米国務長官はなぜ南シナ海に言及しなかったのか
トランプ政権の南シナ海政策に揺さぶりをかける中国
北村淳
2017.3.23(木)http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49482
中国・北京の人民大会堂で握手する習近平国家主席(右)と米国のレックス・ティラーソン国務長官(2017年3月19日撮影)。(c)AFP/Lintao Zhang〔AFPBB News〕
トランプ政権のレックス・ティラーソン国務長官(元エクソン・モービルCEO)が日本、韓国を訪問した足で中国を訪問し、王毅外相、習近平国家主席と会談した。
中国当局は、トランプ政権国務長官の初の訪中を前に、南シナ海のスカボロー礁に環境観測所を建設する方針を明らかにした。
最後に残された焦点、スカボロー礁
南シナ海での軍事的優勢を手にする海洋戦略を推し進める中国は、西沙諸島を手に入れ、南沙諸島での優勢的立場も手にしつつある。そして、スカボロー礁に対する軍事的コントロールの確保が、中国海洋戦略にとって残された重要課題となっている。
フィリピン沿岸から230キロメートルほど沖合に浮かぶスカボロー礁は、マニラから直線距離で350キロメートル程度しか離れていない。そして、アメリカ海軍がフィリピンに舞い戻ってきた場合に主要拠点となるスービック海軍基地からも270キロメートル程度しか離れていない戦略的要地である。
スカボロー礁には1990年代末からフィリピン守備隊が陣取っていたが、2012年に人民解放軍海洋戦力がフィリピン守備隊を圧迫・排除して以来、中国が実効支配を続けている。ただし、フィリピンと台湾もスカボロー礁の領有権を主張しており、いまだに決着していない。
中国人民解放軍による南シナ海コントロールの状況。南シナ海は国際通商航路帯(シーレーン)が縦貫する
スカボロー礁もいよいよ軍事拠点化
スカボロー礁より550~700キロメートルほど南西には南沙諸島の島嶼環礁が点在しており、そのうちの7つの環礁に中国が人工島を建設し軍事拠点化している(その状況は本コラムでも繰り返し取り上げているとおりである)。
オバマ政権は、そうした中国による人工島建設作業を半ば見過ごした形になってしまっていたが、強力な軍事施設の誕生を目にするや、ようやく(遠慮がちにではあるが)中国に対して警告を発し始めた。
とりわけスカボロー礁に関しては、「中国がスカボロー礁に人工島や軍事施設を建設することは、アメリカにとってレッドラインを越えることを意味する」と強い警告を発した。
(参考・関連記事)「レッドラインを超えた?中国がスカボロー礁基地化へ~アメリカの対応は相変わらず口先だけなのか」
警告を発した2016年夏の段階では、中国によるスカボロー礁の埋め立て作業や人工島建設作業などはまだ実施されていなかった。その後もしばらくの間、スカボロー礁の本格的埋め立て作業は確認されていなかった。
だが、今年に入ってフィリピン政府が「中国がスカボロー礁を軍事拠点化しようとする兆候を確認した」と警鐘を鳴らし始めた。
米国の“本気度”を試した?
トランプ政権は、中国による南シナ海の支配権獲得行動に強い危機感を表明している。ティラーソン国務長官は、「中国が南シナ海をコントロールすることは何としてでも阻止しなければならない。そのためには中国艦船が人工島などに接近するのを阻止する場合もあり得る」といった趣旨の強固な決意を語った。
そのティラーソン国務長官が訪中する直前、三沙市市長がスカボロー礁を含む6カ所の島嶼環礁に「環境観測所」を建設することを公表した(三沙市は、南シナ海の“中国海洋国土”を統括する行政単位。政庁は西沙諸島の永興島に設置されている)。「環境観測所」建設の準備作業は2017年の三沙市政府にとって最優先事項であり、港湾施設をはじめとするインフラも併設するという。
これまで中国が誕生させてきた人工島の建設経緯から判断するならば、観測所に併設される港湾施設や航空施設などの各種インフラ設備は、いずれも軍事的使用を前提に建設され、観測所は同時に軍事基地となることは必至である。この種の施設を建設するには、スカボロー礁の埋め立て拡張作業は不可欠と考えられている。
