2015年4月28日火曜日

日本人の国防意識について

  日本国憲法の第一章は天皇についての条文である。その第一条には「天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴」であることがうたわれている。

 およそ国家の憲法のはじめには、その国において一番重要なことがうたわれているのが世界の常識であるが、日本国憲法のはじめに天皇についての条文がみられるということは、我が国が立憲君主国として、天皇を国家元首にいただいていることを明確に示している。国家の象徴ということは、国家の元首であることを意味するのである。
 ただ日本国憲法の第四条には「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。」とあり、国家元首である天皇は政治的権力を行使する存在ではないことも同時に規定している。
 国家元首としての天皇が我が国の祖霊神、皇祖神をおまつりする伝統的な「権威」としての存在であることは、小林よしのり氏の『天皇論』(小学館)や所功氏の『天皇の「まつりごと」象徴としての祭祀と公務』(日本放送出版協会)に詳しいため詳述をさけるが、我が国国民の国家意識、国を守る意識を考える時に、こうした「権威」としての存在である天皇をぬきにして考えることはできない。

 つまり簡単にいえば天皇=国家なのである。
 国の執政権力を握ろうとする者、或いは組織は天皇より執政者であるお墨付きを得て、朝廷という古代以来の律令行政組織より任命をうけなければ、正統な執政者として認められなかったのである。
 戦前に南北朝時代の政治体制をとらえるとき、南朝を正統な皇室の流れととらえれば北朝が「異端」となる。しかし北朝という皇室もまた「存在」したのであり、南朝の後醍醐天皇と対立した足利尊氏が北朝の天皇より征夷大将軍に任命され執政権を与えれても、それは正統な手続きをふんだ流れなのである。決して足利尊氏が勝手に将軍を自称し、専制政治を行ったわけではない。
 また戦国時代の風雲児で朝廷をしのぐ権威を身につけようとしていたといわれる織田信長にしても、その居城安土城の本丸御殿には「御幸の御間」をしつらえたことが文献にみえるように、その政治姿勢はあくまで「勤皇」であった要素がうかがえるし、信長の政権を受け継いだ豊臣秀吉が全国の諸大名に号令を下すために、摂関家の一族になり、天皇より関白に任じられ、豊臣朝臣の姓を賜り、桐の紋章にもみられるように皇室の権威の中に身をおいた点は織田信長のめざそうとした政権のあり方を示唆していると考えられる。
 徳川家康は征夷大将軍に任じられ、江戸幕府で執政権を行使するに至り、天皇、公家を武家の法体系により管理するという政策をとるが、やはり徳川家においても幕末にペリー提督の艦隊が来航した時に、外交判断を孝明天皇に仰いだあたり、やはり「権威」として国家としての天皇の存在は無視できなかった。そしてこうした観念がベースにあればこそ尊皇攘夷の時代の風をうけて、14代将軍徳川家茂の頃に幕府の政治外交の権力を朝廷に預け、軍事動員権のみを行使する組織へと移行できたのである。すなわち明治維新以前に既に孝明天皇を頂点にした幕府という軍事組織を傘下においた政治体制(公武合体政権)が成立していたのである。明治維新は軍事動員権をもつ幕府を打倒して薩摩、長州らの雄藩連合組織がすげかわった政治体制とみることもできるのではないだろうか。

 いずれにしても日本人が国家を守るという場合には、必ず天皇の権威の下で政治や軍事の再編が行われてきたということがいえるだろう。幕末に近代軍制を導入する場合においてもこのことは変わらなかった。新選組の「誠」の隊旗は幕府に対する意味よりも国家である天皇に対する「誠」であるといえる。「誠」の信念を持って御所、京都の街を防衛するのである。新選組が民兵組織として近代装備、戦術を駆使する「近衛部隊」であるとする根拠の由来である。
 やがて幕府は倒され、雄藩連合組織の下でいわゆる明治維新が達成されても「権威」としての天皇=国家を守るという考えは踏襲された。「公」としての権威的存在である天皇を軍部統帥の最高の存在として位置づけるのである。幕末まで「軍人」ではなかった天皇を明治になって大元帥という軍人にしてしまうのである。このことについては、第二次大戦後、天皇の戦争責任の追及という形で物議をかもすこととなるが、天皇を軍人としたといってもその権限は当時の明治憲法の枠内をこえることはできず、軍部を専制的に天皇が支配したわけでもないから、「公人」としての天皇を軍の頂点におくことで国民軍としての性格をもたせようとしたものであろうから、天皇に直接、戦争の責任、敗戦の責任がかぶさることはない。

 まさに公人として皇祖神をおまつりする天皇は国民国家が一つになる「象徴」なのである。これは我が国が世界に誇れる伝統文化として、未来に引き継いでいかなければならない責務である。
 自衛隊に入隊すれば国旗国家への忠誠がたたきこまれることになる。天皇が自衛隊を観閲することはなくても、自衛隊は天皇に国家に忠誠をつくしているのである。
 国防意識というものは、軍事的なマインドだけをさすものではない。我が国に生まれ、暮らしを営むすべての国民が、その職場においてスキルを磨き職務に励むこと、家庭を築き家族、一族を守り子孫につないでいくことをも含んでいる。地域の公共の仕事にとりくむことも国防意識といえるだろう。我々国民自身が常に国家とつながる存在であることを現代人は強く自覚していく必要があるだろう。

 

0 件のコメント:

コメントを投稿