2017年8月7日月曜日

アメリカにとってのアジア太平洋における軍事的脅威と戦略

米太平洋軍司令官が語ったアジア太平洋の3つの脅威

強固な日米同盟で北朝鮮、中国、ISに対抗を

北村淳
ハリー・ハリス海軍大将(2016127日撮影、資料写真、U.S. Marine Corps Photo by Lance Cpl. Patrick Mahoney/Released

 2017728日、駐米日本大使が主催した会合(第4Japan-U.S. Military Statesmen Forum )でアメリカ太平洋軍司令官のハリー・ハリス海軍大将が講演し、アジア太平洋地域(太平洋からインド洋にかけての広大な海域の沿岸諸国ならびに海域)が直面している軍事的脅威について説明した。説明の概要は以下のとおりである。
アジア太平洋地域が直面する軍事的脅威
1)北朝鮮の核弾道ミサイル
 ICBMを手にした北朝鮮は、国際平和と安定に対する「明確かつ差し迫った」脅威である。それは、日本とアメリカにとってだけでなく中国にとってもロシアにとっても、そして世界中にとっても共通の脅威といえる。なぜならば、北朝鮮のミサイルは日本やアメリカのみならず、あらゆる方向に向けることができるからである。したがって、国際社会は協調して、とりわけ日米韓は緊密に連携して北朝鮮に対する経済制裁を強化し続けなければならない。
 北朝鮮に対する経済制裁という外交努力が効を奏するには、日米韓は現実味のある強力な戦力を見せつける必要がある。そのためにアメリカ海軍はイージス艦を伴った空母打撃群を派遣し、世界最強の攻撃原潜を出動させ、そして爆撃機もこの地域に常駐させている。また、日本の防衛を鉄壁に維持するため、最新最強のF-35戦闘機、P-8哨戒機そしてMV-22(オスプレイ)を展開させているのである。
 中国は北朝鮮唯一の同盟国であり、北朝鮮に対して最大の影響力を持っている。そこで、以上のような軍事的支援を伴った北朝鮮に対する経済的・外交的圧力とともに、中国による北朝鮮への経済的圧力が強化されることが、朝鮮半島の平和が保たれるために何よりも大切である。
2)中国による海洋進出
 国際社会が北朝鮮の核兵器開発を牽制するために中国の協力を期待しているからといって、中国による強引な海洋侵出を容認することはできない。今週も(東シナ海上空で)米軍機に対して中国戦闘機が危険な方法で接近して威嚇するという事案が発生した。このような無責任で危険極まりない中国側の行動が(東シナ海や南シナ海の上空で)頻発しているのは、理解に苦しむところである。
 中国は、南シナ海に人工島を建設して軍事拠点化し、領域紛争中の海域や島嶼環礁に対する中国の主権を既成の事実としようとしている。それらの軍事施設を伴った人工島は、南シナ海の物理的、政治的な状況を根本的に変えつつある。しかし、かねてより指摘しているように、われわれは“偽の島”を真に受けてはならない。
 中国軍艦はアメリカの排他的経済水域内で作戦行動をとっているが、それに対してアメリカは何ら苦言を呈していない。なぜならば、そのような海域は公海であるからだ。ところが、アメリカの軍艦や軍用機が中国軍艦や中国軍機と同じ行動を(中国の排他的経済水域内で)とると中国当局は抗議をしてくる。このように、中国は国際的ルールを選択的に用いているのである。
 かねてより繰り返し主張してきたように、中国には現実的な対処、すなわち「このようにあってほしい」と期待するのではなく「このようである」として対処しなければならない。我々は、中国と協調できる部分をより発展させるために、中国と協調できない部分に関して妥協してしまうことは避けねばならない。
3ISのフィリピンへの勢力浸透
 フィリピンに勢力を浸透させているISも、アジア太平洋地域における大きな軍事的脅威の1つと言える。
 フィリピン南部に勢力を張り巡らせているアブ・サヤフ(イスラム原理主義組織)の指導者の1人であるイスニロン・ハピロンは、2016年、ISの東南アジア指揮官に指名されている。(2017年の5月から6月にかけて)ミンダナオ島のマラウィ市におけるフィリピン軍治安部隊(アメリカ軍特殊部隊も支援していた)とアブ・サヤフの武力衝突は、東南アジア地域において発生したISの影響を受けた武装勢力による戦闘としては最大規模のものであった。


