人民解放軍が米国に突きつけた“親切な助言”
南シナ海での米中軍事バランスは中国側が有利に
北村 淳 2015.6.11(木) http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43999
中国軍のJ-11B戦闘機(写真:米海軍)
南シナ海南沙諸島での中国による人工島建設に関して、一部アメリカ海軍関係者たちやシンクタンクの専門家たち、それにフィリピン当局などは1年以上にわたって問題提起をし続けてきた。
それにもかかわらず、オバマ政権は中国に対しておざなりに遺憾の意を表明してきたに過ぎなかった。しかし、2015年5月、いよいよ人工島に軍用滑走路の原型まで誕生してしまった段階になって、ようやくカーター国防長官は中国当局に対して強い警告を発した。
それを機にして、アメリカの対中強硬派の人々の中からは「中国が建設している人工島の周辺12海里内に、アメリカ海軍艦艇や軍用機を送り込んで、アメリカは、中国が勝手に多数の人工島を建設して領土領海の主張をなすことを決して容認しない、という態度を明確に見せつけるべきである」という類の主張が噴出し始めている。
人民解放軍の退役少将による10の“助言”
このような対中強硬派の主張に対して、中国当局は「アメリカが軍艦や軍用機を中国の固有の領土である島嶼や領海に接近させて偵察活動を実施することは、予期せぬ軍事衝突を招きかねない極めて危険な挑発的行動である」との警告を発し続けている。
中国当局の一連の対米警告の論調のなかでも、アメリカ海軍関係者や対中戦略担当者などが問題にしているのが、対米・対日強硬発言(というよりは暴言)で名を馳せている羅援・退役人民解放軍少将の10項目の問いかけからなる“挑戦状”である。
羅援退役少将によると、それらの問いかけは決してアメリカを脅そうという趣旨のものではなく、カーター国防長官の挑発的言動に惑わされてしまった人々に対して再考を促そうという趣旨の“親切な助言”、ということである。そして、それらの助言は中国人民解放軍ウェブサイト(中国軍網:www.81.cn)に掲載された。
(1)南シナ海でのアメリカの核心的国益が損なわれていないのに、アメリカ政府は第三国の国益を護るためにアメリカの兵士を戦場に送り込むことになるわけであるが、アメリカ国民はそれを容認できるのか?
(2)そもそも、南シナ海を舞台にしての米中戦争で、アメリカは勝利できると思っているのか? 人民解放軍は現代戦、とりわけ中国が情報優勢を占めている地域での局地戦において勝利する準備を整えている。南シナ海での戦争は中国の玄関先での戦争を意味するから、人民解放軍がアメリカ軍に対して劣っている欠点も克服できる。それに対して、長距離遠征を余儀なくされるアメリカ軍は、自らの優っている要素すら不利な要素へと転換してしまうではないか。
(3)たとえアメリカ軍が単発的な戦闘に勝利しても、中国に深刻な打撃を与えることにはならない。アメリカには本格的な長期戦を戦い抜く覚悟があるのか?
(4)米中軍事衝突は、世界秩序の抜本的変換を意味する。国際社会のメンバーは、果たしてアメリカ側に留まるのであろうか? 中国を支持するようになるのであろうか? アメリカには自信がおありか?
(5)現在の米中関係は相互に敬うことにより成り立っているため、中国はアメリカに対して誠実に振舞っている。にもかかわらず、アメリカが中国の核心的国益に対して一方的な挑発をなし、中国の安全保障を脅かすのならば、現状の米中関係は終結する。米中協調が米中対立に移行することが、アメリカの国益に利するのであろうか?
(6)米中の経済的利益は大幅に統合されているし重なり合っている。したがって経済面においては、中国の国益を損なうことは、すなわちアメリカの国益をも損なうことを意味する。なぜアメリカ国民は、無責任なアメリカの政治家たちによって犯されるであろう誤りの代価を支払わなければならないのか?
