2015年5月15日金曜日

アメリカ軍によるアジア太平洋戦略 ~人民解放軍を抑止せよ!~ 

米軍も取らざるを得ない「弱者の戦略」、早急に必要な中国のA2/AD戦略への対抗策
中国人民解放軍が推し進めている海洋戦略は、アメリカをはじめとする西側諸国では「A2/AD戦略」(接近阻止・領域拒否戦略)と呼称されている。
 以前よりアメリカ軍関係者たちの中からは、「アメリカは中国のA2/AD戦略に有効な戦略を打ち立てていない」といった声が挙がっていた。さらに昨今は、アメリカ連邦議会の軍事委員会などを中心とする国防関係議員などの間でも、「中国のA2/AD戦略に対抗する戦略やそれを実施するための戦術や施策を打ち立てなければならない」といった認識が広まりつつある。
中国の「A2/AD戦略」とアメリカの「ASB構想」

 中国海洋戦略の目的は、以下の3段階を着実に行っていくことにある。
1)第1列島線までの海域は中国人民解放軍が完全にコントロールして、アメリカ海軍をはじめとする他国軍事力を侵入させないようにする。
2)第1列島線と第2列島線で囲まれる海域での軍事的優勢を人民解放軍が手にして、アメリカ軍には自由な作戦行動をさせないようにする。

3)第2列島線外部の西太平洋やインド洋でも、できるだけ遠方海域まで人民解放軍がアメリカ海軍を牽制できるようにする。


1列島線(左の赤い線)と第2列島線(右の線)。星印は米軍拠点

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/42075?page=2
 このように中国のA2/AD戦略は明確な戦略目標を掲げた海軍戦略であり、中国政府はこの戦略を推進するために様々な外交的・軍事的戦術を繰り広げている。
 一方、A2/AD戦略の主たる対象(つまり「仮想敵」)となっているアメリカといえば、確固たる海軍戦略をもって対抗している状況ではない。
 確かにA2/AD戦略の脅威を念頭において、「ASB」(エアシーバトル)という作戦概念を海軍を中心とするアメリカ軍が打ち出して、それに則った組織や装備の見直しが推進されている。しかしながら、ASBは海軍戦略ではなく、戦略より下位に位置する作戦や戦術の構想である。ASBをもって中国のA2/AD戦略に対抗することはできない。
 (アメリカ海軍や国防総省高官などの公式声明では、「ASBは特定の国家や地域を念頭においたものではなく、世界中の公海での自由航行の原則を維持するためのものである」と言われている。だが、実際には中国をターゲットにした作戦概念である)
 ASBが対抗できるのは、A2/AD戦略を推し進めつつ強力化している人民解放軍が本格的な戦闘を伴う大規模軍事行動に踏み切った状況に対してである。すなわち、人民解放軍による南西諸島への軍事侵攻や台湾への軍事侵攻といった、現時点では勃発可能性は決して高くはないものの、万一勃発した場合には極めて深刻な軍事衝突となるケースを、ASBは主眼においた作戦構想なのである。
「サラミ戦術」でA2/AD戦略を地道に推進

 ASBを熟知する中国の海軍戦略家たちは馬鹿ではない。アメリカ側がASBに則った大規模軍事作戦を発動するような軍事攻撃を、人民解放軍が日本や台湾に対して実施することは、ほとんど考えられない。計画的にはもちろんのこと偶発的にもその可能性はあり得ないと言ってよい。
 (ただし、日本や台湾を極めて短時間で抵抗能力を麻痺させてしまう「短期激烈戦争の可能性」をちらつかせて、本格的軍事侵攻を実施する以前に、かつアメリカが軍事支援に踏み切る以前に、日本や台湾を屈服させてしまうシナリオは否定できない状況になってきた)
アメリカのASB構想が想定している最先端テクノロジーを駆使した新鋭兵器を大量に取り揃えた強力な戦力は、中国が東シナ海や南シナ海で推し進めている外交的・軍事的攻勢に対して実際には抑止効果を発揮していない。このような状況は、1996年の台湾総統選挙に際して人民解放軍が台湾基隆沖にミサイルを打ち込んだのに対抗してアメリカが空母戦闘群を台湾海峡に展開して中国側を恫喝した時代と隔絶の感がある。
 96年当時、人民解放軍の対米強硬派はアメリカ側に対して「台湾よりもロサンゼルスの心配をしたほうが良い」といった強弁を弄したが、それはただの虚仮威(こけおど)しに過ぎず、米海軍空母2隻の前に人民解放軍は引き下がらざるを得なかった。しかし、それから18年経った現在、人民解放軍は着実に実力を付け、A2/AD戦略を推進するために南シナ海や東シナ海で「サラミ戦術」と呼ばれる小刻みな挑発的行動を断続的に実施している。しかし、アメリカはかつてのように本腰を入れて中国側を制圧しようとするには至っていない。
 その最大の理由は、あくまでASB構想は「南西諸島制圧」や「台湾侵攻」といった、「勃発可能性は極めて低いが、勃発した場合は極めて深刻な本格的軍事衝突」を主眼においた作戦概念だからだ。ASB構想は、そのような極めて深刻な軍事紛争に比べれば些細と言えるサラミ戦術による軍事行動を抑止するための構想ではないのである。
人民解放軍に対するA2/AD戦略が必要