アメリカ海兵隊とフィリピン海兵隊の対アブ・サヤフ合同訓練


http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/50675?page=3

 マラウィ市での戦闘は、外国から流入したISのイデオロギーや戦闘資源やノウハウが地元出身者の間にも浸透し、東南アジアにも拡散しつつあることを物語っている。
 ISのような暴力的過激組織の勢力の伸張を防ぐためには、国際協力が必要不可欠である。このようなIS打倒のための国際連携に日本は貢献している。たとえば、日本がフィリピンに供与した巡視船や海洋哨戒機などは有用だ。アメリカも、新型哨戒機をフィリピンに提供し、それらはミンダナオ島やスールー諸島での対IS作戦に貢献している。
 このような二国間(日本とフィリピン、アメリカとフィリピン)の協力も大切だが、それ以上に効果的なのは多国籍間の協働(共通の目的に向けての協力)である。最近実施されたアメリカ、日本、オーストラリア、そしてインドによる合同軍事演習は、批判を加える勢力もあるが、民主主義という共通の価値を分かち合って集結する安全保障協力関係の構築努力と言える。
講演するハリス司令官(写真:米国防総省)

***
 以上のようにハリス司令官は北朝鮮の核ミサイル、中国の海洋進出、そしてISの東南アジアへの浸透がアジア太平洋地域の3大軍事的脅威であることを説明した。
同時に、アメリカがアジア太平洋地域を最も重視し、今後も最優先で関与していくことが、アメリカの指導者たちの共通認識であることを強調した。
 ハリス大将によると、これまでの70年と同様に、アメリカ太平洋軍は今後もその強力な統合戦力で睨みを効かすことによりアジア太平洋地域の軍事的安定を維持していき、アメリカが太平洋国家そして太平洋のリーダーとしての地位に留まり続ける決意であるという。そして、世界中で脅威が高まり、より強いリーダーシップが求められている今日ほど強固な日米同盟が求められている時はない、と日米同盟の必要性を繰り返し強調した。

米海軍が誇る空母打撃群

いまだに定まっていない中国に対する姿勢
 本コラムでも何度か触れたように、ハリス司令官は太平洋軍司令官に就任する直前の太平洋艦隊司令官時代より、中国による好戦的な海洋進出政策に対して強い警鐘を鳴らし続け、対中強硬派とみなされていた。しかし、極めて“平和愛好”的な日本主催の会合での講話であることに加え、アメリカとしては中国に北朝鮮への何らかの圧力を発揮してもらうことを期待せざるを得ないという状況のため、ハリス大将の中国に対する姿勢は上記のように穏やかなものであった。
 ただし、アメリカ海軍関係者たちの間では、来年の「リムパック2018」に中国を招待したことを巡って、それを容認したとしてハリス司令官を含む海軍やペンタゴン上層部を強く批判する人々も存在する。
 また、アメリカ軍関係者たちの間では、東アジア地域での新興覇権国である中国と既成覇権国であるアメリカは武力衝突が避けられないという「トゥキディデスの罠」に関する議論も半年以上にもわたって続いている。さらには、最近、中国海軍首脳が明らかにした最新鋭潜水艦技術を巡っても、アメリカ海軍関係者たちの間では中国に対する姿勢を巡って意見の対立が見られる。
 そのため、果たしてトランプ政権がアジア太平洋を最優先させるのか、中国に対して封じ込め的姿勢を取るのか?それとも融和的姿勢を取るのか?については、いまだに定まっているとは言えない状況である。

《維新嵐》ハリス氏個人の見解というより、アメリカ海軍の軍事情勢認識として理解すべきものでしょう。フィリピンのIS勢力は意外でしたが、思想的一体感をもち、サイバー戦も可能なISは確かに脅威と納得できます。北朝鮮への「封じ込め戦略」については、以下の論文がよくわかります。

北朝鮮に対する「封じ込め戦略」とは

岡崎研究所

 201774日付のウォールストリート・ジャーナル紙が、北朝鮮のICBM発射実験を受けて、封じ込めによる政権交代を狙った戦略を構築すべきだとする社説を掲載しています。要旨は以下の通りです。

