2017年4月12日水曜日

シリア情勢からみえる各国の政治戦略 ~アメリカの軍事攻撃の意味~

米、シリアに巡航ミサイル発射、トランプ氏、前政権の二の舞回避

佐々木伸 (星槎大学客員教授)

トランプ政権は201746日、シリア政府の化学兵器使用に対する報復と懲罰のため、複数の巡航ミサイルで攻撃した。限定的な攻撃にとどまる見通しだが、断固とした対応で実行力を誇示すると同時に、弱腰と批判されたオバマ前大統領と同じ轍は踏まない、というトランプ大統領の強い思惑を反映するものだ。シリアとロシアが反発するのは必至だ。

レーダー網や軍事施設、滑走路が標的
 トランプ大統領はシリア政策については2つの点を強調してきた。1つはオバマ前大統領が「アサド政権が化学兵器使用というレッドライン(超えてはならない一線)を越えれば、攻撃する」と公約していたのに、攻撃に踏み切らなかったことに対する非難。
 もう1つは「他国の政権を打倒するとかはやめる」などとして、アサド政権の追放を要求してきたオバマ前政権の政策の撤回だ。これは「米国第1主義」から米国の利益にならないようなことには関わらないというトランプ氏の持論を反映したものであり、シリアでは過激派組織「イスラム国」(IS)壊滅に集中し、シリアの内戦の行方や将来については、アサド政権を支援して軍事介入しているロシアに任せるとの宣言でもあった。
 今回の化学兵器使用については、アサド政権やロシアはシリア軍機がシリア北西部のイドリブ県の反体制派の武器庫を攻撃した際、貯蔵してあった化学兵器が拡散したと反論、化学兵器を使ったことを否定している。しかし米国やシリアの隣国のトルコはサリン・ガスを使ったのはアサド政権であると断定している。
 トランプ氏は当初、こうした事件はオバマ氏の弱腰と優柔不断が引き起こしたもの、という非難にとどまっていた。シリア政策の基本が「シリアに存在する政治的な現実」(大統領報道官)を重視し、アサド大統領を事実上容認する姿勢を維持するというものだったからだ。
 しかし赤ちゃんや子供を含む民間人約90人が死亡するという悲惨な現実が明るみに出て、国際的な非難が強まるにつれ、トランプ氏も「アサドに対する考えは大きく変わった」とアサド容認からの方針転換を示唆、「アサドには何かが起きるべきだ」と軍事的な報復措置を検討していることを仄めかした。
 こうした大統領の姿勢の転換を受け、国家安全保障担当のマクマスター補佐官、マティス国防長官、ティラーソン国務長官らが頻繁に協議、ペンタゴンの統合参謀本部がシリア攻撃計画の概要をまとめ、速やかな攻撃となった。


米メディアなどによると、攻撃は軍事目標に対する限定的なものになる見通し。シリア軍のレーダー・システムや防空システム、軍事施設や滑走路などが攻撃対象として取り沙汰されている。シリアに介入しているロシア軍を巻き添えにしないような配慮も盛り込まれているようだ。
 巡航ミサイルは地中海上の米艦船から発射されたようだ。有人機による空爆はロシア軍の防空システムに引っかかる懸念があり慎重に検討されている。しかしいずれにせよ攻撃期間は最長数日間で、米軍がシリアに本格的な地上部隊を展開する可能性はない。
 ホワイトハウスの一部には、アサド政権を攻撃することに抵抗もまだ強い。アサド政権をたたくことは、結果的に最終的な敵であるISやアルカイダ系のイスラム過激派を利することになる上、シリアに展開している米軍特殊部隊などが報復攻撃にさらされかねないからだ。
政権浮揚目論む
 トランプ氏が軍事攻撃に踏み切ったのは、オバマ氏の弱腰を非難してきた手前、強力な実行力を示して前政権との違いを内外に示したいとの思惑があるからだ。その背景には発足から2カ月半になるトランプ政権の運営がうまくいかず、支持率も36%と歴史的な低さを記録しているという状況がある。
 閣僚人事もいまだ4人が議会から承認されず、国務省や国防総省の幹部人事もほとんどが空席のまま。ロシア関連疑惑の暗雲が政権を覆い、連邦捜査局(FBI)がトランプ陣営とロシア当局の接触について捜査を継続中である。
 政権の目玉だったオバマケア(医療保険制度改革)の見直しは身内の共和党の一部造反で撤回に追い込まれ、一部イスラム圏からの入国禁止の大統領令も憲法違反の疑いがあるとして裁判沙汰になっている。軍事費の10%増強をウリにした来年度予算も議会の反対が多く、先行きは明るくない。
 トランプ氏や側近は政権がうまくいっていないのはオバマ一派がディープ・ステート(国家の中のもう1つの国家)を作って邪魔しているからだと非難しているが、政権反転の見通しはない。
 同氏はこのため、化学兵器を使った非人道的なシリア政府を軍事的に懲らしめることを内外に誇示することによって、政権浮揚のきっかけをつかみたいと考えているようだ。しかし、軍事攻撃に伴う予期せぬ事が起こる危険性もある。トランプ氏の政治的な賭けが思惑通りに運ぶのかどうか、予断は許さない状況だ。

