2018年1月10日水曜日

習近平体制の共産中国 ~軍事覇権大国の正体~

【安全保障戦略
ますます高まる中国の軍事的脅威と覇権拡大

習近平体制下の中国の安全保障戦略
Yoshiaki Yano昭和251950)年大阪生。昭和401965)年、大阪市立堀江中学校卒。昭和431968)年、大阪府立大手前高校卒。昭和471972)年京都大学工学部機械工学科卒。同年同文学部中国哲学史科に学士入学。同昭和491974)年卒。同年4月、久留米陸上自衛隊幹部候補生学校に入校、以降普通科(歩兵)幹部として勤務。美幌第6普通科連隊長兼美幌駐屯地司令、兵庫地方連絡部長(現兵庫地方連絡本部長)、第一師団副師団長兼練馬駐屯地司令などを歴任。平成182006)年小平学校副校長をもって退官(陸将補)。核・ミサイル問題、対テロ、情報戦などについて在職間から研究。拓殖大学客員教授、日本経済大学大学院特任教授、岐阜女子大学客員教授。著書『核の脅威と無防備国家日本』(光人社)、『日本はすでに北朝鮮核ミサイル200基の射程下にある』(光人社)、『あるべき日本の国防体制』(内外出版)、『日本の領土があぶない』(ぎょうせい)、その他論文多数
中国北京の三里屯地区の繁華街で警備に当たる武装警察。(c)AFP PHOTO / GREG BAKERAFPBB News

 201711月の中国共産党第19回党大会で習近平中国共産党総書記の報告がなされ、その中で習近平総書記の安全保障観と安全保障戦略が示された。同時に通過した新たな『中国共産党党規約』では、その冒頭で、中国共産党は、中国人労働者、人民の「先鋒隊」であるだけではなく、中華民族の「先鋒隊」であると規定されている。
 また、中国共産党の最高の理想と最終の目標は「共産主義の実現」にあると断言している。そのことは、すべてを「民主集中制」のもと共産党の「領導(指導)」の下に置く共産党独裁政治を貫徹するとの決意を内外に改めて表明したものと言えよう。今回の党大会では、50代若手の政治局常務委員が選出されないなど、習近平総書記への権限強化が図られている。安全保障、軍事面ではどうであろうか?
 また、報告された習近平の安全保障観、安全保障戦略の内容はどのようなものであろうか?
1 党大会報告にみられる習近平総書記の
安全保障観と安全保障戦略
 2017年10月に開かれた中国共産党第19回全国代表大会での習近平総書記の報告では、本党大会の主題が
 「初心を忘れず、使命を深く胸に刻み、中国の特色ある社会主義の大旗を高く掲げ、小康社会を全面的に建設し、新時代の中国の特色ある社会主義の偉大な勝利を勝ち取り、中華民族の偉大な復興という中国の夢の実現のために怠りなく奮闘すること」
 にあると、その冒頭で宣言している。
 そのための基本戦略として、以下の14項目が挙げられている。
①すべてに対する党の指導の堅持
②人民を中心に服務することの堅持
③改革の全面的深化の堅持
④新たな発展理念の堅持
⑤党の指導下での人民統治制度の堅持
⑥法に基づく国家統治の堅持
⑦社会主義の価値体系の堅持
⑧発展の中での民生の保証と改善の堅持
⑨人と自然の調和と共生の堅持
⑩総体的な国家安全保障観の堅持
⑪党の人民軍隊に対する絶対的指導の堅持
⑫「一国両制」と祖国統一推進の堅持
⑬人類運命共同体の建設推進の堅持
⑭全面的に厳格に党を管理することの堅持
 この中で安全保障上注目されるのは、⑩以降である。
⑩では、「全般的には発展と安全を図りつつも有事を忘れず、国益を擁護することを堅持し、人民の安全を第一義(「宗旨」)に、政治は安全保障を根本とし、外部と内部の安全、国土と国民の安全、伝統的安全と非伝統的安全、自身の安全と共同の安全について全般的に計画し、国家安全保障制度体系を完璧にし、国家の安全保障能力建設を強化し、国家の主権、安全、利益の発展を固く保持する」としている。
 ここには、国家の主権や安全など、至上の利益を守り抜くため、国内外の各種脅威にバランスよく隙なく備えるとの総合的な安全保障観が示されている。
 治にいて乱を忘れず、平時から戦争に備えるとともに、テロなどの国内の治安上の脅威、サイバー、宇宙などの非伝統的脅威にも備えるべきことが示唆されている。

