北朝鮮がアメリカと戦争する日
~最大限の国難が日本を襲う~
香田洋二 幻冬舎新書478
2017年12月15日より
【米朝開戦のXデーはいつなのか?】
アメリカの軍事オプションの発動は、外交や経済制裁という圧力という他のオプションと並んで既に準備されていることである。アメリカは外交を無期限に続ける気はない。軍事オプション発動のリミットは2017年から最大で1年とみられる。アメリカの最後の決断は、核兵器と弾道ミサイル開発の放棄というアメリカと国際社会の要求に対する北朝鮮の対応の限界が露呈したとき、「北朝鮮に核兵器、ミサイル放棄の意思なし」と見極めたときになされることが十分考えられる。
北朝鮮が核弾頭と弾道ミサイルの開発をやめ、既に製造した核弾頭、弾道ミサイルの全面的な放棄(廃棄)を行うこと、国際機関による強制的な査察を受け入れることを行わない限り、アメリカの軍事的行使は現実のものとなる。
現状での北朝鮮での首脳や政府関係者の発言からは、全面的な廃棄、強制的な査察を受け入れる可能性は極めて低い。韓国国内の被害を最小限に抑えたいアメリカとしては、「奇襲」によって北朝鮮の第二次攻撃能力を無力化し、短期間で決着をつけることを第一に考えるだろう。奇襲の効果が最も高まるのは、世界の誰もがやるとも思わないタイミングで仕掛けてくるだろう。
2018年2月9日から同月25日まで韓国平昌で冬季オリンピックが開催される。平和の祭典である五輪期間中は、たとえアメリカに正当な理由はあったとしても攻撃はしづらい。そこで考えられるのは、2017年12月~2018年1月までのどこか、もし武力攻撃に踏み切らなければ、2018年4月か5月まで待つことになると考えられる。
【アメリカの北朝鮮攻撃戦略とは?】
《あくまで情勢にあわせて変更されるのが戦略というものであるが、ノーマルかつオーソドックスな攻撃手法といえる戦略》
「Shock and Awe」(衝撃と畏怖)戦術
完全な奇襲攻撃と相手に反撃する暇を与えない徹底した連続集中攻撃が特徴。この方式の成算が高ければ、アメリカ人の退避の必要はない。低ければ自軍に有利な環境を主導して作り、十分な水準まで達したと判断するまでは攻撃はしない。機は熟したと判断した時に初めて攻撃に着手する。
アメリカが最優先の攻撃対象として考えるのは、韓国ソウルに向けられた北朝鮮の長距離砲兵隊のはずである。
長距離砲兵隊を攻撃すれば、北朝鮮からの反撃を受け韓国内を中心に被害がでる。その被害が許容できる範囲内で、砲兵隊の攻撃力を減殺することが可能であると見積もれば、アメリカは躊躇なく攻撃するであろう。アメリカにとって、同盟国である韓国の首都の被害を最小限に留めることは、攻撃実施に際しての最大の条件になる。
次に考えられる攻撃対象は、同盟国日本と韓国を直接攻撃できる、北朝鮮の核兵器とミサイル部隊であろう。核とミサイルの開発施設は直接の軍事的脅威ではないため、その後の作戦として攻撃が実施される公算が大きい。攻撃決断に際しての最大の問題は、核とミサイルの部隊などの所在場所について諜報などでどれだけ情報が収集されているかである。これが作戦成功のカギを握る。
さらに米軍が得意とする航空作戦の安全性を確保するため、北朝鮮の防空能力を無力化するための攻撃が行われる。(レーダーサイト、対空ミサイル基地、飛行場など防空拠点)
全ての条件が満たされ、攻撃を実施する場合、
第一次攻撃は、最初の5~6時間で北朝鮮東西両海岸に配備した艦艇、潜水艦からの巡航ミサイル・トマホークとグアムから出撃するB1BやB52爆撃機の発射する航空機発射型巡航ミサイルなどを使って行われると考えられる。(巡航ミサイルによる集中攻撃)
