2017年10月2日月曜日

共産中国のアジア戦略 ~アメリカを利用して実をとる戦略のしたたかさ~

中国の掌で対決しているアメリカと北朝鮮

「中朝同盟」を巧みに利用する中国の戦略

北村淳
朝鮮半島上空で韓国軍機と任務を行う米空軍機と米海兵隊機。米陸軍提供(資料写真、2017918日撮影、同月23日提供)。(c)AFP/US ARMY/STEVEN SCHNEIDERAFPBB News

 トランプ大統領が国連はじめ公の場で北朝鮮に対して“口撃”を連発している。マティス長官も「韓国国民に犠牲が出ない方法での先制攻撃」という“秘策”(もちろん具体的内容は明かされていない)の存在を口にして、軍事的オプション(つまり予防戦争を名目とした先制攻撃)をちらつかせている。
 そして、2017923日には、グアムを飛び立った米空軍B1-B爆撃機が、沖縄を発進した米空軍F-15戦闘機の護衛のもと日本海を北上して北朝鮮領空に接近するという威嚇飛行を実施した。
 しかしながら、いくらトランプ大統領が言葉で牽制しようが、マティス国防長官が“秘策”の存在をほのめかそうが、B1-B爆撃機が威嚇飛行をしようが、金正恩政権が現段階でアメリカに屈服する可能性は極めて乏しい。なぜならば、「中朝友好協力相互援助条約」(以下、中朝同盟条約)が存在しているからだ。
中朝同盟と日米同盟の違い
 中朝同盟条約第2条は、「両締約国は、共同ですべての措置を執り、いずれの一方の締約国に対するいかなる国の侵略をも防止する。いずれか一方の締約国がいずれかの国または同盟国家群から武力攻撃を受けて、それによって戦争状態に陥ったときは他方の締約国は、直ちに全力をあげて軍事上その他の援助を与える」と規定している。これはいわゆる参戦条項であり、日米安保条約第5条よりも強力な軍事同盟関係を謳っているということができる。
 日米安保条約第5条前段は、「各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する」と規定している。
つまり、たとえ日本が外敵の先制攻撃を被っても「アメリカは『いかなる支援をなすべきか』を米国内法規や行政手続きに基づいて決定する」ことを約束しているのであって、中朝同盟条約のように「アメリカは『直ちに全力をあげて軍事上その他の援助を与える』」ということは約束していない。ゆえに、日米同盟におけるアメリカの日本防衛義務よりも、中朝同盟における中国の北朝鮮防衛義務のほうが強固であると言うことができるのだ。
自動的に援軍を派遣する国など存在しない
 中朝同盟条約第2条は参戦条項ではあるものの、いわゆる“自動参戦条項”ではない。自動参戦条項とは「その原因は問わず、同盟国が戦争状態に陥った場合は、軍事的援助を実施して共同防衛に当たる」というものである。しかし第2条では「同盟国が外敵の先制攻撃を被り戦争状態に陥った場合」という条件が付せられている。北朝鮮(あるいは中国)が自ら戦争を開始した場合は、この条約の対象外であることを明確に規定しているのだ。
 もっとも、自動参戦条項が存在する軍事同盟は現代の国家間には存在しない。たとえ参戦条項が謳われていたとしても「同盟国が先制攻撃を受けた場合」といった類いの条件が付されているのが普通だ。そして、日本が頼みの綱としている日米安保条約でも「いずれか一方に対する武力攻撃」と明記してあり、日本が北朝鮮や中国に対して先制攻撃を仕掛けた場合は、日米安保条約は無関係ということになる。
 中国政府は中朝同盟条約の規定に沿って、「北朝鮮が先制攻撃を実施した場合は中国は局外中立を貫くが、北朝鮮が先制攻撃を被った場合は中国は軍事的支援を実施する」と北朝鮮とアメリカの双方に自制を求めている。現在も存続している中朝同盟条約の参戦条項を、中国当局が再確認してみせたというわけだ。
金正恩政権は甘い期待を抱いていない
 では、金正恩政権は、中朝同盟条約により中国が「守ってくれる」という期待を抱いているのだろうか。だからこそ、アメリカに対して強硬な姿勢を貫いているのだろうか?
 たしかに中朝同盟条約のほうが日米安保条約よりも強固な軍事同盟であることは間違いない。しかしながら、日本政府はじめ多くの日本国民が日米同盟に期待している「日本が攻撃されたらアメリカが守ってくれる」といった願望と混同したような期待を、金正恩政権が中朝同盟条約に抱いていることはありえない。
北朝鮮首脳部は、中朝同盟条約が存在していることにより、北朝鮮からアメリカに対して先制攻撃を敢行したならば中国の支援がゼロになってしまうことを十分承知している。そのため、対米先制攻撃は行わない。
 同時に、トランプ大統領がどんなに“口撃”を繰り返しても、米軍爆撃機が北朝鮮に接近してこようとも、中朝同盟条約が存在しているためにアメリカが先制攻撃を実施しないことも承知しているのである。