⑪では、指揮系統を一元化し、戦って勝てる、優秀な人民軍を建設することが、第18回党大会で提起された「2つの200年」という奮闘目標を実現し、中華民族の偉大な復興という戦略実現の重要な基盤を実現することであると、軍建設の決定的な重要性を強調している。

 ただし、その際に党の指導に徹底して従うべきこととされている。軍はあくまでも党の軍隊であり、国家の軍隊ではなく、人民の安全を第一義と言いつつも、天安門事件でも示されたように、それが守られる保証はない。
 ⑫では、香港や厦門の長期的な繁栄と安定を保持し祖国の完全統一を実現することが、中華民族の偉大な復興を実現する上での必然的要求であるとしている。
 さらに、中国が「両岸関係」の政治的基礎と位置づけ「一つの中国」を体現しているとする「92共識」を堅持し、両岸関係の平和的発展を促進するとともに、両岸の経済文化交流を拡大し、両岸の同胞が共同で一切の国家分裂的活動に反対するよう促し、共に中華民族の偉大な復興の実現に奮闘しなければならないと述べている。台湾はもとより尖閣諸島についても、中国は固有の領土と主張しており、「祖国の完全統一」には、台湾と尖閣諸島の併合が含まれている。
 ⑩と⑪を考え合わせるならば、いずれ武力を用いてでも、台湾と尖閣諸島は占領し併合しなければならない、またそのため、人民軍は党の命令があればいつでも占領任務を果たせるよう、平時から備えておかねばならないことになる。
 日本としては、中国がこのような安全保障観を持っている点に留意し、日本の固有の領土である尖閣諸島に対する中国の侵略がいつかは起こり、力による、あるいは力を背景とした台湾の併合もいずれ行われることを予期し、今から備えておかねばならない。
 また、このような事態に対し米国が軍事介入も含めた対応行動を取る可能性も高く、台湾、尖閣諸島をめぐり、米中対決が生ずるおそれもある。半面、中国が米国の介入がないと判断すれば、このような侵略が生起するおそれは高まる。 ⑬では、人類の運命共同体の構築推進を堅持するとの基本戦略が謳われている。中国の夢の実現は、平和的な国際環境と安定した国際秩序に反するものではなく、「世界平和の建設者、全地球的な発展の貢献者、国際秩序の維持者となる」と表明している。中国のこのような国際協調的な姿勢は、南シナ海などでの行動に照らせば、欺瞞的なものと言わざるを得ない。
 WTO(世界貿易機関)など自国に好都合な国際取り決めには参加して受益しながら、他方では露骨に力で既成事実を作りそれを国際社会に押しつける手法を取る国家や体制は、人類運命共同体を語るに値しない。
 アメリカ・ファーストを掲げ、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)離脱など内向き姿勢を強める米ドナルド・トランプ政権を意識し、その隙に乗じて国際社会での影響力を拡大しようとするプロパガンダと言えよう。
 同様の狙いは、エコロジーへの配慮を強調した⑨にもうかがわれる。
 ⑭では、党と党員の厳格な綱紀粛正、腐敗防止、規律維持の重要性が強調されている。
 この点は軍と軍人についても同様であり、軍改革でも郭伯雄、徐才厚の粛清にみられるように、軍内の腐敗撲滅が重視されている。ただし、実質的には反腐敗闘争に名を借りた権力闘争でもあり、習近平総書記が軍内で権力基盤を固めるため仕組まれたものと言える。党大会での報告もその意向を反映している。