ここで破壊できなかった残存兵力、施設に対して第二次攻撃が行われる。
米空軍のF16と米海軍のFA18などの有人戦闘爆撃機を投入し、巡航ミサイルの「撃ち漏らし目標」をできるだけ潰していく。
アメリカによる金正恩や指導部をピンポイントで攻撃し政治体制を排除する「斬首作戦」は、攻撃オプションの一つではあるが、実行は困難であり、優先度は低いと考えられる。
アメリカ軍の地上兵力による北朝鮮内での作戦はないと考えられる。アメリカの目的は金正恩の殺害ではなく、北朝鮮の核兵器廃絶と弾道ミサイルの無力化である。金正恩体制下でも「核兵器のない国家」であれば許容範囲である。
北朝鮮の核ミサイル格納基地は、硬い岩盤の地中に設置されているため、ICBM(ミニットマンⅢに核弾頭を装着して核地中攻撃を実施しない限り無力化は難しいであろう。
しかし地下トンネル基地の露出開口部にレーザー誘導爆弾やトマホーク巡航ミサイルで破壊し、敵を地下に閉じ込めた後に高性能通常地中貫通型爆弾で各個撃破することも可能である。
《グアムにミサイルを発射された時の対応》
国際法を忠実に反映した、平時における軍事力使用の一つの方法。
北朝鮮が火星12型ミサイルを4発グアムに発射した時のアメリカの対応。
第一に、アメリカは弾着地点に関わらずにミサイル4発を迎撃、撃墜する。(緊急避難的措置)着弾位置が領海内か領海外かは関係ない。アメリカ自身が脅威を感じるという理由で撃墜すると考えられる。これにより北朝鮮の面子を潰そうとするのである。
第二に北朝鮮のミサイル発射への報復として、危険海域を事前告知した上で、ICBM4発を北朝鮮の東西両海岸沖合40㎞程度の公海に撃ち込む。公海に着弾するのなら報復という意味合いで国際法上問題はない。アメリカの意思が明確に世界に示すことができると同時に、アメリカにより逆包囲攻撃された金正恩政権の権威は失墜するであろう。
【北朝鮮の反撃】
総兵力119万人。アメリカの一方的な攻撃で終わることはないだろう。当選反撃は予想される。朝鮮人民軍は38度線へと押し寄せる。艦艇の数や作戦機の数をみても北朝鮮の軍事力は大きい。しかしその装備はほとんどが旧式である。
核兵器と弾道ミサイルへの過大投資により、通常戦力の近代化に後れをとってしまった。そのようなリスクを承知の上で軍の近代化を犠牲にし、アメリカだけに焦点をしぼった核兵器とミサイルの開発に、国運をかけざるを得なかったのである。
ただ特殊部隊による奇襲・ゲリラ攻撃を全く防ぐことはできないし、韓国側アメリカ側にもかなりの被害が出るだろう。化学兵器や生物兵器が使用されることも考えられる。
《北朝鮮の弾道ミサイル》
北極星2型 ~日本、韓国という近距離を攻撃。
火星12型 ~グアム(マリアナ諸島)攻撃。
火星14型 ~アメリカ本土攻撃。
火星13型 ~アメリカ全土を射程におさめるICBM。
【アメリカの北朝鮮攻撃戦略の意義】
今後北朝鮮の核ミサイルを容認してしまうと、アメリカは子孫の時代までも北朝鮮から脅迫され続けると認識している。そして国際社会に対しても同じことがおこると考えている。
北朝鮮の核弾頭、ミサイルの問題は、アメリカのみならず全ての人類に対する直接的な大量破壊兵器の脅威と挑戦であるということである。北朝鮮の核ミサイル問題は、全世界が対応を求められていることなのである。
下の記事では、既にアメリカによる北朝鮮攻撃に備えた準備も進んでいることがわかります。
北朝鮮をめぐり、アメリカと中国が進めるこれまでにない準備とは?