201774日、北朝鮮は初めてのICBM(大陸間弾道ミサイル)と思われるミサイル発射実験を行った。米国の独立記念日に実施するという象徴的意味合いもさることながら、その技術的成功の意味はもっと重大である。北朝鮮は米国の脅威となる核弾頭搭載ICBMの獲得に進みつつあるが、その速度に米国は緊急に対応する必要がある。
 「火星14号」と呼ばれるミサイルの射程にはアラスカは入るが、本土の48州はまだ射程外である。しかし、北朝鮮は長距離ミサイルに係わる殆どの問題を克服したようである。重要な問題の一つは、このミサイルが514日に発射実験に成功した中距離ミサイル「火星12号」を土台としているかどうかである。そのエンジンは、独自に開発された高性能のものであったが、北朝鮮が、今回、これに第二段ロケットを加えたのであれば、米国はロサンゼルスやシカゴが直接脅威に晒される推定時期を前倒しすることが必要となる。
 トランプ政権は難しい決定を迫られている。更なる制裁は金正恩体制に圧力をかけることになるので、実行する価値がある。しかし、韓国、日本と同様、米国も20発の核弾頭と生物化学兵器を持つ北朝鮮の攻撃に程なく脆弱となる。米国による先制攻撃は排除は出来ないが、北朝鮮のミサイルが1発でも生き残れば、韓国に対する核攻撃のリスクを冒すことになる。北朝鮮の核開発計画を「凍結」させるための外交を過去三つの政権は試みて失敗した。
 最善のオプションは、元国務次官ロバート・ジョセフが論ずるように、金正恩政権の交代を狙った包括的戦略である。抑止とミサイル防衛の強化、ブッシュ政権時代の核とミサイル拡散防止のための監視措置の復活、この地域の諸国に北朝鮮との関係を断絶させること、北朝鮮が実験するミサイルを撃墜すること、金正恩政権の犯罪のニュースを北朝鮮国民に宣伝すること、がそれである。
 米国は中国が問題であることも認識せねばならない。北朝鮮の中国との貿易は第1四半期に37.4%増大した。中国企業は北朝鮮の鉱物資源と安い労働力を利用して利益を得る一方、核ミサイル計画のための材料と技術を提供している。
 米国は中国の指導者が核武装の北朝鮮はその利益とならないと悟ることに希望を託して来た。しかし、北京の行動は北朝鮮の行動が米国を北東アジアから追い出すことを希望していることを示している。中国の助力の有無に拘わらず、金正恩政権の打倒を狙った一層厳しい戦略にのみ、数百万の米国民の生命に対する脅威を除去するチャンスがある。
出典:Wall Street Journal The North Korean Missile Crisis (July 4, 2017)
https://www.wsj.com/articles/the-north-korean-missile-crisis-1499188198

今回の実験が米国の緊張感を大きく高めたことは間違いないでしょう。北朝鮮が或る日突然ICBMによる米国の攻撃に踏み切る脅威というよりも、より現実的な問題は、朝鮮半島で紛争が発生した場合、米国本土が核の脅威に晒されていれば、米軍の行動が大きく制約を受けるということにあります。
 74日、ティラーソン国務長官は声明を発表し、ミサイルがICBMであるとの認識に立ち、脅威のエスカレーションを非難し、グローバルな行動を呼びかけました。
 この論説およびロバート・ジョセフ(73日付 National Review掲載の論説)が論じていることは、包括的な戦略をもって北朝鮮を封じ込め、内部からの政権交代(regime change)を促すというものです。政権交代につながるか否かはともかく、封じ込めをいうなら、金融制裁を強化することです。金融制裁は米国の金融システムないし国際金融システムから北朝鮮を遮断します。米国が有する最も強力な手段であり、その有効性はかつてのBanco Delta Asiaのケースで立証されています。具体的には、去る629日、財務省は北朝鮮と取り引きがあることを理由に中国の丹東銀行に制裁を発動しましたが、今後も中国に気兼ねすることなく、この制裁を推進すべきです。
 封じ込め、あるいはティラーソンのいうグローバルな行動をいうのなら、ASEAN諸国(すべて北朝鮮と外交関係を有する)に何等かの行動をとるよう要請することが考えられて良いでしょう。経済的効果はそれ程のものではないでしょうが、アジアの隣国の行動に政治的意味があります。先のクアラルンプールにおける金正男暗殺事件に際するマレーシアの対応は腰砕けで、甚だしく面白くないものでした。

 ロバート・ジョセフが論じている封じ込めの提案の一つに、「北朝鮮の国境を越えて飛来するミサイルを撃墜することについて、予め韓国および日本と了解を遂げる」というのがあります。軍事力の行使として米国が一番に考えるのは、これだと思われます。20066月にウイリアム・ペリーとアシュトン・カーターが「テポドン」が発射台にあるうちに巡航ミサイルで破壊することを提案しました。ICBMだと発射台にあるうちにやらないと、破壊出来ないのかも知れません。その他のミサイルを撃墜することにどれ程の意味があるかという問題もあります。いずれにせよ、日本として、こういう手段をどう考えるのかという問題があるでしょう。

