2016年7月17日日曜日

ハーグ国際裁判判定を共産中国はどう受け止めるのか!?

南シナ海のハーグ裁定批判で「常任理事国失格」認めた中国…国際的信用は失墜するのか

平和安全保障研究所理事長・西原正

 中国は長い間南シナ海の島礁群を囲むようにして引いた「九段線」内を自国領だとしてきたが、オランダの仲裁裁判所は、この中国の主張を国連海洋法に違反するとの歴史的な裁定を下した。
 そればかりではない。裁定はもっと広範囲にわたるもので、(1)中国が主権を主張する「島」は岩礁であって島ではないので周囲に排他的経済水域(EEZ)を主張する権利はない(2)それらの岩礁を埋め立てて人工島化するのは環境破壊であり国連海洋法違反である(3)南シナ海で他国の漁業活動を威嚇妨害するのは伝統的漁業権を侵すものである-と、ほぼ全面的にフィリピンの主張を支持するものであった。

≪法的根拠失った軍事拠点化≫ 

 この件は、2012年4月にフィリピンが領有権を主張するスカボロー礁付近で、中国漁船を取り締まっていたフィリピン艦船が悪天候のため現場を引き揚げている間に、中国公船が同礁を実効支配してしまったことに発する。
 フィリピン政府は翌13年1月に膨大な文書を作成して仲裁裁判所に提訴した。中国は九段線の問題は裁判所の管轄権内に入らないと主張したが、裁判所は慎重な審議の結果、管轄権に入るとの重要な解釈を下した。そして12日、中国の行動に対して、予想された以上に厳しい裁定を下したのである。

当然、中国はこれに猛反発し、王毅外相は「手続きは終始、法律の衣をかぶった政治的な茶番だった」という談話を発表した。そして仲裁裁判所にはこの問題に関する管轄権はないと主張した。胡錦濤前政権で外交担当を務めた戴秉国前国務委員は7月5日、ワシントンの講演で、裁定は「ただの紙くず」と無礼に批判していた。
 中国はフィリピンに提訴を取り下げるよう要求しながら、南シナ海の岩礁に滑走路や港湾整備、そして戦闘機、ミサイルなどの軍事配備を進めた。既成事実を作っておく戦略であったのだろう。
 しかし今回の裁定が出たため、中国は九段線をもって南シナ海の軍事拠点化を進める法的根拠を失った。従って米国をはじめ日本、オーストラリア、インドなどによる航行や飛行の自由作戦を「自国領海を侵犯する違法行為」と非難することもできなくなった。

≪裁定は日本の立場を後押しする≫

 中国が国連が決めた裁判所の裁定を尊重しないということは、自ら国連の加盟国、とくに安保理常任理事国として失格であることを認めたことになる。中国は国連海洋法条約を1996年に批准した。それに反する行為を是正するのでなければ、国際的信用を失うだけである。中国には、国連常任理事国として国際社会で法の秩序を守る責任感があるのだろうか。


 さらに仲裁裁判所が、中国が南シナ海の主権を主張するに際して、過去2千年の支配を持ち出して歴史的根拠を理由にすることはできないとの判断を下したが、この点は、尖閣諸島の日本の立場を後押しする。裁定は、日本の尖閣諸島の法的、行政的管理を当時の国際法によって決めた1895年よりも前に「歴史的に中国のものだった」とする主張は法的根拠にならないことを示した。日本は今後、これまで以上にこの点を中国に対して、強く主張していくべきである。
 南シナ海の軍事拠点化を進めてきた習近平政権は裁判所の裁定で面子(めんつ)を失った。中国としては、強行策に出て南シナ海の岩礁の人工島化と軍事拠点化を進め、防空識別圏などを設置する道と、裁定を受け入れ、フィリピンをはじめ関係国との和解に進む道が理論的には考えられる。当面は前者の道を歩みそうである。
≪航行、飛行の自由作戦続行を≫
 中国は6月14日に雲南省で開かれた中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)との特別外相会議でASEANの結束を切り崩したように、親中派との関係強化を図り、さらに対中批判派を弱める動きをするだろう。そのために、フィリピンのドゥテルテ新政権との2国間協議を進めて、ある程度の妥協を図り、面子を保とうとするかもしれない。


裁定は、南シナ海の島礁に領有権を主張する他の国々を勇気づけることになるはずだ。とくにベトナムもこの裁定を根拠に自国の立場をより強く主張すべきである。また日本は引き続き、政治的な理由から対中批判を控えているASEANの一部諸国を物心両面で支える役割を果たす必要がある。
 中国は日本のような域外国には南シナ海への介入を威圧外交で拒絶するであろう。6月初めにシンガポールで開かれたシャングリラ対話で防衛省の三村亨防衛審議官(当時)と会談した中国の孫建国連合参謀部副参謀長は「日米両国が南シナ海で航行などを合同で実施すれば、中国側は黙っていない」と威嚇したとのことである。

 米国は、当分は対中関係の悪化を覚悟して、南シナ海における航行および飛行の自由作戦を続行して裁定を支えるべきである。今後、米国のオバマ政権やその後の政権がどんな対応をするのかも注視したい。(平和安全保障研究所理事長・西原正 にしはら まさし)

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