Alex
Lockie
© Flickr/Marines 韓国での米軍の演習は、かつてないほど増えている。
- 朝鮮半島での緊張が高まるにつれ、アメリカと中国の動きにもこれまでにない変化が起きている。
- 中国では、難民キャンプを準備するとともに、国民に対して核攻撃を生き抜くための情報を提供、空軍による防衛能力を強化している。
- アメリカは軍事演習に力を入れており、空爆に加え、北朝鮮の核を武力によって削ぐ準備も進めていると報じられている。
朝鮮半島の緊張がかつてないほど高まる中、アメリカと中国は最悪のケースを想定し、これまでにない動きを見せている。
北朝鮮との国境に面した中国の吉林省では、共産党機関紙「吉林日報」が核爆発を生き抜く方法について解説する記事を大きく掲載した。北朝鮮には直接言及していないが、その必要もないだろう。
吉林省ではまた、5つの難民キャンプも建設されている。ニューヨーク・タイムズが入手した資料によると、「中朝国境の情勢が昨今、悪化しているため」だという。戦争が起これば、北朝鮮から数千人規模の難民が国境を越えて押し寄せると見られており、キャンプはこうした難民を受け入れるためのものだ。
中国は、難民を心配しているだけではない
© PLAAF
だが、中国の備えは、防御的な、成り行きを見ながらのアプローチばかりではない。中国の空軍は今月初め、「これまでに飛んだことのないルートやエリア」での演習を実施、朝鮮半島に近い黄海や東シナ海で偵察機を展開していると、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙は報じている。
「中国人民解放軍によるこのタイミングでの発表は、北朝鮮をこれ以上挑発すべきでないとのアメリカや韓国に対する忠告でもある」北京を拠点に活動する軍事専門家のリー・ジエ(Li Jie)氏は、同紙に語っている。
これに加え、中国は南シナ海での活動も強化している。台湾周辺にも偵察機を送って最新情報を得ていると言い、マカオを拠点とする専門家アントニー・ウォン・ドン(Antony Wong Dong)氏は「非常にまれなことだ」と、同紙に話している。
北朝鮮の非核化に備えるアメリカ —— 武力行使も辞さず?
© Spc. Jordan Buck va DVIDSHUB
アメリカに、北朝鮮に対する圧力を弱める考えはなさそうだ。
2018年2月の冬季オリンピックを平和的に開催するため、韓国はアメリカとの合同軍事演習の延期を提案しているが、アメリカ側は合意していない。
通常12月は軍事演習の少ない時期だが、アメリカは2017年12月、北朝鮮との空中戦を想定したステルス機を使った演習を、これまでにない規模で実施している。
この演習の直後、アメリカと韓国は北朝鮮に潜入し、その大量破壊兵器を無力化する演習を行ったと報じられている。
ティラーソン国務長官は先週、アメリカが準備を進める北朝鮮の核兵器を削ぐ計画によって、北朝鮮が崩壊もしくは不安定化する可能性があると語った。
また、マクマスター大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は、アメリカが核武装した北朝鮮を受け入れることはないと述べ、必要があれば武力行使も辞さないとの考えを改めて示した。
「我々は、平和裏に解決すると決意しているのではない。解決すると決意しているのだ」マクマスター補佐官は、BBCのインタビューに答えている。「必要であれば、強制的に北朝鮮を非核化する準備ができていなくてはならない。例え現体制からの協力が得られなかったとしても」
最大限の圧力
© Tyler Rogoway/Aviationintel.com via The Aviationist
北朝鮮に対するトランプ政権のアプローチは、あらゆる手段で圧力をかけ、北朝鮮を抑え込もうとするものだ。軍事脅威、軍事配備、演習強化、ステルス機やより殺傷能力の高い兵器システム、制裁、海上封鎖の可能性はいまや、北朝鮮にとって日常となりつつあるのかもしれない。
だが、こうしたアメリカの新しいアプローチに気付いているのは、北朝鮮だけでない。中国も、高まりつつあるアメリカの緊張や、武力行使をも辞さないとの考えを反映した米軍の動きを注視している。