中朝同盟を利用する中国の戦略
 この状況を最大限に利用しているのが中国である。
 現時点でも、中国人民解放軍が数多くの部隊を中朝国境地帯周辺地区に集結させて、即戦態勢を整えていることが確認されている。移動状況が目に見える大規模陸上移動部隊だけではなく、特殊作戦部隊や航空部隊、そして海軍部隊なども、万が一にもアメリカ軍(あるいは有志連合軍)が北朝鮮に先制攻撃を加えた場合、間髪を入れずに北朝鮮領内に陸上・航空・海上部隊をなだれ込ませる態勢を維持させているものと考えられている。
 中国人民解放軍がこのように北朝鮮に“進出”するのは、「中朝同盟条約第2条に基づき、アメリカ侵攻軍の先制攻撃を受けた同盟国、北朝鮮を救援するために、『直ちに全力をあげて』軍事的支援を実施する」という名目に基づいた出兵ということになる。中国は、同盟上の義務を忠実に果たす信義に厚い国家ということになるのだ。
 一方、アメリカをはじめとする国際社会に対しては、以下のような別の理由を提示するはずである。
「アメリカの先制攻撃によって大規模に破壊された北朝鮮では、間違いなく莫大な数の難民が発生し、中朝国境地帯に押し寄せる。そのような難民たちを保護するとともに、無秩序に中国領内になだれ込むのを統制するために、北朝鮮領内へ人道支援のための軍隊を送り込む必要がある。また、アメリカ軍による無差別攻撃のために混乱状態に陥った北朝鮮領内の秩序を立て直し平和を維持するためにも、強力な軍隊を送り込み、北朝鮮の人々を救わなければならない」
 つまり、北朝鮮領内に送り込んだ人民解放軍は人道支援・平和維持軍であり、中国は朝鮮半島の平和を維持するための国際的責務を果たす国ということになる。
そして中国は、「先制攻撃で北朝鮮指導部やミサイル・核関連施設に壊滅的損害を与えている以上、アメリカ軍はこれ以上北朝鮮を攻撃する必要はない。北朝鮮領内の秩序は中国軍が立て直している最中であり、さらなる北朝鮮への軍事攻撃は中国を敵に回すことを意味する」といった主張を、国連はじめ国際社会に向け発信するであろう。それによりアメリカは、先制攻撃による北朝鮮の軍事拠点に対する大規模破壊を実施した段階で、それ以上の影響力を行使することはできなくなる。
 その結果、中国共産党政府も忌み嫌っている金正恩政権による核開発は、アメリカの徹底的な先制攻撃により破壊され、中国は“目の上のたんこぶ”を自らの手を汚すことなく取り除くことができることになる。それに加えて、「中朝同盟条約の義務を果たすため」そして「人道支援・平和維持のため」に中国軍自身が北朝鮮を実質的に占領することが可能になる。
 こうして朝鮮半島での軍事バランスは圧倒的に中国側に有利に傾き、アメリカの影響力を閉め出す道筋を付けることに成功するのだ。
先制攻撃は“口撃”だけ
 以上のように、中国には「アメリカの攻撃を受けた同盟国を助けよう」などという気がゼロであっても、アメリカが北朝鮮を先制攻撃した場合は、「中国の大幅な勢力伸長」と「アメリカ自身の東アジアでの勢力衰退」が大きく後押しされることになる。

 当然のことながら北朝鮮首脳部は「このような論理はアメリカの外交戦略家たちも十二分に承知しており、アメリカによる先制攻撃は現実のものとはなるまい」と踏んでいるのであろう。そのために、北朝鮮からの先制攻撃はもちろんのこと、アメリカからの先制攻撃もなく、しばらくは北朝鮮を巡る混乱状態が継続せざるを得ないのだ。



共産中国の軍艦が我が国の周辺海域を1周する!?

