南シナ海に基地もリゾートも、裁定を完全無視の中国
世界の観光客が中国の豪華客船で南シナ海を旅する日
中国当局が公表したスカボロー礁上空をパトロールするH-6Kの写真
中国政府は、南シナ海そして東シナ海への支配権を拡張するに当たって、「歴史的権益」をその正当性の主な根拠としてきた。しかし2016年7月12日、オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所が、中国が主張している南シナ海における歴史的権益は国際法的には認められないという裁定を下した。
それに対して、中国政府やメディアはこぞって「裁定を受け入れない」、というよりは「常設仲裁裁判所にはそのような裁定をなす権限がないため、そもそも裁定なるものは無効であり、中国の立場には何の影響も与えない」との態度を表明している。
戦闘空中パトロールを開始
中国は裁定に対する様々な反論やプロパガンダに加えて、軍事的示威行動にも打って出た。
7月18日、中国国営メディアは、人民解放軍空軍が発表した爆撃機による南シナ海での戦闘空中パトロールの写真を公開した。これは空軍の新鋭爆撃機「H-6K」がスカボロー礁上空を飛行しているものだ。時期が時期だけにきわめて挑発的な画像と言える。
フィリピンのルソン島沿岸から220キロメートル沖合(フィリピンの排他的経済水域内)に位置するスカボロー礁は、中国本土沿岸からは900キロメートル以上離れており、中国軍用機の発着が可能な西沙諸島永興島(ウッディー島)からは600キロメートルほど東南に位置している。フィリピン、中国そして台湾が領有権を主張しているが、2012年に発生したフィリピン海軍艦艇と中国監視船による睨み合い以降、中国が軍事力を背景にした実効支配を強めている。
今回の仲裁裁判所の裁定を完全に無視する中国は、南沙諸島同様にスカボロー礁でも埋め立て作業を開始するのではないかと考えられており、アメリカ政府は中国に対して警告を発している。しかし、先週中国で行われたアメリカ海軍と中国海軍のトップ会談では、中国側はアメリカの懸念を一切取り合わず、スカボロー礁を含む南シナ海九段線内は“中国の主権的海域”であるとの姿勢を維持することを再度アメリカ側に通告した。
スカボロー礁、西沙諸島、南沙諸島、海南島の位置
南シナ海で実質的なADIZを設定準備
スカボロー礁上空をパトロールしたH-6Kは、中国空軍並びに中国海軍が長らく使用しているH-6型爆撃機の最新バージョンだ。強力なエンジンが搭載され、各種性能も向上し、対艦攻撃用ならびに対地攻撃用の新鋭巡航ミサイルも積載可能である。
今回スカボロー礁をパトロールしたH6-Kには、巡航ミサイルは装着されていなかった(巡航ミサイルは主翼下のパイロンに装着される。ただし巡航ミサイル以外にも胴体内に爆弾を格納することは可能)。だが、H-6Kがスカボロー礁近辺まで進出してくると、フィリピンを拠点にするアメリカ海軍艦艇は危険にさらされるため、アメリカ海軍関係者たちは神経をとがらせている。
中国当局によると、今後、人民解放軍は継続的に南シナ海で空中パトロールを実施し、H-6K爆撃機のみならず戦闘機、偵察機、そして空中給油機など各種空軍機をパトロールに投入するという。実際に、南シナ海上空では戦闘機による実弾射撃訓練なども開始された。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47458?page=3
中国が東シナ海で中国版「ADIZ」(防空識別圏)を公表した際には、アメリカや日本をはじめとする国際社会からの猛反発を受けた。その経験を踏まえて、南シナ海では中国版ADIZを公表する前に、航空戦力や艦艇それに人工島を含む地上からの対空ミサイル戦力などを充実させて実質的なADIZを設定してしまおうという戦術と考えられる。
海南島のリゾート開発会社が南シナ海クルーズを計画
中国メディアは、南シナ海での戦闘空中パトロール実施の発表と合わせる形で、「南シナ海クルーズ」計画のニュースも伝えた。
この計画を打ち出したのは、中国海南省の海南島・三亜市を拠点にリゾート開発やクルーズなどを手がけている「三亜国際クルーズ」(COSCO Shipping、香港ベースのChina National Travel
Service Group、それにChina Communications Constructionのジョイントベンチャー)である。
三亜国際クルーズは今後数年間のうちに8隻の豪華客船を建造して、西沙諸島や南沙諸島を含む南シナ海でのクルーズ観光を行うという。同時に、クルーズの拠点となる三亜市には4つのクルーズターミナルを建造し、海南島をますますリゾート地として発展させるという大規模なリゾート開発計画を立てている。
現在、三亜国際クルーズは「Dream
of the South China Sea」というクルーズシップを運行しており、来夏までには2隻のクルーズシップを追加するという。現時点では西沙諸島でのクルーズ観光が実施されているが、将来的には南シナ海全域でのクルーズを実施する計画とのことである。