 それでは、A2/AD戦略に基づく中国人民解放軍の東シナ海や南シナ海への侵攻を抑止するにはどうすべきなのか?
 この問題は、現在、アメリカの海軍戦略家たちの間で論議の中心テーマの1つとなっている。海軍戦略家たちのほぼ統一した見解は、「アメリカとその同盟国により、人民解放軍に対するA2/AD戦略を実施するしかない」というものだ。そして、米連邦議会や安全保障政策決定者の間でも取りざたされるに至っている。
 そもそもA2/AD戦略という考え方自体は「弱者が強者に対抗するため」に誕生したものである。すなわち、強大なアメリカ海軍力に全く太刀打ちできなかった中国人民解放軍が、米軍とその仲間による軍事的圧力を撥ね返して中国の海洋権益を拡大するにはどうすべきか? という命題を解決するために生み出された戦略なのである。
 このような弱者の戦略であった戦略を、かつては圧倒的な強者であったアメリカ自身が採用しようというのであるから、戦略環境の激変には目を見張るものがある。
アメリカにとっての対中国A2/AD戦略は、中国の対米A2/AD戦略の裏返しであれば良いことになる。その内容を単純にまとめると以下のようになる。
1)第2列島線外部の西太平洋やインド洋は、アメリカ海軍やその同盟国海軍によって完全にコントロールして、中国人民解放軍が勝手気ままに行動できないようにする。
2)第1列島線と第2列島線で囲まれる海域での軍事的優勢をアメリカ海軍や同盟国海軍が手にして、人民解放軍には自由な作戦行動をさせないようにする。
3)中国沿岸から第1列島線までの海域においてもアメリカ海軍・空軍や同盟国海軍・空軍によって人民解放軍を牽制できるようにする。
(もちろん、これはアメリカの対中国A2/AD戦略であって、日本や台湾の対中国A2/AD戦略はそれぞれアメリカのものとは異なる内容になる。)
中心的役割を期待される日本

 対中国A2/AD戦略を実施するための具体的内容は、本コラムでこれから折に触れて紹介することとなるが、それらの具体的施策や戦術にとってアメリカと東アジア諸国による集団的自衛権の行使は不可欠となる。
 そして、その際に中心的役割を演じてくれるものとアメリカが期待しているのは、第1列島線の半分近くの島嶼を領土とし、第2列島線の起点にもなっているという地勢的理由と、アメリカ海軍・空軍と相互運用能力が高い軍事力を保有しているという技術的理由からも、日本ということになる。
 安倍首相は集団的自衛権の行使を国際社会に向けて公約した(少なくともアメリカではそのように理解されている)。そのためアメリカが対中国A2/AD戦略を実施する場合は、対中抑止措置における様々な戦術や作戦面で、自衛隊の配置転換や出動が日本に対して要請されることになるであろう。
 東アジア諸国を圧迫しつつある中国の海洋侵攻戦略を抑止する鍵は、まさに日本が握っているのである。


次は東シナ海に王手をかける中国
ロシアから“世界最強”の防空ミサイルシステムを入手

北村 淳 2015.4.30(木) http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43646
南シナ海でベトナムの船艇に放水する中国海警局船(201452日撮影、同7日提供)。(c)AFP/VIETNAMESE FOREIGN MINISTRYAFPBB News
  ロシアの国営武器輸出会社が、中国との間で、最新鋭対空ミサイルシステムS-400を売却する契約を結んでいたことが明らかになった。この新鋭ミサイルシステムの取得によって、東シナ海での中国の「A2/AD戦略」がますます強化されることになる。