(7)米中が軍事衝突すれば、たちまち両国の国民世論は相互に最悪な状態に陥る。国民同士の相互悪感情により傷ついた米中関係を修復することは極めて困難となる。
(8)中国が南シナ海のいくつかの島嶼に建設している科学的研究施設をはじめとする公共施設は、例えばマレーシア航空370便事故のような航空機や船舶の遭難に対する国際的なインフラストラクチャーとなる。この種の、平和的な国際インフラの建設に対して、アメリカはいかなる法的根拠に基づいて軍隊を送り込むのであろうか? アメリカは、日本が沖ノ鳥岩礁(沖ノ鳥島)に建設している施設や、南シナ海で数カ国が建設している施設には、なぜ干渉しないのか?
(9)アジア太平洋地域は世界経済を引っ張っているのみならず、アメリカの海外投資の半分以上はこの地域に対するものである。米中軍事衝突が勃発した場合、当然アジア太平洋地域は混乱に陥る。それは世界とアメリカにとって良いことなのか?
(10)アメリカにとって、中国と自分勝手ないくつかの国々とどちらが戦略的に重要なのか? ほんの少しでも戦略的思考ができるアメリカの政治家ならば容易に理解できるはずだ。
南沙諸島に近接する軍事拠点を手放したアメリカ軍
羅援退役少将の強硬発言は毎度のことなので、アメリカのメディアなどではさして取り上げられてはいない。しかし、人民解放軍の戦力強化(ならびにアメリカ軍の戦力低下)に対中警戒感を強めているアメリカ軍関係者の間では、羅援の挑戦状を戯言として一笑に付してしまうだけでは済まないと考える人々も少なくない。
万一、南沙諸島を中心とする南シナ海で米中軍事衝突が発生した場合、そしてその衝突が羅援少将の言うように局地戦ながらも長引く戦争に発展してしまったならば、アメリカ軍はフィリピンに出撃補給拠点を確保する必要に迫られる。
かつてアメリカ海軍はスービック海軍基地(海軍航空基地も併設)を、アメリカ空軍はクラーク空軍基地を、それぞれフィリピンの南シナ海沿岸地域に保持していた。もしそのような状態であったならば、南沙諸島までおよそ1000キロメートルと近接する場所に海軍施設と航空施設を有するアメリカ軍は人民解放軍に対して圧倒的に有利となる。しかしながらそれらの基地は1991年11月26日をもってフィリピンに返還されてしまった。
現状では、それらの基地をアメリカ軍が利用することは可能ではあるものの、アメリカ軍自身の基地ではないので、アメリカ軍が常駐して補給整備態勢などを整えておくことはできない。南沙諸島の戦域に最も近接しているアメリカ海軍基地は佐世保基地(およそ3000キロメートル)であり、アメリカ空軍基地は嘉手納基地(およそ2100キロメートル)ということになる。
米中軍事衝突に際しては、これまでのアメリカ海軍の常道では、アメリカ海軍が誇る空母任務部隊が出動することになる。しかし、人民解放軍はアメリカ空母を撃破するために東風21D(DF-21D)対艦弾道ミサイルを開発しており、その射程圏は1450キロメートルと言われている。したがって、アメリカ空母は太平洋からバシー海峡を経て南シナ海を南下して南沙諸島方面に接近する場合も、南シナ海南部から南沙諸島に接近する場合も、ともに南沙諸島からはるか彼方の海域でDF-21Dの直撃を蒙る覚悟が必要となってしまった。
一方、人民解放軍空軍が広東省に設置している多数の空軍基地から南沙諸島までは、およそ1200キロメートルから1500キロメートルであり、海南島三亜の海軍拠点からはおよそ1000キロメートルしか離れていない。また人民解放軍は、南沙諸島までおよそ750キロメートル前後しか離れていない西沙諸島永興島を艦艇と航空機の前進拠点として使うことができる。そして、極めて近い将来には、南沙諸島に数箇所の航空基地、海軍基地、補給施設などが誕生することになるのである。
このように、軍事行動で極めて重要な要素である出撃補給拠点という地理的条件を考えた場合、南沙諸島周辺での米中局地戦においては、アメリカ軍は苦戦を強いられることが予想される。
飛躍的に強化された人民解放軍の戦力