2 具体的なタイムテーブルとしての「2つの100年」
 また同報告では、具体的なタイムテーブルとして、第18回党大会で提起された「2つの100年」という目標の実現が中華民族の偉大な復興戦略のキーとなることを強調している。
 第19回党大会から第20回に至る間は「2つの100年」が交わる時期であるとされ、以下のように新たな100年への展望が述べられている。
 「我々は、全面的な小康社会を建設し、1つ目の100年の奮闘目標を実現しなければならないが、それとともに、勢いに乗じて社会主義現代化国家の全面的建設という新しい遠征の道のりを開始し、2つ目の100年の奮闘目標に向けて進軍しなければならない」
 さらに、国際国内情勢と中国の発展条件を総合判断すると、2020年から今世紀半ばまでを2段階に分けることができるとして、以下のように発展戦略を描いている。
 すなわち、2020年から2035年の第1段階では、「社会主義の現代化を基本的に実現」する。2035年から今世紀半ばまでの第2段階では、「社会主義の現代化強国の建設」を目指し、中国を「総合国力と国際的影響力において世界的な指導国家にする」としている。
 これに連動し軍建設については、「世界の軍事革命の発展の趨勢と国家安全保障上の要求に適応し、建設の質的量的向上と効率化を進め、2020年までに機械化、情報化を大幅に進展させ戦略能力を向上させる。
 2020年から2035年の間に、国家の現代化の進展過程に合わせ、軍事理論、軍隊組織形態、軍事人員および武器装備の現代化を全面的に推進して、2035年には国防と軍隊の現代化を基本的に実現し、今世紀中頃には人民軍隊を全面的に世界一流の軍隊にするとしている。

3 党大会報告にみる「中国の特色ある強軍の道」
「中国の特色ある強軍の道を進み、国防と軍隊の全面的な現代化を推進することを堅持」して、次のような方針を安全保障政策では採ると述べている。
 「国防と軍隊建設は新たな歴史的出発点にいま立っている。国家の安全保障環境が深刻に変化し、強国強軍という時代的要求に直面する中、新時代の党の強軍思想を貫徹し、新形勢下での軍事戦略方針を貫徹し、強大で現代化された陸軍、海軍、空軍、ロケット軍と戦略支援部隊を建設し、堅固で強い戦区聯合作戦指揮システムを生み出し、中国の特色ある現代的な作戦体系を構築し、党と人民の与えた新時代の使命と任務を担わねばならない」としている。
 そのための具体策として、以下の事項が言及されている。        
①精神的に優れた「革命軍人」を育成し、人民軍としての特性、本質を保持し、
②軍官の職業化制度、文官人員制度、兵役制度などの重大な政治制度改革を深化させ、軍事管理革命を進め、中国の特色ある社会主義軍事制度を完璧にし発展させる。
③科学技術面では、戦闘力思想を核心とし、重大な技術革新を推進し、自主創造に努め、軍事的人材育成のシステムを強化し、新機軸型の人民軍隊を建設する。
④軍を全面的に厳格に統制し、その方式を根本的に変え、法治の水準を高める。
⑤各戦略正面の軍事闘争準備を堅実に行うとともに、伝統的および非伝統的な安全保障領域での闘争準備を推進する。
⑥新型の作戦戦力と作戦基盤を発展させ、実戦的軍事訓練を行い、運用能力を高め、軍事の知能化を加速させ、インターネット情報システムによる聯合作戦能力、全域作戦能力を高め、危機を管理し、戦争を抑止し戦勝を達成する有効な態勢を作る。
⑦富国と強軍を統一し、統一的な共産党による指導を強化し、改革イノベーションと重大項目の実施、国防科学技術工業改革の深化、軍民融合の深化と各方面での発展、一体化された国家戦略の体系と能力の構築を行なう。
⑧国防動員体系を完璧にし、強大かつ安定した現代的な海空国境警備態勢を建設する。
⑨退役軍人の管理保証機構を構築し、軍人軍属の法的権利を保護し軍人を社会全体から尊崇される職業とする。
⑩武装警察の部隊改革を進め現代化された武装警察部隊を建設する。
 我々の軍隊は人民の軍隊であり、我々の国防は全人民の国防である。我々は全人民の国防教育を強化し、軍政軍民の団結を強固にし、中国の夢、強軍の夢を実現するため強大な力を結集しなければならない。
 以上の施策は軍事力建設の各方面にわたる総合的なものであり、今世紀半ばには人民軍を世界一流の軍隊にするとの長期目標達成のための個別施策を網羅していると言えよう。
 特に、軍事制度改革、法治水準の向上、退役軍人の管理保証機構の創設、軍人の社会的地位の向上などの施策が強調されているのは、今年発生した退役軍人による抗議行動など、軍改革に伴う兵員削減、粛軍などに対する不満を和らげる狙いがあるものと思われる。
 軍事作戦面での、聯合統合作戦と全域作戦の能力向上、軍の情報化を通じた現代化、軍民融合の重視などは、軍改革でもこれまで強調されてきた点であり、改めて確認したものであろう。