[原文:The US and China are preparing for
all hell to break loose in North Korea]
(翻訳/編集:山口佳美
「北朝鮮は核・ミサイル開発をやめない」前提で対処せよ
米国による北朝鮮のテロ支援国家再指定について、2017年11月20日付のウォールストリート・ジャーナル紙は、これを全面的に評価し、支持する社説を掲載しています。要旨は、次の通りです。
トランプ大統領は、前任者たちの誤りを避け北朝鮮の核戦力増強を止めることを約束しているが、20日、北朝鮮を国務省のテロ支援国家リストに再指定し、象徴的な一歩を踏み出した。指定は、実際的効果と同時に道徳的効果もあるが、外交的真実を知らしめたという意味で歓迎される。
トランプは「北朝鮮は世界を核の災厄で脅すのみならず、海外での暗殺を含む国際テロを繰り返し支持して来た」と述べた。
レーガン大統領は、北朝鮮の工作員がビルマで韓国の4閣僚を殺害し、大韓航空858便を爆破して乗客115人を殺害したことを受け、1988年に北朝鮮をテロ支援国家に指定した。米諜報当局は、2014年のソニー・ピクチャーズへのサイバー攻撃の背後には北朝鮮の存在があると信じている。北朝鮮は、2007年にイスラエルが爆撃した、シリアの核兵器製造のための工場も支援していたと考えられる。そして、日本人拉致や国外逃亡者の殺害を忘れてはならない。
ブッシュ(子)大統領は、コンドリーザ・ライス国務長官の北朝鮮に核放棄を懇願するという成功見込みのない賭けの一環として、2008年に北朝鮮をリストから削除した。北朝鮮は秘密裏に核計画を推進しながら譲歩を手にし、計画を止めると約束した。北朝鮮は6回の核実験を実施し、日本の上空に弾道ミサイルを発射し、間もなく米本土に到達し得る核ミサイルを保有し得るだろう。
テロ支援国家再指定は、北朝鮮の犯罪的行為を浮き彫りにし、体制をさらに孤立させよう。ティラーソン国務長官は、20日、再指定により、第三者が北朝鮮と共に行動することを思いとどまるよう望む、と述べた。
金融その他のライフラインは、犯罪的金一族が国連の制裁を嘲り、軍を買収し、飢饉にも拘わらず権力を維持することを可能にしているが、再指定は、このような金融その他のライフラインを切断する米国のより広範な取り組みの一環である。トランプは、財務省が21日に北朝鮮と取引のある国家や企業をさらに締め付ける新たな制裁を発表するとしている。
北朝鮮は核兵器を諦めないというのが通説だが、その主張を試すことのできる唯一の方策は、あらゆる側面から北朝鮮の体制を可能な限り締め付けることである。
出典:Wall Street Journal ‘North Korea, Terror Sponsor’ (November 20,
2017)
URL:https://www.wsj.com/articles/re-listing-north-korea-1511214435
URL:https://www.wsj.com/articles/re-listing-north-korea-1511214435
本社説は、米国による北朝鮮のテロ支援国家再指定は、外交的真実を知らしめたという意味で歓迎されると言っています。外交的真実を知らしめたというのは、北朝鮮がテロ支援国家であることを知らしめたということです。それが歓迎すべきことは明らかです。
ブッシュ(子)大統領は2008年、北朝鮮が非核化の道を歩むことを期待して、北朝鮮をテロ支援国家リストから削除しましたが、この期待は裏切られ、北朝鮮は核・ミサイル開発を加速化しました。それが分かった時点で再指定すべきでした。
再指定は北朝鮮を非核化に向けた交渉に誘い出す努力に水をかけると批判する向きもありますが、北朝鮮は再指定があろうとなかろうと、非核化に向けた交渉に応じる気配はありません。
トランプ政権は、北朝鮮を非核化に向けた交渉に引っ張り出すため、経済制裁の強化など最大限の圧力を加えようとしていて、日本政府はこれを支持していますが、経済制裁の強化にも関わらず、北朝鮮が交渉に応じてこない可能性があります。北朝鮮が米国本土を攻撃できる能力の取得を、国の生存に不可欠な抑止力と考えているからです。