地理的条件だけではない、アメリカ軍がフィリピンから姿を消した1990年代はじめ頃と2015年現在の人民解放軍戦力は全くの別物となってしまった。
例えば、中国海軍の攻撃原子力潜水艦は1992年には当時でも旧式とされていた5隻の091型であったが、現在は新型の093型が4~5隻と最新型の095型が1~2隻へと進化を遂げた。また1992年に中国海軍が運用していた通常動力潜水艦は5隻の旧式潜水艦035型であったが、現在は最新鋭AIP潜水艦も含む40隻程度の近代的潜水艦が運用中である。
中国南海艦隊(写真:中国海軍)
水上戦闘艦も1992年当時は小型で旧式の駆逐艦とフリゲートが40隻程度であったのが、現在はアメリカ海軍も警戒するレベルの新鋭艦を含めた近代的駆逐艦とフリゲートが50隻と、新鋭沿岸戦闘艦を含む近代的な小型戦闘艦も100隻近くが就役している。
さらに航空戦力(空軍ならびに海軍航空隊)に関しても、1992年には人民解放軍には1機も存在していなかった第4世代ならびに第4.5世代に分類される戦闘機が、2015年現在は中国空軍と海軍航空隊の保有機合わせると900機にも達している。そして海軍航空隊が運用している対艦攻撃用ミサイル爆撃機も、1990年代と機種は変わっていないものの、50機全てが近代化改修が完了した新型爆撃機に生まれ変わっている。
軍事衝突が勃発した場合は極めて深刻な展開に
もちろん、戦闘や戦争は単に兵器や基地の比較“だけ”で優劣が決定するのではなく、戦略や戦術、兵站システム、情報収集ならびに分析能力、将校の作戦立案能力、将兵の練度など多種多様な要素が複雑に組み合わさって結果がもたらされる。したがって、人民解放軍の艦艇や航空機といった目に見える戦力が強化されているという事実だけを誇張すべきではないと考える専門家も少なくはない。
しかし、南沙諸島に近接するフィリピンにアメリカ海軍基地とアメリカ空軍基地が存在し、人民解放軍の海軍戦力も航空戦力も取るに足りないレベルであった1990年代当時と比べるならば、誰の目にも南シナ海での米中軍事バランスが中国側有利に傾いていることは明らかである。
「現状での南シナ海での米中軍事衝突は、勃発可能性は極めて低いものの、アメリカ軍とりわけ海軍や空軍にとっては第2次世界大戦以降最大の規模の戦闘を意味する」とのアメリカ海兵隊参謀の言葉に賛同する者が少なくないのもまた事実である。
アメリカ第7艦隊
【アメリカのアジア情勢に対する対応と本音】
【アメリカのアジア情勢に対する対応と本音】
米太平洋軍司令官、日本政府に強い期待
「南シナ海は(中国の)領海ではない」
「自衛隊哨戒を歓迎する」
会見する米太平洋軍のハリス司令官=12日午後、東京都港区(米国大使館提供)
2015.6.12 21:41更新 http://www.sankei.com/politics/news/150612/plt1506120052-n1.html
在日米軍や太平洋艦隊などを統括する米太平洋軍のハリー・ハリス司令官は12日、東京・赤坂の米国大使館で日本メディアと会見し、中国の人工島造成などで緊張が高まっている南シナ海は「公海であり、領海ではない」と指摘した上で、海上自衛隊の哨戒活動を「歓迎する」と述べた。
また、日本の国会で審議が続いている集団的自衛権の行使容認を含む安全保障関連法案の成立に強い期待を示すとともに、新たな「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」の具体化とあわせ、日本がアジアの安全保障に積極的に貢献しようとする姿勢を評価した。
司令官は南シナ海での中国の活動について「砂で作った城で主権を築くことはできない。主権はルールと規範、そして国際法を基にしなくてはならない」と指摘。中国が東シナ海で一方的に設定した防空識別圏については「無視している」と述べ、南シナ海で識別圏が設定されても活動を続ける構えを示した。
一方、司令官は北朝鮮に関し「日本や韓国にとって最大の脅威。米国のグアムやハワイにとっても最大の脅威だ」として、日米韓の協調の重要性を強調した。