4 許其亮報告の内容とその特色
 党大会の政治報告である以上、当然と言えるかもしれないが、軍事に関する報告で重点が置かれているのは、作戦運用面よりも軍政関連の事項である。中国共産党中央政治局委員、党中央軍事委員会副主席、国家中央軍事委員会副主席の空軍上将である許其亮は、『習近平の強軍思想を国防と軍隊建設の指導的地位としてしっかり確立せよ』と題する報告を第19回党大会で行っている。
 しかしその内容は、上記の習近平の報告内容から出るものではなく、重複引用が目立つ。
 特に作戦運用に関する部分は、習報告の引用に終始するか習近平の軍改革の内容を繰り返しているにすぎず、新鮮味はない。
 強調されているのは、表題からも明らかなように、党の指導への絶対服従、「習近平の強軍思想」の礼賛、軍内での腐敗撲滅の成果などである。
 注目されるのは、これまでの「党の強軍思想」が「習近平の強軍思想」と呼ばれていることである。
 このことは、党と国家の中央軍事委員会主席である習近平の軍事支配権が、「思想」と称される水準にまで強化されたことを意味している。
 しかし他方で許其亮は、徐才厚と郭伯雄を名指しし、2人の「流毒の影響」を徹底的に排除することを強調しており、軍内での彼らの影響力がまだ残っていることを示唆している。
 軍歴のない習近平の軍事支配権はまだ堅固に確立されたわけではなく、今後も、軍改革の進展と並行して、反腐敗闘争に名を借りた軍内での権力闘争は続くものとみられる。
結言
 習報告の最後に、「中国の夢」と「強軍の夢」が併記されており、習近平の強軍思想に指導された「強軍」が、「中国の夢」を実現することそのものであり、「中国の夢」実現の最も重要な基盤であり前提条件であることを意味している。
 「強軍」が実現されなければ、「中国の夢」が実現されることはない。
 中国の軍事力強化と力を背景とする覇権拡大は、習近平体制のもと一層拍車がかかるものと予想される。

