2021年4月6日火曜日

次世代の量子通信暗号技術。

 将来のデジタル社会基盤を支える「東芝の量子暗号通信」

絶対に盗聴、解読できない暗号通信技術が実用化

将来のデジタル社会基盤を支える「東芝の量子暗号通信」 |日本経済新聞 電子版特集 (nikkei.co.jp)

ネットワークを通じて多種多様かつ大量の機密情報がやりとりされる今日、それらの情報をいかにして保護するかが大きな社会課題となっている。量子コンピューター技術の実用化をはじめとし、デジタル技術のめざましい発展により、現在の複雑な暗号が瞬時に解読されてしまうのも時間の問題だと言われているからだ。この社会課題を解決し、将来にわたり通信の安全性を担保できる新しい暗号通信技術が実用化された。量子力学を応用した「量子暗号」だ。東芝はこの技術の研究開発に20年以上前から取り組み、ついに実用化にこぎ着けた。量子暗号通信は、情報の安全の確保という社会課題の解決にどう貢献するのだろうか。

ネットワーク社会に迫る安全性の課題

インターネットの普及が始まって四半世紀が経過した。この間、通信や端末の技術革新が急速に進み、ネットワークはもはや私たちの生活やビジネスになくてはならない重要な社会基盤となっている。しかし、高度にデジタル化した現代社会において大きな課題となっているのが、ネットワークを流れる通信の安全性をいかに守るかということである。

ネットワークでは個人・企業・国家に関するあらゆる機密情報がやりとりされている。そのなかには金銭的価値を持つ情報も数多く含まれており、そうした情報を狙った悪意ある攻撃者による盗聴・窃取・改ざんの脅威に常にさらされているのが実状だ。このような脅威に対抗するため、これまでは情報を暗号化する技術が使われてきた。たとえネットワークの経路途中で通信内容が漏れたとしても、暗号を解読できなければ情報そのものは漏えいしないという発想である。

ところがコンピューティング技術の発展により、従来の暗号技術は今後リスクにさらされる可能性がある。現在のコンピューターとはまったく異なる原理で計算処理を行う「量子コンピューター」が登場してくると、解読のための計算に数千~数万年かかると言われていた暗号であっても、瞬時に解読されてしまうという可能性があることがわかってきた。このまま手を打たなければ、ネットワークに求められる「情報を安全にやりとりする」という基本機能が果たせなくなり、ひいてはネットワークに頼った現代社会の崩壊を招くおそれもある。

そこで注目されているのが、量子コンピューターにも応用されている「量子力学」の理論に基づいた暗号技術だ。東芝もいちはやく量子暗号の研究開発に着手し、実用化に向けて動き出している。

20年以上にわたり「量子」を研究

東芝をはじめ、世界の企業がこぞって開発を急ぐ量子の技術。そもそも量子とは何なのか。量子コンピューターや量子暗号通信に量子力学の理論を応用するとは、どういうことなのか。量子暗号通信の事業化プロジェクトで責任者を務める村井信哉氏は次のように説明する。

「量子とは粒子の両方の性質を併せ持つ、小さな物質やエネルギーのことです。原子を構成する陽子や電子、光の粒子である光子などが代表的な量子です。この量子の微視的な物理現象を表すのが量子力学であり、重ね合わせや量子もつれといった量子力学の現象を計算に利用して処理速度を飛躍的に高めたのが、量子コンピューターです。一方、東芝が取り組んだ量子暗号通信は、暗号鍵の通信に量子力学の原理を利用した技術です。どちらも量子力学の原理を応用したものですが、応用先が異なっているわけです」   東芝が量子暗号通信に関する研究開発に着手したのは20年以上も前のことだという。

「東芝は1991年に英国ケンブリッジ研究所を設立し、さまざまな技術の基礎研究に取り組んでいます。そうした研究テーマの一つとして、2000年頃に始めたのが量子でした。基礎研究の結果、応用先として注目したのが量子暗号通信です。およそ10年にわたって基本的な原理についての研究を進め、10年頃からは日本の通信技術研究部門と共同で量子暗号通信の実用化に向けた研究開発を推進してきました」(村井氏)

 東芝の技術的優位性は「高速」「安定性」

 量子暗号通信は、従来の暗号通信とどのような違いがあるのか。従来の暗号通信は情報を暗号化して読めなくしたうえで、暗号を解くための鍵を相手に送るという仕組みになっている。暗号も鍵も非常に複雑で、解読に膨大な時間を要することが安全性の担保につながっている。だが、上述したように量子コンピューターを使えば、簡単に解読されてしまうおそれがあるのだ。

