2018年9月1日土曜日

深化する「米中戦争」 ~対中強硬政策を貫くアメリカ~


対中強硬姿勢をますます強化させる米国防当局

2018年版「中国軍事レポート」で示された国防戦略の大転換
北村淳
米首都ワシントンD.C.にある国防総省のビル(資料写真)。(c)AFP/STAFFAFPBB News
 アメリカ国防総省が毎年8月中旬に公表する『中国軍事レポート』が、平成30年(2018年)も816日に公表された。
 このレポートには、中国の安全保障・軍事戦略の概要や中国軍事力の現況(2018年版の場合は2017年末までの状況)、それにアメリカ国防当局の対中姿勢などが簡潔に記述されることになっている。また、毎年公表される定型的な報告内容以外にも、アメリカ国防当局が特に触れておきたい事項に関して特別の章を設けたり、囲み記事を挿入することにより、中国軍事力の脅威に対する警鐘を鳴らしている。

不思議な日本メディアの無反応
 今年のレポート(以下、『中国軍事レポート:2018』)では、中国人民解放軍の戦力、とりわけ海洋戦力や宇宙・サイバー戦力が着実に強化されつつある状況に加えて、特別の章を5つ付加して様々な角度から中国軍事力の強化状況に関して警戒を喚起している(本レポートで指摘されている中国の軍事的脅威のうち日本に直接関係するものに関しては、追って本コラムで取り上げたい)。これに対して中国政府は、「ペンタゴンのレポートは無闇に中国脅威論をまき散らすもので、断じて容認できない」と強く反発している。中国当局による反発は、いわば毎年の恒例行事のようなものであるが、不思議なのは日本のメディアである。なぜならば、今年のレポートには、日本のメディアが飛びつくことが常となっている「アメリカ当局の尖閣問題に対する基本姿勢」が明示されているにもかかわらず、それを取り上げていないからである。『中国軍事レポート:2018』における、中国による周辺諸国との領域紛争に関する部分では、当然ながら尖閣諸島を巡る領域紛争が記述され、アメリカの次のような立場が明記されている。
「アメリカ合衆国は尖閣諸島の統治権に関しての立場を表明することはしないが、尖閣諸島は日本の施政下にあり、それゆえ尖閣諸島は日米安保条約第5条が適用される、と認識している。さらに、アメリカ合衆国は、尖閣諸島に対する日本の施政権を弱体化させるための一方的行動は、いかなるものであろうとも反対する」
 これは、従来からアメリカ政府高官たちが繰り返し述べてきた尖閣諸島に対するアメリカの立場である。「第三国間の領域紛争には直接関与しない」というのはアメリカ合衆国が伝統的に遵守している基本的外交原則の1つであり、尖閣諸島問題が日本と中国の間の領域紛争であるがゆえに明確な態度を表明しないというわけではない。
『中国軍事レポート:2018』では南シナ海の領域紛争についても、東シナ海での領域紛争よりも分量を割いて記述しており、伝統的外交原則に遵(したが)う姿勢も次のように表明している。
「アメリカ合衆国は南シナ海の陸地(注:島、環礁、暗礁、人工島などを含む広義の陸地)を巡る統治権に関しての立場を表明することはしないが、中国の埋め立て作業は他の紛争当事国の行動に比べて常軌を逸していると認識している。アメリカ合衆国は、それら紛争中の陸地におけるさらなる軍事化に反対するとともに、すべての紛争当事国が一方的かつ強圧的な変化を避けるよう要望する」

『中国軍事レポート』は米政府の公式見解
 ちなみに、『中国軍事レポート』の正式名称は、『連邦議会に対する年次報告書:中華人民共和国に関する軍事・安全保障の発展』という。国防総省が毎年作成し、連邦議会に提出することが法律で義務づけられている中国軍事力に関する調査分析報告のうち、公開が認められた情報をレポートの形にして公刊したものである。したがって『中国軍事レポート』の重みは、日本の防衛省が毎年公刊している『中国安全保障レポート』とは全く異なっている。
 なぜならば、日本の『中国安全保障レポート』の冒頭には、「本書は、防衛研究所の研究者が内外の公刊資料に依拠して独自の立場から分析・ 記述したものであり、日本政府あるいは防衛省の公式見解を示すものではない」と明言されている。つまり、日本国防当局が公刊しているものの、その内容は研究者たちの個人的見解という位置づけなのだ。
(もっとも、アメリカ国防当局が95000ドルの税金をつぎ込んで「国防総省の見解とは関係がない個人的見解」を記述したレポートを作成することなど、アメリカの納税者は許さないであろう。『中国軍事レポート』では、毎回冒頭にレポート作成に要した直接経費が明示されている。2018年版は95000ドルであった)いずれにしても、本レポートに記載されてある内容は全てアメリカ国防当局の公式見解であり、連邦議会や政府機関そしてアメリカ国民にとっても中国軍事力に関する共通認識ということになるのである。

