2017年8月29日火曜日

地政学のすすめ

①戦略の地政学

―中国の海洋進出を阻む沖縄―

秋元千明 (英国王立防衛安全保障研究所アジア本部所長)

 全長1200キロに及ぶ南西諸島の中心に沖縄本島が位置しており、米軍の戦略拠点となっている (KYODO/GETTYIMAGES


なぜ沖縄に米軍基地が集中するのか。地図を眺めるとその戦略的な重要性がよくわかる。
 日本政府が20129月、尖閣諸島の3つの島を国有化してからというもの、中国は恒常的に海洋警備の艦艇を尖閣諸島の周辺に侵入させ、そこが中国の領域であることをさかんにアピールしようとしている。力を使って緊張を高め、外国の領域で強引に自分たちの主張を通そうとする姿勢は、国際社会の安定に責任を持つ大国の行動としては到底容認できるものではない。ただ、なぜ中国がそれほどまでに沖縄県の南端の小さな島々を欲しがるのか、中国の意図についてはあまり議論されていない。
 沖縄周辺に豊富な海洋資源があるためか、もしくは軍事的な野望があるのか、様々な見方が混在する。それを理解するにはまず地図の見方を変えなくてはならない。
 英国では戦略専門家がしばしば、世界地図を逆さまにしたアップサイド・ダウンと呼ばれる地図を用いる。対象となる地域をいろいろな角度から眺めるほうが、相手国との関係を客観的に読み取れるからだ。 
 富山県が発行した日本列島の北と南を逆さまにした「環日本海諸国図」や、新潟県佐渡市が発行した「東アジア交流地図」は、まさにそれである。逆さ地図は、大陸の中国人の目に、日本列島がどのように映っているのかを明解に説明している。まず気づくのは、日本列島が中国の沖合に壁のように鎮座し、中国の海への進出を阻んでいる事実である。
 1990年代以降、中国は海の権益を核心的利益だとして、海軍力の強化に取り組んできた。めざすのは太平洋、インド洋など外洋への進出である。
 黄海に面した中国山東省の青島には、中国人民解放軍の北海艦隊の司令部があり、ここを拠点に日本近海の東シナ海や西太平洋で活動している。とりわけ、太平洋への進出は外洋型の海軍をめざす中国にとっては最も重要であり、そのためには次の4つのルートを通って、太平洋に抜けなくてはならない。すなわち、
 ①日本海からオホーツク海を経由して太平洋に抜けるルート
 ②日本海から津軽海峡を抜けて、太平洋に出るルート
 ③沖縄県の宮古島と沖縄本島の間の広い海域を抜けるルート
 ④台湾海峡を抜け、南シナ海を経由して、太平洋に抜けるルート
以上の4つである。
出所:ウェッジ作成
 このうち、中国にとって、沿岸国を刺激せず、迂回せずに太平洋に出られるのは③の沖縄本島と宮古島の間を抜けて行くルートである。そして、そのルートの入り口近くに尖閣諸島があるのだ。つまり、中国が沖縄県の一部の領有を主張する背景には太平洋進出の拠点を確保しようとする軍事的思惑があることは間違いない。