アメリカ軍を近づかせない中国のA2/AD戦略

 中国人民解放軍の最大の仮想敵はアメリカ軍である。そしてアメリカ軍に対する中国人民解放軍の基本戦略は「接近阻止・領域拒否(A2AD)戦略」と呼ばれている。すなわち、アメリカ軍ならびにアメリカの同盟軍が中国に接近してくるのを、中国沿岸海域からできるだけ遠くの海域でストップさせてしまおう、という構想である。
 この戦略構想を具体的に図式化するために用いられている概念が「第1列島線」と「第2列島線」である(下の図の赤いラインが「第1列島線」、ピンクのラインが「第2列島線」である)。これら2本の防衛線のうち中国から見て外側の第2列島線にアメリカ軍戦力を近づかせずに撃退する、というのが接近阻止(A2)戦略である。そして中国から見て第1列島線の内側は中国が完全に支配すべき領域であり、アメリカ軍戦力を絶対に展開させない状態を維持する、というのが領域拒否(AD)戦略である。
中国の「A2/AD戦略」
このような中国A2/AD戦略にとって、日本は第1列島線上に位置するとともに第2列島線の起点にもなっている。したがって、自衛隊の存在は“主敵”アメリカ軍の接近を阻むに当たって極めて目障りであり、まずもって沈黙させねばならない存在なのだ。

南シナ海に誕生した“不沈艦”空母

 中国がA2/AD戦略を確実なものとするには、まずは第1列島線内でのAD戦略と第1列島線までのA2戦略を確実なものにしておかねばならない。そして台湾を境に東シナ海でのA2/AD戦略と南シナ海でのA2/AD戦略を平行して推し進める必要がある。
 とはいっても、両海域でともに全力を投入するにはそれこそアメリカ海軍なみの戦力が必要となってしまう。そこで人民解放軍は状況に応じて優先的に各種資源を投入する海域を選択しつつ、A2/AD戦略を両海域で着実に達成しようとしている。
 中国にとり御しやすかった日本の民主党政権の時期には、東シナ海での積極的行動が予想されたが、現在は南シナ海でのA2/AD戦略達成に優先権が与えられている状況である。
 数年前までは、広大な南シナ海にアメリカ海軍やその同盟海軍を展開させないようにするために、人民解放軍海軍は航空母艦を中心とした機動部隊が必要になるであろうと考えられていた。しかし、中国が航空母艦を建造し、空母機動部隊を編成し、それを運用するまではかなりの時間を要する。そのため、南シナ海から完全に敵対勢力を締め出すのはいまだ遠い将来となるものと考えられていた。
 ところが中国共産党政府は、かつての日本海軍やアメリカ海軍によって生み出された空母機動部隊を活用する戦略ではなく、意表をつく戦略に打って出た。それは、南シナ海のど真ん中に位置する南沙諸島の数個の環礁(あるものは暗礁)を埋め立てて人工島を造成し、軍事拠点(不沈空母)を誕生させてしまう、というものである。アメリカ太平洋艦隊司令官ハリス提督が指摘したように、中国伝統の「万里の長城」建設の海洋バージョンということができる。
本コラムでもしばしば取り上げているように、莫大な資金と最新埋め立て装備を投入して実施されている中国人工島の建設は驚くべき急ピッチで進められている。そして、ファイアリークロス礁(今や島)では3000メートル級滑走路の建設も開始され、他の人工島にも滑走路やヘリポートそれに軍港などが誕生する状況である。つまり、中国人民解放軍は南シナ海のど真ん中にいくつかの不沈空母や不沈海上基地を手にすることになるのだ。
それらの人工島には軍事施設だけでなく、海洋研究施設、気象観測施設、避難所、捜索救難施設それに漁業用設備などの非軍事的民間施設も建設されることが、中国政府によって明らかにされている。ということは、空母機動部隊と違って、それらの不沈空母や不沈海上基地には軍隊だけでなく民間人も常駐していることになる。
 戦時において空母や護衛する駆逐艦などを攻撃する場合には、それら軍艦には民間人が存在していないことが原則であるため、何ら躊躇することなく軍艦にミサイルや魚雷を打ち込むことができる。しかしながらそれら人工島を攻撃目標とする場合には、民間人もろとも破壊せねばならなくなってしまうため、そのような攻撃は躊躇せざるを得なくなってしまう。このため、人工島軍事施設は空母のように機動力がないというデメリットを補って余りある軍事的メリットを有する“不沈艦”なのである。

