条約撤廃
条約の枠外でINFミサイル大国になった中国
北村淳
2018.11.15(木)http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54656
軍事パレードで行進する中国人民解放軍兵士ら。中国はINF全廃条約の枠外でミサイル開発を進めている(2017年7月30日撮影、資料写真)。(c)STR
/ AFP〔AFPBB News〕
トランプ政権が米露間の軍備制限条約を撤廃する意向を表明している。この条約は「INF条約」(Intermediat-rahge Newclear Forces
Treaty)すなわち「中距離核全廃条約」と呼ばれているが、この呼び方は誤解を招きがちである。INF条約が制限している対象兵器を正しく認識していないと、トランプ政権がこのタイミングでINF条約を撤廃しようとしている真意を読み誤ることとなる。
INF条約の本当の中身
INF条約の正式名称は "Treaty Between the United
States of America and the Union of Soviet Socialist Republics on the Elimination
of Their Intermediate-Range and Shorter-Range Missiles" である。もともとはアメリカ(レーガン大統領)とソ連(ゴルバチョフ書記長)の間で1987年に締結され、その後ロシアに引き継がれたため、現在は米露間の条約となっている。その正式名称の通り、この条約は「中距離核ミサイル(Intermediate
Nuclear Missiles)」だけを制限するための条約ではない。核弾頭が搭載されていようが非核弾頭が搭載されていようが、また弾道ミサイルであろうが巡航ミサイルであろうが、中距離ミサイルと短距離ミサイルを制限するための条約である。
そして、条約が制限しているのは、地上配備型の中距離・短距離ミサイルである。艦艇(水上戦闘艦・潜水艦)や航空機(爆撃機や戦闘攻撃機)から発射されるミサイルは条約の対象とはなっていない。
INF条約が締結された当時は米ソ冷戦末期である。アメリカにせよソ連にせよ主たる想定戦域はヨーロッパであった。ヨーロッパで戦闘が発生した場合、奇襲攻撃に用いられ、かつ防御手段が極めて限定的であった中距離ミサイルは、とりわけ核弾頭が装着されている場合には(双方ともに)最大の脅威になると考えられていた。そのため、米国もソ連もこのような奇襲手段を互いに保持しないことには異論がなかったのである。
だが、制限の対象は中距離ミサイルだけにとどまらなかった。ミサイル廃棄状況を相互に検証するにあたって、核弾頭搭載か非核弾頭搭載か? という相互不信を除去するために、全ての地上発射型中距離(1000~5500キロメートル)ならびに短距離(500~1000キロメートル)ミサイルを廃棄することとなったのである。ただし、あくまで双方にとっての眼目は「核弾頭搭載中距離ミサイルの脅威を除去する」ことだったので、INF条約と呼ばれるようになったのである。
間隙を縫って中国がINFミサイル大国に
INF条約に基づいて、ヨーロッパの戦域から地上配備型中距離・短距離ミサイル(以下、INFミサイル)は姿を消した。軍艦や航空機から発射する中距離・短距離巡航ミサイルは制限されなかったが、ヨーロッパ戦域で対峙していたNATO諸国・ワルシャワ条約諸国にとっては地上発射型ミサイルが廃棄されれば、核ミサイル奇襲攻撃による脅威の大半が消え去ることになる。
INF条約は、配備だけでなく製造、保有、実験も禁止しているので、その後、アメリカとロシアが地上発射型中距離ミサイル・短距離ミサイルを手にすることはなかった。ところが、アメリカやロシアがINF条約に縛られている間、条約とは無関係の中国は、中距離弾道ミサイル、短距離弾道ミサイル、長距離巡航ミサイルを次から次へと生み出し、今やそれらのミサイルに関しては世界最強の戦力を手にするに至っている(「長距離巡航ミサイル」はINF条約の定義に従うと、中距離巡航ミサイルあるいは短距離巡航ミサイルということになるが、通常は射程距離1000キロメートル前後から2000キロメートル以上の巡航ミサイルは長距離巡航ミサイルと呼ばれる)。中国ロケット軍(かつて第2砲兵隊と呼ばれた独立軍種。ロケット軍が運用するミサイルは地上発射型である)が手にしている短距離弾道ミサイル、中距離弾道ミサイル、長距離巡航ミサイルは、台湾、韓国、日本、フィリピンといったアメリカの同盟国やベトナム、インドなどのアメリカの友好国を射程圏内に捉えている。艦艇・航空機発射型の長距離巡航ミサイルでも、それらの国々を攻撃することが可能だ。