※北朝鮮を共産中国が実質支配下におけば、日本海やオホーツクにまで海軍を展開することも可能でしょう。「ウラジオストクの潜在的な支配権」は共産中国は宣言しています。北朝鮮の羅津、我が国の新潟、ロシアのウラジオストクを結ぶエリアは抑えられます。そうなれば北朝鮮の金政権による弾道ミサイル以上の脅威ともいえる事態になります。


南シナ海を覇権下におく共産中国の戦略

中国の戦略型原潜の運用を開始(2015年12月)

【カナダ軍事専門誌】中国、海南島で空母専用基地建設に着手・2隻が停泊可能
2015.7.29 19:13更新 http://www.sankei.com/world/news/150729/wor1507290035-n1.html

【北京=矢板明夫】中国大手ニュースサイト「捜狐」などは2015729日、カナダ軍事専門誌『漢和ディフェンスレビュー』の報道を引用する形で、中国が海南島で空母専用の海軍基地の建設に着手したことを伝えた。
 同記事によれば、2012年10月に撮影した衛星写真には、空母用の埠頭(ふとう)の姿はなかったものの、数カ月後に撮影された写真には、山東省青島の遼寧艦の空母基地と同規模の大型の埠頭がはっきりと映っており、工事は極めてペースで進められたという。同基地の埠頭の長さ600メートル、幅120メートルで、2隻の空母が停泊できるほどの十分な大きさが確保されている。南シナ海の海南島に中国の空母基地が完成すれば、東南アジア諸国への軍事的脅威が高まるだけではなく、日本の石油輸送ルートの安全性に影響が及ぶ可能性を指摘されている。
 中国では、自国の軍事施設の建設などに関して公式発表することはほとんどないため、官製メディアでも外国の報道を転載する形で伝えることが多い。

※海南島は、リゾート地ではありますが、軍事的には人民解放軍海軍の原潜、攻撃型潜水艦の基地でもあります。南沙、西沙の基地は海南島の「前方展開拠点」といった位置づけでしょうか。
海南島三亜
美しいリゾートの島ですが、拠点的軍事基地のある島はたいてい有名な観光地です