「太平洋の要石」と呼ばれた沖縄

 それでは、東アジアの中で沖縄はどのような位置にあるのだろうか。
 沖縄の那覇から台北までの距離は620キロ、台湾海峡まで750キロと、沖縄本島は日本本土よりはるかに台湾に近い。また、北京まで1860キロ、中国海軍の北海艦隊の司令部がある青島まで1300キロ、中国の特別行政区である香港まで1430キロである。
 一方、朝鮮半島までの距離は、北朝鮮のピョンヤンまで1440キロ、韓国のソウルまで1260キロの距離にある。
 つまり、沖縄は、日本の安全保障上の脅威になるそれぞれの地域とほぼ等距離の位置にあり、台湾海峡に非常に近いことが指摘できる。将来、危機が予想される地域に対して、近過ぎず遠過ぎず、ほどよい距離に沖縄は位置しており、そこに緊急展開部隊である海兵隊を配備していれば、有事の際、迅速に危機に対処することが可能になるのである。太平洋戦争の際、沖縄が「太平洋の要石(かなめいし)」と呼ばれたのはこのためである。
 また、沖縄の位置を地球規模で眺めてみよう。世界のいくつかの場所を中心に半径1万キロの円を描いてみる。地球は球体なので、平面の地図に同心円を描くと、波打つように表される部分がその範囲となる。すると、1カ所だけ、世界中のほとんどの地域をすっぽりと覆ってしまう都市がある。それはロンドンであり、ユーラシア大陸、アフリカ大陸、北アメリカ大陸の全域と南米の北半分がその範囲に収まる。かつての大航海時代、英国が7つの海を支配できたのは、英国が世界各地へアクセスしやすい場所に位置していたことと無関係ではない。
 そして、ロンドンの次に、同じ同心円で世界の主要な地域を覆うことができる場所は、実は沖縄である。那覇を中心とする半径1万キロの範囲には、ユーラシア大陸のほぼ全域、オセアニア、アフリカの東半分、北米の西半分が含まれ、これほど世界各地へのアクセスが容易な地域は太平洋には他にない。


出所:ウェッジ作成

 一方、戦略拠点として知られる、インド洋のディエゴ・ガルシアは、確かにユーラシア大陸のほぼ全域とオセアニアを完全にカバーするが、北米、南米は範囲に含まれない。つまり、アジアと欧州、中東、アフリカをにらむ戦略拠点であることが容易に理解できる。

朝鮮戦争を招いたアチソンライン

 それでは沖縄は地政学的に見た場合、日本の安全保障上、どのような意味を持っているのだろうか。
 米国が第二次大戦後、太平洋西部に配置した防衛線は、かつて「アチソンライン」と呼ばれた。アチソンラインはハリー・トルーマン大統領のもと、国務長官に就任したディーン・アチソンが共産主義を封じ込めるために考案したもので、アリューシャン列島から宗谷海峡、日本海を経て、対馬海峡から台湾東部、フィリピンからグアムにいたる海上に設定された。アチソン国務長官は、この防衛線を「不後退防衛線」と呼び、もし、共産主義勢力がこのラインを越えて東に進出すれば、米国は軍事力でこれを阻止すると表明した。当時はランドパワーのソビエトが海洋進出を推し進めようとしていた時期であり、これを阻止するための米国の地政戦略がアチソンラインであった。
 ただ、このアチソンラインには重大な欠陥があった。朝鮮半島の韓国の防衛や台湾の防衛が明確にされておらず、むしろこれらの地域を避けるように東側に防衛線が設定されていたため、誤ったメッセージを発信してしまった。北朝鮮が、このアチソンラインの意味を読み誤り、米国が朝鮮半島に介入しないと解釈したことが朝鮮戦争の引き金をひくことになったというのが定説である。
 このように、はなはだ評判の悪い防衛線ではあったが、現代でも米国は海軍の艦艇をこのアチソンラインに沿った海域に定期的に展開させており、海上の防衛線と言う意味では、アチソンラインはいまだに米国の安全保障戦略の中に息づいていると言ってよい。
 ただ、現代では、韓国と台湾はいずれも米国の防衛の対象とされているから、現代の「新アチソンライン」は、アリューシャン列島から宗谷海峡、朝鮮半島の中央を突き抜けて、東シナ海から台湾海峡を通り、南シナ海へ抜けるルートであると解釈すべきだろう。実際、米国の海軍艦艇は、現代でも、この線の東側で活動するのが一般的であり、西側に進出することはほとんどない。
日米と中国の利害ぶつかる海域