司令官はこの日、首相官邸で安倍晋三首相と会談した。首相は「同盟関係をさらに確固たるものとして地域の平和と安定をより確かにしたい」と述べ、司令官も「日米間では共有する問題も多い。緊密に協力することを約束する」と応じた。ハリス司令官は神奈川県横須賀市生まれの日系人。
【米国防長官、人工島建設の「永続的停止」を要求】でも米中両軍の交流は推進
11日、米ワシントン近郊の国防総省で、米中両国の国歌を聴くカーター国防長官(右)と中国の范長竜・中央軍事委員会副主席(ロイター)
2015.6.12 22:03更新 http://www.sankei.com/world/news/150612/wor1506120041-n1.html
【ワシントン=青木伸行】カーター米国防長官は11日、中国軍制服組トップの范長竜・中央軍事委員会副主席と国防総省で会談し、南シナ海での人工島建設を永続的に停止し、軍事拠点化を進めることをやめるよう要求した。
カーター氏はまた、国際法に従い領有権争いの平和的解決を模索するよう、重ねて求めた。中国側はこれまで、人工島建設は「軍事防衛の必要を満たすためだ」(孫建国・軍副総参謀長)などと主張しており、范氏もこうした見解を示し応酬したとみられる。
一方で双方は米、中両軍の航空機による不測の事態を避けるための規範策定へ向け、引き続き協議することを確認。カーター氏は、中国の習近平国家主席が訪米する9月までに合意したい、との意向を伝えた。
范氏は米、中両軍の交流の一環として8日から13日まで米国に滞在。今週初めに米空母「ロナルド・レーガン」や、南部テキサス州のフォートフッド陸軍基地などを視察した。
12日にはオディエルノ米陸軍参謀総長との間で、人道支援や災害救助活動などにおける米中陸軍間の協力を促進するための、新たな対話の枠組みを設置する文書に署名する。
人工島の建設と軍事拠点が固定化される中で、この問題への批判を強める一方、軍事交流を促進するオバマ政権の対中姿勢は、ジレンマと圧力の加減に苦慮していることを如実に示すものだ。
人工島の12カイリ(約22キロ)以内に米軍偵察機などを進入させることにも、踏み切れずにいる。オバマ政権の対中政策は引き続き、22日からワシントンで開かれる米中戦略・経済対話や、習主席の訪米を通じ問われることになる。しかし、「問題を解決する特効薬はない」(シアー米国防次官補)のが実情だ。
こうしたオバマ政権の姿勢に対し、共和党からは「中国はコストが利益を上回ると思わない限り、攪乱(かくらん)行動を続けるという現実を認識する必要がある」(マケイン上院軍事委員長)などの批判が高まっている。
南シナ海で「日本軍艦に体当りするぞ」と息巻く中国
日本も巻き込まれ始めた南沙諸島紛争
北村 淳 2015.6.18(木)http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44040
米国防総省前で、中国国歌の演奏を聴くアシュトン・カーター米国防長官(右)と中国の范長龍・中央軍事委員会副主席(2015年6月11日撮影)。(c)AFP/PAUL J. RICHARDS〔AFPBB News〕
中国による南沙諸島での人工島建設状況と、アメリカ海軍哨戒機に対する中国軍による高圧的な警告状況がCNNで実況中継されてしまったため、さすがに弱腰のオバマ政権も、中国に対して強い姿勢を示さなければならなくなった。
アメリカが見せる“強硬”ポーズ
まずはカーター国防長官が「南シナ海での領域紛争は平和的に解決されなければならず、全ての紛争当事国は人工島建設作業を直ちにかつ永続的に中断するべきである」「とりわけ中国は過去1年半で2000エーカー以上の埋め立てを実施しており、紛争当時諸国に不安をもたらしている」とのメッセージを発した。
それとともに、横須賀を本拠地にする第7艦隊からイージス巡洋艦シャイローをフィリピンのスービック海軍基地に“立ち寄らせ”、南沙諸島方面のパトロールを実施させた。
スービック湾に到着した巡洋艦シャイロー(写真:米海軍)