中国の南シナ海戦略と核戦略
岡崎研究所
台北タイムズの2017319日付け社説が、中国の南シナ海の軍事化は核戦略とも結びついた大戦略の一環であるとして、強く警告しています。要旨、次の通り。
最近のレポートによれば、中国はパラセル(西沙)諸島の北島の将来の軍事施設支援に向けた港湾の準備を含む軍事化を継続している。これは、何十年にもわたって中国が展開してきた地域海洋戦略の一環である。北島は、海南島の核搭載潜水艦の基地を防御すべく、地対空ミサイル発射装置やジェット機を一時的に配備している永興島に対する保護網の一部となる。
 中国は、ティラーソン米国務長官の警告にもかかわらず、発足したばかりのトランプ政権がこうした小さな変化を挑発的過ぎると見ないことに賭けているのかもしれない。
 中国はかつて、1991年のフィリピンの米軍基地閉鎖を利用し、南シナ海の広大な海域に対し国際法の裏付けのない「九段線」の再主張を始めた。このような主張の拡大は、単にエネルギーや天然資源のためになされているのではなく、もっと大きな狙いがある。中国の海洋戦略は長年、台湾への海からのアプローチを確保し、西太平洋における敵の行動の自由を拒否し、中国の海岸における通信を守ることであった。しかし、過去20年間、南シナ海の大部分の支配は、核戦略とも結びついてきた。
 陸の発射装置が破壊された場合の備えとなる長距離大陸間弾道ミサイル搭載の潜水艦を作戦可能な状態にしておくには、南シナ海を押さえていなければならない、というのが南シナ海における執拗な拡張の理由である。
 過去17年、中国は海南島の玉林に防衛能力の高い潜水艦基地を建設してきた。ここ7年、094型晋級原潜の導入を徐々に進めている。同潜水艦は、射程8000キロの弾道ミサイルを搭載でき、中国近海から米国本土の一部を標的にすることができる。2020年までには8隻が就役すると見られる。
 多くの他国がこの地域に戦略的利害を持っており、中国との衝突の危険に直面している。例えば、日本に輸入された石油の大部分は南シナ海を通って運ばれるから、中国が南シナ海を押さえてしまえば、日本の安全は深刻に損なわれる。
 海自が、5月に南シナ海にヘリ搭載護衛艦「いずも」を南シナ海に派遣し米海軍と合同演習をすると発表したのは偶然ではない。ヘリ搭載護衛艦の主たる任務は偵察と人道支援だが、対潜水艦戦のプラットフォームとしても使用し得る。
 中国の嫌がらせ戦術は、単なる領域や天然資源への欲望を遥かに超え、重大で対立的な戦略的考慮を見据えている。南シナ海はひしめき合い、各国政府は気をもんでいる。台湾にとり危険な時である。
出典:‘Chinas South China Sea strategy’(Taipei Times, March 19, 2017
http://www.taipeitimes.com/News/editorials/archives/2017/03/19/2003667037/1
台湾は南シナ海と東シナ海を扼する位置にあり、これら海域とともに西太平洋における戦略上の要衝です。その中でも、本社説が指摘するように、特に、南シナ海の支配は中国の核戦略と不可分に結びついている、というのは的確な指摘でしょう。
 地政学的に見て、ミサイルや核を搭載した中国の潜水艦が、西太平洋に出ようとするとき、海南島の基地から出発して南シナ海を通過し、宮古海峡を越えて太平洋に出るのが普通です。
 中国としては、長距離大陸間弾道核・ミサイル搭載の潜水艦を作戦可能な状況においておくためには、まず、南シナ海を押さえておく必要があります。そして、さらに可能であれば、台湾の東海岸の港湾を自由に使用したいところでしょう。台湾島の東海岸は切り立った断崖となっており、そこからすぐに太平洋の深海底へとつながっていて、潜水艦の行動が容易には察知できない形状になっているからです。
 本社説の指摘するとおり、中国の潜水艦能力は一層向上し、今では射程8000キロの弾道ミサイルを南シナ海から直接、米国本土の一部を標的にして発射することができるまでになったと言われます。
 日本にとっては、輸入される石油の大部分が南シナ海を通過して運ばれるので、中国が南シナ海を押さえれば、日本の安全にとっての脅威となります。今年5月に日本の海自が南シナ海にヘリ搭載護衛艦を派遣し、米海軍と合同演習するとの報道は歓迎すべきものです。
 南シナ海における中国の軍事拠点化の拡大を非難したトランプ政権が中国の軍事的膨張に対し、今後、いかなる具体的対抗措置をとるのか注目されるのは当然です。
 中国は、「九段線」と呼ばれる、かつて蒋介石政権が一方的に引いた線を根拠に、南シナ海の大部分を自らの領海、排他的経済水域として軍事拠点化を図ることに余念がありません。そして、ハーグの国際仲裁裁判所の裁定受け入れを拒絶し、海洋法条約等国際ルールを完全に無視する対応をとっています。
 台湾にとっては、中国のこのような軍事行動が台湾の安全を直接脅かすものとなっています。中国は最近、空母「遼寧」を使って、台湾島周辺海域を一周させ台湾を威圧したばかりです。
※共産中国の主張する「九段線」に全く根拠はありません。これは国際司法裁判所の判決により証明されています。蒋介石の単なる思い付きにすぎません。
※アメリカ第七艦隊が台湾を支援するときは、台湾の東側から展開しますから、台湾海峡の制海権制空権掌握と並んで、台湾東側へ艦隊を展開できることは、中国共産党の悲願なんです。台湾を「孤立化」させるために空母遼寧の運用、新型空母「山東」の建造を進めているといっていいくらいでしょう。

【関連リンク】「中国戦略の裏を読む」小原凡司コラム

【宣伝戦】こうした状況は共産中国は想定しているのか!?

金正恩政権を倒すのは北朝鮮の"ヤクザ"
プレジデントオンライン
宮田敦司

アメリカと北朝鮮が「強硬発言」の応酬を続けている。戦争直前のようにも思えるが、元航空自衛官の宮田敦司氏は「アメリカ側に“口撃”以外の有効な手だてがないあらわれ」と指摘する。北朝鮮の暴走を止めるには、どうすればいいのか。宮田氏は「北朝鮮の『ヤクザ』を使えば政権を倒せるかもしれない」という。秘密警察が崩壊しかかっているという国内の実情とは――。
米国と北朝鮮の強硬発言が続いているが、日を追うごとに強い表現を並べ立てるだけの、実効力のない「口撃」の応酬となっている。これまでよりも表現が強くなっているのは、とくに米国側に「口撃」以外の有効な手だてがないことを意味している。
米政府高官による「武力行使も辞さない」といった意味合いの発言も飛び出しているが、実際には北朝鮮に対する武力行使は不可能に近い。

