2015年4月27日月曜日

旧日本海軍の潜水艦の戦い方とその歴史

本当の潜水艦の戦い方 
~優れた用兵者が操る特異な艦種~

中村秀樹

(帯より)元海上自衛隊潜水艦長が戦争の実態に基づいて検証し、潜水艦の最適な用法作戦を示す。
海上自衛隊の作戦に疑問を投じる話題作

2007.9.30http://www.ac.auone-net.jp/~oknehira/HoutouNoSensuikanNoTatakaikata.htm

(カバーより)潜水艦は、極めて特徴的な軍艦である。それは単に水中に潜ると云うことだけではない。最も強力な軍艦であると同時に最も脆弱な目標でもある。その性質に適した作戦をすればその成果は絶大であり、潜水艦のみで大海軍国の死命を制することも可能である。海上と空を支配しても海洋を支配することは出来ないのである。

 先ずは大東亜戦争における日本海軍潜水艦作戦の失敗の原因を挙げている。連合艦隊の根本思想である艦隊決戦思想の補助兵力として潜水艦隊が規定されたために、艦隊行動へ随行する事を要求されたり、指揮権が潜水艦の特性を理解しない、新たな事態に柔軟に対応する事が出来ないまま、非効率的な任務を強要され、消耗していった、としている。
 それらの作戦の特徴として、
 ①敵警戒厳重な海域への集中
 ②厳密な散開線の形成と頻繁な配備変更
 ③潜水艦能力に合わない運用
 を挙げており、これらが潜水艦の最大の特長である”隠密性”を喪失させてしまい、敵に所在を暴露し、撃沈されるに至ったとしている。②においては、日本海軍が精確な散開線配備を命じたために、1艦見つけると散開線を想定して芋づる式に他の艦も撃沈されていくという事態も招来していたようである。
 これらを以てして、「日本海軍の勇敢で、よく訓練された潜水艦乗員は一つの偏向した方針及び近視眼的な最高統帥部によって、徹頭徹尾無益に消耗され、又実力発揮を妨げられた」とし、ニミッツの太平洋海戦史からの引用では「古今の戦争史に於いて、主要な武器がその真の潜在威力を少しも把握理解されずに使用されたという稀有の例を求めるとすれば、それこそまさに第二次大戦における日本潜水艦の場合である。」としている。

 一方、アメリカ海軍の潜水艦の運用に関しては、高性能なソナーや通信機器というハードウェアの有利さや、制空権、制海権という優勢な環境もさることながら、「実戦の体験や戦争の変貌しつつある性格に照らして、随時改善を加えていくという充分柔軟性を持った健全な戦法の採用があった」事を挙げている。即ち通商破壊に投入し、個々の潜水艦に充分な裁量権を与え、独立に作戦行動した、ということである。無理な移動も強要されなかったため、日本海軍のように危険な浮上航行を長時間続ける必要もなかった。

 本書で初めて知ったが、日本の伊号潜水艦はカタログスペック上は優秀に見える。特に高速性と航続距離である。ところが、高出力のエンジンを搭載せざるを得なかったために、騒音が大きく、被探知され易かったという欠点も有ったそうである。これは艦隊決戦思想に基づき、大艦隊と合同し、補助兵力として作戦行動する事を計画して建造されていたのでそうなったのである。だが、潜水艦の特性としては独立して待ち伏せしての襲撃が最適であり、特性への無理解が設計思想、運用の誤りへ至ったようである。
 大艦隊へ随行することを要求された「海大型」は、水上速力は23ノットあった。当時の世界の潜水艦で最高速であったという。これだけを見れば優秀に思える。艦隊決戦思想には合致する。だが、現実には機動部隊による航空主兵の時代であり、潜水艦が艦隊に随行する意味は失われていた。そして現実には、制海権、制空権を喪失した、極めて危険な敵威力圏下での作戦行動を余儀なくされた。この状況では水上速力23ノットという最高速度は被探知の危険性を高めるばかりで使い道がなかった。本書に依れば、米独の潜水艦は水上速力は最大で20ノット程度であり、この差は潜水艦戦実施上は大した影響はなく、寧ろ僅か3ノットの性能向上の為に日本の潜水艦の主機の負担は甚大だったと指摘する。或る艦の機関特性に依れば、速力を10%下げれば、出力は70%以下で済み、速力が50%ならば出力は10%以下で済むという。こうした点を考慮して設計したならば、機関の小型化、燃料の節約、静粛性の向上に貢献したであろうけれども、艦隊決戦思想に基づいて設計された結果、そうはならなかった。