米国や日本その他の同盟国、友好国は、引き続き北朝鮮に対する圧力の強化に努めると同時に、北朝鮮が核・ミサイル開発を止めないことを前提とした対北朝鮮戦略の策定、強化にも努めるべきでしょう。その中心は日米韓の協力です。米国は日韓両国に対する核の傘の提供の信頼性の確保に万全を期すべきです。日本はミサイル防衛の強化に努めるとともに、対地攻撃巡航ミサイルの開発についての一部報道が正しいとすれば、その開発を推進すべきでしょう。韓国については、米国の著名な戦略専門家、Anthony Cordesmanが、米国は韓国に核兵器を再配備すべきである、と言っています。検討に値します。
我が国は、アメリカ、トランプ政権の海軍力増強、とりわけ艦艇の建造に関して、技術的な面から支援という名のビジネスを提唱するものです。悪くないですね。健全な日米同盟のためにも。
米国「355隻海軍」は日本にとってビジネスチャンス
中国のスピードに追いつけない米国の造艦能力の現状
北村淳
2017.12.21(木)http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/51906
米首都ワシントンで、自身の政権の国家安全保障戦略について演説するドナルド・トランプ大統領(2017年12月18日撮影)。(c)AFP PHOTO / SAUL LOEB〔AFPBB News〕
かねてより法律化の努力が続けられていたアメリカ海軍艦艇数を飛躍的に増強する法案がアメリカ連邦議会上院を通過し、トランプ大統領によって署名され、「Securing the Homeland by Increasing our Power on the Seas Act」(「海軍力を強化して国土を保全する法律」通称“SHIP法”)として法律化された。これによって、アメリカ連邦議会そしてアメリカ政府は、アメリカ海軍の主力戦闘艦艇を355隻以上に増加させなければならなくなった。
トランプ大統領の公約
トランプ大統領は大統領選挙期間中、国防力強化と雇用維持拡大の双方の観点から、「350隻海軍の建設」を公約として打ち出していた。現在、公式には278隻とされているアメリカ海軍の主要戦闘艦艇を350隻に増強して、かつて世界中の海に睨みを効かせていた“大海軍”を復活させようというのである。
アメリカ海軍当局も、トランプ大統領の「350隻海軍建設」と歩調を合わせて「355隻海軍建設」の実現が必要不可欠であるとの主張を展開し続けてきた。なぜなら、中国海軍の飛躍的な戦力増強や、南シナ海、そして東シナ海への膨張主義的拡張政策の伸展、それにロシア海軍力の復活の兆し、それに対テロ戦争の海洋への波及などに対処するには、現有海軍力では対処しきれなくなってしまったからである。もっとも、主力戦闘艦艇355隻でも中国海軍をはじめとする海洋での脅威に太刀打ちするには心許ないと考え、400隻あるいは500隻といった大海軍建設を主張する海軍戦略家も少なくない。
トランプ大統領は、大海軍の再構築は「アメリカにおいて、アメリカの労働者により、アメリカの鉄で、大量の軍艦を建設しなければならない」と主張している。たしかに、軍艦の建造はいわゆる重厚長大産業から最先端ITテクノロジーまで裾野の広い多種多様の企業を総動員する必要がある。海軍の増強は、海軍戦略、そして国防政策の側面だけでなく、各種技術レベルの底上げ、雇用の確保、結果的に税収の増進といった経済活性策という側面があることも見逃せない。
「SHIP法」成立には政治的側面も
今回法律化された「SHIP法」は、アメリカ海軍当局の主張のとおり「355隻海軍の建設を達成しなければいけない」という趣旨の法律である。「艦艇数の増強を図る努力をすべき」といった具合に、単に目標を提示した法律ではなく、「アメリカ海軍の主要戦闘艦艇数を「355隻以上にする」と、具体的に海軍艦艇の規模を規定したのだ。軍艦という高額兵器の大増強を図るという法律の執行には、もちろん莫大な予算を投入しなければならない。連邦議会予算事務局などの算定によると、トランプ大統領の目指す大海軍を建設するには毎年210億ドルの軍艦建造費が30年間にわたって必要とされている。
今回「SHIP法」が成立したのは、アメリカの国防が強化されるという軍事的理由もあるが、それ以上に連邦議員、とりわけ州益の代表である上院議員が選出州の雇用の拡大を目指して議会を通過させたという政治的側面も見逃せない。