アメリカが「世界の警察官」に戻った瞬間か!?

交渉の達人に疑問符、トランプのシリア攻撃は焦りの裏返し

海野素央 (明治大学教授、心理学博士)

 今回のテーマは「トランプのシリア攻撃と米中首脳会談」です。ドナルド・トランプ大統領は習近平国家主席との米中首脳会談のさなか、シリア西部の空軍基地を巡航ミサイルで攻撃しました。その主たる思惑はアサド政権が使用したとみられる化学兵器の使用阻止であったことは間違いありません。ただ、種々の視点から同大統領のシリア攻撃の狙いを分析する必要があります。そこで本稿では主として「内政」「米国第一主義」「交渉術」の3つの視点から同大統領の攻撃の意図を探ってみます。

内政とシリア攻撃
 今回のシリア攻撃には複数のメッセージが含まれています。前述しましたが、シリアに対しては化学兵器の使用阻止です。中国にはシリア攻撃を通じて力を見せつけ、北朝鮮が核とミサイル開発を放棄するように圧力強化をさせることです。北朝鮮に対しては単独でしかも速やかに軍事行動を起こせるというメッセージを発信しました。トランプ大統領のシリア攻撃のメッセージは、どれもストレートで明確です。
 では、アサド政権の化学兵器使用以外に何がトランプ大統領を動機づけたのでしょうか。
 まず内政です。トランプ大統領はオバマ前大統領の医療保険制度改革(通称オバマケア)を廃案にして、新しい制度と置き換えると繰り返し主張してきました。ところが、オバマケアの代替法案撤回に追い込まれ失敗したのです。その結果、同大統領は果たして選挙公約を果たすことができるのかという疑問視する声が出ています。
 しかも次の税制改革はそれ以上に困難であると言われています。同大統領は明らかに内政で行き詰っていました。
 次に、ロシアとの問題です。選挙期間中トランプ候補(当時)を勝たせようと民主党本部及びクリントン陣営にサイバー攻撃を仕掛けたロシア政府とトランプ陣営が実は共謀していたのではないかいう疑惑が浮上しています。それに対して、ジェームズ・コミー連邦捜査局(FBI)長官は公聴会で捜査中であると証言しました。米国民はこの疑惑に関心を高めています。仮にロシアとトランプ陣営が結託していた証拠が見つかると、トランプ大統領は「偽(フェイク)大統領」と呼ばれるでしょう。
 そこで、トランプ大統領はこの疑惑から国民の目をそらそうとオバマ前大統領が選挙期間中ニューヨークにあるトランプタワーを盗聴していたとツイッターに投稿したのです。この件に関して、コミー長官は根拠がないと同じ公聴会で証言を行ったため、同大統領の信頼が大きく揺らぎました。
 上で説明しました疑惑の影響を受けてトランプ大統領に批判的な米国民は、同大統領につきまとうウラジーミル・プーチン露大統領の影を見ているのです。トランプ大統領は是が非でもプーチン大統領と自分を切り離して、依存しているというイメージを消したいのです。シリア攻撃は後ろ盾となっているロシアに対する挑戦でもあり、プーチン氏と距離をとることができるというメリットがトランプ氏に生まれるのです。
米国第一主義の変容
 今回のシリア攻撃にともなって米国第一主義に変化が生じています。トランプ大統領が唱えてきた米国第一主義には、世界の出来事に関与しないという意味がありました。大統領首席戦略官兼上級顧問のスティーブン・バノン氏の不介入主義が反映されていたのです。ところが、シリア攻撃前にトランプ大統領はバノン氏を国家安全保障会議(NSC)の常任メンバーから外したのです。
 それに加えて、トランプ大統領は突然人道主義を全面に出しました。ホワイトハウスにあるローズガーデンで行われたヨルダンのアブドラ国王との共同記者会見で、アサド政権による化学兵器によって罪のない乳児が殺害されたと強調しました。米国第一主義は、本来人道主義に価値を置いていませんでした。
 例えば、イスラム圏6カ国入国一時禁止です。当然ですが難民の中にも乳児がいます。2013年アサド政権が化学兵器を使用した際、トランプ大統領はツイッターで「シリア攻撃は米国にとって何も得るものがない」と語り反対の立場をとっています。
 シリアのみならず、中国はチベット、北朝鮮は拉致問題を巡り人権に関して非難を浴びています。米国内でシリア攻撃に対する抗議運動が起きていますが、トランプ大統領からすれば今回の攻撃で人道主義の交渉カードを手に入れたと言えます。