国防戦略の基本方針を大転換したアメリカ
 ここで注意すべきなのは、そもそも『中国軍事レポート』は、著しく強化されつつある中国の軍事力に関する報告書であるため、中国人民解放軍の戦力強化に対して警鐘を鳴らす役割を生来的に持っているということだ。したがって、中国当局が非難するように、中国脅威論を唱道する形になってしまうことは避けられない。とはいうものの、本年度のレポートを手にすれば、トランプ政権による対中軍事姿勢の大転換が反映して対中軍事警鐘のレベルが一段と上がっていることは明らかだ。トランプ政権はアメリカ国防戦略の基本方針を「世界的なテロ勢力との戦い」から「大国間の角逐に打ち勝つ」すなわち「中国とロシアに対する軍事的優勢を手にする」ことへと大転換した。
 今回のレポートで定型的内容に付加された5つの「Special Topic」(「中国の国際的影響力の拡大」「中国の北朝鮮に対する取り組み」「中国人民解放軍の統合軍への進捗状況」「周辺海域を越えての爆撃機運用状況」「習近平の國家創新驅動發展戰略」)からは、中国に対する軍事的姿勢の変化が強く読み取れる。そして、毎回レポートに記載される「当該年度に予定されている米国と中国の軍事的直接対話」の回数がトランプ政権下で大きく減少している(下の表を参照)という事実は、アメリカ国防当局が中国に対する「関与政策」から脱却しつつあることを誰の目にも見える形で示している。
米国と中国の「軍事的直接対話」の回数の推移

「雪解けムード」でも防備は欠かせない
 トランプ政権による対中経済強硬姿勢によって引き起こされた米中経済戦争に直面している中国は、少しでも厄介な揉め事を当面の間は棚上げにしておくために、日本に対する軍事的強硬姿勢を表面的には後退させて、外交的雪解けムードを浸透させようとしている。だが、中国にとって日本との雪解けなどは、もちろんトランプ政権が吹きかけている嵐が過ぎ去るまでの一時的なものに過ぎない。その間も対米・対日軍事能力の構築は着々と進めておけば良いのである。
 日本にとっては幸いなことに、米中間の経済的軋轢が強まれば強まるほど、アメリカ国防当局は軍事力の強化、とりわけ中国との対決に欠かせない海洋戦力の強化に邁進することが容易になっている。日本としても、中国が虎視眈々と狙っている東シナ海における軍事的優勢の掌握を阻むために南西諸島へ強力なミサイルバリアを構築する(本コラム2018726日、2018412日、20161229日、2015716日、201458日、拙著『トランプと自衛隊の対中軍事戦略』講談社α新書、など参照)などの具体策を実施し、中国の軍事的脅威への防備を推し進めなければならない。もちろん外交的雪解けを促進して日中間に友好関係を構築する努力を欠かしてはならない。しかし、外交的友好関係を維持する努力と、軍事的防備を固める努力は代替関係にはない。そうである以上、常に平行して推し進めねばならない。
〈管理人〉トランプ政権の対中強硬政策というべき政策は、南シナ海、東シナ海のアメリカの既得権益の確保と共産中国を自由貿易の世界的枠組みの中に加える、ような思想があるのではないでしょうか?一帯一路よりもアメリカを中心とする自由貿易体制への転換のために共産中国の体制変革をしかけている?その先の先にあるのは、米中FTAともいうべきアメリカとの二国間の自由貿易体制確立かな?
【討論】どうなる!?中国の政治・軍事・経済[桜H29/3/25]
https://www.youtube.com/watch?v=CZ2VcR5aBXQ 


