2015年9月22日火曜日

【外交戦・歴史戦】あらゆる戦略を活用して国家の政治目的達成を図る共産中国

日本に取って代わる「平和国家」の地位を狙う中国
軍事パレード前後の北京ルポ

富坂 聰 (ジャーナリスト)

20150915日(Tue)  http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5364
 93日に行われた「中国人民抗日戦争勝利70周年」の記念式典。その目玉の一つ、閲兵式のため人工的につくり出された青空、いわゆる“閲兵ブルー”は80年代の北京の秋晴れを思い出させる完璧な晴天だった。
 「昨年11月にはAPECのための“APECブルー”が話題になりましたが、今回は世界陸上からの徹底した天候管理に加え、8月20日からは北京から遠く離れた山東省の工場まで一時的に停止させられました。しかも2299社という大規模な範囲でしたから、青空の質が違うと話題になりました。しかし、休業を強いられた工場には政府からの補償は一切なし。そのしわ寄せが労働者に向かい、現地では多少のもめ事も起きていたようですが……」(北京の夕刊紙記者)
独裁的な社会主義国であることを人々に思い出させた
パレードの前夜、天安門近くの自警団(Getty Images
 “閲兵ブルー”を作り出した強引なやり方をはじめ、式典成功のために8月の末から中国が設けたさまざまな規制は、この国が依然、独裁的な社会主義国であることを人々に思い出させた。
 「交差点ごとに中国人民武装警察部隊の警官が立ち、警備に当たるという状況は市の中心部だけでしたが、郊外でもぬかりはない警備体制でした。例えば、人々の動向をうかがい、上に密告することが仕事であった居民委員会のOBたちが中心となってつくられた街道委員会のメンバーたちが、人々が寝静まった夜中にもグループで担当地域の見回りを行い、駐車されているすべての車の持ち主を確認する作業を丹念にやって回っていました。みなロボットのように党に忠実な人々ですから、不明な車が入り込む余地などありませんでしたね」(北京市の住民)
 パレード会場となる天安門周辺はさらに厳しい警備体制が敷かれていた。そのことは警備を担当する組織の多様さにも如実に表れていた。
 まず警備の中心を担う中国人民武装警察部隊(以下、武警)の隊員が天安門に近づくに従い増え、制帽・制服のスタイルから、迷彩服に小銃を持った兵士の数が多くなり、緊張感を高めてゆくのだ。
 次に目に付くのは胸に「中華人民共和国警察」のエンブレムを付けた公安だ。公安にはブルーのユニフォームと、真っ黒の制服の特別警察(以下、特警)があり、背中に英文字で「SWAT」と記された特警が一際強い存在感を放っているのがよく分かった。
 続いて頻繁に見かけるのが公安の下に置かれ、都市の軽微な治安維持や美化・管理などを担う城管である。水色と白のツートンに「城管執法」と書かれたパトロールカーのほか、原付にまたがる姿も多く見られた。
 このほか、普段は部隊に属しながら急きょ公安の下に派遣されて治安維持に当たるさまざまな組織が見つかる。驚くべきは、その組織の数の多さである。
 彼らはみな全身真っ黒なユニフォームだが、背中と肩に付けられたマークが違っている。「安AN BAO保」(肩に執勤)、「特TE QIN勤」(肩には国旗のマーク)、「保BAO QIN勤」(肩に国旗)などがそれに当たるが、なかには「東城民兵」と書かれたユニフォームもあり、このことは今回の警備には東城地区にいる退役軍人まで動員されていることを示していた。

