アメリカの「中国人留学生外し」が示す深い確執
留学生大国目指す日本にも対岸の火事ではない
API地経学ブリーフィング
今後、自由主義諸国は中国からの「ヒト」の流れをどこまで、どのような基準で制限していったらいいのか
米中貿易戦争により幕を開けた、国家が地政学的な目的のために経済を手段として使う「地経学」の時代。
独立したグローバルなシンクタンク「アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)」の専門家が、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを、順次配信していく。
中国人留学生37万人の影
米中対立に拍車がかかる今日、アメリカの対中デカップリング(切り離し)の動きは経済上のモノ・サービス・金融の分野だけではとどまりそうにない。約50年間にわたって米中の協調関係を下支えしグローバリゼーションによってさらに深化した、米中間の「ヒト」のつながりにもついに規制の手が及んだ。
アメリカ政府は6月1日付で、今後、中国人民解放軍とつながりを持つ大学院レベル以上の中国人留学生・研究者をアメリカに入国させず、すでにアメリカ内にいる対象者のビザは剥奪することを決めた。これにより少なくとも3000人の中国人が影響を受けるという。
5月には共和党の上院議員からも理系の中国人留学生をすべて入国規制すべきだとする提案が発表され、7月には約9200万人に及ぶ中国共産党の党員とその家族の入国規制が検討されていると報じられた。今後アメリカをはじめとする自由主義諸国は中国からの「ヒト」の流れをどこまで、どのような基準で制限していったらいいのか。2008年以来留学生受け入れ30万人を目指し取り組んできた日本にとっても深刻な問題だ。
中国が急速な経済発展を遂げるにつれ、そのエリート層の多くは子弟を海外に送り出すようになった。現在アメリカには37万人近くの中国人留学生がおり、この中にはかつてハーバード大に通った習近平の1人娘もいた。こうした中国エリートの子弟は究極的な意味で米中関係の信頼を担保する「人質」であり、裏返せばそれは北京のトップがアメリカやその開かれた大学に一定の信頼を置いているという証しでもあった。莫大な数に膨れ上がった中国人留学生は、アメリカで学ぶ留学生全体の約34%を占め、大学の国際性向上に貢献し、多くの大学の財政を支えている。
しかし、米中信頼担保の役割を果たしてきた中国人留学生はいまや米中不信の種になってしまった。中国政府がその一部を政治利用し、アメリカの安全保障や価値観を脅かすツールとして用いることが広く認識されてきたからだ。2018年アメリカ連邦捜査局(FBI)は、一部の理系分野の中国人留学生・研究者が「非伝統的な収集者」として知的財産の不正流出に加担していると報告した。
問題は知的財産の流出だけにとどまらない。中国領事館が中国人学生団体と連携し、各大学における教育・研究活動に中から影響力を行使しようとする事例が数多く報道されている。ダライ・ラマや中国亡命者による講演への妨害行為がその際たる例だが、ほかにも領事館によって中国人留学生の言動が監視されるだけでなく、その監視の目が各国で教鞭をとる大学教員、とくに中国研究者にまで及ぶ可能性に危惧が高まっている。
すでに中国国内の大学では、習近平体制を批判した大学教授の言動が学生を通じて政府当局者に伝わり、後に逮捕されている。同様の現象が中国人留学生を通じて海外の大学教員に起こらない保証はない。豪州では講義中に中国を批判した教員がSNS上で批判を浴びる事件が起こった。
中国研究者の間に募る懸念
現に世界の中国研究者の間では、中国政府からの懲罰を恐れた結果広がりかねない自己検閲に懸念が広まっている。今年発表された調査研究では、中国本土以外で活動する中国研究者562人のうち、約7割が中国研究における自己検閲に危機感を示したという。中国当局による長期的な拘束は非常にまれでも、中国への渡航規制や公文書館へのアクセス制限、訪中時に当局者から誘われる「お茶」など、さまざまな圧力が実体験として報告されている。
一方、中国領事館の留学生に対する介入の度合いには地域間でも差があり、その実態はつかみきれないことから、トランプ政権内では中国人留学生を一緒くたに敵視する声もある。だが、ただでさえ政治の分極化が進むアメリカにおいて、反移民主義的傾向の強いトランプ政権が闇雲に中国人入国規制を行えば、それは必ずや国内外で物議を醸し、アメリカは内部分裂を起こしてしまうだろう。中国系のアメリカ市民に対する差別問題につながる危険性もある。
すでに中国は最近のアメリカの動きを特定の人種を排除しようとするレッド・スケアの再来と非難しているが、これにはアメリカの国内情勢を見据えた一定の公算がある。近年のアメリカでは人種や性別、性的指向など特定のアイデンティティーに基づく集団の権利をめぐる問題が政治議題として重視され、保守とリベラルの分裂が深刻化している。トランプ氏が新型コロナウイルスを「中国ウイルス」と呼んで批判されたのも、そうした描写がアジア系市民への差別行為を助長するからだった。中国はこうした情勢を巧みに捉え、中国人入国規制を人種差別問題として語る。
5月に発表したアメリカ政府の対中戦略文書が工夫を凝らしながら本件に警鐘を鳴らすのはこのためだ。この文書は、中国人留学生は「自由の国アメリカ」にいながら自国の政府に監視され政治利用される被害者だと示唆し、アメリカの大学は彼らの権利を守る必要があると訴える。「習近平体制 vs. アメリカで学ぶ優秀な中国人留学生」という構図を作り、アメリカは後者の味方と伝えることで、この対中指針がトランプ政権の単なる排他的アメリカ・ファーストの一環ではないと示す。