体制維持の両輪は「軍」と「秘密警察」

北朝鮮の独裁者は、「外圧」による政権崩壊を阻止すために強大な軍隊を、「内圧」による政権崩壊を阻止するために強大な秘密警察(国家保衛省)を駆使してきた。
だが「外圧」に対処する北朝鮮軍は、強大であったはずの地上軍の弱体化に歯止めがかからないうえ、海軍は艦艇、空軍は航空機が更新されることなく老朽化を続けている。このため、すべての問題を核兵器と弾道ミサイルで解決しようとしている。
一方「内圧」に対処する秘密警察は、国民を弾圧することにより、反体制運動による体制崩壊を阻止してきた。しかし、組織の腐敗によって国民の監視が十分に行われておらず、社会の統制は緩み続けている。
北朝鮮では軍隊と秘密警察は体制維持の両輪となっている。したがって、どちらか片方が壊れてしまった場合は体制維持が困難となる。しかし、いまの北朝鮮は「内圧」に対処する秘密警察が壊れかけている。
軍の場合は、弾道ミサイルを作ることで解決が可能だが、新兵器を作ることができない秘密警察の弱体化を防ぐ手だては、いまのところ存在しない。
現在、米国が試みているのは「外圧」の強化であり、「内圧」には関与していない。経済制裁を強化することにより、潜在的な「内圧」を引き出すことはできるかもしれない。しかし、それだけでは体制を崩壊へと導くことはできない。

両輪の腐敗が進み、治安が乱れる

軍と秘密警察の弱体化は、食糧不足に起因している。軍の将校や秘密警察の要員だからといって、1980年代のように優先的に配給を受け取ることができなくなったからだ。
北朝鮮では10年以上前に配給制度自体が崩壊しているので、平壌に住む特権階層以外の国民は商売などで自活せざるを得なくなっている。軍の将校は食糧の横領、秘密警察や警察(人民保安省)は、国民や犯罪組織からワイロを受け取って生活している。
そして、国民の監視が不十分になったことで犯罪が急増している。これは秘密警察だけでなく、警察の機能も低下していることを意味している。しかも、後で触れるように数十人規模の犯罪組織が生まれるような状態にまでなっている。反体制組織の規模が広がる素地ができつつあるというわけだ。
北朝鮮に反体制組織が存在していることは、金正恩自身も認識している。これを示すものとして、201211月に金正恩が全国の分駐所(派出所)所長会議出席者と人民保安省(警察)全体に送った訓示がある。
「革命の首脳部を狙う敵の卑劣な策動が心配される情勢の要求に合わせ、すべての人民保安事業を革命の首脳部死守戦に向かわせるべきだ」
「動乱を起こそうと悪らつに策動する不純敵対分子、内に刀を隠して時を待つ者などを徹底して探し出し、容赦なく踏みつぶしてしまわなければならない」
つまり、12年の時点で金正恩は国内の統制について不安を感じていたのだ。金正恩には側近からの「耳当たりのよい報告」しか届いていないはずなのだが、もはや看過できない状態になったのだろう。

ヤクザ、学生集団……犯罪組織が跋扈する

大都市では、監視と取り締まりが行われているにもかかわらず、数十人で構成される犯罪組織や日本でいうヤクザが存在しており、闇市場での生活必需品の密売や恐喝などを行っている。1990年代は、このような大きな組織は存在せず、組織といってもせいぜい数人程度で恐喝や窃盗を行う程度だった。
近年は青少年で構成された犯罪組織による強盗、窃盗、強姦などの不法行為も急増している。例えば2011年には、3年間にわたり強盗を繰り返し、7人を殺害した10代の男女学生の犯行グループ15人が検挙されている。この規模の犯罪組織が存在するということは、それだけ警察が機能していないということだ。これがこのまま反体制組織に転じても、警察にすぐに摘発する能力はないといえる。
金正恩の言葉にあるように、北朝鮮国内には反体制組織が存在する。それぞれが小規模であるうえ、組織同士の横のつながりがないため、大規模な抗議集会を起こすことができる状態にはない。今後、内部崩壊を加速させるためには、横のつながりを作り、北朝鮮国内全体で反体制運動を活発化させる必要がある。
反体制運動を活発化させるには、どのような手段があるのだろうか。いくつか具体的な方法を考えてみよう。
北朝鮮には日本のようなSNSが存在しないため、自由に意見を交換したり、国内の情報をタイムリーに入手したりすることは不可能で、情報は口コミで広がっているのが実情だ。
そこで、原始的な手法だが、ビラを大量に散布することで同調する人々を集め、結束させるのだ。しかし北朝鮮では、決起を呼びかけるビラを作ろうにも、ビラを大量に作る手段がない。これまでにもビラが散布されたことはあるのだが、手書きだったので作ることができる量にも限界があった。
韓国の民間団体がバルーンを使って、金正恩を非難するビラを散布している。このビラも一定の効果はあると思われるが、北朝鮮中部から北部への散布が難しいうえ、まいても北朝鮮国内で具体的な動きがないところを見ると、これだけでは不十分なのだろう。国外より国内で作られたビラのほうが、説得力があるのかもしれない。

