南シナ海問題で米国ができること
岡崎研究所
2017年8月24日 http://wedge.ismedia.jp/articles/-/10388
マックデヴィット元海軍少将(米CNA上席研究員)が、East Asia Forum のサイトに2017年7月19日付けで掲載された論説にて、南シナ海についての米国の政策によって、中国は南沙諸島の完全掌握を先送りしたのは、平和的に実現し得る限りで最も良好な結果である、と論じています。要旨は次の通りです。
南沙諸島に共産中国が巨大な建物を ベトナム紙が撮影
7年前のASEAN地域フォーラムにおいて、クリントン国務長官は明快に南シナ海の係争に介入したが、後から考えれば、それは米国が実際に何のテコも持たずに、中国の南シナ海における活動を制限しようとした試みであったと言える。米国は中国に規範に従うことや、島嶼の建造や軍事化を中断し、仲裁裁判所の判断に従うことを勧めてきた。
中国は米国の勧めを無視した。中国にとって、南シナ海は全てが中国の領域である。中国は長い期間をかけて主張を現実化させてきており、南沙諸島(スプラトリー諸島)の礁に軍事施設を建設したのは、その長期的な戦略目的を達成するための一歩である。中国の防衛のためにも南シナ海のコントロールは重要である。
7年経って、中国の南シナ海における行動を緩和させようとする米国の政策は目的を達成したと言えるか。今後はどうであろうか。
第一に、フィリピン政府が仲裁裁判所に中国の南シナ海における行動と主張について訴える決定をしたことに対して、米国は間接的ながら重要な支持を与えた。第二に、米国の利益は決して損なわれていない。第三に、フィリピンと米国の相互防衛条約は依然として有効であり、中国もそれに挑戦しようとしていない。フィリピンのドゥテルテ大統領は中国にも接近したが、依然として米比相互防衛条約を手放していない。
中国は決して南沙諸島の完全掌握を諦めていないが、少なくともそれは先送りになった。中国は南沙諸島における軍事バランスの恒常的な変化を望んでいるだろうが、他の領有権主張国と戦争することなくそれらを排除することは困難である。
米国の政策によって国際的な注目が南シナ海に集まることになり、世界中で中国の将来の行動に対する疑念と懸念が生じた。米国政府が実際にできることが極めて少ないことを考えれば、これは平和的に実現し得る限りで最も良好な結果ではないか。米中関係には多くの重要な問題があり、トランプ政権は南シナ海問題を適切に処理することが望まれる。
出典:Michael McDevitt,‘The South China Sea seven years on’(East
Asia Forum, July 19, 2017)
http://www.eastasiaforum.org/2017/07/19/the-south-china-sea-seven-years-on/
http://www.eastasiaforum.org/2017/07/19/the-south-china-sea-seven-years-on/
マックデヴィッドの見方は、一つの見方ではあります。しかし、不思議なことに、論説では、この地域に対する米国の軍事的関与の意義については、何も触れられてはいません。米国の持つ「手段」は、確かに多くはありませんが、ゼロというわけではありません。
昨年7月の国際仲裁裁判所の裁定を受けて、中国は、確かに対外姿勢を柔軟化させてきています。その理由は、米、日、ASEANとの関係悪化のみならず、中国が国際秩序の破壊者だという認識が国際社会に広がり始めたからです。そして、何よりも、さらなる埋め立てと軍事化は、米国との関係を著しく緊張させると判断したからなのです。人民解放軍を思いとどまらせ、人民解放軍主導の対米関係を是正できたのも、米軍の存在と行動に他なりません。
中国社会も冷静さを取り戻し、理性的な議論が再び主流に戻り始めているようです。また、秋の党大会を控えて若干の「揺れ」は起こり得るでしょうが、基本は習近平へのさらなる権力集中に向かっています。それだけ末端を抑える力がつくということでもあります。南シナ海もしばし安定期に入ると思われます。
しかし、中期的には米国がどのような南シナ海政策をとるかどうかにより、中国の拡張政策の度合いも決まることになります。やはり、米軍の存在と行動が、依然として鍵なのです。
アメリカ海軍によるFON作戦は評価できますが、やはり共産中国に国際司法裁判所の判決を守らせることが南シナ海の安定化に不可欠でしょう。
米国は中東で再び戦争をしてはならない
2017年8月25日 http://wedge.ismedia.jp/articles/-/10389
2017年7月20日付のニューヨーク・タイムズ紙の社説が、米国でイランとの対決を求める声が深刻になっているが、米国は再び中東で戦争をしてはならないと主張しています。主要点は次の通りです。
米国は中東で再び戦争をしてはならない。しかし、大統領、政府高官、スンニ・アラブ指導者達は、挑発的な発言などにより緊張を高めていて、イランとの武力紛争に向かいかねない状況になっている。
イランも米プリンストン大学の学者を拘束し、シリアのアサド支援を続ける等、緊張を呼ぶ行動をしている。米国の多くの政治家にとって、イランは1979年以来、処罰し孤立させるべき国となっている。しかし両国は、ISとの対決など利益を共有している。対話を開くなど外交手段で、両国関係を管理すべきだ。