移民たちによる「大いなる実験」を建国精神とし、外国人に門戸を開くことで成長を続けてきたアメリカだからこそ、ヒトをめぐる対中デカップリングでは神経をとがらせている。19世紀後半から20世紀前半にかけてアメリカ国内で中国系移民に続いて日系移民が排斥され、当時の日米関係に影を落とした歴史からも、この問題がはらむデリケートさが読み取れるだろう。
留学生大国を目指す日本に警戒が必要なこと
中国人留学生問題は日本にとって決して対岸の火事ではない。現在日本には約8万6000人の中国人留学生がおり、留学生全体の約41%を占める。アメリカで中国人留学生が占める比率34%より大きい数字だ。都内の大学におかれる中国人の学生団体も2018年の72団体から2020年の94団体に増加している。
米中間の「ヒト」デカップリングの動きを受け、日本はとくに2点で警戒を強めなければならない。
まず、中国軍関係者や理系の学生など、新たな規制によってアメリカに留学できなくなった中国人の学生が代替先として日本にやってきていること、今後もその数が増えることを見越し、機微情報流出への防衛策を強化する必要がある。日本ではすでに「外国為替及び外国貿易法」に基づき、理工系の大学や学部に対して外国人留学生受け入れの適切な基準を示すなど、機微技術管理の対策を講じているが、その対策はいまだ十分に浸透していない。
日本の国立大学、医歯薬理工系学部を置く公立・私立大学を対象にした2018年の経済産業省の調査によれば、輸出管理の担当部署や内部規定を設定している大学はまだ半分程度だ。内部規程のない大学では外国人留学生・研究者受け入れ時点で安全保障上の審査を行っているのはわずか6%にすぎなかった。ここ数年における中国人留学生の急増および国際情勢の変化を受け、こうした抜け穴を早急に埋める必要がある。政府は対策実施のための財源やノウハウが不足している大学を中心に支援を拡充し、対策を最大限に強化したうえで優秀な理系分野の中国人留学生を迎えるのが望ましい。
さらに日本の大学内での言論・学問の自由を保護し、中国を扱う研究者たちが自己検閲せざるをえない状況にならないよう、政府・大学が連携して策を講ずる必要がある。昨年9月、北海道大学の岩谷將教授が中国社会科学院近代史研究所からの招聘による訪中時に反スパイ法違反の嫌疑で拘束され、その後日本政府の働きかけで解放されたことは記憶に新しい。
日本国籍の研究者が2カ月間拘束
2015年以降、中国では14名もの日本人が拘束され、大手商社の社員を含む9名が有罪判決を受けている。だが今回、日中戦争史を専門とする日本国籍の研究者が2カ月間拘留されるという史上初めての出来事は、日本の中国研究者に大きな衝撃を与えた。
今後、ほかの日本人中国研究者が訪中時に拘束されるリスクやその他の圧力から研究分野を制限されたり、中国人留学生の面前では率直に意見できない状況になったりすれば、自由主義国の根幹となる言論・学問の自由は次第に腐敗していくだろう。同状況下にある自由主義諸国の大学や研究者等と意見交換を深め、ともに知恵を絞らなければならない。
留学生大国を目指す日本は、今後とも大学の開かれた言論空間を堅持し、機微情報や知的財産の保護対策を徹底的に強化したうえで、優秀な留学生を歓迎しなければならない。そのためには中国人留学生がもたらす問題が、日本の安全保障、知的財産、そして言論・学問の自由に関わる分野横断的な問題だと認識し、国を挙げて防衛措置を強める必要がある。こうして防衛策を徹底させ潜在的攻撃者を抑止できれば、攻撃の武器として用いられる中国人留学生を守ることにも繋がる。
一方、今後も中国政府が留学生を利用した政治工作を加速させ、こうした強化措置だけでは対応できなくなれば、日本を含む自由主義諸国は中国人留学生に対して国境を閉じていかざるをえなくなるだろう。また日中の相互理解を支えてきた日本の中国研究者や経済人が安心して訪中できない状況が続けば、日中関係は厚みを失いすさんでいくだろう。そんな日中関係、国際社会が中国の望む世界なのか。留学生をめぐるデカップリングの動きは、北京にそう問いかけている。
(寺岡 亜由美/プリンストン大学 国際公共政策大学院安全保障学博士候補生)
家庭生活に難のある学生、海外で学ぶ意欲あふれる若者、それぞれの状況に応じてヒューミントの役割を課していくような形でしょうか?
特別なスパイの訓練を経てきている方はそう多くはないでしょう。多くはお金で雇われたエージェントではないかと思えます。
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仮に相手がスパイであったとしても正直「騙される方も悪い」という考え方もあるかと思います。スパイを罪と断定し、国家に害をなす存在として刑罰を科す対象としていくのは政府の仕事です。特定秘密保護法だけではなく、スパイそのものを取り締まることにできる法律を整備しないとこの国は国際社会で一流国として認められないでしょうね。いつまでもアメリカの保護国、共産中国の準保護国となるだけです。
大国に情報戦で翻弄されれば、国家としての主体性はないです。自衛隊の防衛戦略もそこのところを考えるべきです。市街地戦闘訓練も大事ですが、ヒューミント養成、シギント収集のための体制を整えることですが、まずは日本人の戦争についての認識を変えることが重要でしょうか?
となると義務教育での「戦争教育」の改革だな。