人民解放軍軍歌


【政治
習近平の野心、実現への舵取りは困難だらけ

岡崎研究所
 20181126日付の香港サウス・チャイナ・モーニング・ポスト紙で、International Crisis Groupのコブリグが、習近平の戦略について論評しています。要旨は以下の通りです。
 201710月の共産党大会で、習近平はその地位をさらに高めた。外交に関しては、国務委員の楊潔篪が政治局委員に、理論家の王滬寧が政治局常務委員にそれぞれ昇格し、習近平の野心的な対外政策を支えることになった。習の前任者たちは、内向きの中国を統治し、「韜光養晦」を続け、難しい問題は将来に先送りしてきた。しかし、習近平にとって、その「将来」は自分の任期中にやってくる。
 今日、中国は台頭中の大国であるが、人口や経済、環境など、多くの問題を抱えている。そのため、習近平の「中国の夢」や「中華民族の偉大なる復興」、地域における主導権と国際的影響力を持つ「新時代」を実現するのは容易ではない。これらの大きなビジョンは抽象的だと軽視されがちだが、中国の官僚たちはそれを実現するために着実に具体的な取り組みを進めている。習近平が「人類運命共同体」というとき、それはアジア太平洋における米国を中心とする安全保障の勢力均衡の体制からのパラダイムシフトを求めているのであり、中国経済を原動力として、中国中心の秩序への移行を望んでいる。
 習近平の外交を支えているのは、ある種の「小切手外交」であり、相互協定や相互利益である。中国共産党はこのアプローチを「大国外交」と呼んでいる。それには経済、軍事、国際組織の3つの軸がある。それぞれ宣伝、公共外交、影響力の行使と結びついており、これらは必要ならば脅しに変わる。
 経済については「一帯一路構想」が枠組みとなる。この枠組みを通して、中国は金融、建設、製造などにおける強みを生かして国際貿易および投資のあり方を作り直し、中国の地政学的、経済的利益を確保しようとしている。一帯一路は党規約に盛り込まれ、それが長期的な考えであることが示された。
 第2の軸である軍事について、人民解放軍の近代化が進められている。習近平は第1期政権において、監視とイデオロギー的統制を強化し、腐敗を叩くことで軍の忠誠を確保した。軍の制度改革も進められ、多くの幹部が習近平によって任命された。党大会を通して、習近平はさらに指揮権を集中させた。
 第3の軸は、国際組織における中国の発言力の拡大である。中国は西側主導の国際システムに疑念を抱き、今ではその体制を改革し、修正しようとしている。AIIBBRICSの新開発銀行など、中国が主導的な役割を担える組織を次々に作っていることからも分かる。しかし、これは一種の多様化戦略であり、既存の国際システムに対する革命ではない。
 中国はグローバル公共財を提供することで得られる国際社会からの尊敬とソフトパワーを切望している。また、中国は拡大する海外権益と在外国民を保護する必要がある。そのために、中国は国連を重視している。例えば、中国は安保理常任理事国の中で、PKOへの最大の派兵国となっている。
 この経済、軍事、国際組織を軸として、習近平は新時代を作ろうとしている。習近平への権力集中を進めることで、中国共産党は自らの正統性を政治目標の実現と結びつける政治的賭けに出たのである。この賭けに成功するために、習近平は多くの問題を上手く処理する必要がある。例えば、北朝鮮の核問題、貿易や太平洋における支配をめぐる米国との対立、中国の野心に懸念を持つ周辺国が連合して中国の台頭を抑制するリスクなどである。複雑な地政学的状況と習近平の野心が相まって、今後数年が平穏なものになることはないだろう。
出典:Michael Kovrig The future is now for Chinas challenges and Xi Jinpings ambitions (South China Morning Post, November 26, 2017)
http://www.scmp.com/news/china/diplomacy-defence/article/2121510/opinion-future-now-chinas-challenges-and-xi-jinpings
 筆者の主張はおおむね支持できます。要は習近平指導部自体が、多様なアジェンダを有機的に統合できておらず、それらを矛盾なく実施することは、ほぼ不可能だということです。中国の指導者にとり最大の関心事項は、国内の統治にあり、その成否の鍵は経済の持続的成長にあります。そのために協調的な国際関係が不可欠なのですが、しかし成果が経済成長だけになれば、江沢民、胡錦濤と同じことになります。ですから「政治目標の実現」を打ち出しながら、筆者が指摘するように、それは「政治的賭け」となります。しかもそれは「協調的な国際関係」を損ないかねません。実に微妙なハンドリングを求められているのです。
 例えば党大会における報告の中で欧米を刺激する言葉がありました。それは「中国の特色ある社会主義が新しい時代に入ったということは、…開発途上国が現代化に向かう道を切り開き、また発展の加速化と独立の保持を望む国や民族に対し、全く新しい選択の道を与え、人類の問題の解決に対する中国の知恵と中国の回答を与えたことを意味する」という部分です。ある意味で欧米に対するイデオロギー的な挑戦を示唆してしまいました。
 さすがにまずいと思ったのか、2017年121日に開催された中国共産党と世界の政党との国際会議において、習近平は「中国は外国モデルを輸入しないし、中国モデルを輸出もしない。他国に中国のやり方をコピーしろと要求することもない」と強調しました。諸外国の反応を気にしていると言うことです。習近平の困難な国内外の舵取りは続きます。

一帯一路構想


【経済】
中国のネット経済は経済発展の原動力にはなりえない

高田勝巳 (株式会社アクアビジネスコンサルティング代表)

 20181月3日の日本経済新聞の国際面に目を通していたら、中国に関する2つの記事が目に付いた。「世界で新規上場が増えており、全体の1700件の内、554件が中国で、5割近く増えた」という景気の良い記事。米調査会社のユーラシアグループが予測した2018年の10大リスクとして「真空状態(米国)における中国の影響力拡大」というチャイナリスクについての記事だ。まさに、チャンスとリスクが隣り合わせの内容だ。