《維新嵐》北朝鮮に対しては、軍事的制裁は最終的なオプションと考えます。経済面、金融面からの制裁は確かに効果はあるでしょうが、国際間での緊密な連携が不可欠でしょう。まさに各国の北朝鮮への関係の温度差ともいうべき要素を金正恩政権はうまく利用しているかもしれません。北朝鮮の核弾頭やミサイルは周辺国共通の軍事的脅威といえますから、彼らが絶対に「ミサイルを撃てないような外交戦略こそまず各国間の利害以上に実行すべきことと考えます。
中国内で議論される3つの対北朝鮮政策


【用語解説】「トゥキュディデスの罠」のワナとは?
米中戦争は起きるのか?「トゥキュディデスの罠」のワナ

産経新聞

 米マイアミ大学のジューン・ドレイヤー教授が、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)が主宰する日本研究賞の受賞講演で、「トゥキュディデスの罠(わな)」という米中戦争の可能性に言及した。北朝鮮によるミサイル発射実験の陰に隠れ、「中国との戦争」という重い命題が再び米国で議論されていることを示した。

 「トゥキュディデスの罠」とは、現行の覇権国(アメリカ)が台頭する新興大国(共産中国)との間で戦争することが避けられなくなるという仮説を指している。紀元前5世紀に起きたアテネの台頭と、それに対するスパルタの恐怖が、避けることのできないペロポネソス戦争を引き起こしたとする考えだ。これを現在の米中間に当てはめて論じられている。
 ドレイヤー教授は、来日前にワシントンで出席した会議で、この「トゥキュディデスの罠」が議論になったと述べた。彼女自身は米国がスパルタのような軍事国家ではなく、まして中国がアテネのような民主国家でもないとして、その前提に疑問を呈した。米中は厳しく対峙(たいじ)しながら互いに重要な貿易相手国であると認識し、戦争にまでは至らないとの見解を述べた。
 米中戦争の蓋然性を指摘するのは、長く「トゥキュディデスの罠」の危険性を研究してきた米ハーバード大学のグラハム・アリソン教授である。
 昨年9月に米誌で発表し、この4月にも米誌「ナショナル・インタレスト」(電子版)に「米中はどう戦争に踏み込むか」との警戒感で論議を巻き起こしている。5月末には、新著『運命づけられた戦争-米中はトゥキュディデスの罠を回避できるか』を改めて世に問うた。アリソン教授は過去500年間の欧州とアジアの覇権争いを研究し、16件が「台頭する国家」が「支配する国家」に取って代わる可能性があり、うち12件が実際に戦争に突入している。
 米中は互いに望まなくても戦争を起こしかねず、数年後に
(1)南シナ海で米中軍艦の衝突
(2)台湾で独立機運から緊張
(3)尖閣諸島をめぐる日中の争奪戦
-などが引き金となり、米中が激突する事態に至ると見通している。2016年のランド研究所の試算では、米中衝突によって米国の国内総生産が10%下落し、中国は35%まで急落すると予測する。
 アリソン教授によれば、新興大国には尊厳を勝ち取りたいとの「台頭国家症候群」があり、既存の大国には衰退を意識する「支配国家症候群」が、国際会議などで表面化する。さきにドイツで開催された20カ国・地域(G20)首脳会議では、中国の習近平主席が「高まるうぬぼれから影響力の増大をはかった」し、トランプ大統領は台頭する中国を「恩知らずで危険な存在とすら見なす」傾向がみられた。
 トランプ大統領は4月の米中首脳会談以来、中国に対して北の核開発停止への圧力を期待したが、必ずしも思わしくない。トランプ政権はまもなく、南シナ海の人工島近くで「航行の自由」作戦を再開し、台湾に大型武器を売却、北と取引のある中国企業2社と人物に制裁を発動した。
 アリソン教授の提起に対して、米誌で賛否が巻き起こった。こうした論議も含めて、米国には中国の台頭によって生じた「構造的なストレス」から、偶発戦争を引き起こしかねないとの懸念がある。日本は米中衝突の最前線にあり、「トゥキュディデスの罠」がもつワナに落ち込まぬよう万全の備えを怠るべきではない。(東京特派員)

北朝鮮の国内事情、実体経済については、以下の論文に詳しいです。特権、支配階級と庶民経済との格差が天と地ほどに著しいことが、北朝鮮の「特徴」といえますが、こんなところに「将軍さまの国」の弱点があるともいえるでしょう。国際社会があらゆる制裁手段を緊密な連携をとりながら利害をこえて実行することにより、北朝鮮の核弾頭とミサイルを「無力化」できると信じたいです。