中国に対して弱腰であったオバマ政権ですら、「スカボロー礁の軍事基地化を開始することは、すなわちレッドラインを踏み越えたものとみなす」と宣言していた。そして、トランプ政権が誕生するや、外交の責任者であるティラーソン国務長官は「中国による南シナ海支配の企ては、中国艦船を封じ込める軍事作戦(ブロケード)を実施してでも阻止する」といった強硬な方針を公言した。
そのティラーソン国務長官が訪中する直前に、中国側はスカボロー礁に環境観測所を建設する計画を発表したのである。まさにトランプ政権の南シナ海問題に対する“本気度”を試した動きということができよう。
南シナ海問題は後回しに
中国を訪問したティラーソン国務長官がどの程度南シナ海問題(とりわけスカボロー礁に関する中国の動き)を牽制するのか、アメリカ海軍関係者は大いなる関心を持っていた。
ところが、ここに来て急遽、アメリカにとって中国との関係悪化を食いとどめなければならない事態が発生してきた。すなわち、北朝鮮のアメリカに対する脅威度が大きくレベルアップしたのだ。
軍事力の行使を含めて「あらゆるオプション」を考えているトランプ政権としては、中国の北朝鮮に対する影響力を最大限活用せざるを得ない。要するに「あらゆるオプション」には、いわゆる斬首作戦をはじめとする軍事攻撃に限らず、「中国を当てにする」というオプションも含まれているのだ。
そのためティラーソン長官としては、この時期に中国側とギクシャクするのは得策ではないと判断したためか、北京での会談では南シナ海問題に言及することはなかった。
いくら中国が南シナ海をコントロールしてしまったとしても、それによってアメリカに直接的な軍事的脅威や経済的損失が生ずるわけではない。ところが北朝鮮の核弾道ミサイルはアメリカ(本土はともかく、日本やグアムのアメリカ軍基地)に直接危害を加えかねない。したがって、南シナ海問題を後回しにして北朝鮮問題を片付けるのが先決という論理が現れるのは当然であろう。
日本は腹をくくった戦略が必要
アメリカが強硬な態度に出られないのは、中国がすでに南シナ海での軍事的優勢を確保しつつあり、その状況を覆せないという事情もある。
いくらトランプ政権が「スカボロー礁はレッドライン」と警告し、ティラーソン長官のように「南シナ海でのこれ以上の中国海軍の動きは阻止する」と言ったところで、現実的には現在のレベルのアメリカ海洋戦力では虚勢に過ぎない。トランプ政権が着手する350隻海軍が誕生してもまだ戦力不足であると指摘する海軍戦略家も少なくない。そのため、アメリカ海軍が南シナ海で中国の軍事的支配を封じ込めようとしても、それが実行できるのは5年あるいは10年先になることは必至である(そのときは南シナ海は完全に“中国の海”になっているかもしれない)。
いずれにせよ、老獪な中国、そして怪しげな中国─北朝鮮関係によってアメリカの外交軍事政策が翻弄されているのは間違いなく、アメリカが強硬な南シナ海牽制行動をとることは難しい。その結果、中国による南シナ海のコントロールはますます優勢になるであろう。
南シナ海の海上航路帯は“日本の生命線”である。そうである以上、日本は“中国の圧倒的優勢”を前提にした戦略を打ち立てなければならない。
《維新嵐》共産中国の習近平政権は、アメリカの足元をよくみていますね。北朝鮮が韓国や日本にとって軍事的脅威となっていることは自明の事実ですが、同盟国を支援するという方針がある以上、北朝鮮とは敵対する形になります。かつては特殊工作員による日本人や韓国人の拉致という「攻撃」を許してしまいましたが、(実はアメリカ人も拉致されていますが)今や核弾頭ミサイルですから、直接アメリカ本土を標的にできる能力を開発しつつある北朝鮮をどうしても警戒せざるを得ません。そして北朝鮮に政治的圧力をかけてミサイル、核兵器を使わせないようにし、外交的優位を担保するためには共産中国との外交的連携は不可欠なのです。
いわば共産中国からすれば、北朝鮮を抑止する見返りに南シナ海の島嶼群の領有を黙認してもらっている、ともみれるか?
やはり北朝鮮が弾道ミサイルと核兵器を保有する前に国際社会がつぶさないといけなかった事実を痛感させられます。
日本がすべきは、南シナ海であてにならないアメリカ頼みではなく、韓国、台湾フィリピン、ベトナムなど共産中国に領土利権を脅かされている国々と軍事的連携を強め、独自に海上輸送路を確保していかなければなりません。自衛隊の「国防軍化」と海上保安庁の巡視船の強化でしょうね。
フィリピン沖スカボロー礁ルポ 中国公船の監視続く
世界はなぜ「トランプドクトリン」を必要としているか?