というのは、南沙諸島方面海域近くに常駐しているアメリカ海軍軍艦は、現在シンガポールに派遣されている沿岸戦闘艦(LCS)フォートワースしかない。南沙諸島周辺海域をパトロールしている中国海軍フリゲートや駆逐艦などから見ると、南沙諸島海域に存在しているのが物の数にも入らない小型軍艦のLCS程度では、アメリカは全く「やる気」がない、と判断されかねないためである。
中国側は情報収集艦をハワイ沖に派遣
しかしながら、いくら強力な軍艦とはいえ、ミサイル巡洋艦を1隻追加派遣した程度では、中国側をけん制する効果など生ずるはずもない。中国海軍はアメリカの動きに対抗して情報収集艦をハワイ沖に派遣し、太平洋艦隊の動きを密着監視する姿勢を示している。
引き続き6月10日には、バシー海峡(台湾とフィリピンの間のルソン海峡の台湾側)において中国海軍と中国空軍が合同演習を実施した。バシー海峡に派遣された中国海軍艦隊と連携する形でH-6K爆撃機とJ-11B戦闘機が参加して遠洋爆撃機動訓練が行われた。中国海軍当局によると、この種の訓練は今後も定期的に実施するとのことである。
(ちなみに、5月下旬には、やはり中国空軍のH-6K爆撃機が沖縄本島と宮古島の間の宮古海峡上空を通過し、西太平洋上空での長距離爆撃機動訓練を実施している。)
宮古海峡上空を通過するH-6K爆撃機(航空自衛隊撮影)
中国空軍のH-6K爆撃機の作戦行動半径は3500キロメートルと言われており、強力な対地攻撃用長距離巡航ミサイル(射程距離2000キロメートル)をはじめ精密誘導爆弾や各種ミサイルが搭載可能である。そのため、アメリカ軍ではH-6Kが宮古海峡やバシー海峡を越えて西太平洋に進出する動きに対して極めて神経質になっている。というのは、それらの海峡部から500キロメートルほど西太平洋に進出した上空からは、H-6K に搭載した対地攻撃ミサイルによってグアムの米軍基地が攻撃射程圏に入ってしまうからだ。
警戒を強めるオーストラリア
もちろんグアムの米軍以上にH-6Kの脅威に曝されているのは、日本、台湾、フィリピンであるが、オーストラリアも警戒を強めている。なぜならば、南沙諸島人工島に近々誕生するであろう人民解放軍航空基地から発進するH-6K爆撃機の攻撃圏内には、オーストラリア北部のダーウィンがすっぽり収まってしまうからである。そのため、オーストラリア政府は、中国の南シナ海進出とりわけ人工島建設に対して強い反対を唱えている(オーストラリア政府と違って、日本政府はH-6Kの脅威などにはビクともしていないようである)。
そのようなオーストラリア政府の姿勢に対して、中国政府は「南沙諸島での領有権をめぐるトラブルに直接関係していないオーストラリアは干渉する権利が全くない」と強く反駁している。中国側の“警告”はオーストラリアやニュージーランドそれにG-7諸国などに対しても開始された。
しょせんオバマ政権は“腰抜け”と見ている中国
このような、アメリカやオーストラリアなどに対する中国側の傲慢な姿勢は、中国側が「シリア情勢でも、ウクライナ情勢でも、IS攻撃でも、いずれも中途半端な腰が引けた外交的軍事的対処しかできないオバマ政権は、南シナ海問題に対しても“本気”で軍事オプションを発動する恐れはほとんどない」と見ているからである。
なぜならば、中国が南沙諸島での人工島建設を開始したのが確認され、アメリカ軍や専門家たちから警告が発せられてから1年以上も経過しているにもかかわらず、オバマ政権は軍事的な対処は“何もしていない”状態だからである。
例えば、アメリカが本気で人工島に関心を示していたのならば、アメリカ海軍空母任務部隊を南沙諸島周辺海域に展開させて中国政府に無言の圧力を加えるというのがこれまでの常道であった。しかし、オバマ政権にそのよう動きは全くなかった。
また、強襲揚陸艦を中心とする海軍水陸両用戦隊に、アメリカ軍の先鋒部隊と位置づけられている海兵隊遠征部隊を乗り込ませて、アメリカが警告的圧力を加えたい地域の沖合に出動させて、示威行動を実施する「水陸両用作戦」(demonstration of intent)も、中国人工島に対しては行われていない。
