弱体化」につながりかねない。
より具体的なアイデアの一例
同盟関係の見直しと強化を押し進めると公言しているトランプ政権が誕生した今こそ、日本も自主防衛力を強化することによって日米同盟を強化するという思考回路に切り替える必要があるし、そのチャンスとも言える。
もっとも、「国防費を倍増する努力を開始する」そして「国防能力を強化する」と表明しても、来年度予算からいきなり国防費がGDP比2%になることはもちろん、GDP比1.2%になることすら不可能に近い。日本政府によるこのような表明は、あくまでも“国防の決意”であり“努力目標”であることは、トランプ政権にとっても自明の理だ。
そこで、より具体的な短期的目標を掲げることもまた必要であろう。たとえば、日本自身の海洋戦力を強化することで、アメリカ海軍の極東方面海洋戦力ならびにオーストラリアをはじめとする他の同盟諸国との海洋戦力を集結させて、急速に強化が進む中国の海洋戦力に対抗する方針を示すのだ。
トランプ政権は、オバマ政権下で大きく落ち込んだアメリカ海洋戦力を再建するために「350隻海軍建設」を選挙期間中に公約として打ち出した。これは、現在250隻レベルにまで低下してしまったアメリカ海軍主力戦闘艦艇(空母、原潜、巡洋艦、駆逐艦など)の数量を350隻レベルまで引き上げると共に、既存の艦艇にも近代化改修を行い、強力な艦隊を復活させるというものである。このような大規模な軍艦建造計画には、やはり選挙公約として打ち出した「フィラデルフィア海軍工廠の復活」や「アメリカの鉄で、アメリカの労働者により、軍艦を建造する」という経済政策も連動しているため、トランプ政権は公約通り推進するものとみられている。
(参考・関連記事)「土壇場のトランプが打ち出した『350隻海軍』計画」
しかしながら、海軍関係戦略家の間からは「『350隻海軍』では、中国に対抗するには厳しい」という声も上がっている。
というのは、アメリカ海軍の軍艦建造能力の4倍の規模を誇る中国海軍は、猛烈なスピードで新型戦闘艦(原潜、駆逐艦、フリゲート、コルベットなど)を生み出しており、2017年に入ってからだけでも3隻の軍艦が誕生している。このペースで行けば、遠からず「500隻海軍」がアメリカ海軍の前に立ちはだかることになる。
さらにアメリカ側にとって都合が悪いことに、アメリカ海軍は太平洋側と大西洋側に戦力を2分しなければならないという地理的制約がある。そのため、いくらトランプ政権が大海軍再建計画を開始しても、中国海軍を押さえ込むには相当の苦戦が予想されるというわけだ。
そこで、日本も日本自身の防衛に不可欠な「より大規模な海洋戦力」を構築することにより、対中国戦略で苦闘が強いられるアメリカ海軍の極東戦力にとって、名実ともに心強い同盟軍としての役割を分担することが可能になる。
もちろんそのためには大規模な国防費増額が必要になることは論を待たない。このように目に見える形での日米同盟の具体的強化に関するビジョンを、日本側から提示することが何にもまして必要である。
《維新嵐》物理的な軍事力は必要ですが、綿密かつ合理的に組まれた国家防衛戦略の策定なしには軍事力の強化ははかれません。正面装備だけではなくて我が国がどういう防衛上の役割分担を担っているのか、アメリカ軍がどこまで対中抑止戦略で協力してくれるのか、を国民レベルでもよく認識しておいてもいいでしょう。
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