「交渉の達人」トランプ
 トランプ大統領は長く交渉の達人と言われてきましたが、オバマケアの代替法案に反対する共和党下院議員を説得できなかったことによって、一部に同大統領の交渉能力に疑問の声が上がっています。内政で成果を出せない同大統領は、米中首脳会談で強い衝撃を与える交渉戦略を選択しました。
 習主席との晩餐会と翌日行われる本格的な交渉の間にシリア攻撃を挟んだのです。交渉を有利に進めるためのツール(道具)として攻撃を利用しました。晩餐会で和やかな雰囲気を作って習主席の面子を保ち、一旦安心させた後で同主席にシリア攻撃を伝えました。その目的は交渉前に「腕力」を見せつけ、心理的に衝撃を与え揺さぶりをかけることにあったと言えます。
次の一手
 トランプ大統領はアサド政権に対して、「たくさんのレッドライン(超えてはならない一線)を超えた」と非難し軍事行動に出ました。北朝鮮にはどこでレッドラインを引くのでしょうか。
 例えば、米情報機関が北朝鮮が数週間で米国本土に届くミサイルを完成させるという情報を得た時、あるいは中国が北朝鮮の核・ミサイル開発を放棄させることができないとトランプ政権が判断を下した時などがあります。訪日中の米下院外交委員会に所属するジェリー・コノリー議員(民主党・バージニア州第11選挙区)は前者はトランプ大統領のみならず米国に脅威になり、レッドラインになり得ると語っていました。
 いずれにしても、トランプ大統領は、国家安全保障問題担当のハーバート・マクマスター大統領補佐官及びジェームズ・マティス国防長官に助言を求めるでしょう。両氏のレッドラインに関する助言、それに基づいた同大統領の決断は、日本を含めた東アジア全体の安全を左右することになります。北朝鮮は日本及び韓国の米軍基地を標的に入れており、トランプ政権が武力行使に踏み切った場合、「ルーズ・ルーズ(敗者・敗者)」の関係になる可能性が高いと言えます。

「米中首脳会談中のシリア攻撃」が中国に与えた衝撃

大国間のゲームルールを変えたトランプ

小原凡司 (東京財団研究員・元駐中国防衛駐在官)