ウェッジ作成

 一方、これに対抗して中国が1990年代に設置した防衛線が、第一列島線と第二列島線である。第一列島線は、九州を起点として南西諸島、台湾、フィリピン、ボルネオ島に至る防衛線であり、中国は有事の際、第一列島線より西側は中国が支配することを狙っているといわれている。一方、第二列島線は、伊豆諸島から小笠原諸島、グアム、サイパン、パプアニューギニアに至る防衛線であり、中国は有事の際、第二列島線より西側に、米国の空母攻撃部隊を接近させない方針だといわれている。
 つまり、米国の防衛線、新アチソンラインよりはるか東側に中国は二重の防衛線を設置していることになる。この米国の新アチソンラインと中国の2つの列島線に挟まれた海域こそ、日米と中国の利害が真っ向から衝突する海域ということになる。
 そして、この海域には、日本の生命線であるシーレーンが集中している。シーレーンは中東方面から物資を日本に輸送する船が航行する海上交通路であり、日本の輸入する原油の90パーセント近くが、中東からシーレーンを通って運ばれてきている。
 シーレーンは、インドネシア周辺のマラッカ海峡から南シナ海を経由して、バシー海峡から太平洋に入り、南西諸島の東側に至り、日本本土に達するルートか、もしくは、インドネシアのロンボク海峡から、フィリピンの東側の太平洋を北上して、南西諸島に通じる遠回りのルートの2つがあるが、いずれも南西諸島の東沖で合流し、日本本土へ達する。つまり、南西諸島の東側の海域は、日本のシーレーンが集中する海域であり、日本の死活的利益がここにある。
 そして、まさにその海域で米国の防衛線と中国の防衛線が向かい合っているのである。米国の新アチソンラインは南西諸島のすぐ西側を台湾海峡に向かって南下し、これに対する中国の第一列島線は、まさに南西諸島そのものに設置されている。
 南西諸島は、日本の九州から台湾にかけて連なるおよそ1200キロに及ぶ長大な島嶼群だが、そのほぼ中央に沖縄本島が位置し、そこに米軍基地が集中しているのである。つまり、日本の生命線の中心に米軍は駐留していることになる。
 このように、地政学的に見た場合、沖縄を中心とした南西諸島周辺は、日本にとってシーレーンが集中する戦略的要衝であると同時に、米国と日本という太平洋の二大海洋国家・シーパワーと、中国という新興の内陸国家・ランドパワーのせめぎ合いの場であり、その中心に位置する沖縄がいかに日本や米国にとって重要な戦略拠点であるかはこれ以上の論を俟(ま)たないであろう。
 そして、その戦略的価値は将来、沖縄の米軍基地が大幅に縮小されることはあっても、ほとんど変わることはないだろう。大陸と海を結ぶ玄関口に沖縄があるからである。

『戦略の地政学~ランドパワーVSシーパワー』秋元千明氏著 (定価¥1600+税)
第1章 地図から見える世界
第2章 地政学の誕生
第3章 新たなグレートゲーム
第4章 米露の地政戦略
第5章 膨張する中国
第6章 舵を失った日本
第7章 戦略と沖縄
第8章 日本の針路
巻末対談 英国・エクセター大学歴史学教授ジェレミー・ブラック博士に聞く