すでに三亜市では、大規模な高級ホテルをはじめとする観光施設の建設が盛んに進められ、西沙諸島でもリゾート施設の建設計画が進んでいる。したがって、南沙諸島の人工島でもホテルやクルーズターミナルなどのリゾート施設の建設が着手されることは時間の問題であろう。
海南島・三亜市に出現したリゾート施設
観光客の盾を用いる人民解放軍
このように、中国は南シナ海の軍事的支配を推し進めるために、軍事力の誇示と平行して非軍事的施設の建設にも力を入れている。
先週の本コラム(「仲裁裁判所の裁定に反撃する中国の「情報戦」の中身」http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47395)でも指摘した灯台の建設はその一例であるが、クルーズ観光をはじめとするリゾート開発は、灯台や気象観測所それに海洋研究所以上に強力(中国の実効支配にとって)な民間施設となってしまう。
南シナ海で大規模なリゾート開発を進める中国は、すでにほぼ完全に領有権を手中に収めた西沙諸島はもとより、人工島建設により実効支配を強烈に推し進めている南沙諸島にまで、数多くの観光客や観光業従事者たちを送り込むことになる。
クルーズシップには中国人観光客のみならず日本やヨーロッパそれにアメリカからの観光客も多数乗船するであろう(すでに三亜市の高級リゾート施設などは、英語版それに日本語版の宣伝サイトなどで外国人観光客を海南島リゾートに誘致している)。
近い将来には、世界各国からの多数の観光客で賑わう西沙諸島や南沙諸島のリゾート施設と隣接して、人民解放軍の軍事拠点が南シナ海に睨みを効かすことになるのだ。
《維新嵐》 島嶼などの領有権を主張する場合には、必ず民間投資を奨励して観光客を呼びます。この地域は共産中国の領土、領海であり、主権域だということをアピールするのに比較的時短ですみ、伝播と印象操作も確実にできる合理的な方法ですね。
ただ共産中国(人民解放軍)にとっては、民間投資を南シナ海へ呼び込む前に軍事演習を行うことで、ひかない姿勢を強烈に主張しています。
しかしこうした国際判決を認めないスタンスは、共産中国の国際採決にむきあう機会をなくすことにもつながりはしないでしょうか?
《人民解放軍発》すでに軍事演習もやっています。いまさらひけない軍事利権と海洋開発
中国海軍司令官「島と岩礁の建設をやり遂げる」と
米軍司令官に
滞在中にあえて「挑発」軍事演習も
2016.7.18 22:38http://www.sankei.com/world/news/160718/wor1607180031-n1.html
中国海軍の呉勝利司令官は2016年7月18日、米海軍制服組トップのリチャードソン作戦部長と中国軍の海軍司令部で会談し、中国は「島と岩礁の建設をやり遂げる」と述べ、南シナ海での人工島造成や軍事施設建設を続ける方針を明確にした。
リチャードソン作戦部長の訪中は初めて。20日まで滞在する。
一方、中国の海事局は18日、南シナ海の一部海域で19~21日に軍事演習を実施するため、船舶の進入を禁止すると通知した。中国は国連海洋法条約に基づく仲裁裁判所が12日、南シナ海での中国の主権を否定した判断を「受け入れない」としており、米海軍トップの滞在中に演習を行うことで、国際社会に自らの主張をアピールする狙いがあるとみられる。
中国メディアによると、空軍の申進科報道官は18日、南シナ海上空で日常的にパトロールを行う考えを示した。
海事局は5~11日にも南シナ海の一部海域で演習実施を理由に船舶の進入禁止を通知した。(共同)
【中国、南シナ海で軍事演習】仲裁後初、領有権誇示
2016.7.21 20:19更新 http://www.sankei.com/photo/story/news/160721/sty1607210014-n1.html
中国軍の戦闘機が南シナ海の一部海域で行われた軍事演習に参加する。
中国の通信社、中国新聞社は2016年7月21日、中国海軍が2016年7月19~21日、南シナ海の一部海域で実弾演習を実施したと報じた。国連海洋法条約に基づく仲裁裁判所が12日、南シナ海での中国の主権を否定する判断を示した後、初の軍事演習。仲裁判断を受け入れず、今後も主権を誇示する狙いがあるとみられる。
また国防省は21日までに、軍制服組トップの范長龍・中央軍事委員会副主席が最近、南シナ海を管轄する「南部戦区」を視察したと発表。范氏は「習近平・中央軍事委主席の指揮に従い抑止力と実戦能力を高め、国家主権や安全保障の利益を守り抜くよう」指示した。
報道によると、演習には数十機の戦闘機などが参加。迎撃訓練や上陸訓練などが行われた。海事局が事前に船舶の進入禁止を通知していた。(北京共同)
報道によると、演習には数十機の戦闘機などが参加。迎撃訓練や上陸訓練などが行われた。海事局が事前に船舶の進入禁止を通知していた。(北京共同)
欧州は南シナ海問題に関与してくるか?