完成域に近づいた東シナ海での中国のAD戦略

 南シナ海周辺諸国と違って、自衛隊と、日本を本拠地にするアメリカ軍という強力な軍隊が存在する東シナ海では、中国A2/AD戦略達成のための方策は違わざるをえない。中国にとって幸いなことには、南シナ海ほど広大ではない東シナ海は中国から見て奥行きが短い。そのため、江蘇省や浙江省や福建省それに上海市などの沿岸地域から対艦ミサイルや対空ミサイルを発射して中国に近づこうとする敵勢力を撃退する、という方策が取れなくはない。また、それらのミサイルの防衛圏内ならば、解放軍航空機や艦艇も作戦行動の安全が比較的容易に確保できることになるため、接近する敵航空機や艦艇に対して優勢を維持することが期待できる。
いずれにせよ、できる限り射程距離の長いかつ強力な対艦ミサイルや対空ミサイルの開発が決め手となるわけである(もちろん、戦闘機や爆撃機、駆逐艦や潜水艦といった通常の海軍戦力と航空戦力の強化も必要であることは言うまでもないのだが)。実際、人民解放軍は、各種地対艦ミサイルおよび地対空ミサイルの開発や、それらの先進技術を有するロシアからの調達に励んできている。
また、中国得意の弾道ミサイル技術を結集して、比較的高速で航行するアメリカ海軍原子力空母を航行中に撃沈することを目的としたDF-21D対艦弾道ミサイルの開発にも邁進している。そしてアメリカ海軍情報局の最新報告書によると、DF-21Dは実戦配備が始まっており、その最大有効射程距離は1450キロメートルに達するという。とすると、東シナ海全海域と南シナ海の大半の海域を航行するアメリカ海軍原子力空母や大型軍艦(もちろん海上自衛隊の大型軍艦も)はDF-21Dにより撃沈される可能性があるということになる。
 DF-21D以外にも、地上の発射装置やミサイル爆撃機それに駆逐艦や潜水艦から発射される各種対艦攻撃用巡航ミサイルが開発され、人民解放軍海軍を中心に大量に配備されている。
 しかし、それら対艦ミサイル戦力に比べると、地上から航空機や各種ミサイルを撃破する地対空(防空)ミサイルの配備は若干後れを取っていた。
 ところが、人民解放軍がロシアから高性能防空ミサイルS-400システムを手に入れたという情報が確認されたのだ。このS-400という地対空ミサイルはロシアが誇る“世界最強”の防空ミサイルシステムであり、短距離から超長距離までの目標を撃破するための多種多様のミサイルを発射するシステムである。また攻撃目標は航空機だけでなく、巡航ミサイルや戦術弾道ミサイルそれにヘリコプターや無人飛行機まで、全ての飛翔体を撃墜することができるという優れものである。
 そして、S-400の最大有効射程距離は400キロメートルとされているため、東シナ海の中国側の半分以上の海域はS-400の射程圏内に収まってしまうことになる。ということは、自衛隊やアメリカ軍の航空機が自由に飛行できる東シナ海上空域は大きく制約されることになってしまうのである。

S400の射程距離
さらに、S-400に守られた空域や海域から自衛隊やアメリカ軍の艦艇や地上施設に対するミサイル攻撃も可能になるため、東シナ海での中国のAD戦略はまた一歩完成域に近づいたと見なすことができる。