さらに、フィリピンにアメリカ軍軍事拠点を確保する具体的努力にも取りかかってはいない。確かに、ポーズとしては、2014年4月に米比新軍事協定が締結されて、米軍がフィリピン国内の基地を使用することや事前集積(軍事作戦に先立って兵器弾薬補給物資などを貯蔵しておく)が可能になった。しかし、1990年代初頭まで米軍が展開していたフィリピンのスービック海軍基地やクラーク航空基地に近接する南沙諸島に人民解放軍基地群が誕生しつつあるのに、米軍によるフィリピンの基地整備は進んでいないのが現状だ。
このようなアメリカ側の対応から、中国側がオバマ政権の南シナ海政策を“腰抜け”と見なし、ますます傲慢になっているものと思われる。
海軍少将が発する日本への警告
そして、中国の「南シナ海領域紛争の直接当事者でない第三国」に対する“警告”はアメリカやオーストラリアに留まらず、“G-7で反中的声明を盛り込ませた張本人”の日本に対しても向けられ始めた。
日米防衛協力ガイドラインの改定や安倍政権による安保法制の抜本的修正を含んだ防衛政策の大転換に伴い、アメリカ軍が南シナ海で何らかの軍事行動を実施した場合に、自衛隊艦艇や航空機がアメリカ軍に対する補給活動を実施するなど、南シナ海での監視警戒活動に従事するのは何ら不思議ではない状況に向かいつつある。
また、自らは矢面に立ちたくないオバマ政権が日本政府やオーストラリア政府に働きかけて海洋哨戒機や軍艦を南シナ海に派遣させ、哨戒活動を実施させようと画策している動きも出てきている。
それに対して人民解放軍幹部の尹卓海軍少将は、次のように脅しとも取れる警告を発する。
「日本自衛隊にとって、南沙諸島海域にP-3C対潜哨戒機やE-2C、E-767警戒機などを派遣することは朝飯前だ。またKC-767J空中給油機を持っている航空自衛隊は、F-15JやF-2といった戦闘機を南シナ海に送り込むことだって可能だ。もちろん『いずも』のような大型戦闘艦を有する海上自衛隊が軍艦を展開させることには技術的には何の問題もない」
「しかし、日本の政治家たちは、自衛隊機や艦艇を南シナ海に派遣することについてはじっくりと再考しなければならない。なぜならば、中国軍艦は中国領内への侵入者を撃破する権利を有しているからだ」
このように、日本もすでに南シナ海での国際的紛争に巻き込まれているのが現状である。
安全保障法制や集団的自衛権に関する日本での議論は、賛成側も反対側も共に日本が直面する軍事情勢から乖離した「言葉の遊び」や「揚げ足取り」に終始しているようだ。だが、「気がついた時には手遅れになっていた」では取り返しがつかなくなることを肝に銘じてほしい。
南シナ海における米中衝突の3つシナリオ
岡崎研究所 2015年07月10日(Fri)http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5116
2015年6月6日付のナショナル・インタレスト誌で、若手の安全保障・軍事専門家であるファーレイ米ケンタッキー州立大パターソン外交国際商業スクール准教授が、南シナ海における米中衝突のシナリオを3例提示しています。論旨は、以下の通りです。
少なくとも近い将来、米中両国はともに戦争を望まない。中国の軍事力増強に目覚ましいものがあるとはいえ、米国と戦えるという水準には程遠いからである。一方、米国としても、中国との軍事衝突がもたらす混乱を望んでいない。しかし、南シナ海では、中国の埋め立てによって領海に関する主張が拡大し、結果として米国が主張する「航海の自由」が阻害されるという場合、事態が沸騰する可能性が高い。以下3つのシナリオはその例である。
第1のシナリオは、戦闘機による危険な飛行である。2001年に米海軍の哨戒機と中国空軍のJ-8要撃機が空中衝突するという事件があった。このような場合に、中国の戦闘機が米軍機に対して実際に射撃するようなことになればより深刻である。更に、米空軍機が中国軍機を射撃するような事態に発展すれば、中国における世論は、北京の政府が理性的に統制できる程度を越してしまうであろう。