「量子暗号通信はこの暗号鍵の受け渡しに量子力学を応用し、どんなに計算処理が高速なコンピューターを使っても絶対に解読できないことが基本機能です。ネットワークを流れる通信は光ファイバーなどを波として伝播しますが、量子暗号通信では非常に微弱な光の粒 ―― 光子に鍵の情報を乗せて通信します。光子はネットワークの経路途中で搾取されたとしても、その粒が取られて減少するので必ず気づきます。また意図的に同じ光子の粒を作成することもできません。これらが量子力学のふるまいを応用した量子暗号通信の原理であり、安全である根拠となります」(村井氏)

 ただし、量子暗号通信には条件もある。ネットワーク経路の途中で光子の増幅やコピーはできないので、長距離の伝送が難しいということだ。「量子暗号通信の原理自体は一般的なものなので、他社の同等製品との違いはありません。しかし東芝の量子暗号通信は、光子のノイズ除去や並列計算処理により高速化を実現、光子を安定させて最大120kmの長距離配送ができるなど、これまでの研究開発の積み重ねによる技術的な優位性があります。当社による資料比較になりますが、鍵配送速度や通信距離において当社製品は他社製品を大きく上回っており、まさに現時点で世界最高性能と自負しています。また専用の光ファイバー回線を用意しなくても、既設の光ファイバーに量子暗号通信を多重化できるところも大きな特長です」(村井氏)

図1:従来の暗号通信と「量子暗号通信」の違い

図2:量子暗号通信の原理


実証実験の成果を受けて実用化が始まる

 東芝が量子暗号通信システム製品の提供を開始したのは2010月である。ここに至るまでに数多くの実証実験が繰り返し行われてきた。11年には情報通信研究機構(NICT)が運営する「東京QKD(量子鍵配送)ネットワーク」を利用した最初の実証実験が行われ、20年には宮城県仙台市の東芝ライフサイエンス解析センターと東北大学東北メディカル・メガバンク機構を結び、数百ギガバイトを超えるデータ量のゲノム配列データを量子暗号通信で伝送する実証実験が行われている。また海外でも複数の実証実験が実施されており、米国・ニューヨーク市のウォールストリート金融市場とニュージャージー州のバックオフィス拠点を結ぶQuantum Xchange社の「Phio QKDネットワーク」などでその効果が確認されている。

 量子暗号通信ビジネスを担当する江島克郎氏によると、量子暗号通信システム製品に関する引き合いは官公庁・金融機関・医療機関など機密性の高い通信を必要とする分野を中心に幅広い領域の企業から寄せられているという。

 「量子暗号通信システム製品は、盗聴されるとその損失や被害額が極めて大きい情報、あるいは秘匿価値の極めて高い情報を安全に通信するための用途を中心に商談を進めています。例えば国家安全保障にかかわる政府機関の機密情報、金融機関における高額かつ高度な金融取引(トレーディング)情報、医療機関におけるゲノム情報、臨床データ、製薬開発など秘匿性の高い情報などが最初の応用先になると考えています」

 このほか製造業でも、製品開発・生産情報など付加価値の高い知的財産(IP)をやりとりする用途などを想定して実証実験が一部始まっているそうだ。

図4:仙台市で行われたゲノム配列データ転送の実証実験


普及に向けてさらなる改善に取り組む

 いよいよ実用化に向けて動き出している東芝の量子暗号通信だが、同社では今後、さらなる改善に取り組む予定だという。

 「研究開発を現在進めているのが、通信可能な距離を倍にする当社の独自技術『ツインフィールドQKD』です。まずはこの技術をしっかりと実用化していくことが重要だと考えています。また光ファイバーを敷設できない拠点間を接続するために衛星を使った量子鍵配送を可能にしたり、さまざまなユーザーが容易に利用できるソフトウェアプラットフォームを用意したりといった取り組みをしています。とくにプラットフォームづくりには、光ファイバー回線を提供する通信事業者などパートナー各社との協業を進めています。前述したとおり、機密性の高い情報を取り扱う医療分野、政府機関、金融機関向けのネットワークセキュリティへの適用も期待されています。英国の研究機関との実例としては、量子暗号を使用して離れた生産施設間で機密データを安全に転送することにも成功しています。インダストリーIoTを支えるインフラとしての可能性を期待されています。今後は国内外で量子暗号鍵配送ネットワークを構築し、金融機関を中心とした顧客向け量子鍵配送サービスを25年度までに本格的に開始する予定です。東芝の予測では量子鍵配送サービス市場は35年度に全世界で約200億米ドル(約2.1兆円)と見ています。東芝は30年度には約30億ドル(約3150億円)の売上高を目指し、量子暗号通信業界のリーディングカンパニーを目指します」(江島氏)

 将来にわたって安全な通信を確保する ―― この社会課題の解決に取り組んだ東芝の量子暗号通信は、これから着実に普及していくことだろう。

 

※絶対に、といってしまって大丈夫なんでしょうか?

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