【アメリカの対中観&人民解放軍の動き】

中国軍事戦略の専門家ウォーツェル氏に聞く

「北、なお核兵器保持の狙い」「米朝会談で利益得るのは中国」 
古森義久
 ラリー・ウォーツェル氏 米陸軍情報将校として北京駐在の武官を2度務め、国防大学教授、ヘリテージ財団アジア部長などを歴任。2001年から現在まで議会の超党派の政策諮問機関「米中経済安保調査委員会」の委員長や委員を務めてきた。中国軍事研究の権威。

 米国議会の諮問機関「米中経済安保調査委員会」の委員で中国や東アジアの安保問題の専門家、ラリー・ウォーツェル氏が15日、産経新聞のインタビューに応じ、米朝首脳会談の成果や意味について語った。同氏は「北朝鮮はなお核兵器の保持を狙いつつ米側との厳しい非核化交渉を進めるだろう」と述べる一方、米朝間の新たな動きによって大きな利益を得るのは中国であり、日本は防衛強化が必要になると強調した。
 ウォーツェル氏はまず、米朝会談の結果を踏まえた北朝鮮の非核化の見通しについて「金正恩朝鮮労働党委員長の真意は北朝鮮が核兵器保有国として米国などに認知され、対米外交関係を樹立することだろうが、トランプ政権との合意により今後、非核化を目指しての長く厳しい交渉に応じ、その交渉を進めていくと思う」と述べ、北朝鮮の「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」の実現は簡単ではないとの見解を述べた。
 ウォーツェル氏は米朝会談の結果自体に関して「会談から利得を受ける主要な受益国は中国だ」と強調し、その理由を以下のように説明した。
 (1)トランプ大統領が総括の記者会見で述べた米韓合同軍事演習の停止や在韓米軍の撤退はいずれも中国が長年、求めてきた戦略目標であり、アジア全域での米軍の存在を縮小するという習近平政権の政策に合致する(2)金正恩氏が米朝首脳会談への往来に中国国際航空機を使ったことに象徴されるように北朝鮮は米国との協議に際し、中国を関与させており、朝鮮情勢への対処から最近、やや外れた感じのあった習近平政権にとって大歓迎の事態となった(3)中国は北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党体制が続き、商品経済を導入して中国との貿易を拡大することが狙いの一つだが、米側の北朝鮮への安全の保証はこの意図に役立つ。
ウォーツェル氏はトランプ大統領の米韓軍事演習の停止発言については「北朝鮮が新たに挑発的な行動を取らない限り、今年8月に予定された乙支フリーダムガーディアン演習が停止されるのだろうが、米韓両軍は他の多様な方法でも合同演習はできる」としながらも、米側のこの動きは朝鮮半島情勢の不安定化につながりかねないと述べた。トランプ大統領が記者会見で述べた在韓米軍撤退の可能性について、ウォーツェル氏は「まだ尚早であり、米韓両国で反対が起きるだろう」と語った。

 日本については「拉致問題で金正恩氏はまだ明確な発言をしていないようで残念だが希望はある」と述べる一方、今後、中国が東アジア地域で外交的にも軍事的にも影響力を強めるとして、「日本は米国との安保政策の協調を深めて中国に対する必要があり、北朝鮮の核やミサイルの脅威もなお残る以上、在日米軍との連帯による防衛一般、とくにミサイル防衛の抑止強化が求められる。日本の国会議員たちが米側の議会との連絡を緊密にして日米同盟を堅固にすることが特に効果を発揮すると思う」と語った。(ワシントン駐在客員特派員 古森義久)