実際に、「SHIP法」を先頭に立って推進したロジャー・ウィッカー上院議員はミシシッピー州選出であり、ミシシッピー州最大の民間雇用主はアメリカ海軍駆逐艦などの建造を請け負っているインガルス造船所である。「SHIP法」によって間違いなくインガルス造船所は今後20年間にわたって駆逐艦などを安定的に建造し続けることになるため、ミシシッピー州の雇用は安定することになり、ウィッカー上院議員はミシシッピー州の英雄となったのだ。このほか、やはりアメリカ海軍艦艇の建造に携わっているバス鉄工所(メイン州)、ニューポートニューズ造船所(バージニア州)などはもちろんのこと、軍艦に搭載される各種レーダー装置やミサイルなどのメーカーはアメリカ各地に点在しているため、それらの企業だけでなく多くの州で「SHIP法」が順調に適用され、少なくとも77隻の軍艦が建造され続ける間は雇用が安定することになる。
インガルス造船所とバス鉄工所で建造しているアーレイバーク級駆逐艦(写真:米海軍、以下同)
バス鉄工所が建造したズムウォルト級ミサイル駆逐艦駆逐艦
技術的に前途多難な355隻海軍建設
インガルス造船所やバス鉄工所それにニューポートニューズ造船所といった軍艦建造メーカーは、最低でも77隻もの各種軍艦の多くを建造することが義務づけられた法律のおかげで、今後30年近くにわたっての軍艦建造が保証され、関連会社を含めた雇用が安定することとなった。
しかしながら、それらのアメリカ軍艦建造メーカーの数的造艦能力では、連邦議会予算事務局などが指摘しているように、30年近くの年月を要することになってしまう。中国はアメリカの4倍のスピードで軍艦を生み出す造艦力を有する。米国の現在の造艦能力では10年も経ずして中国海軍に太刀打ちできない状況が現実のものとなり、その後はますます劣勢に陥ってしまうことは確実だ。軍艦を造り出す速度だけではない。アメリカ海軍の軍艦を生み出してきた造艦メーカーの質的造艦能力にも、疑問符が付せられている。
というのは、軍事予算削減が続き、軍艦建造や修理そしてメンテナンスなども“倹約”が続けられてきたため、軍艦建造メーカーでも専門家や熟練労働者などが減少しており、高度な造艦レベルを維持することが困難になっているからである。355隻海軍を造り出すには、軍艦を新たに建造するのと平行して、現在就役している274隻の主力戦闘艦、それらの主力戦闘艦以外にも海軍で使われている多数の各種艦艇に対する定期的なメンテナンスや大小にわたる修理なども実施し続けなければならない。実際に、全国に4カ所ある「海軍造船所」(実際には軍艦建造は行っておらず、修理とメンテナンスを行っている)や上記のような民間の軍艦建造メーカーの造船所などでのメンテナンスや修理が必要であるにもかかわらず“順番待ち”状態になっている海軍艦艇の数は極めて多い。全ての“順番待ち”状態が解消されるのは2035年になってしまうとも言われている状態である。
このように、トランプ大統領の言う「大海軍」を建設するための──というよりは建設することを義務化した法律が誕生し、巨額の税金を投入する準備が完了したにもかかわらず、「アメリカの造艦能力の現状では、果たして77隻もの各種軍艦を造り出すことが、それも可及的速やかにできるのか?」という疑問が投げかけられているというのが現状なのだ。
日本にとっては絶好の機会
少なからぬアメリカ海軍関係者たちからは、「アメリカ企業の利益やアメリカ国内での雇用を確保することは必要だが、それらにこだわっていては355隻海軍が誕生するのは2050年近くになってしまい、アメリカ海軍は東アジア海域から駆逐されているかもしれない。アメリカ国内雇用にはある程度目をつぶっても、日本や韓国それにヨーロッパの造艦能力に頼らざるを得ないのではないだろうか」という意見も聞こえてくる。
日本政府にとっては、日米同盟を実質的に強化するため、ならびに日本の造艦関連諸産業を中心とした企業にとってのビジネスチャンスを手に入れるため、日本の軍艦建造能力をトランプ政権に売り込む絶好の機会と言えるだろう。
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