 学校で教えてくれない地政学

②地政学的リスクのシナリオ分析~シリア、北朝鮮、日本

2017.4.15(土) http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49748
 不確実性下の意思決定においては、将来生起するシナリオを複数想定するシナリオ分析が標準的なモデルだ。地政学的リスクが高い現下の状況では、投資の意思決定において特に重要だろう。
 風雲急を告げる地政学的リスクについて、一般的な情報を前提に、シナリオ分析の概要を示しておきたい。
(1)シリア
元々トランプ政権は、オバマ前大統領時代のシリア政策とは一線を画し、IS打倒を優先してアサド政権の存続を容認する意向を示していた。にもかかわらず4月4日にアサド政権は、化学兵器で反体制派を攻撃する暴挙に出た。
 現時点では本当にアサド政権がこの暴挙に出たのかどうか判然としない。いずれにせよ考えられるのは、米国の北朝鮮攻撃が近いと見込んだロシアかイランあたりの勢力が背景となり、米国は中東と朝鮮半島の2面での戦争遂行が無理と見込んだ上での暴挙、と見るのが自然だろう。
しかし、これはトランプ政権にとって渡りに船のタイミングだった。内政に行き詰れば外に敵を作って叩くのは政治の常道だ。トランプ政権は、オバマケアの改正法案が撤回に追い込まれ、最高裁判事人事である種の強行採決を行ったため、経済関係の法案を実現する目途が立たなくなりつつあった。まさにそのタイミングで降って湧いたのがシリアでの化学兵器を使った反体制派向けの攻撃だった。
 トランプ大統領が2日後に実施したミサイル駆逐艦から5分間でトマホーク59発という限定的攻撃は極めて高く評価され、支持率は反転して上昇した。奇禍として利用したと言っても良いだろう。
 問題はこの後だ。対アサド政権、対IS、対クルド、更には対イラン政策やイスラエルのアメリカ大使館のエルサレムへの移転問題など多くの中東関連の政策が煮詰まらない中、和平交渉を開始しなければならない。しかも、まだ国務省の高官人事が承認されていないどころか指名さえされていない。また、駐日大使を含め多くの駐外国大使が空席のままだ。もっと言えば、対ロシア政策も流動的だ。連邦議会は4月 24 日頃まで休会に入っている。この状態でもし朝鮮半島で有事が発生すると、元々の中東と朝鮮半島の2面での戦争遂行は無理と見込んだ勢力が蠢き始める可能性もある。ただ、ロシアにはその余裕は無いだろう。いずれにせよ、後述する朝鮮半島でのシナリオ次第では、事態はどの方向にも大きく動く可能性がある。
 ただ現実的には、外交交渉の矢面に立つ国務省や駐外国大使が不在の状況で事を大きく動かすのは無理がある。アサド政権への攻撃が5分間と極めて限定的だったことの意味を勘案すれば、時間稼ぎ以外の選択肢は限られると見るのが合理的だろう。
 これは、混乱するシリアの内政事情が諸外国に拡散しないという意味では既に出来上がっていた封じ込め戦略を継承するシナリオだ。米国の国益に結び付かない事には関与しない「米国第一」シナリオと言い換えてもよいだろう。世界経済への影響では原油価格が重要だ。言うまでもなくそのシナリオは政治シナリオに依存する。
(2)朝鮮半島
 米国の国是は自国の防衛だ。その意味で北朝鮮が国際社会を無視して進めた大陸弾道弾(ICBM)や核開発は、トランプ政権にとって超えさせてはならない一線(レッドライン)に近づきつつある。 報道によると4/6-7の米中首脳会談では、北朝鮮の非核化、それが無理なら北朝鮮の体制転覆に向けた斬首計画、が議題となった。これから中国による制裁強化など軍事衝突回避に向けた動きが加速すると見込まれるが、その動きが実を結ぶか結ばないか、両方のシナリオを想定する必要がある。
 北朝鮮では4月下旬にかけて、15日の金日成生誕105周年の祭日、25日の北朝鮮軍創設85周年、など国威発揚の記念日が控えている。一方、米国は、南太平洋からは4月8日にビンラディンを殺害した特殊部隊を載せた原子力空母カール・ビンソン(乗組員約5000人、艦載機FA18などが約90機)が駆逐艦や巡洋艦を伴い、また米国からは331日にサンディエゴを出港した2隻のミサイル誘導(イージスシステム)駆逐艦が、北朝鮮近海に向かっており、4月下旬には到着する見通しだ。
 現時点ではまだ威嚇行動の範囲にとどまってはいる。しかし、もしレッドラインを超えたら、米国は軍事攻撃を含めあらゆる選択肢を排除しないと表明している。軍事行動の場合、米国は全面的な戦争ではなく、特殊部隊による「斬首作戦」として独裁者一人を殺害する方針を示している。2013年のパキスタンでのアルカイダの首謀ビンラディン殺害と同じ手口だ。
 金正恩は近親者を含む相当数の側近を処刑しており、人心は既に離反している可能性が高い。独裁者一人の斬首計画が成功すれば、北朝鮮軍が後継者を立てて戦闘行為を継続する可能性は低いとみなしているのだろう。但し、意に反してもし戦闘が長引けば、難民流出、暴発、などリスクの次元は変わる可能性はある。
 レッドラインを越えなくても、かつて北朝鮮は38度線近辺での地雷や離島へのミサイル発射などを行った実績がある。こうしたマイナーな威嚇行為なら、これまでと同様に米軍が出撃する程のことではないと見て良いだろう。むしろ逆に中国や韓国が仲裁に入ることで、北朝鮮の仲介役が処刑されて閉ざされた交渉窓口が再開されるなど副次的効果が期待できる可能性はある。
(3)日本
北朝鮮は攻撃のターゲットは日本の在日米軍だと公言している。もし斬首計画の前、あるいはその後の戦闘が長引けば、2月の日米首脳会談でトランプ大統領が「The USA stands behind Japan(米国は日本とともにある)」と発言した日米安保の集団的自衛権が試される局面を想定しておく必要があるだろう。
 軍事衝突となれば難民についても相当数が日本に流れ着く可能性が高い。また、最近は自公連立政権の運営がスムーズでない場面が目立つが、日本の政界再編にまで発展する可能性さえあるだろう。
 安倍総理は2017年4月27日に訪露して日露首脳会談を実施する予定だ。主たる議題は昨年12月の山口での安倍プーチン会談で方向づけしたサハリンの共同経済開発の詳細のはずだった。しかし、往々にして政治関係で波風が立てば経済関係も上手くいかなくなる。今回は難しい日露首脳会談になるリスクが高い。
 2017年418日からは初の日米経済対話が開始される。日本は米国から輸入拡大を迫られるか可能性が高いと見られているが、高高度ミサイル防衛システム、イージズ艦など防衛関連なら国民の支持を得やすいと見る向きは多い。
 最後となるが、意思決定は執行されてこそ初めて意味を持つ。執行に向けコンティンジェンシー計画を再確認する作業は、フィデューシャリー・デューティーとして当然の責務だろう。
(*)本記事は「りそな銀行 エコノミスト・ストラテジスト・レポート ~鳥瞰の眼・虫瞰の眼~」より転載したものです。
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③なぜ「接続性」の地政学が重要なのか?