中国の“INF弾道ミサイル”の射程圏
中国の“INF巡航ミサイル”攻撃図
また、中国軍のそれらのミサイルは、南シナ海、東シナ海それに西太平洋を中国に向けて接近してくるアメリカ海軍艦艇を撃破するためにも多大な威力を発揮することになる。
要するに、アメリカがINF条約に縛られている間に、条約とは無関係な中国は、アメリカ軍が30年以上にわたって保有も開発もしてこなかったミサイルでアメリカ軍の接近を封殺する態勢を築き上げてしまったのである。
米中冷戦で必要なINFミサイル
このような状況下で、トランプ政権は米中冷戦に突入した。米ソ冷戦と違い、米中冷戦の正面戦域は西太平洋、東シナ海、南シナ海である。そして、上記のように、中国軍は世界最強の中距離・短距離ミサイル戦力を擁して、中国に接近を企てるアメリカ軍(ならびにアメリカの同盟軍)を撃破する準備を整えている。つまり、米国が米中冷戦に打ち勝ち、アメリカ軍がアジア太平洋地域で覇権を維持し続けるには、中国の強大な中距離・短距離ミサイル戦力と対峙し抑止しなければならないことになる。
しかしながら、現時点でアメリカ軍が保有している長射程巡航ミサイルは軍艦(巡洋艦、駆逐艦、攻撃原潜)に搭載するトマホークミサイルだけである。軍艦から巡航ミサイルで地上目標を攻撃する方法は、軍艦の機動性を生かすというメリットもあるのだが、衛星監視システムなどが進歩した現在、軍艦(巡洋艦や駆逐艦などの水上戦闘艦)は補足発見されやすいため、中国軍の接近阻止ミサイル攻撃の餌食となりやすい。
その点、1000キロメートルあるいは2000キロメートル以上も遠距離の陸上からミサイル攻撃が可能ならば、十二分に強大な中国ミサイル戦力に対抗可能である。
地上からミサイルを発射するといっても、もちろん現代の中距離弾道ミサイル、短距離弾道ミサイル、長距離巡航ミサイルは、固定ミサイル基地ではなくTELと呼ばれる移動式発射装置(トレーラーのような大型車両に発射装置が積載されている)から発射される。そのため、ある程度の機動性もあるし、軍艦よりははるかに発見されにくい。また、超高額な軍艦を建造することを考えると、地上発射式ミサイルのコストは「極めてリーズナブル」ということになる。したがって、アメリカ軍としては、米中冷戦に打ち勝つためには、地上発射型長距離巡航ミサイル、地上発射型中距離・短距離弾道ミサイルを手にして、同盟国や友好国に展開して中国側を牽制する必要がある。そのための第一歩として、それらのミサイルを開発し配備することを禁じているINF条約から離脱しなければならないのだ。
アメリカが日本に求めてくること
とはいえ、アメリカがINF条約による規制から自由になり、地上発射型中距離・短距離弾道ミサイルや地上発射型長距離巡航ミサイルを開発し、製造し、配備を始めたとしても、それらの地上発射型ミサイルを設置する場所を確保しなければならない。
現在、日本や韓国には米軍施設が存在するが、それらの米軍基地内だけでしか地上発射型ミサイルを運用できないのならば、中国軍にとっての攻撃目標が特定されてしまうことになり、抑止効果は生じない。
日本中どこにでも、そして同盟国中どこにでも、米軍TELを移動させることができなければ、地上発射型ミサイルを手にすることにより中国軍に対抗する意味がない。このまま米中冷戦が続く場合には、アメリカ側から日本各地に米軍TELを移動させるための補足条約を押しつけてくる可能性もある。
常日頃「日米同盟、日米同盟」と念仏やお題目を唱えるように繰り返し、実際にアメリカの軍事力にベッタリ頼り切っている日本政府が、今後も日米同盟を堅持していく決意をしているのであるならば、米軍が米中冷戦で勝利を手にできるように最大限尽力する必要がある。しかしながら、日本の国土を自由自在に米軍ミサイル発射装置が動き回るようになっては、もはや独立国とは言えなくなる。そのような事態に立ち至る前に、日本自身が長距離巡航ミサイルや弾道ミサイルによる防衛態勢を固め、アメリカ軍がそのようなミサイルを日本国内に持ち込む必要性をなくしてしまうことこそ上策である(拙著『巡航ミサイル1000億円で中国も北朝鮮も怖くない』講談社α新書687-1C 2015年3月23日・参照)。もはや米中冷戦は始まっているのである。日本政府、国防当局は腹をくくった方針を打ち出し、国民に問う責務がある。
【特集】国際関係論・国際政治・軍事学 ~3つの学問はどう違うのか?