 米中首脳会談の夕食会が行われていた201746日、米国はシリアに対してミサイル攻撃を実行した。米海軍の駆逐艦が、化学兵器を用いた空爆を行ったシリア政府軍の飛行場を、59発の巡航ミサイルによって攻撃したのである。
 トランプ大統領は、米中首脳会談のために自身の別荘である「マール・ア・ラーゴ」に到着した後の616時(現地時間)にNSC(国家安全保障会議)を開催し、その場で攻撃命令を出したと報じられている。
米海軍の攻撃は米中両首脳の会食中に開始され、トランプ大統領は会食終了間際、習近平主席に、シリアに対して軍事攻撃を実施したことを伝達した。発射した巡航ミサイルが59発であったことに加え、アサド政権が化学兵器を使用して国際合意違反を犯した結果であるというシリア攻撃の理由も説明された。習近平主席は、説明に対する謝意を示した上で、軍事的対応が必要だとの米側の説明に理解を示したという。
オバマが「口だけで何もしない」ことを見切っていた中国
 習近平主席を始め、中国側が受けた衝撃は大きかっただろうが、米中首脳会談の最中に米国を強く非難することはできなかった。衝撃が大きかったのは、シリア攻撃が「大国間のゲームのルールが変わった」ということを示したからである。しかもそれを、米国は米中首脳会談の期間中に、「台頭する大国」たる中国の面前で行ったのである。
 オバマ大統領は、理想主義的な発言だけで、実際の行動はとらず、結果として、シリアにおける深刻な人権侵害や北朝鮮等の核兵器開発による国際社会への挑戦を拡大させることになった。中国も、オバマ大統領が「口だけで何もしない」ことを見切って、南シナ海の軍事拠点化等を進めてきたのである。
 オバマ政権は、シリア政府の化学兵器使用はレッドライン(最後の一線)だと言い、南シナ海の南沙諸島において戦闘機が離発着できる滑走路の建設がレッドラインであるかのように表現した。「レッドラインを超えたら米国は許さない」という意味である。
 しかし、レッドラインを設定すること自体、米国が「実力行使したくない」ことを示すものである。相手は、米国が設定したレッドラインを超えない限り米国の軍事力行使を心配することなく自由に振る舞うことができ、挑戦すべき基準を明確に認識することができる。レッドラインを少しずつ超えてみて、米国の対応を見ることができるのだ。結局、オバマ大統領は、レッドラインを超えられても実力を行使しなかった。理想主義だけでは理想を実現できないという典型であると言える。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/9345?page=2
中東からはじき出される訳にいかない中国
 経済的には米国に対抗できるだけのパワーがないにもかかわらず、ロシアが、シリア問題を始めとする中東の地域情勢等に大きな影響を持つのは、躊躇なく軍事力を行使するからに他ならない。ロシアは、欧州諸国が言う「ウクライナ軍事侵攻」も実行した。
 軍事的なゲームになれば、中国であっても、現段階では米国とロシア両大国に対抗することはできない。これまでは、米国が行動しない状況下で、ロシアだけが軍事力を利用し、中国は軍事力を増強して影響力の拡大を図ることができた。しかし、トランプ大統領は、シリアに対するミサイル攻撃を実行することによって、もはやそのようなルールで地域情勢が決まらないということを示すことになった。米国が掲げる理念・理想に反する行為に対して、米国も躊躇なく軍事力を行使することを実行して見せたのである。
 中東を始め国際社会における問題において、米ロが軍事的ゲームを展開することになると、中国ははじき出されてしまう。中国は、1991年の湾岸戦争を、米国が軍事力を用いて米国に有利な地域情勢を作り出すものと理解した。そのため、中国は、自国が経済発展する際にも軍事力による保護が必要であると考え、軍事力の増強を図ってきた。主として、空母打撃群の世界各地域への展開によってである。中国が言う「グローバルな任務」だ。
 中東は、中国にとって、「一帯一路」の地理的意義的な中心である。中国は、中東からはじき出される訳にはいかないのだ。現在、中国は、少なくとも2隻の空母を建造中である。1隻は間もなく進水すると言われる。また、「グローバルな任務」を実施するためとして、1万トンを超える大型駆逐艦も同時に建造している。