中西 享 (経済ジャーナリスト)
パラグ・カンナ インド出身の新進の研究者。1977年生まれ。米国ジョージタウン大学で博士号を取得。ブルッキング研究所などを経て、現在はCNNグローバル・コントリビューター、シンガポール国立大学公共政策大学院上級研究員。今年1月に原書房から『接続性の地政学「『接続性』の地政学 グローバリズムの先にある世界」』(上下2巻)を刊行した

「地図に描かれている国境線はあまり意味がなくなり、輸送、エネルギー、通信のインフラネットワークがこれからの世界秩序を考えるキーワードになる」
 インド出身のパラグ・カンナ・シンガポール国立大学公共政策大学院上級研究員は日本記者クラブで講演、「従来の国境線を土台にした地政学は再考すべきで、複雑化する世界情勢を理解するためには『接続性』(Connectography)をベースにした新しい解釈が必要になり、インフラによる都市間の『接続性』が新しい国際秩序を作る」と指摘した。

間違った地図
 人類は6万年の歴史で、輸送、エネルギー、通信の3分野のインフラを構築してきた。特に冷戦終了後の25年間に、インフラの「接続性」の量が拡大し、あらゆる国境を圧倒するボリュームになっている。このため、これまでは自然環境を表した地図、政治状況を示した地図だったが、これからはインフラの機能を示した地図が最も重要になる。
 しかし、この機能を表した地図はオフィスや学校の教室には掲げられていない。このことが今世紀、大きな心理的、メンタル面で大きな間違いを生んでいると言いたい。私はこの誤った世界の見方を変えたい、革命を起こしたいと思う。最近は世界の動きを「接続性」でとらえようとする機運が出てきている。
 島国である日本にとって「接続性」は重要な意味がある。これからの「パワー」は、日本がその他の社会とどの程度「接続性」を持つかを地図の上に表し、定量化することが必要になる。
国境を超えたメガシティ
 国境を超えた「接続性」がいかに重要かという事例を2つ挙げる。一つは、マレーシア、シンガポール、インドネシアの3か国で、もう一つは中国南部の広州から香港までの珠江デルタ地帯だ。2つの共通点は、インフラが国境を再定義し、2から3の当事者がインフラを通して経済統合で合意したことだ。マレーシアの中で最も急成長しているのがシンガポールに近い南部地域で、インドネシアと一緒に経済特区などができ、電機、造船、繊維、不動産などが伸びている。珠江デルタ地帯には、英国が香港を中国に返還された1977年以降、中国が相当程度の投資を行った結果、この地域はいまでは東京を上回るほどの世界で最大規模のメガシティになっている。予測では、珠江デルタ地帯は20年か25年までには経済規模は25兆㌦になり、インドより大きな規模になる。
 世界の中では、4050の都市が最も重要になり、「都市列島」ができてきている。世界の人口は頭打ちになりつつあり、100億人を超えることはないだろう。この中で、人口は大きな都市に集中するようになる。日本の企業がインフラに技術を輸出する場合は、こうした都市に向けられるべきだ。
「接続性」強化が重要
 