闇市がなければ生きていけない北朝鮮国民

やはり崩壊している統制経済、国民の声で明らかに

古森義久
北朝鮮・平壌にある、金日成国家主席と金正日総書記の霊廟、錦繍山太陽宮殿を訪れた人々(2017727日撮影)。(c)AFP/Ed JONESAFPBB News

 北朝鮮の国民の大多数は、闇市からの収入で生活している――。
 北朝鮮国民が金正恩政権と距離を置き、政府の経済統制が空洞化している状況を裏づける珍しい世論調査結果が、このたび米国の民間研究機関から公表された。この調査では、ごく少人数ではあるが北朝鮮国内の住民に直接意見を聞いたという。

脱北者ではない一般国民に聴取
 2017年724日、米国ワシントンの複数の民間研究機関が結成した北朝鮮研究組織「境界線を越えて」(BP)は、北朝鮮国内で秘密裡に実施したという世論調査の結果を発表した。
 BPはワシントンの戦略国際問題研究所(CSIS)や国際経済研究のピーターソン研究所、ブルッキングス研究所、アメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)などが集まって20167月に結成した北朝鮮研究専門の合同調査班である。CSISの朝鮮部長のビクター・チャ氏やピーターソン研究所の朝鮮研究部長のマーカス・ノーランド氏が中心的役割を果たしている。
 今回の世論調査は、BPが独自のルートにより北朝鮮内部で合計36人の国民を対象に実施したという。対象となったのは男性20人、女性16人、年齢は28歳から80歳まで、職業は工場労働者、医師、理髪師、手工業など幅広く、地理的にも北朝鮮領内の南北合計8の地方自治体に及んだ。
これまで米国や韓国が北朝鮮の国民に意見聴取する際は、脱北者が対象であることが圧倒的に多かった。ごく稀に脱北者以外への聴取が行われても、中朝国境地帯の住民がほぼすべてだった。
 2016年にBPは独自の方法で北朝鮮住民の意見を聞く調査を初めて実施し、その結果を発表した。今回は2回目の調査となる。

7割が「ほぼすべての収入を闇市から」
 今回の調査では、住民たちが生活に必要な収入をどこから得ているかを中心に聞き取りを行った。調査結果の概要は以下のとおりである。
・調査対象者36人のうち35人、つまり全体の97%が自分の世帯の収入の75%以上を非合法の市場、すなわち闇市の経済活動から得ていると答えた。
・そのうち26人(全体の72%)は、ほぼすべての収入を闇市活動から得ていると答えた。
・男女別では、「ほぼすべての収入を闇市活動から得ている」と答えた女性は調査対象の16人のうち13人(81%)。男性は20人のうち13人(65%)だった。
・地域的には、北朝鮮北部の中国国境沿い地域に住む調査対象者18人のうち12人が、また、その他の地域に住む調査対象者も18人のうち12人が「ほぼすべての収入を闇市活動から得ている」と答えた。
・「闇市活動からの収入が世帯収入の75%以下」と答えたのは全体の中でただ1人で、首都・平壌の居住者だった。
調査対象者の70%が「自分たちの生活には、政府の決定よりも外部世界の方がより大きな影響を及ぼす」と答えた。
・女性16人のうち11人、男性20人のうち10人が、北朝鮮政府に対する敵意の最大の原因として「所得の低さや市場活動への妨害」を挙げた。
完全に崩れている北朝鮮の統制経済
 たった36人への聞き取りで、総人口2400万もの国民の動向を判断するのはもちろん危険である。BPはそれを指摘しながらも、北朝鮮では、共産主義型の計画統制経済で国家が国民の雇用や所得をすべて保証するという建前が完全に崩れ、非合法の市場活動が国家経済の主要部分を占める現状が確認された、と述べていた。
 またBPは、北朝鮮政府の経済破綻の状況に対して男性よりも女性のほうが反発や敵意を抱く割合が高いことや、闇市の勢いや拡大が中朝国境地域に限らず北朝鮮全域に及ぶ現状が分かったことも強調していた。

 この結果は、金正恩政権の経済面での意外な弱さを示したとも言えそうだ。

【動画でみる北朝鮮】

北朝鮮の国民生活は、この動画ですととても豊かに不自由なくすごしているようにみえます。

アジアンプレス北朝鮮現地取材による北朝鮮国民の実生活の様子。
脱北者による北朝鮮の実態報告

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