こうして市中心部から日常が消えてゆく動きのなか、831日から91日にかけて急速に都市機能が奪われてゆくことが感じられて驚いた。
 31日、早めに食事を摂っておこうと午後6時に王府井のデパートに入ったのだが、ツーフロアーに計40店舗ほど入っている飲食店はそのときすでに4分の3が閉店になっていて、残りの店舗も後片付けをはじめているという状態だった。営業しているのはわずかに2店舗で、そこに行き場を失った人々が殺到して黒山の人だかりができているのだ。もはや食べ物にありつくのは絶望的に思われたのだが、店員に尋ねると、
 「冷凍ものだけの注文なら時間はかかるが案内できる」という説明だった。実は、もう数日前から北京には品物が搬入されてきていないということで、鮮度を求められるレストランは仕事にならないと早々と店を閉めていたということだった。
パレード前日、強制的にホテルを変えられる
 実は私は、パレードが行われる前日の様子に興味があり、天安門からほど近い王府井のホテルを予約していたのだが、出発前に「91日から3日まで外出禁止になった」との連絡を受けた後、「外出禁止ではなくホテルの営業そのものができなくなったので、別のホテルに移動してほしい」と強制的にホテルを変えられてしまっていた。
 新しいホテルは東長安街の建国門外にあり、場所は天安門には近い。推測するに当局の意図は「第2環状線から外に出ろ」ということだと思われた。つまりパレードには近づけないが、第2環状線の外側は比較的日常が保たれるという理解であったのだが、ホテルを変わった翌2日、都市機能はほぼ全市で止まってしまうのだ。
 2日からは飲食店を含めすべての店舗が休業。しかも入り口の門扉が鎖でつながれた上に紙で「封」まで貼られる始末なのだ。こうした街の変化を受けて、普段は人であふれたストリートからはほとんど人影が消えてしまったのだ。ホテルの窓から見える街には、水色のポロシャツを着た「首都治安志願者」のメンバーだけという異様な光景となっていたのである。
 93日の当日には、経済活動の隙間はなくなっていたので、もはやテレビで軍事パレードを観るしかないといった状態だった。そのこともあって北京の人々はみな軍事パレードを楽しみ、評判も概ね良好であったと思われる。
 軍事パレードで紹介された最新兵器は、「アメリカに向けられたもの」との分析が目立ったが、パレードに出すラインナップは半年以上前からインターネットに写真付きで挙げられ(政府公認ではないが)ていて、閲兵式の半月ほど前からは、パレードの順番も含めてすべて正確なメニューがメディアを通じて報じられていたので、当日に大騒ぎするような話でないことは指摘するまでもない。

軍事パレードに先立つ習近平の重要講話では、中国共産党という言葉ではなく「人民の勝利」としてこの式典と歴史の整合性を保っていたことが前半の印象としては深く残ったが、講話の中心が後半にあったことはあらためて指摘するまでもないだろう。かねてより私はこの式典を「(日本との)和解の場とする」意図があることを書いてきたが、当日は「平和国家としての中国」をアピールする場所としてきたようだ。
本気で「平和国家」としてのポジションを確立しようとして来ている
 日本のメディアが反応した「兵士30万人削減」は、そもそも非戦闘員(とくにターゲットとなっているのは軍系病院と軍所属の歌舞団)で、いわゆる各国政府の出す経済対策のように中身のないリストラだが、それでもこの情報をわざわざこの重要講話に入れ込んでくる戦略には驚かされた。それは中国がかなり本気で「平和国家」としてのポジションを確立しようとして来ていることでもあるからだ。
 さらに過去に繰り返してきた「覇権に陥らない」という文言に加えて、最近使い始めた「拡張しない」という言葉をこの講和に盛り込んできたことにも大きな意味がある。そして最も重要なことは、平和実現に向けた中国の取り組みとして国連の価値観を重視することを強調してきた点だ。
 これは「国連憲章に署名した国は基本的に戦争はしない」という価値観に寄り添う、ある種の決意表明とも受け取られる。自衛のための戦いを否定していないという点でも日本の憲法第9条(解釈も含めての話だが)にも通じる考えだ。もちろん何を持って「自衛か否か」の判断には大きな隙間があり、また中国が自国の軍備をその価値観に適合させる努力をするとは考えられない。
 だが、価値観の戦いにおいて、中国がさらにその歩みを一歩前に進めてきていることは明らかだろう。隙あらば、日本がこれまで築いてきた「平和国家」としての地位に中国が取って代わろうとする戦略なのかもしれない。 

【積極的平和主義】南シナ海をめぐる中越関係と日本[H27/9/21]
2015/09/21 に公開

国際ルールを無視し、南シナ海の岩礁を埋め立てて軍事拠点を構築する中国。これは、東シナ海ガス田に、多数のリグを設置されている日本にとっても他人事ではない。南シナ海では、特にベトナムが強硬に中国と渡り合っているが、その国力差を考えた場合、シーレ­ーン確保で死活的な問題を抱える日本がコミットすることは、もはや当然の成り行きであろう。ベトナムのグエン・フー・チョン共産党書記長来日に合わせ、日越の有識者が、都内で問題意識を共有したシンポジウムの模様を、ダイジェストでお送りします。
エコノミスト誌が牽制 歴史を歪曲する中国の野望
岡崎研究所