NanoStockk/iStock

新規上場に関しては、最近の中国のビジネスシーンを見る限り、感覚的には、ほぼ米国のシリコンバレーの中国版を展開しているという状況だ。
 国有資本、民営資本にかかわらず、投資する資金はふんだんにあるが、良い投資先がなくて困っていて、良いプロジェクト、良い技術、良い人材を求めて、金融と大学、研究機関などが、連携しながら、そうしたリソースの囲い込みが図られているのが現状だ。
 経済体制としては、様々な矛盾点、問題点を抱えながらも、試行錯誤の中で、発展を続けている中国経済であるが、上記のような中国版シリコンバレーモデルとも言える形は、確実に中国の成長のエンジンになりつつあるように思われる。
 2つめの記事の真空状態における中国の影響力拡大は、今に始まった話ではない。経済的には、1991年以降の日本の失われた20年は、中国の経済の影響力拡大の絶好のチャンスだった。政治軍事的は、2001911日の同時多発テロにより、米国の視線が中東情勢に向けられているうちに中国は米国の警戒を受けずに影響力を拡大したことは周知の事実ではないか。
  昨年末、復旦大学経済学院石経済研究所所長である華民教授の中国のマクロ経済についてのレクチャーを拝聴したが、興味深い内容が多かったので皆さんに紹介いたしたい。中国の経済学者が中国経済全般及びネット経済の現状をどう見ているか。また、日本との経済関係をどう見ているか参考になる。日本を反面教師として見ている部分は、その分析に賛同するかどうかは読者の判断に任せるが、とても面白い。
 景気の良い中国の情勢も一筋縄にはいかない問題を抱えている。また、最近言われている、日中関係の改善についても、中国側にも、日中関係を改善する客観的な動機があることがよくわかる。私は、かねてより申し上げているように、いたずらに中国の負の側面ばかりを強調し、中国崩壊と面白おかしく囃し立てる筋には全く共感しないが、中国経済は確かに様々な問題点も抱えており、正と負の両面からそのバランスを見て行かないと先行きは見えてこないと考えている。
 以下、興味のある部分を抜粋して整理した。そのままでは日本の読者にわかりにくいと思われる部分は、適宜、私の理解に基づき一部補足した。
鄧小平の改革成功の要因と毛沢東の功績
1.  政府(計画)主導の経済を市場主導の経済に変革させたこと。改革前の失敗の要因は、政府主導の計画経済の限界からくるもので、政府の権限を市場(民間)に移譲することにより経済は活性化した。その後40年が経って、中国は全体の規模では世界第2位となる奇跡とも言える経済発展を遂げ、市場経済化の程度は相当に進んだが、国有資本による市場の独占と富の偏在は、最近逆行する傾向があり、中国経済のより健全な発展を阻害している部分がある。
2.  輸出主導型経済政策に回帰するべきだ。富がどこに偏在するかは、各国の1人当たりGDPを見ないとわからない。鄧小平の輸出主導が成功したのは、輸出のターゲットを1人当たりのGDPの高い米日に集中したことにある。中国は経済発展に成功したとはいえ、まだまだ人口の70%は所得の低い農業人口であり、そこをターゲットとして経済発展はセオリーとしてはありえない。しかしながら、最近の中国は、内需拡大を唱え、せっかく育成した民間の輸出産業の見捨ててしまった。内需拡大は素晴らしいが、そこにはあるべき順序があるはず。消費拡大は、経済成長の結果であり、原動力ではない。
3.  輸出主導から見れば、一帯一路も経済発展の原動力にはなりえない。鉄道輸送のコストは開運コストと比べてモノにならないほど割高であり貿易の主力にはなりえない。一帯一路の地域はすでに欧州の商材を好む傾向にあり、中国製品が入り込む余地は少ない。欧州各国が一帯一路に乗るのは自国の商材を売り込むため。
4.  ネット経済は素晴らしいが、経済発展の原動力にはなりえない。BAT(百度、アリババ、テンセント)は、経済発展を成し遂げた中国の富の再分配をしているだけで、自らは富を創造していない。なぜならば、それはゼロサムゲームであるからで、例えば、Eコマースが旺盛になった分、実店舗の商流と雇用機会を奪っているだけ。AI、ロボットも、使い方によっては、ゼロサムゲームになる可能性がある。米国経済は、ネット経済も発展しているが、その他イノベーションなどで実際の富を創造している部分があり中国経済とは本質的に違う。
 