中国軍、対北空爆を想定か 中朝国境近くで

初演習の衝撃 各国が情報収集
 中国軍が今春、中朝国境地帯を含む東北部で初めて実施した軍事演習が、各国情報当局の注目を集めている。北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の別荘や核施設、司令部など戦略要衝への一斉ピンポイント攻撃、すなわち中国版の斬首作戦を想定した演習ではないか-との分析もあるからだ。中朝関係は演習直前、対立から戦略的協力へ大転換したとみられていただけに、各国は中国側の意図を探ろうと情報収集を進めている。(社会部編集委員 加藤達也)
 北朝鮮との国境地帯を管内に含む中国の「北部戦区」訓練場で、「ゴールデンダーツ(金飛=金へんに票、ひひょう)」演習が実施されたのは2018年4月18日から25日の間だった。
 中国メディアによると、演習は中国各地の航空兵部隊やパイロット200人以上が参加し、作戦機による侵入攻撃と迎撃の地上部隊に分かれ、実戦そのままの激しいシナリオで展開されたという。
 中国メディアによると、地上の守備軍「チーム・ブルー」と上空からの攻撃軍「チーム・レッド」が激突した演習は、次のようなものだった。
中国東北部の山岳地帯。「チーム・ブルー」が上空に向け、強力な電磁波を射出する。航空機の操縦や武器発射装置などの電子系統を破壊する電子攪乱(かくらん)兵器だ。大量の地対空ミサイルでも狙いを定め、分厚い防空網を張り巡らす。
 その防空網をくぐり抜け、「チーム・レッド」の作戦機が山岳地帯のルートに超低空、高速で侵入。高密度の電磁波網を回避しながら、射爆場上空で戦車や戦闘機など実物標的に向けて最適な破壊力の兵器を瞬時に選択、巡航ミサイルなど複数の実弾を浴びせる。そして攻撃を終えると即、急旋回し現場を離脱していく-。
 参加部隊は訓練前に射撃区域に入って地形を偵察したり、予行を行うことが禁じられていたという。遠方から到着した直後に射爆場で急襲する部隊もあったというから、演習は「実戦」に徹したものだったようだ。
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 中国軍幹部はメディアに「関係部隊、参加機種、攻撃目標、飛行場が多く、規模と難度では新記録となる」と特異な演習であることを強調し、訓練地域や投入兵器、参加部隊名などは「某所」「某部隊」などと報道された。
 ただ、中国軍の動向を監視、分析している外国情報筋は、中国空軍がこの地域で初めて行った演習にH6戦略爆撃機を投入し、巡航ミサイルを発射した点や、作戦機が妨害電波を充満させた山岳地帯に超低空で高速侵入するなど「極めて難度の高い形式」だったことを把握している。
H6には、核搭載可能な機体もある。昨年4月には相次ぐ弾道ミサイル発射で朝鮮半島の緊張が高まる中で、実弾を装填(そうてん)して高度警戒に投入されたと伝えられたが、当初から対北威嚇だったとの見方もあった。
 演習では、北朝鮮への侵入に最適の飛行場や経路、距離を綿密にシミュレーションしていた形跡があるという。こうしたことから情報筋は「演習は北朝鮮の核施設などへの一斉ピンポイント攻撃を想定している可能性が高い」と分析している。
日程にも関心が集まる
演習は金委員長の初訪中(3月25~28日)で中朝関係の好転局面を見せつけた直後に始まったからだ。演習終了後は、南北首脳会談(4月27日)を挟んで金委員長の2回目の訪中(5月7日)もあった。中朝関係の蜜月ぶりを世界に見せつける外交ショーの半面で対北牽制(けんせい)と受け取られる演習をした中国の真意はどこにあるのか。
 情報筋によれば今回の演習では、北朝鮮有事に介入する際、中国軍の軍事行動の最前線となる「北部戦区」が大幅に強化されていることも明らかになった。軍事演習が実施された中国東北部の訓練地域は判明していないが、この北部戦区の中にある。中国の対北政策が融和だけでなく、強力な軍事力を背景とした圧迫との二本軸であると分析されている。
米軍牽制の狙いも

 元航空自衛官で評論家の潮匡人氏の話「ゴールデンダーツには多数の航空部隊が遠方から参加、使用された弾薬量も多い。電子妨害や地対空脅威のなか、低空から侵入して敵の防空網を突破、対地攻撃する技量を競った。大規模かつ実戦的だ。対北攻撃を念頭においた可能性が高い。同時に、その能力を米軍に見せ、牽制したとも言える」

H6戦略爆撃機 中国の海・空軍で運用されている戦略爆撃機。旧ソ連製のTu16を元に1960年代から中国がライセンス生産。航続距離は6000キロで、20キロトン核爆弾1発を搭載可能とされる。改良が重ねられ、多くの派生型があるが、最新型は巡航ミサイル6発を装着できる。
 


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