20150915日(Tuehttp://wedge.ismedia.jp/articles/-/5356
 エコノミスト誌815-21日号は、東アジアではかつての日本に代わって中国が「破壊的な」非民主主義国家として台頭、その中国が歴史を歪曲して己の野心を正当化しようとしている、と中国を牽制する記事を掲載しています。
 すなわち、今の中国の論法は、「中国は日本の帝国主義打破で重要な役割を果たした。従って、過去の中国の勇気と苦しみは正当に評価されるべきであり、現在のアジアのあり方についても大きな発言権を有してしかるべきだ。それに、日本は今も危険な国だ。だからこそ中国の学校、博物館や記念館、テレビ番組、党機関紙は絶えず日本の侵略性を警告し、中国は日本の脅威に立ち向かっている」というものだ。
 しかし、この主張は、歴史を歪曲しなければ成立しない。第一に、日本軍と戦ったのは中国共産党ではなく、宿敵の国民党だった。第二に、今日の日本は、南京市民を虐殺し、中国や朝鮮の女性を慰安婦にし、民間人に生物兵器を試した、戦争当時の日本とは全く異なる。
 確かに、日本はドイツほど明白に謝罪していない。日本の極右は日本の戦争犯罪すら否定する。しかし、日本が今も好戦的な国だと言うのは馬鹿げている。日本は1945年以降、怒って銃弾を発射したことは一度もない。民主主義は深く根を下ろし、人権を尊重している。大多数の日本人は戦争犯罪を認めており、歴代の政府は謝罪してきた。今の日本は人口減少と高齢化が進む平和主義の国で、広島と長崎のトラウマから核兵器を持つ可能性もほとんどない。
 日本に関する中国の主張は不当であるだけでなく、危険でもある。政府が煽った民族主義的な憎悪は、政府にも制御できなくなる可能性がある。また、これまでは、日本の尖閣支配に対する中国の挑戦は威嚇の範囲内に留まっているが、誤算によって事態がエスカレートする危険性は常にある。
 東アジアでは戦争の古傷はまだ癒えていない。台湾海峡と南北朝鮮の国境は今も一触即発の危険を秘めている。そして、これらが暴力的事態に発展するかどうかはほぼ中国次第で、米国が常に紛争の勃発を抑えられると思うのは甘い。
 それどころか、アジアでは、中国はその野心によっていずれ米国や米国傘下の諸国と衝突することになるだろうと懸念されている。中国が日本に喧嘩を売る、あるいは、南シナ海の岩礁に滑走路を作ることは、こうした恐れを増大させ、さらには、米国を領土争いに巻き込んで、紛争が起きる可能性を高める。

西欧と違い、東アジアにはかつての敵国同士を結ぶNATOEUのような仕組みがない。東アジアは、富裕国と貧困国、民主国家と専制国家が混在し、共通の価値観を欠き、不安定で分裂し易い。一党独裁の大国、中国が、歴史的被害者を標榜してその是正を求めれば、アジア諸国が動揺するのは当然である。
 中国が過去ではなく、現在の建設的行動に基づいて地域の主導権を主張してくれたら、どれほど良いことか。習が地域に安定をもたらすべく多国間主義をとるのなら、彼は真に歴史の教訓を学んだことになる。歴史は繰り返すのではなく、学ぶべきものだ、と論じています。
* * *
 これは、日本人から見ると全く納得できる議論です。これに対し、中国人の歴史に対する見方はどうでしょうか。例えば『中国の歴史認識はどう作られたのか』(ワン・ジョン著)は、共産党の統治の正当化の必要のために、歴史が大きく塗り替えられることを指摘しています。中国共産党の歴史の記述は、毛沢東の「勝者の物語」から、天安門事件を経て「被害者としての物語」に大きく変わりました。そして「中華の復興」がもう一つの柱として加わり、愛国主義教育の形をとって、被害者の側面が強調されました。イデオロギーとしての共産主義が消え、ナショナリズムがそれに取って代わりました。胡錦濤もこの路線を全面的に推し進めました。
 ナショナリズムは対外強硬姿勢を生み出し、対日強硬論を助長します。ところが、対外強硬姿勢は、中国外交と中国経済の運営をさらに難しくしました。反日は結局、反政府の動きとなり、習近平は徐々に制限を加え、反日デモは原則、禁じられました。習近平は、もう一度、新たな「勝者の物語」への動きを始めた可能性があります。それは、新たなイデオロギーに向けての模索であり、それには歴史の「物語」が変わる必要があります。第三国の識者による公正な歴史認識の注入が、中国の国内的議論に積極的な影響を与える可能性が出てきたのかもしれません。日本の対外世論工作も、このような第三者の声を強化することに重点を置く必要が高まっていると言えるかもしれません。
日中戦争自体が、そもそも「全面戦争」的な見方では正しく歴史をとらえることはできません。
国民党は、当時の中国大陸にある一政権にすぎず、毛沢東の共産党政権は、第二次国共合作以後は、国民党の一部隊的な存在だったからです。
 日中戦争の本質は、中国大陸における日本と米英両国の「全面戦争」的意味合いが強いかな。


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