【国際関係論】
過去の戦争の歴史を研究し、なぜ勝ったのか?どうして負けたのか?の法則を導き出す学問。過去の戦争の教訓を学ぶ。
国際関係論は英語で「インターナショナルリレーション」(IR)。IRセオリーというものがある。その中で一番わかりやすいのはバランス・オブ・パワーの理論でしょう。例えば冷戦時代に米ソは、核戦力と通常戦力でとりあえず均衡していました。同じくらい強かったので戦争は抑止できた。格闘技でもお互いが強ければ最初から激しい殴り合いにはならない。
※戦争でなぜ負けたのか?は理論で解説する。
①適応の失敗(Failure to Adapt)
新しい技術を受け入れずに敗北した場合にあてはまる理論。
②予測の間違い(Failure to Anticpate)
戦局の予測を間違えて戦争に負ける場合。
③学習不足(Failure to Learn)
勉強不足で戦訓をきちんと学んでいない。
④完全崩壊(Catastrophic Failure)
①~③のうち複数或いは全部が複合した最悪の敗北の仕方である。
(出典:『新軍事学入門~平和を望むなら、戦争の準備をせよ~』飯柴智亮など著2015年9月28日発行 飛鳥新社発行)
第3弾藤井厳喜アカデミー国際関係論:1講 国家を動かす6つの手段[H23/9/4] https://www.youtube.com/watch?v=uK1loSg2OlM
【国際政治学】 戦争が起きた、または戦争をしなくてすんだ結果に至るまでの外交交渉、政治決断の過程を分析する。戦争を避けるための外交交渉を学ぶことが重要である。 国際政治は、英語で「ポリティカルサイエンス」、4年制大学ではまず行政を学ぶ。財務省、商務省などといった各省庁が何をしているかから始まり、大統領選挙は4年に1回、その間に中間選挙が2年に1回など自国、米国の基本的な政治システムから学ぶ。(アメリカの場合)(出典:『新軍事学入門~平和を望むなら、戦争の準備をせよ~』飯柴智亮など著2015年9月28日発行 飛鳥新社発行)
潜入!アメリカ国家安全保障局(NSA) https://www.youtube.com/watch?v=hUoukfKVf8o&list=PL_KTSPaZSP8Zwmn8BD8M2-qwl7OZNad54
【軍事学】 外交交渉をやり尽くして、なお開戦に至った時にその戦争に勝つ方法を考える学問である。 軍事学は、英語だと「ミリタリー・サイエンス」。基本となる考え方は「孫子の兵法」である。軍事学の基本の大前提となるものは「プリンシプル・オブ・ウォー」(戦いの原則)がある。これは「戦争の基本」、戦争を実施するうえで何をしなければならないか?である。戦争に勝つための原理原則である。(出典:『新軍事学入門~平和を望むなら、戦争の準備をせよ~』飯柴智亮など著2015年9月28日発行 飛鳥新社発行) 【吉本隆昭】軍事学講座の必要性[桜H22/5/28] https://www.youtube.com/watch?v=kOnIc_q4qPo
【紹介】新軍事学入門 (小峯隆生,飯柴智亮,佐藤優,内山進,北村淳,佐藤正久) https://www.youtube.com/watch?v=QFT9gMDCaKU
第3弾藤井厳喜アカデミー国際関係論:1講 国家を動かす6つの手段[H23/9/4] https://www.youtube.com/watch?v=uK1loSg2OlM
【国際政治学】 戦争が起きた、または戦争をしなくてすんだ結果に至るまでの外交交渉、政治決断の過程を分析する。戦争を避けるための外交交渉を学ぶことが重要である。 国際政治は、英語で「ポリティカルサイエンス」、4年制大学ではまず行政を学ぶ。財務省、商務省などといった各省庁が何をしているかから始まり、大統領選挙は4年に1回、その間に中間選挙が2年に1回など自国、米国の基本的な政治システムから学ぶ。(アメリカの場合)(出典:『新軍事学入門~平和を望むなら、戦争の準備をせよ~』飯柴智亮など著2015年9月28日発行 飛鳥新社発行)
潜入!アメリカ国家安全保障局(NSA) https://www.youtube.com/watch?v=hUoukfKVf8o&list=PL_KTSPaZSP8Zwmn8BD8M2-qwl7OZNad54
【軍事学】 外交交渉をやり尽くして、なお開戦に至った時にその戦争に勝つ方法を考える学問である。 軍事学は、英語だと「ミリタリー・サイエンス」。基本となる考え方は「孫子の兵法」である。軍事学の基本の大前提となるものは「プリンシプル・オブ・ウォー」(戦いの原則)がある。これは「戦争の基本」、戦争を実施するうえで何をしなければならないか?である。戦争に勝つための原理原則である。(出典:『新軍事学入門~平和を望むなら、戦争の準備をせよ~』飯柴智亮など著2015年9月28日発行 飛鳥新社発行) 【吉本隆昭】軍事学講座の必要性[桜H22/5/28] https://www.youtube.com/watch?v=kOnIc_q4qPo
【紹介】新軍事学入門 (小峯隆生,飯柴智亮,佐藤優,内山進,北村淳,佐藤正久) https://www.youtube.com/watch?v=QFT9gMDCaKU
0 件のコメント:
コメントを投稿