【文化大革命で毛沢東がなしえた功績】
1.  負の側面がほとんどの文化大革命で、誰もその再来は希望しない。ところが、なぜ、鄧小平が改革をなしえたか、それは、毛沢東が、それまでに中国に存在していた既得権益である官僚の権益を全て破壊し尽くしていたからである。改革には常に既存の権益といかに折り合いをつけるかが必要となるが、鄧小平はほぼフリーハンドで行うことができた。
反面教師として見た日本経済の失敗
1.  田中角栄の日本列島改造論は、中国の内需拡大の反面教師。日本経済の高度成長の牽引役は、阪神、中京、関東を経済ベルトであったわけであるが、田中角栄が出てきて、全国津々浦々新幹線と高速道路でつないで地方の道路も整備することとなった。それ自体は一見素晴らしいことであるが、経済成長と税収のバランスを考えないと、将来的に重荷になる。日本は、国債という負債に頼ってそれを行ったために、それ以降の負債体質と重税政策と相まって、日本の経済成長の低迷の要因になっている。中国内陸地の開発は素晴らしいが、バランスを考えないと日本と同じ轍を踏むこととなる。
2.  1985年のプラザ合意時における日本の失敗。当時日本とドイツは2つの選択肢があった。1つは、農産品の市場開放を受け入れる事、もう1つは、通貨の切り上げを受け入れる事。両国とも通貨の切り上げを受け入れたわけであるが、その対応は大きく違った。ドイツ:①減税し、企業への悪影響を軽減した。②賃金標準の引き下げを行い、輸出競争力を維持した。日本:①急激な円高に対抗するため金利を引き下げ、通貨供給量を拡大した。②産業を国外に移転し、企業の輸出競争力を維持した。結果、ドイツは自国産業と技術の維持に成功し、日本は、バブル経済を引き起こし、産業、雇用、技術の流出をもたらした。日本は、同時に内需拡大を唱えたが、消費は、経済成長の結果であり、経済成長のエンジンにはありえない。こうした諸点はすべて中国の反面教師となるうる事象。
 上記、華民教授の分析、読者は、どのように感じられたか興味あるが、以下は、私の感想である。
 なるほど、輸出主導政策がまだまだ中国の経済発展のために必要とすれば、1人当たりのGDPが高い日本の市場はまだまだ重視する必要があるわけだ。経済の自然な摂理に基づけば、中国も日中関係の安定を希望するはず。習近平政権が安定し、対日政策の自由度が増える分だけ、具体的な動きも期待できるのではないか。とはいえ、労務コストが上がった中国が日本への輸出を増やすには、より製品の付加価値を高めることが必要で、日本の技術導入がまだまだ必要という面もある。いずれよ、両国関係の安定は必須条件となる。
 中国のネット経済の発展は、日本でも注目されているが、それだけでは中国の経済発展の健全性は確保されないわけだ。ただ、冒頭でも述べた、中国版シリコンバレー型のモデルは、真の付加価値を生み出す可能性もあり、日本の産業界がその技術を持って関わるチャンスはある。
 文化大革命を既得権益の破壊との分析は私も初めて聞いたが、なるほど、言われてみればたしかにそうかもしれない。中国は経済発展の結果、巨大な既得権益が生まれており、これからさらなる発展には、どうしてもそのことの調整が必要となるのだと思う。習近平政権の権力集中が、そうした面で発揮されることを期待したい。

 日本の列島改造論を反面教師として捉えていたとは意外であった。また、プラザ合意の対応については、中国も米国からの元の引き上げ圧力にさらされているわけであり、日本の対応が大いに参考になっているのであろう。さすが、日本のようにバブルを潰して経済も潰したというような荒療治はしていないが、通貨供給量の増加、賃金引上げ、内需拡大、消費奨励など、日本と同じことを中国も行っている部分もありそう。ただ、中国の場合は、米国との関係から言えば、国際政治のバランスから行って、より自国の立場を主張できる立場にあるので、そこは明らかに日本とは違う点であろう。


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