岡崎研究所
2017年3月24日http://wedge.ismedia.jp/articles/-/9141
カーター大統領の安全保障問題担当補佐官を務めたブレジンスキーと米国のシンクタンクCSIS(戦略国際問題研究所)リサーチ・アソシエイトのワッサーマンが、2017年2月20日付ニューヨーク・タイムズ紙掲載の論説において、世界はトランプ政権の発する支離滅裂な発言に戸惑っているので、「トランプドクトリン」と呼べるような簡潔なスピーチを行って、米国の世界への関与を明確に示せ、と論じています。要旨、次の通り。
(iStock)
世界の秩序は混乱し、諸問題を処理できないばかりか、主要大国間の関係の乱れは真に破滅的な結果をもたらしかねない。トランプ大統領自身が国際情勢について意味と重みのある発言を行えないでいる今、世界は彼の側近たちが打ち出す無責任、未調整、かつ無知ぶりをさらけ出した発言に戸惑っている。これら側近は自分を売り込みたいだけなのであり、彼らの発言を米国の政策と受け取ってはならない。
我々はトランプを支持しなかったが、彼は今や米国大統領、つまり我々の大統領であり、我々は彼に成功して欲しい。今のところ、外国あるいは我々には、彼は成功しているように見えない。
米国は世界に対して明晰な思想と、将来への希望と前進を体現するリーダーシップを提供せねばならない。米国外交は、“Make America Great Again”(米国を再び偉大に)のような選挙スローガン以上のものを必要としている。
トランプ大統領には、詳しい外交教書というよりも、世界の安定を確保する上で米国がリーダーシップを発揮するという決意を披歴し、一定の歴史観の上に行動していることを示すスピーチをすることを勧める。そこでは、米国はなぜ世界にとって重要なのか、なぜ世界には米国が必要なのか、そして米国は世界に何を期待しているのかを述べて欲しい。「トランプドクトリン」と呼べるようなものを示すことが必要である。
そのスピーチの中で、理想的な長期的解法は米中ロシアという三軍事大国が協力して世界の安定を支えることであることを認めて欲しい。三国関係の中では米中関係が特に重要で、米中間で合意に達すれば、ロシアも加わらざるを得ないだろう。
直近の脅威である北朝鮮については、中国及び日本(そしてもしかするとロシア)と協力して対処せねばならない。
ロシアには国際法を守らせないといけない。トランプ大統領がロシアと建設的協力関係を築こうとするのは賢明なことだが、ロシアに対しては米国が何を許容でき、何を許容できないかを明確にしておくことが必要である。
地域的問題に対処するためには、日本及び英国のようなパートナー諸国と認識をすり合わせていくことが必要である。
トランプ政権が日本及び韓国を防衛する約束を再確認したのはいいが、西欧及び中欧の防衛も心がけて欲しい。ロシアに対しては、ロシアが欧州に軍事侵略することがあれば、ロシアを海上封鎖する用意があることを示しておくべきである。
出典:Zbigniew Brzezinski & Paul
Wasserman,‘Why the World Needs a Trump Doctrine’(New
York Times, February 20, 2017)
https://www.nytimes.com/2017/02/20/opinion/why-the-world-needs-a-trump-doctrine.html
https://www.nytimes.com/2017/02/20/opinion/why-the-world-needs-a-trump-doctrine.html
これまでトランプ叩きに終始してきた感のあるニューヨーク・タイムズが前向きの提言を掲載したことには意味がありますが、提言自体は現在のトランプ政権の状況から少しずれている面があり、また中国の力を過大評価することでその影響力を不必要に高めてしまう弊も見られます。
ブレジンスキー、キッシンジャーといった欧州出身のユダヤ系戦略家たちには、米国の軍事力を操縦して欧州、中東の安定を実現しようとする性向があります。本件論説も米国の世界への関与をトランプに宣言させようとしていますが、トランプ大統領に求められていることは、内向きになりがちの米国民に対して、世界との関係が如何に重要で利益になるかを納得させること、そして世界に対して米国は自由、民主主義、市場経済の支えとなることを宣言することでしょう。
フリン大統領補佐官辞任の頃は、トランプ政権も早や、レームダック状態を呈していましたが、マクマスターの任命で事態は小康状態にあります。その中で次第に明らかになっている傾向は、「実際の外交・安全保障政策は国務省・国防省の実務家が既存の路線を踏襲。トランプ大統領はトーク・ショーの司会者よろしく、横からコメント」という感じです。トランプが「教書」の類を格調高く読み上げれば、彼の支持層は離れていくことになるでしょう。
オバマ大統領は、海外での軍事介入を忌避する一方では、「レジーム・チェンジ」という言葉に象徴される、民主化のための介入を続けました。これがウクライナのように事態を不安定化させると、軍事介入に及び腰なオバマ政権はロシアの限定的な軍事力使用になすすべがなく、面目を失ってきました。
トランプ政権はこれとは異なるものになるでしょう。トランプ自身の親ロ的傾向はフリン補佐官辞任事件等によって封印され、マケイン上院議員等の率いる「民主化のための介入」工作は(米国諜報機関、国務省の一部の部局及びNGOが行っている)、オバマ時代よりも大胆な海外軍事行動によって支えられることになるでしょう。
ロシアはこれまで、トランプ政権の「親ロ」的傾向を慎重に品定めしてきましたが、次第にこれを見限る姿勢に転じて来るでしょう。ただし、ロシアによる限定的な軍事作戦で鼻を明かすことのできたオバマ政権の時と違って、現在の米国に対抗しようと思えば、ロシアの国力を傾けるような軍事行動を強いられるリスクがあります。
したがって、当面、ロシアは中国との連携を強化しようとするでしょう。それは中国にとっても渡りに船でしょう。当面2017年5月14日北京で予定される第一回「一体一路諸国首脳会議」、及びその際のプーチン大統領訪中が一つの節目となると思われます。ただし、中国も最近は資金切れの感があり、「一帯一路諸国首脳会議」首脳会議も前向きの勢いを欠くものと予想されます。
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