アジアの安全保障に対する欧州の態度
岡崎研究所
2016年07月28日(Thu)http://wedge.ismedia.jp/articles/-/7351
多額の武器輸出を含むアジアとの絆を考えれば、欧州は、アジアの安全保障により大きな役割を果たしてよいはずだが、欧州がその気になるのかはわからないと、6月18-24日号の英エコノミスト誌が論じています。要旨は以下の通りです。
フランス国防相の空疎な提案
欧州自身は時に自らの軍事プレゼンスを認めてもらいたい素振りを見せる。6月初めのシャングリラ対話では、仏国防相が、南シナ海における軍事プレゼンス維持に向けて欧州諸国が調整、協力することを提案した。が、多くの関係者は、空疎な提案としてこれを退けている。
一方、欧州をとりわけ冷ややかに見ているのはASEANだ。両者は東ティモールや軍事政権下のミャンマーをめぐって長年揉めてきた。また、欧州の植民地だったASEAN諸国は、人権を問題にする欧州を偽善的と見ており、衰退しつつある欧州の絶望的状況を欧州自身がよく理解していないらしいことにも苛立っている。この見方は、EUが経済危機、移民問題、イギリスの離脱問題等、EU内の問題に振り回される中でいっそう強固になってきた。
地域の安全保障問題の重要な討議の場となってきた、東アジアサミットや拡大ASEAN国防相会議にEUが入っていないこともマイナスに働く。欧州はアジアの安全保障への関与不十分で加盟できず、加盟しなければ議論に加われない、というジレンマにある。
EUは一つにまとまれない、というアジア側のもう一つの不満もある。イギリスは「中国の親友」になろうと、ラオスやカンボジアがASEAN内で時々やるように、中国の指示でEUのコンセンサスを妨害しかねない。勿論、中国はEUが米国の対中政策に同調しないよう、中国の提供する商業的利益をめぐるEU諸国間の競争に付け込み、EU全体を誘惑しようとするだろう。
しかし、これらは、EUを東アジアサミットや拡大ASEAN外相会議に参加させない理由にはならない。南シナ海の問題は、単に米中競争の問題ではなく、ルールに基づく国際秩序の将来にかかっている。自分達の問題で混乱している欧州は、欧州がアジアを必要としているように、アジアも欧州を必要としていることを認識すべきだろう。
出 典:Economist ‘The lost continent’ (June 18-24, 2016)
http://www.economist.com/news/asia/21700666-europes-frustrating-search-strategic-relevance-asia-lost-continent
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/7351?page=2
上記論説では、欧州のアジアの安全保障に対する関心は薄く、仏国防相が、南シナ海への欧州の関与を提案しても欧州の他国は聞く耳を持たず、他方、ASEANは、欧州は衰退しているうえに、経済危機など自らの心配事で頭がいっぱいでアジアに注意を払う余裕がなく、「中国の親友」になろうとする英国が、中国の指示でEUのコンセンサスを妨害しかねないなどと欧州に批判的であるが、南シナ海問題はルールに基づく国際秩序の将来がかかった問題であり、ASEANは欧州の関与を歓迎すべきである、との趣旨を述べています。
欧州の安全保障の関心はロシアだった
欧州の安全保障上の関心は、一貫してロシアであり、アジアの安全保障に対する関心が薄かったのも無理はありません。欧州のアジアに対する関心は主として経済的なものであり、特に、中国の経済発展にあやかりたいとの魂胆が明らかでした。
他方、アジアの安全保障上の関心の中心は中国であり、安全保障に関する欧州とアジア、特にASEANの土俵は異なっていました。
しかし、南シナ海の問題は、単にアジアにおける中国の影響力の拡大のみにとどまらず、ルールに基づく国際秩序の維持の問題であり、欧州も関心をもって当然です。欧州は確かに経済危機、難民、移民問題、イギリスのEU離脱問題など、自身のかかえる諸難題への対処に手いっぱいですが、国際政治の一つの重要な極であることには変わりありません。南シナ海への関与は、欧州の政治的存在感を示すうえでも意味があります。
欧州の南シナ海問題への関与は、日本、米国そしてASEANにとって歓迎すべきことです。ASEANはEUに対する冷ややかな態度を変え、この問題についての欧州との対話を進めるべきであり、日本も、欧州との二国間対話あるいは多国間の会合で、欧州の南シナ海問題への関与を推進すべきでしょう。