 中国が、各地域に軍事プレゼンスを展開するようにする時間的目標は、2020年である。それまでの間、すなわち、米ロに対抗できる軍事プレゼンスを示せるようになるまでは、中東においても経済的なゲームを展開し、影響力を維持しようとしてきた。しかし、中国の軍備増強は間に合わないかもしれない。
経済問題と北朝鮮問題をパッケージにして
取引をしかけたトランプ
 北朝鮮の核兵器開発問題も、米国が変えたゲームのルールに影響を受ける。北朝鮮への軍事力行使は、金正恩委員長が平壌という都市部にいること、北朝鮮が日本や韓国へ攻撃するであろうこと等を考えれば、ハードルが高い。それでも米国は、自国の安全が脅かされると考えれば軍事力を行使するかもしれないと、中国に危機感を抱かせた。
 実際、49日、シンガポールを出港した空母「カールビンソン」を中心とする第1空母打撃群が朝鮮半島近海に向かっていることが明らかにされた。北朝鮮が、国内の政治イベントに合わせて、核実験等の挑発行為を行う可能性があり、これをけん制するためである。北朝鮮が挑発行為を強行すれば、軍事的緊張が高まる。
 オバマ大統領の米国は、北朝鮮の核兵器開発に対して危機感を持ちつつも、中国に対して、口頭で圧力強化の要請をするだけであった。中国は、表面的には米国の要請に応えているように見せつつ、実質的には北朝鮮を締め上げなくても、すぐに朝鮮半島情勢が大きく変わることはなかったのだ。
 中国は、朝鮮半島に核兵器が存在することには反対だ。朝鮮半島が統一されることになれば、経済力で圧倒的に勝る韓国主導で統一が進み、結果として米国寄りの国家が、中国の喉元に核兵器を突き付けることになりかねない。さらに、中国指導部は、金正恩委員長に対して不快感も持っている。それでも、厳しい対外問題を抱えたくない中国は、北朝鮮を過度に締め上げることは避けてきたのだ。
 しかし、トランプ大統領は、経済問題と北朝鮮問題をパッケージにして、取引をしかけてきた。そもそも、トランプ大統領と習近平主席が具体的な解決策について議論することはないだろうが、中国側がトランプ大統領の意図を理解するには十分な会談だっただろう。危機感を高めた中国は、軍事衝突を避けるために、米国との取引において何が譲歩できるのか、北朝鮮問題を含めて考えなければならなくなっている。
 しかし、中国はこのルール変更を予期していたようにも思われる。中国が、トランプ大統領誕生直後から、この状況を理解していたかのように行動しているからだ。
 中国では、日米首脳会談の前日に行われた米中首脳電話会談において、習近平主席が米中「新型大国関係」という言葉を用いなかったことが話題になった。また、軍事的ゲームからはじき出されないよう、すでに、軍事力の増強を加速し始めたのも、その一つと言える。中国は、国際関係を大国間のゲームだと認識しているからこそ、敏感に感じ取ったのかも知れない。
日本がやるべきこと
 日本では、米国の「変化」ばかりが強調されているが、米国の各事象に対する対応が変化したわけではない。トランプ大統領は、国益に基づいて選択的関与を鮮明にし、優先順位を明確にしただけである。優先順位の低い問題には、とりあえず触れないということだ。
 しかし、そのトランプ大統領の優先順位に変化が生じたのは確かである。トランプ大統領に、シリア問題や北朝鮮問題が危機的な状況であると認識させ、軍事攻撃を採ることが米国の利益になると認めさせた人間が、政権の中にいるということである。事実は、ただ存在するだけでは、人の行動に影響しない。人は、その事象を認識して、どのように行動するかを決定するのだ。同じ事象に遭遇しても、認識のし方によって、行動が変わるということでもある。
 日本にとって、米国の軍事力行使は他人事ではない。日本は、国際社会が、アナーキー(無政府)であり、目的追求のために軍事力が行使される現実を認識した上で、安全保障を含む日本の国益をいかに守るのかを考えなければならない。
 理想を実現するために軍事力を行使することが必要であるということが事実であるとしても、何が理想であるのか、その軍事力行使が理想実現のために効果があるのか等は、常に問題である。日本は、価値観を共有できる各国と協力するとともに、同盟国として米国との安全保障協力を強化し、トランプ政権の認識に影響を与え、こうした問題に関与しなければならないのではないだろうか。
チャンネル桜