 以上の旧海軍の潜水艦部隊に対する無理解、悪弊は、現在の海上自衛隊において更に悪化していると著者は嘆く。穿った見方をすれば、潜水艦隊の地位が海自内で低いままであることについての不平不満も含んでいるともとれるが、著者は、潜水艦こそ現代の海軍の中心戦力なのだ、という信念に基づいて主張してもいるようである。
 主張は尤もではあるが、護衛艦が日本の海自の構想において中心であることはやはり変わらないのではないか、と個人的には思った。何故ならば、著者は東西冷戦構造の消失により、太平洋を舞台とした広域の潜水艦戦はもう起こらないとして論じているが、中国海軍の急激な近代化・拡大、ロシアの復活、冷戦構造の復活が近年見られることを軽視しているように思う。更に、イージス艦には弾道ミサイル迎撃という、これまでの軍艦には無かった重大かつ新たな任務が付与されるに至っている。これを潜水艦が代行できる状況にはない。よって、著者が嘆く、海自の護衛艦中心の構想は、現状に於いては正しいと個人的には思うのだ。とはいえ、著者が体験に基づいて述べたと思われる、現在の海自潜水艦部隊が、対抗部隊としてのみ訓練を行い続けている、というのであればそれは確かに問題であろう。が、良くは分からないのだが、さすがにそこまで制服組も阿呆ではなかろうと思うのだ。様々な事態を想定し、訓練や図上演習で行わない想定とその時の戦術なども研究し抜いているに違いない、と、個人的には思いたい。
 著者はその他に、士気の問題も指摘する。その裏付けとなる軍事法廷の不在も指摘する。確かに厳格な規律は必要である。だが、旧海軍式の、絶対服従式だけでもダメであることは、これも歴史に学ぶべきところであろう。著者は旧海軍が、現場の潜水艦部隊の意見を取り入れず、現実を無視した無理な作戦を命令し、その事によって潜水艦部隊がむざむざ撃沈されていったことを嘆いているワケであるが、その原因が、上意下達のみで、現場から上層部へのフィードバックが行われていなかった事に有るわけである。となると、余りに上官が絶対で、部下の云うことなど聞かない、という硬直した体制はマズい、柔軟性を失う危険が大である、とも考えるべきである。米海軍の太平洋戦争時における潜水艦の運用の柔軟性、合理性を指摘しているのであるから、この点は旧海軍の伝統よりも、より現代的で機能的であることを追求すべきであろうと思う。そしてそれは、意外に良い状態に有るのではないだろうかと思うのである。

 著者は、日本の安全保障の為に良かれと思い、危機感を述べており、至当な部分が多く大変参考になるけれども、一部は同意しかねる部分もある。だが、こうした建設的な意見が方々で発せられ、それらの中から取捨選択し、実現していくことで、現状に適した体制へと柔軟に変更され得ると思う。良いところを伸ばし、劣るところを加えて行けば、著者が危惧するような事態を避け、日本の安全保障は全うされ得ると思いたい。

第一章 潜水艦とはどの様な軍艦なのか
第二章 潜水艦作戦の条件
第三章 日本海軍潜水艦作戦の実態
第四章 潜水艦作戦失敗の原因
第五章 海上自衛隊の潜水艦



【リンク】





【我が国の潜水艦の開発の歴史】

① 近代的な潜水艦の開発
1900年 アイルランドの造船技師ジョン・フィリップ・ホランドにより設計される。
1909年 日露戦争の時に失った艦艇の補充のために、アメリカより潜水艇を5隻購入、部品を分解購入して国内で組み立てて使用していた。
 各国からの輸入と海外メーカーによる設計・製造技術を使用するライセンス生産にて潜水艦を整備していた。
 こうした時にホランドよりアメリカ駐在で親交のあった井出謙治少佐に効率のよい潜水艇の設計図(青図面2面)が渡される。この設計図を元に採算性を無視して川崎造船所の松形幸次郎社長が請け負い、ほとんど独力で潜水艇を竣工させた。(第六型潜水艇、第七型潜水艇)
1919年 設計から建造まで国内で行われた「呂11型」「呂12型」潜水艦が竣工する。
1920年ワシントン海軍軍縮条約で戦艦の保有数を制限され、続く1930年ロンドン海軍軍縮条約では巡洋艦の保有数にも制限が加えられる中、航空母艦と並んで潜水艦による戦術が考案される。