 チリで20173月に行われたTPP(環太平洋連携協定)加盟国の会合には、TPPを提唱した米国は来なかったが、中国が参加した。貿易関係は地政学的には歴史に基づいたものだが、いまでは変化してきている。かつては国境をめぐる戦争が起きていたが、いまや「接続性」、マーケットアクセスをめぐる戦いが起きている。中国はいまや世界の120か国の最大の貿易相手国になりつつある。パキスタンや東アフリカの国が重要な貿易相手国になり、同盟関係を強め軍事関係を強めてもサプライズではない。
 グローバリゼーションは弱まることはなく、今後、強まるだろう。
 20世紀は欧州と米国の関係が大きかったが、21世紀になってからは欧州とアジアの関係が欧米の関係を凌駕してきている。欧州と中国、インド、日本、東南アジアの貿易量は年間15兆ドルにもなっている。欧州とアジアとの関係ではインフラ整備ができておらず、だからこそ、中国の習近平国家主席が広域経済圏構想「一帯一路」を打ち出した。3週間前に北京で開催された「一帯一路」サミットは、地政学的にも大きな意味がある。ユーラシア大陸にある国は、これにより戦略的目的、野心が変わってくる。
 「一帯一路」構想のプロジェクトは実現には収益性などで懸念があるが、最終的には実現されるだろう。日本がアジア諸国に影響力を行使したいのであれば、相手国との間の「接続性」を強めなければ影響力を行使できない。
新たなグローバルシステム
 東南アジアのインフラをめぐって世界的に競争になっているが、最終的には力の源泉は軍事力ではなく、エンジニアリングの力による。欧州には世界のトップ25のエンジニアリング・建設会社があるが、米国には3つしかない。このため、欧州はアジアのインフラ整備に力を入れようとしている。
 地政学の土台は、領土を支配する大きさに規定されていたが、新しい考え方を取り入れなければならない。今の時代の「力」は、「接続性」の密度と価値で測るべきだ。イデオロギーや歴史、文化のつながりではなくサプライチェーンに関する相互補完性で考えなければならない。
 米国と欧州は西欧文明による文化を共有しているが、いまや欧州はアジアとの「接続性」を強めようとしており、根本的に欧州の戦略は変わってきている。このように「接続性」をめぐる競争は、新たなグローバルシステムを誕生させて、いまよりも良いものになる。「接続性」が強じんになれば、多様なオプションが生まれる。
 その最たる事例が石油だ。イラン、イラクなど中東で不安定リスクはあるが、石油価格は安くなっている。その理由は、石油需給を調整させる道筋があるからだ。昨年は米国の石油の最大の消費国が中国だった。5年前には中東の石油を巡って戦争がおきるかもしれないとささやかれていたが、いまや両国は石油の売買をしている。「接続性」には矛盾がある。場合によっては戦うこともあるが、米中のように長期的には石油価格を安定化させる面もある。
中国の情報量の伸びは相乗的
 中国ではフェースブック(FB)、イーベイ、アマゾンなど欧米の製品を使いたい意欲をそぐことができるが、国内ではこれらが使えなくても、これよりもっとベターなアリババ、ウィーチャットが通信手段として使われている。覚えておいてほしいのは、情報のオープン度合い、開放度合いは、ニューヨークタイムズやFBを読んでいる人の数だけでは測れないことだ。データの流れを調べるには、どの程度の情報交換がさまざまなサービスを通じて行われているかを調べなければならない。世界と中国をつなぐ情報の「接続性」は、FBがあるなしにかかわらず、相乗的に伸びている。

ブレジンスキーの地政学 その①



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