第2のシナリオは、中国が南シナ海に防空識別圏(ADIZ)を設定する場合である。米国は中国が東シナ海に設定したADIZを無視してきたが、南シナ海は、中国にとってより重要であり、かつより強力なプレゼンスを維持できる海域であるため、米国が同様に中国のADIZをあえて無視する姿勢をとれば、米中両国の航空機が危険なまでに接近する可能性は極めて高い。
第3のシナリオは、潜水艦の異常接近である。冷戦間の米ソ両海軍の潜水艦に比較すれば、中国の潜水艦部隊の行動半径は小さく、現段階では深刻な問題として捉えられていないが、将来中国の潜水艦部隊の活動が積極化すれば、その危険は増す。専門家の多くは、米海軍の中国近海への接近を妨害するために、中国の潜水艦部隊が第一列島線を越えて太平洋に進出する可能性を指摘しているが、そうだとすれば、日米両国の潜水艦が中国潜水艦に遭遇する頻度は増大する。潜水艦同士の衝突事故が起きれば、犠牲者の数は航空機の衝突どころではない。
世論の手前、指導者が強硬にならざるを得ないケースは往々にしてあり、それが事態を悪化させる危険は大きい。中国は、南シナ海において文字通り領土を作っており、米国がごく普通のこととして行うことが、不安定化の原因となる軍事介入とみられることがあり得る。
出 典:Robert Farley‘3 Ways China and the U.S. Could Go to War in the South
China Sea’(National Interest, June
6, 2015)
http://www.nationalinterest.org/feature/3-ways-china-the-us-could-go-war-the-south-china-sea-13055
http://www.nationalinterest.org/feature/3-ways-china-the-us-could-go-war-the-south-china-sea-13055
* * *
上記に対して、主に3点コメントしたいと思います。
第1点は、これらのシナリオ、すなわち、航空機の衝突、ADIZを巡る航空機近接の頻度増大、潜水艦の異常接近というケースはそれぞれに先例もあり、蓋然性も高いということです。冷戦期の米ソに比較すると、偶発的な事件を防止し、あるいはエスカレーションを抑制するための信頼醸成措置が整備されていないという点に着目すれば、むしろ危険性が高いといえます。この地域における信頼醸成措置の整備、たとえば海上危機管理メカニズムの構築が急がれるゆえんです。
第2点は、ファーレイが米中ともに戦争を望まないと指摘する際に、「少なくとも近い将来」という前提を設けていることに留意しなければならないということです。アメリカにとって米中衝突によるアジアの不安定は望ましくないというスタンスは、長期的にも真実だと思える一方、中国側が米中衝突を望まない理由は、軍事的能力が現段階で米国にかなわないということであり、10年後あるいは20年後を考えると、事情が変化し得るという危険があります。どうすればその頃の中国に米国との戦争を思いとどまらせることができるのか、という点は今考えておかなければなりません。
第3点は、アメリカにとって「航行の自由」という原則は、我々が思う以上に重要だということです。中国は南シナ海の問題を核心的利益と標榜したことがありますが、アメリカにとって「航行の自由」はこれ以上の意味を持っている可能性があります。
※公海上における「航行の自由」の原則については、アメリカだけではなく南シナ海、東シナ海周辺で海洋に国家の生存を預けている国にとっては共通の原則のはずです。アメリカをアジア防衛から逃がさないように、第七艦隊は共産中国にとっては最大クラスの抑止力になっていることを念頭におきながら、各国が連携を深めていきたいところです。
【関連リンク】
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