② 我が国海軍潜水艦独自の戦術「潜水艦による水上艦艇への攻撃。
 水上艦艇を攻撃する上での求められる潜水艦の性能としては、戦艦なみのスピードと攻撃力が必要となる。そこで日本海軍で生み出されたのが20ノット以上のスピードを発揮する「艦隊潜水艦」だった。
 太平洋戦争当時の艦隊潜水艦の戦果としては、従来的な潜水艦の主任務である「通商破壊」、アメリカ正規空母への攻撃、艦載機によるアメリカ本土への空爆、潜水艦からの砲撃などがある。
 代表的な作戦は、潜水艦に爆撃機を搭載しアメリカ本土へ奇襲攻撃をかける作戦がある。
航空機3機搭載可能な「伊号13」「伊号14」潜水艦で潜水空母艦隊を編成して、アメリカ西海岸の艦隊、アメリカ本土、パナマ運河を攻撃目標とした。
 後にこの作戦は変更となり、19456月に西太平洋のウルシー環礁へのアメリカ軍機動部隊への攻撃となるが、作戦が始まる前に終戦を迎えた。

③ 伊号第400潜水艦について
 潜水空母の異名をとる。排水量3530トン(軽巡洋艦なみ)、全長122m、最大速力は水上18.7ノット。大きさとしては世界最大、地球を1周できる航続距離、補給なしで4ヶ月航行できる能力をもつ。


第二次世界大戦下、日本軍最大の秘密兵器と言われたのが、潜特型潜水艦でした。
この艦は爆撃機を輸送してアメリカの大都市に数百キロまで接近すべく設計され、優秀な空母でした。 現代テクノロジーを駆使して、海に沈んだ空母I-400を調べるとともに、記録映像でその脅威の姿を追います。この空母は当時としては並外れて大きく、1960年代までに製造された潜水艦より25­%も長いです。
 また燃料補給なしに地球を1周半航行することができ、これはアメリカの潜水艦の2倍の走行距離を持ちます。さらに突出していたのが戦闘能力でした。この空母は潜水艦の常識を破り、3機の特殊攻撃機(M6A1 晴嵐)を搭載することができました。

伊号第400潜水艦 カラー映像
2009/12/03 にアップロード 潜特型

④ 旧海軍潜水艦の先進的なシステム
 「自動懸吊装置」~潜水艦が停止の状態でも一定の深度を保っていられる装置。
 「重油漏洩防止装置」~艦体の亀裂から重油の漏れを防ぐ装置。

⑤ 旧海軍潜水艦の活躍がめだたないのはなぜか?
 ・「艦艇攻撃」へのこだわり
水上艦艇も技術開発により速度や装備、防御が進化しているため、潜水艦の能力がおいつかなくなった。また水上艦艇と潜水艦では建造での費用対効果が違いすぎる。水上艦艇の方が安く、効果が高かったということ。米英は潜水艦を「通商破壊」に特化した。
・戦況悪化のため南方の島嶼への補給支援が忙しくなる。
「通商破壊」や「艦艇攻撃」にまわせられなくなった。
・日露戦争以降の「潜水艦による敵主力艦隊撃滅」への想定が変わることがなかった。
さらば海底空母イ401 幻のパナマ運河大爆撃

2014/08/25 に公開



⑥ 海上自衛隊潜水艦隊として活躍
1971年に従来の水上航行を優先する船型から、水中高速をはかった「涙滴型」船型を採用した「うずしお」型が竣工。1998年に「魚雷型」船型に改良、さらに水中速度の向上がはかられ2009年に竣工した「そうりゅう」型でスウェーデン、ドイツに次いで3番目に新型のAIP推進型潜水艦が実用化される。これにより我が国周辺海域での長期にわたる哨戒、敵艦を待ち伏せのため水中待機することが可能となる。

⑦ 海上自衛隊潜水艦隊の戦果
戦後一貫してアメリカ第七艦隊、護衛艦隊と連携してウラジオストクのソ連太平洋艦隊の西太平洋への進出を抑止してきた。現在は南西諸島方面への露骨な侵略をはかる共産中国海軍の抑止に海上保安庁と連携しながら活躍している。

参考文献:『太平洋戦争の真実~知られざる旧日本軍の極秘作戦』ミリオン出版株式会社2013.6.13発行


【AIP推進型潜水艦の弱点を克服できる「リチウムイオン蓄電池」型潜水艦の開発】

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