2003年の戦争を想起することが有益だ。「9.11」テロを受けて米国の関心はアフガニスタンのアルカイダとタリバンに集中した。しかしワシントンでの議論は「9.11」や核兵器保有とは無関係のイラクに転じ、フセイン打倒が議論になった。ブッシュは確たる理由や戦略もないまま先制攻撃を決定した。
同じような戦争への突入が再び起こりうる。いくつかの理由は次の通りだ。トランプはイラン核合意の破棄を公約に選挙を戦った。トランプはイランに合意を破棄させ、あるいは自らそれを破棄することを考えているようだ。
核合意署名に強く反対した米議会は今新たな制裁を議論している。最近4人の上院議員が国務長官に書簡を送付し、イランは「地域の侵略を行い、テロを支援し、ミサイル技術を開発」しようとしていると述べた。この書簡は核合意が地域のリスク低減のための重要な出来事になっていることを認識していない。
政府高官は、レトリックを強め、レジーム・チェンジを支持するかのような発言をしている。ティラーソン国務長官はイランが地域覇権を狙っていると非難し、マティス国防長官はイランが「中東で最大の不安定化勢力」だと述べた。
1979年以降米国の指導者は時々イランのレジーム・チェンジの考えをもてあそんできた。しかし一部専門家は、今回はすべての悪の責任はイランにあるとするサウジの単純な見方をトランプが受け入れているために事態は深刻であると述べている。サウジは指導者交代以後イエメンで態度を強硬にしており、またカタールとの間でも危機を作っている。イスラエルはイランを大きな脅威とみなしている。
米政府の外でも反イランの声が強まっており、トランプや議会に働きかけをしている。
多くの米国民は、1979年の人質事件、レバノンでの1983年の米海兵隊殺害事件(241人が犠牲)、1996年のコバル・タワー爆破事件などイランの犯罪のことを覚えている。他方イランはCIAによる1953年のモサデク転覆事件やイラン・イラク戦争の時の米情報機関のイラク支援に怒りを感じてきた。
イラン政府は対米強硬派とロウハニのような穏健派に割れている。トランプは、これら穏健派と協力しないで戦争に向かって動くようなことをすれば大きな間違いを犯すことになるだろう。
出 典:New York Times ‘Avoiding War With Iran’ (July 20, 2017)
https://www.nytimes.com/2017/07/20/opinion/donald-trump-war-iran-.html?_r=0
https://www.nytimes.com/2017/07/20/opinion/donald-trump-war-iran-.html?_r=0
良識的な社説です。健全な見方を述べています。
イランとの対決やレジーム・チェンジを求めるトランプ、同政権幹部の強硬な発言、議会強硬派の動きなど、状況は深刻になっているとして、同紙は危機感を募らせているようです。世界の安定に関心を持ち、とりわけ中東のエネルギー資源に死活的に依存する日本としても十分フォローしていく必要があります。
米国で戦争は常に政権浮揚になります(少なくとも開始直後の間は)。ロシア疑惑が深まる中、来年は中間選挙があり益々活路が見えないトランプ政権がいよいよ窮地に陥った際、政治基盤挽回のため、イラン強硬策に打って出るリスクは考えられないことではありません。マティスなど米軍部がそれに乗るとは思えませんが、分かりません。
イラン核合意は不完全なものですが、リスクの軽減には役立っています。あれより良い合意が可能だったとは考え難いです。IAEAもイランが合意を順守していることを認定しています。勿論、イランの行動にはいろいろ重大な問題があります。中東の大国として覇権的野望を持ちそのために行動していることは否定できません。ヒズボラなど過激派の支援は規制すべきです。他国政治への介入は止めるべきです。イスラエルの生存権は認めるべきです。地域の状況を不安定にするようなミサイル発射など軍事力の増強は規制すべきでしょう。北朝鮮といった「ならず者国家」との軍事協力を嘗て進めてきた履歴もあります。宗教政治の下での人権弾圧も問題であり、民主化を進めていくべきです。しかし、これらのことは外交を通じて推進していくものであり、レジーム・チェンジの戦争を正当化することにはなりません。
中東情勢が一層流動化しています。中東のもう一つの大国であるサウジは、サルマン国王になって以後言動がダイナミックになっている点は一定限度評価されますが、イエメン介入やカタールの封鎖など行動が不規則になっています。
映像記者が語るイラク戦争 ドキュメンタリー
アメリカ海軍空母から発艦する2機のF/A18
《維新嵐》「大義のない戦争」いいがかりの戦争などたくさんです。「予防的先制攻撃」は「侵略戦争」の言い換えにすぎません。圧倒的に巨大なアメリカがイラク・フセイン政権を打倒したことで、どう中東情勢に「安定化」や「新しい秩序」がもたらされたというのでしょうか?
アメリカは、アジア太平洋に展開し、南シナ海、東シナ海の自国の権益に目を光らせる以上のことはないと考えます。そして北朝鮮の金政権、中国共産党を大陸に封じ込めることに戦略を集中すべきなのです。
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