A2/AD戦略にはA2/AD戦略で

 このように、南シナ海と東シナ海の両海域において着実に中国AD/A2戦略が達成されつつあり、このままでは人民解放軍はAD/AD戦略の作戦海域を第2列島線まで拡大することになりかねない。
 それにもかかわらず、アメリカや日本は効果的な対抗策をぶつけてはいない。冷戦終結以降、アメリカ軍とりわけ海軍は「敵からの各種ミサイルを高性能防御ミサイルによって撃ち落とす」という防御能力を質的に強化することに努力を傾注し続けてきた。このような姿勢は、弾道ミサイル防衛システムの開発にも共通している。しかしながら、人民解放軍がA2/AD戦略実施のために取り揃えている多種多様のミサイルは、アメリカの戦略家たちが想定していた質と量、とりわけ量をはるかに上回るものとなってしまった。
 このような状況に直面して、少なからぬアメリカ軍事戦略家たちの間では、中国のA2/AD戦略に対抗しその進展を阻止するには、日本とともに対中国A2/AD戦略(詳細は稿を改めたい)を可及的速やかに策定し実施する必要がある、との声が沸き上がっている。そしてこの対中戦略には日本の積極的な役割が不可欠となるのである。

新日米防衛ガイドラインで
中国の「挑戦」に有効に対処せよ
20150501日(Fri) 
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/4945