コピー機がない、紙がない、インクもない

ビラを大量に作れないのは、電力事情が悪い北朝鮮にはコピー機が少ないことと、たとえコピー機があっても質の高い紙が不足していることが理由だ。平壌の労働党庁舎にはコピー機があるかもしれないが、地方都市にはほとんどないだろう。
北朝鮮の紙不足は深刻で、地方ではタバコを巻くのに朝鮮労働党機関紙である「労働新聞」を使うほどだ。つまり「労働新聞」が唯一マシな紙なのだ。北朝鮮では、日本ではお目にかかれないような再生紙が使われている。筆者は北朝鮮で作成された文書を多く見てきたが、紙質は極めて悪かった。昔の日本で使われていた藁半紙(わらばんし)よりも質が悪い。
ビラを作るにあたっては、手動の印刷機を使うことになる。しかしいざ印刷機が確保できても、紙とインクが不足している。このような環境でビラを作るためには、紙とインクを中国から持ち込む必要がある。これらの物資は正規のルートで持ち込むことはできないので、例えば、密輸ルートに乗せて持ち込むという方法がある。
警察にバレないようにするためには、印刷機はコンパクトでなければならない。そこで最適なのが、1970年代に日本で流行した個人向け小型印刷機(プリントゴッコのようなもの)だ。動力源が単3電池2本で済むため、電力不足でも問題なく使用できる。
北朝鮮もルーマニアのチャウセスク政権のように、何かの拍子に一気に崩壊するかもしれない。チャウセスク政権崩壊のプロセスは謎の部分が多いが、チャウセスクと金日成は親交があり、金日成の影響を受けてチャウセスクは北朝鮮式の統治手法をとっていた。
にもかかわらず、チャウセスク政権は崩壊してしまった。北朝鮮とルーマニアは地政学的な環境が大きく異なってはいるが、北朝鮮式の統治手法に限界があることを示している。
大量のビラを散布したとしても、国内全域で一気に反体制運動を起こすのは簡単なことではない。起爆剤となるなんらかのきっかけが必要となる。その手段として、密輸された小型ラジオによる呼びかけという方法がある。呼びかけをおこなうのは、中国を拠点とした脱北者支援団体が最適かもしれない。

ビラ+ラジオで反体制運動の素地をつくれ

ともかく、現時点でできることは経済制裁とともに、大規模な反体制運動を起こすための素地を作っておくことだ。
経済制裁の影響で極度な生活苦になった時に、散布されたビラを見て反体制運動に呼応する人々が出てくるかもしれない。つまり、「金正恩に不満を持っているのは自分だけではないのだ」と国民ひとりひとりに認識させるのだ。
そろそろ、ほとんど効果のない「口撃」や、空母、戦略爆撃機などを派遣するという「外圧」だけではなく、「内圧」により政権を崩壊させる方法を真剣に模索するべきだ。効果はすぐには現れないだろうが、これが最も現実的な手段といえるのではないだろうか。
宮田敦司(みやた・あつし)
元航空自衛官、ジャーナリスト

1969年、愛知県生まれ。1987年航空自衛隊入隊。陸上自衛隊調査学校修了。北朝鮮を担当。2008年日本大学大学院総合社会情報研究科博士後期課程修了。博士(総合社会文化)。著書に「北朝鮮恐るべき特殊機関」(潮書房光人社)がある。(写真=時事通信フォト) 

【衝撃】北朝鮮が他国に見せれない本当の現実はこちら!絶対見られたくない https://www.youtube.com/watch?v=8Rfmoe1Mn58 https://youtu.be/8Rfmoe1Mn58

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