変幻自在の変わり続けるシリア内戦

岡崎研究所

 英フィナンシャル・タイムズ紙のコラムニスト、ディビッド・ガードナーが、201738日付け同紙に、シリア紛争の勝利からは程遠いとの論説を寄せ、アサド、ロシアおよびイランが、シリアにおいて直面している困難を指摘しています。要旨、次の通り。

iStock

 201612月、アサドがアレッポの反乱軍の拠点を奪還したが、シリアの破壊が収まる兆候は限定的である。停戦は部分的に過ぎない。露、米、イラン、トルコ、クルド人民兵、イランの支援を受けたシーア派民兵など、様々な勢力が戦場にひしめき、時折、反ISISで団結している。アルカイダも依然としてアサド政権中枢部を攻撃し得る。反乱軍の主流派は自己防衛のために再編を進めている。しかし戦争からの出口についての対話は全く進んでいない。
 プーチンは、今こそ欧州にシリア再建の資金を出すように言う時期だとしている。厚かましい。ロシアは、トランプ政権がアサド打倒の考えを一切捨てたと見ている。さらに、欧州ではシリアからの移民・難民の増加に関する政治的パニックが最重要問題である。
 しかし、ロシアとイランはシリアで深刻なジレンマを抱えている。
 第1:アサド政権はシリアの35%を支配しているが、支配の程度には議論の余地がある。アサド政権は少数派政権のため、人手不足であり、ロシア、イラン、ヒズボラなどに依存してきた。地方の支配は、軍閥、民兵、私兵、やくざ者に下請けに出されている。多くのシリア人が困窮し安定は存在しない。
 第2:ロシアとイランには、アサドの「ミニ国家」がシリアの残りの土地を取り戻すのを助ける用意がどの程度あるのか。アサド政権には、シリア東部を取り戻し、守備隊を置く能力はほとんどない。シリア内戦は変幻自在で形が変わり続けている。
 第3:「役に立つシリア」の支配だけでは十分ではない。シリア東部を「役に立たない」砂漠と見ることは正しくない。アサド政権は、東部のエネルギー資源と作物を必要としている。
ロシアとイランは、シリア全体を取り戻すべく戦わざるを得ないだろうが、多くのカネと犠牲者を要するだろう。イランだけでも201314年に年間80億ドルを費やしたと言われている。ロシアとイランは、石油とガスに依存しており、両国とも国際制裁の対象となっている。
 確かに、ロシアはシリアにおいて、港湾施設や空軍基地の長期リースを得た。イランの革命防衛隊は、移動通信、リン酸塩採掘、港湾、発電の契約を確保した。
 しかし、シリア再建費用は少なくとも2500億ドル、最終的にはおそらくその倍はかかるであろう。基本的な安定と権力の分担についての合意が無ければ、各国が資金供与の列に加わることはないだろう。欧州と米国の「リアリズム」は、もっと現実を踏まえる必要がある。特に、移民の流れをシリアに押し返したいと熱望している欧州は、シリアにおける人口構成の変化は、アサド政権が望んでいるものであることを認識すべきである。アサド政権のパトロンにも、自分たちにも責任のある混乱につき、よく考えてみるべき時が来るだろう。
出典:David Gardner,‘Assad is a long way from victory in Syrian conflict’Financial Times, March 8, 2017
https://www.ft.com/content/608319f0-036c-11e7-ace0-1ce02ef0def9

 シリア情勢の現状についての良い分析です。特に、いまシリアでは優位にあると言われるアサド政権、ロシア、イランが抱えているジレンマをよく描写しています。
 反政府勢力は軍事的には押され気味ですが、アサド政権も、シリア全土の支配からはほど遠いです。ロシア、イランも、アサド政権にシリア全土の支配を実現させるまで支援する意思と能力があるのか、疑問です。
 シリアはスンニ派が多数の国であり、アラワイト派を基盤とするアサド政権は、スンニ派、キリスト教徒など、各勢力の微妙な均衡の上に成り立っていた政権です。今回のシリア内戦で、その脆弱性がますます明らかになっているのではないかと思われます。
 シリアで争っている各勢力が、戦いに疲れ、シリア紛争に軍事的解決はないとの認識を持つに至れば、真剣な話し合いにつながるでしょう。そして、国連主催の会合あるいはその他の場で、シリア国家の解体にも匹敵するような地方に大きな権限を持たせた連邦制にするなどといったことで、基本的に合意するしかないのではないかと思われます。ただ、いまのところ、そういう見通しもなかなか立っていません。
 オバマ政権はトランプ政権よりはずっとしっかりとした外交をしたように思いますが、このシリアの現状は、オバマが自らレッドラインと宣言したシリアによる化学兵器使用がなされた時に、きちんと対応しなかったなど、オバマ政権の失敗の結果である面が大きいと言わざるを得ません。


《維新嵐》支持基盤の弱いアサド政権が外国頼みで政治を行うため、大国の思惑でシリアが混乱するのは自明でしょう。こうした陰で誰が一番苦しんでいるのか、アサド氏は真剣に考えるべきでしょう。


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