1973年生まれ。同志社大学大学院法学研究科博士課程満期退学。ヴァンダービルト大学日米関係協力センター客員研究員、岡崎研究所特別研究員等を歴任。専門は日米同盟と海洋安全保障。法政大学非常勤講師及び平和・安全保障研究所・安全保障研究所研究委員を兼務。中公新書より海洋安全保障に関する処女作を出版準備中。
428日、日米安全保障協議委員会(「22」閣僚会合)がニューヨークで開かれ、新しい「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)が発表された。1997年のガイドライン改定の後、日本を取り巻く安全保障環境が大きく様変わりし、日米同盟にも変化が求められた結果である。前回の改定では朝鮮半島有事における日米協力が主な課題であったが、今回の再改定は中国が東シナ海と南シナ海で繰り返す現状変更への対応が中心的課題である。 
新しいガイドラインのポイントは、自衛隊と米軍の運用の一体化が地理的制約なしに飛躍的に高まり、しかも常設される調整メカニズムによって、情報と情勢認識の共有と部隊運用の調整が平時から有事まで常に行われることである。このガイドラインによって、日米はより効果的に中国の挑戦に対応することができることになる。
グレーゾーン事態への効果的な対処
 中国は軍拡を続けているが、日米の軍事力に対抗できるだけの力がないことを理解している。このため、武力攻撃に至らないグレーゾーンで自らの政治的目的の達成を目指している。東シナ海や南シナ海などで中国が漁船や政府公船を他国の管轄海域に送り込んでいるのは、軍艦を使えば周辺国の自衛権発動につながるだけでなく、米軍が介入してくることを恐れているからである。
 中国のグレーゾーンでの挑戦の特徴は、相手国の管轄権を先に侵害し、相手国が過剰反応したところで、国際社会に向けて挑発してきたのは相手側だと喧伝しながら、さらに強硬なやり方で管轄権を奪う点にある。2012年に中国はこのやり方でフィリピンからスカボロー礁を奪っている。同年9月に日本政府が尖閣諸島を購入した際も、現状変更をしたのは日本政府だと非難し、領海侵入を常態化させている。アメリカはどちらの事例でも、フィリピンと日本が過剰反応しているのではないかと警戒し、同盟国であるフィリピンや日本に十分な外交上の支持を示さなかった。
 このため、今回のガイドラインは日米がグレーゾーン事態に効果的に対処できるようにすることが大きな課題であった。グレーゾーン事態への対処には、日米が情報と情勢認識を共有し、事態の拡大を防ぐための適切な措置を取ることが重要である。新設される同盟調整メカニズムは、平時からグレーゾーン、そして有事に至るまでこれらを可能にする。特に、東シナ海のグレーゾーン事態に日々対処しているのは海上保安庁であるため、調整メカニズムに海保の担当者を置けば、より効果的な調整が可能となるであろう。
 NATO(北大西洋条約機構)や米韓同盟と異なり、日米には連合司令部がないため、自衛隊と米軍は別々の指揮系統で動いている。だが、この常設される調整メカニズムは連合司令部に近い役割を果たすことになるであろう。今回のガイドラインは、集団的自衛権の限定行使容認を含む日本政府の閣議決定を反映し、日米の部隊運用の一体化を拡大させる。たとえば、自衛隊が収集した情報に基づいて米軍が攻撃作戦を行うことがより制約なしに行えるようになる。自衛隊が米軍の部隊や装備を防護することも一部可能となった。そして、新設される調整メカニズムが、この自衛隊と米軍の運用の一体化を裏づけるのである。
 また、この調整メカニズムを通じて、日米は「柔軟抑止選択肢」を共有することができる。これは、危機発生時にその拡大を防ぐために部隊の展開を通じて、相手側に当方の意図と決意を伝えるものである。一例を挙げれば、1996年に中国が台湾初の民主的な総統選挙を妨害するために台湾海峡でミサイル演習を行ったが、これに対してアメリカは空母を2隻台湾海峡近海に派遣し、事態の沈静化に成功した。この時は米海軍のみが展開したが、今後は日米共同で同様の対処が可能となる。
南西諸島防衛の鍵と地方自治体の協力
 新しいガイドラインでは、島嶼防衛における日米の役割分担も明確になった。これはアメリカ政府の尖閣諸島に対する防衛確約を裏づけるものだが、より広い南西諸島全体の防衛で日米が協力するという強いメッセージになる。中国が西太平洋に出るためには、特に先島諸島の周辺を通過しなければならない。島嶼防衛では、日本が主体的な作戦を行い、中国がこれらの島嶼を奪って対艦・対空ミサイルを配備したり、民間空港・港湾施設を軍事作戦に使ったりすることがないようにしなければならない。米軍は、自衛隊の作戦を補完するため、必要に応じて中国本土のミサイル基地の破壊なども行うことになるであろう。
 南西諸島防衛の鍵は、中国の精密誘導兵器の脅威に日米が有効に対処できるかどうかにかかっている。尖閣諸島または台湾をめぐって日米と中国が軍事衝突に至る場合、中国はまず弾道ミサイルで嘉手納基地や普天間飛行場、那覇基地、岩国基地、佐世保基地などを攻撃して無力化することが想定される。これらの基地は緒戦で破壊される可能性が高いのである。
一部にはこのため沖縄の基地をグアムにまで下げるべきという意見もあるが、今回のガイドラインは既存の施設の抗たん性を向上させるため、施設・区域の日米共同使用を強化し、緊急事態に備えるため民間の空港及び港湾などの利用を進めようとしている。つまり、緒戦で既存の軍事施設が破壊されても、自衛隊と米軍は民間施設を含む代替施設を臨時に使用して反撃能力を維持し、一方で破壊された施設の復旧を行うのである。これによって抑止力を維持することが狙いである。
 もちろん、このためには、地方自治体の協力が必要で、新石垣空港や下地島空港などの緊急時の軍事使用が担保されなければならない。普天間飛行場の移設をめぐって沖縄で反基地感情が強まる中、地元の理解を得ていくことが今後の課題である。
政策と現実のギャップを埋めていく努力を
 今度のガイドラインは、中国が強硬姿勢を崩さず、岩礁の埋め立て工事を進める南シナ海における日米協力にも道を開く。中国は長距離核ミサイルを搭載した戦略原子力潜水艦の運用をまもなく南シナ海で開始する見込みである。中国がこの原潜の運用に成功すれば、中国はより残存性の高い第二撃能力を保有することになる。これによってアメリカの核の傘の信頼性が即座に揺らぐことはないが、抑止力を維持するためにはこの中国の原潜の探知が不可欠である。
 アメリカは南シナ海で潜水艦の探知を常続的に行っているが、軍事予算の削減により相当負担となっている。世界でも最高の潜水艦探知能力を持つ海上自衛隊がこの任務で協力すれば、日米同盟の抑止力を十分に維持することが可能である。
 また、中国が周辺諸国と南シナ海の領有権をめぐって軍事衝突すれば、海上優勢を維持するために機雷を敷設することが考えられる。重要な海上交通路である南シナ海に機雷が敷設されれば、日本の存立を根底から脅かす事態として認定され、集団的自衛権の限定的な行使として、海上自衛隊が米海軍などと機雷掃海に従事することも考えられる。
 以上のように、今回のガイドラインの改定によって、日米は有効に中国の挑戦に対処することができるようになる。今回のガイドラインの目的の1つが「切れ目のない対応」であるが、実際には切れ目のない対応は不可能である。様々なシナリオに基づき、同盟調整メカニズムと部隊の訓練を繰り返すことによって、政策と現実のギャップを絶え間なく埋めていく努力が必要である。

【関連リンク】
変貌するアメリカ海兵隊&海軍のアジア太平洋戦略


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